サンディエゴを出航して二週間。途中でブルーマーメイド本部のあるハワイの真珠湾港を経由して戦艦モンタナは日本の横須賀に向かった。
戦艦モンタナの艦長を務めるサクラ・A・ミヤマ・ファーゴは水平線上に浮かぶフロート群を確認した。
「レーダーに感あり。日本の巡視艇です」
「巡視艇より通信。『長旅ご苦労であった。猿島まで誘導を行う』であります」
「よし、湾内に入り次第。徐行運転を、巡視艇に追従して接岸する」
「了解、接岸準備!」
巡視艇の後を微速で追いかけ、生徒達が甲板を走り、準備をする。
徐々に速度を落とし、微速で今回の目的地である猿島を確認したサクラ達は艦橋から下を眺める。
甲板上に生徒が上がり、片手にもやい縄を持って岸壁に立つ横須賀女子海洋学校の教員らしき人に縄を投げる。
縄がガッチリと岸壁に固定され、戦艦モンタナは横須賀女子海洋学校に到着する。
その様子を確認し、全員が取り敢えずホッとした様子を浮かべ、サクラ達は上陸準備を始めた。
数時間後、機関部のエンジンを切り、パスポートの入国手続きも終えたモンタナクラスは前甲板上に集められ、整列をした状態だった。
「諸君、君たちの努力のおかげで無事に横須賀に辿り着いた」
サクラが壇上に立ち、訓示を述べる。
「現在、横須賀女子海洋学校は春休みで新学期が始まったわけではない。そこで、君たちは新学期が始まるまでの間。少しばかりの休暇が与えられる」
休暇という言葉に全員がブアッと浮き足立つ空気が生まれる。今回の留学で本来の休みが帳消しになったモンタナクラスにとって数ヶ月ぶりの休みである。浮き足立つのも理解できた。だからこそ、サクラはそんな同級生達の引き締めをする。
「しかし、我々は旅行に来たわけではない!学校の代表として来ているのだ。常に誰かの目があると思い、学校の顔に泥を塗る様な事をするな。その事を常に心に留めたまま過ごしてくれ。では、解散!」
サクラの訓示を終え、モンタナのクラスメイト達は解散する。解散すると言っても寮の準備がまだできていないので大半はモンタナ中の自分の部屋で過ごすわけだが……
クラスメイトには時間制限を設け、門限までには必ず帰る事を決めていた。
ルーティンを決め、クラスメイト達は早速横須賀の街に飛び出していく中。艦橋よりさらに上の射撃指揮所で風を感じていると登って来たケイリーが話しかけてくる。
「……で、サクラも行くの?」
「?」
「ほら、日本にいるって言う旧友に」
「あぁ……」
ケイリーに言われ、少しだけ思い出す。
自分が今の両親に引き取られるまでの一年間だけ過ごした呉の児童養護施設。そこで知り合った二人の友人の顔を……
あれから十年が経った。もう、二人も忘れてしまっているかもしれない。事実、出発前に呉の施設に電話をしたが……
『現在、二人はそれぞれ引き取られてもうここには居ない』
と応えられてしまった。なんでも二人ともそれぞれ別の親御さんに引き取られたそうだ。住所も教えて貰えなかったので文通すらできていない。次に会える確率は限りなく低い。自力で調べても見つかるかどうか確証はない。だから……
「……今は別に良いな」
「そう……」
少し残念そうに答えるケイリーに、私も少し申し訳なくなっていた。ケイリーは私が渡米してから色々と気遣ってくれた友人だ。二人の事も知る数少ない人だ。事情を知っているとは言え、直接言われるとやはり思う事があるのだろう。
「心配してくれてありがとう」
そう言うと私は射撃指揮所を降りて艦長室に戻って行った。
立派な艦長室の中でサクラは一人、夕日に沈む大海原を見ていた。十年ぶりの日本。久しぶりの故郷に懐かしさを感じつつも、どこか寂しげな感情を抱いていた。
「ミケちゃん…モカちゃん……」
サクラはかつての親友達の名前を呟いていた。
翌日、艦長席で眠っていた自分はケイリーに起こされる。
「サクラ、起きて」
「ん……何……?」
艦長公室の横にある艦長私室で寝ていたサクラはケイリーから報告を受けた。
「エリーから報告。『部品の組み立てが完了した』ってさ」
「了解……試験飛行は予定通り西之島新島に向かう最中にね…」
「了解。機体には布を被せて目隠ししているから」
そう言い、ケイリーは報告を済ませるとそのまま部屋を後にした。一人残ったサクラは携帯を見て時間を見る。
「時間は…十四時か……」
昼まで寝ていたのかと思うとサクラは布団をたたみ、パジャマから私服に着替えて部屋を出る。
部屋を出てそのまま岸壁に降りるとそのまま横須賀の街に繰り出す。
「横須賀か……初めて来るな…」
サクラは街に繰り出した後、ブラブラと歩いているとふと入港してくる一隻の軍艦を見た。
「あれは……ドイツか……」
艦影からドイチュラント級装甲艦だろうと予測しながら入港してきた軍艦を眺めていた。
「ふぅ…あぁ、そう言えば二人も今年からだったっけ……」
年齢を考えて飛び級をしなければ今年で二人とも高校生になるはずだ。一歳年上の自分は先に海洋学校に入学しているが、二人は横須賀に入学しているのだろうか。
そんな淡い期待を持ちながら眺めていた岬から歩き出す。すると持っていた携帯から連絡が入った。相手はケイリーだった。
「はい、どうしたケイリー?」
『あ、サクラ。今から皆んなでボーリング場に行くんだけど来る?』
「おー、行く行く」
そう返答し、携帯を閉じるとサクラはそのまま岬を後にした。
数週間後、横須賀女子海洋学校では入学式が行われていた。武蔵の甲板で行われる入学式を艦橋で眺めているとネルがタブレットを持って来てある報告をした。
「艦長、アメリカ大使館より連絡です」
「?」
「『モンタナは一時待機せよ』……であります」
「「「えぇ!?」」」
まさかの報告に驚愕するメンバー達。しかし続きの言葉に全員が納得していた。
「報告によると、予備パーツが届くのが明日だそうです」
「「「あぁ〜……」」」
予備パーツという言葉に全員が納得する。確かに、今の状態で
「さぁ、明日に備えるぞ。走った走った」
「「「はいっ!」」」
手を軽く叩いてサクラは急かすと、クラスメイト達は艦橋から降りて行った。
後にこの遅れが自分達を救うことになるとは思いもよらなかった……。
翌日、横須賀に一隻の貨物船が到着する。アメリカに船籍を持つ貨物船であり、船から伸びたベルトコンベアから荷卸されていく荷物の殆どがそのまま横に停泊しているモンタナに送られていた。全ての荷物を受け取り、貨物船の船長から伝票を受け取ったサクラはそのままサインをすると後部甲板に積まれた箱の山を片付け、出航して行った。
「やれやれ、今回はアレだったけど遅刻なんて嫌だわ」
「ま、まぁ今回は仕方ないでしょう」
「遅刻……遅刻かぁ……」
「聞き覚えは悪いわよね……」
艦橋でそんな事を話しながらモンタナは出航する。一日前に出港した他の艦艇は初日の演習を西之島新島で行い、翌日に鳥島南方で演習を行う予定の為、目的地は鳥島南方に設定していた。進路を順調に進めているとサクラは時計を見る。
「……そろそろ時間ね」
そう呟くと同じように時計を見ていたネルが敬礼をしながら言う。
「はっ!直ちに試験運転を行います」
「配置にかかれ!」
「発艦準備始め。繰り返す、発艦準備始め」
「要員は配置に付け」
ベルの音と共に10人程のクラスメイトが後部甲板上に飛び出し、艦尾に係留されている布で覆われた物を取り払う。
中から現れたのは灰色に塗装され、前面に大きな湾曲した防弾ガラスを持ち、上部や後方に回転する二枚の大きなブレードを搭載、左右に横開き式の扉があり。下部にはその巨体に似つかないほど細いパイプを繋いだような着陸部分があった。
その機体の周りに幾人かの生徒が集まり、点検を行うとコックピット部分に二人が乗り込み、無線機越しに通信が入った。その無線は後部射撃指揮所から観察していたサクラとネルに届く。
「ヘリコプター、離陸準備」
『宜候、こちらロングボウ1。離陸準備開始。エンジン始動』
直後にブレードが回転し始め、エンジンが唸る。周りにいた生徒達もその場から離れ、離れた場所から様子を伺っていた。
中で無線付きのヘルメットを被った生徒が通信を入れる。
『エンジン回転数良好、離陸可能範囲に達しました』
「了解、発艦を開始せよ」
『ロングボウ1了解。発艦を開始します』
けたたましい音と共に翼が回り、徐々に金属で出来た機体が甲板を離れる。その様子を眺め、思わず声が溢れる。
「すごいな……母国の科学力は……」
「そう、ですね……」
配属は今の所航海科所属のこのヘリコプターはいずれは変わるかも知れないと思う二人だった。
H-2と名付けられたこのヘリコプターは初めから軍事用に開発された全く新しい分野だった、従来の気球のようにヘリウムや水素を使わずに垂直に空に上がることができ、さらに気球よりも早く飛べる。積載量も気球と打って変わってとても多く、中に十人ほど乗せることができた。
発想は空気の粘性を利用して飛ぶクマバチを元に開発がされたらしい。強力なエンジンを搭載し、気球に変わる新しい輸送手段としても期待されていた。
他にもモンタナには新型装備が取り付けられているがそれはまた後日話そうと思う。
もとかく、ヘリコプターの試験飛行を終え鳥島まで向かうモンタナは和気藹々といった様子でまったりとした時間を過ごしていた。
しかし、そんな状況を吹き飛ばしてしまう事態が起きてしまった。始まりは、ある広域航海通信からだった……
『ザーッ……学生艦が叛乱。さるしまを攻撃。さるしまは沈没、艦長以下乗員は全員無事。ザザッ……なお、この事件の首謀者は……横須賀女子海洋高校所属。航洋直接教育艦晴風とし、海上安全整備局は同艦を叛乱者とみなし、行方を追っている……』
この通信に衝撃を受けなかった者はモンタナにはいなかった。