三二話
あの、武蔵や他の艦艇を巻き込んだRats事件より一ヶ月。
あの事件により、海洋学校の制度やカリキュラムの見直しが行われている中、横須賀女子海洋学校の図書室では明乃、真白、もえか、サクラがペンを走らせていた。机には航海日誌や航路図。資料、レポートなどが山積みになっていた。
明乃は表情を曇らせ、うんうんと言いながら紙に文字列を書いていた。
「うぅ~うぅ~うぅ~……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!分かんなくなってきたよぉ!!」
目をぐるぐるとさせて遂に明乃が叫ぶ。
「艦長!あれだけ無茶やったんですから、始末書を学校に提出しないと……」
「それは分かってるんだけどね……書類仕事はほんと苦手で……」
そう言い、悲鳴をあげている明乃にもえかが声をかける。
「ミケちゃん。私の分が終わったら手伝ってあげるから、頑張ろう」
「ありがとうモカちゃん!!」
「知名艦長、あまりウチの艦長を甘やかさないでいただきたい!」
「あ、でもちょっと手伝うだけだから……」
「はぁ〜」
「……」カリカリカリカリ……
思わず真白がため息を吐きながら席に着くと、その横でサクラはひたすらに無言となって筆記体でスラスラと紙に書いていた。その様子はまるで機械人形のようであった。
「失礼…します」
「あっ!ココちゃん!」
「艦長…あの……私が呼ばれたのはもしかして……」
この直前にミーナ達と話した納紗はクラスが解散するのではないかと言う話を聞き、不安になっていた。
「お願いがあるんだけど。……これをクラスの皆に渡してほしいの」
そう言い、明乃は机の上に置いてあった封筒の束を納紗に手渡す。
「ん?クラス全員にですか?」
「校長先生からなんだけど、大事なモノで必ずクラス全員に配る様にって……」
「すまないが、私と艦長は身動きが取れない。頼まれてもらえるか?」
「っ!わかりました!心の友のシロちゃんの頼みとあれば!!全力で尽くすのみです!!」
「心の友じゃないんだが……」
やや呆れながら真白はそう言い。封筒を受け取った納紗に感謝をすると、納紗はそのまま封筒をクラス全員に配る任務を受けた。
その様子を見届け、明乃達は書類を再び書き始める。明乃達はさっきから一言も発さずに、黙々と機械の様に書類を書き続けるサクラを見ながら思わず呟く。
「サクちゃん…書類書くの早いなぁ〜」
「ほら、艦長もあれくらい早くやって下さい」
「えぇ〜、無理だよぉぉ……!!」
「……」カリカリカリカリ……
「(うわぁ…サクちゃんが本気だ……)」
もえかの左横から聞こえるシャープペンシルの音に各々別の反応をしていた。しかし、サクラはそんな言葉を気にする事なくペンを走らせていた。
封筒を受け取った納紗はその束を見ると、開封日時が設定された密封指示書だったことに気がついた。
「……『おはよう晴風の諸君、今回の君の使命は横須賀女子海洋学校に潜入したスパイのあぶり出しだ。成功を祈る』
『何と言う困難な任務だ。まさにインポッシブルな大作戦!!』」
一人しかいないと言うのに一人芝居をする納紗。すると……
「ココちゃん?」
「何しているの?」
「っ!?」
そこには校舎から出てきた宇田と八木がいた。
「八木さん、宇田さん。丁度いい所に……うーん…はい」
納紗はさっきの一人芝居を見られたにも関わらず恥ずかしがる素振りも見せずに二人に封筒を渡す。
二人もいつもの納紗だと分かっているので気にする事なく、封筒を受け取る。
「ん?」
「何コレ?」
そう言い二人は封筒を見て疑問に思っていると、納紗が二人に言った。
「学校からの指示書です。開封期日が指定されているので、気を付けてください」
「うん……ありがとう」
「それ、全部配らないといけないの?」
宇田が封筒の束を見ながら聞く。
「はい、艦長達が書類仕事で忙殺されていたので……」
「艦長も大変だね」
「折角のテスト休みなのに……」
そう言い、二人は折角の休みが無くなるのかなと想像しながら苦労を労っていた。
「あっ、そうだ。それ配るの手伝おうか?」
すると八木が納紗に封筒配りを手伝うと提案してきた。
「えっ?」
「私、横須賀出身だし、これからめぐちゃんを案内するとこだったんだけど……」
「うん、ついでだし、みんなにソレを配りながら町を歩くのも良いね」
「でも、折角の御予定を……」
「クラスメイトなんだし、水臭いこと言わない」
「ココちゃんとは航海中あんまりお喋り出来なかったし、いい機会だよ」
「宇田さん…八木さん……ありがとうございます」
「じゃあ、早速……」
そう言うと八木は恐ろしい速度で携帯を打ち、グループメールで一斉に文章を送った。
「あの?何が早速なんでしょう?」
「クラスメイト全員にメール出したよ。居場所教えてって」
「流石は電信員」
「時期に返信が来るだろうし、とりあえず出ちゃおうか?」
「うん、行こう行こう」
そう言うと三人は学校を後にし、横須賀観光に向かった。
その頃、横須賀市内のとある雑居ビル内にある雀荘では、機関科の若狭、広田、駿河、伊勢の四人が麻雀に興じていた。
「うーん……なーんか、様子が可笑しいぞぉ?」
駿河は自分の手牌を見て違和感を呟く。
「そりゃまぁおかしいでしょう。手牌、一枚足りてないもの」
「えええっー!!えっと……」
広田の指摘を受けて駿河は自分の手牌の数を数えると一三個あるはずの牌が一つ足らなかった。
「本当だぁぁ!!十二枚しか無いよぉぉ!!」
「配牌の時、一枚取り忘れたんじゃないの?ルナしょっちゅう忘れるし……リーチね!」
「うっうぅ~……ポン」
「ちょっ!あがれないのになんでポンするの!?」
「ツモ」
その隙に広田がリーチを打ってツモ和了りとなった。
柳原と黒木以外の機関科メンバーはハウスルールを使っての麻雀を楽しんでいた。
「では、罰ゲーム」
そう言い、広田が駿河にデコピンをしようとした所で納紗達が雀荘にやって来た。
「これはこれは書記殿」
パチンッ!「あ、痛っ!!」
すると八木が若狭を見ながら言った。
「レオちゃん、レスありがとう」
「あぁ、メール気付いたの私だけだったし」
すると納紗は四枚の封筒を持ちながら伊勢に渡した。
「皆さんにお渡しするのがありまして……」
「何コレ?」
「学校からだって……」
「へぇ~なんだろう?……成績表かな?」
そう言い、少し封筒を駿河がちぎった時、納紗が思わず大声を上げる。
「わぁああ!!これ!開封日時が指定されている密封指示書なんです!今、開けたら校則違反で停学ですよ!!」
「ええっー!!」
納紗に注意されて事の重大さに気づいて驚く駿河。
「開けなくてよかったわね、留奈」
「あれ?マロンちゃんとクロちゃんは?」
八木は同じ機関科のメンバーでこの場に居ない柳原と黒木の居場所を尋ねた。
「ああ、機関長達なら今日は研修するんだって」
若狭が柳原と黒木の予定を納紗達に教える。
「研修?はっ!?まさか…
『君達は選ばれしエンジニアだ。この特別訓練をクリアーし、ワンランク上の仕事について貰いたい』
『てやんでぃ。朝飯前でぇい』
『ワンランク上とやらを目指そうじゃないの』
……みたいなことになったりはしないですよね?」
納紗は研修と聞いて柳原と黒木がクラスを離れる為の特別訓練を受けているのではないかと伊勢と若狭に詰め寄った。
「……それは無いと思うけど」
しかし、伊勢は納紗の考えを否定した。
「まっ、確かにうちの機関長はずば抜けて腕が立つけど」
「クロちゃんも機関長とは阿吽の呼吸だし」
「そうそう」
「二人そろえば最強だよね」
四人はそう言っていると、若狭が納紗に尋ねる。
「指示書、私が渡しておこうか?晩御飯は機関長達と一緒に食べる約束をしているから」
若狭が柳原と黒木の分を渡しておこうかと尋ねる。
「では、お願いします」
納紗は柳原と黒木の指示書を若狭に手渡す。
「ところで、例の噂ご存知ですか?」
そして、若狭達にクラス解散の噂を知っているかを尋ねる。
「噂?……ってなんの!?」
どうやら、若狭達は知らなかった様で噂と聞いて目を輝かせて納紗に聞いてくる。
「実は……」
幸子が若狭達に伝えようとした時……
「お待たせしました」
そこへ、お茶が乗ったお盆を持ったみかんがやって来た。
「「みかんちゃん!」」
若狭達の居た雀荘の下にある和菓子屋に伊良子や杵崎姉妹がいると言う事で、納紗達は階段を降りてその和菓子屋にやって来ていた。
「テスト休みも暇だし、ここでお菓子作りの勉強をさせて貰っているの」
「ここ、うちの親戚のお店なの」
「バイト代も貰えるし」
「なるほど〜」
そう言い、納紗は納得すると三人に早速封筒を渡す。
「へぇ〜一三日まで開けちゃダメなんだ……」
「艦長達もすごくし忙しいみたいね」
「図書室にこもっているみたいで、ついさっきお菓子の差し入れをして来たんだけど……」
「ええ、その件なんですけど‥‥」
「あっ、そうだ」
幸子が噂の事をみかんや杵﨑姉妹に言おうとした時、あかねがお盆に乗った三つのエクレアを差し出す。
「試作したんだけど食べてみて」
「いいの?いただきます」
宇田はエクレアの一つを手に取り一口食べると、
「うっ……ウググググ……」
突然顔色を悪くする。
彼女の顔は忽ち脂汗まみれになり、目を回して失神しそうになる。倒れそうな彼女を八木が抑え、床に倒れる事は免れた宇田。
「あれ?美味しくなかったのかな?エクレアに甘納豆を入れて見たんだけど……」
「あっちゃんは攻めすぎよ」
「悪くなさそうな組み合わせですけどね」
ほまれはどう考えてもエクレアと甘納豆は合わないと言うが、反対に幸子は悪くないと答える。
その間に八木は宇田のカバンの中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、蓋を開けて宇田に水を飲ませてやる。
「めぐちゃん、甘納豆苦手なの」
「ッ…ッ…ぷはぁ…… 」
そして宇田が何故失神しそうになったのかを話す。
「宇田さん、大丈夫ですか?」
「な、なんとか……次行こうか?」
「まだ、返信来ていないんだけど……」
「心当たりがあります」
そう言って納紗はクラスメイトの誰かが居るであろう次の場所へと向かった。