アメリカ合衆国 ワシントンD.C. ホワイトハウス
その日の終業時刻間際。ホワイトハウスの執務室で法案にサインをしていたモーリスは携帯にあるメールを受け取った。
その差出人を見て、モーリスは嬉しそうな表情になる。
「おぉ、サクラからか……これはっ!!」
そう言い、メールに添付されたファイルを見た瞬間。モーリスの顔は険しくなった。
そこには艦長室と思わしき部屋の椅子に縛り付けられたサクラと、両脇に二人の銃を持ったテロリストと思わしき人物の映った映像が流れていた。モーリスが驚いたのも束の間。携帯に電話が入る。
「……もしもし」
電話に出ると、その先からは男の声がした。
『初めましてプレジデンテ。お送りした映像はご覧になられましたか?』
「……要求は何かね?」
すると、電話越しで男が答えた。
『おっと、気がお早いですなぁ……』
「娘は無事なのか?」
『ええ、この映像はリアルタイムの映像ですよ。ほら』
そう言い。サクラの携帯を片手に覆面をした男が画面に映り込んでいた。
すると、テロリストはモーリスに伝える。
『あぁ、どうかこの事はご内密に。我々は戦争を望んでいないのでね』
「で、貴様らの望むものは?」
『それは、お分かりでしょう?……改正麻薬取締法の即時撤回、並びに三億ドルの要求です』
「そうか……」
要求を聞き、モーリスは映像を眺める。すると、男は電話の最後にこう告げた。
『良い返事を期待しています』
そう言うと、電話が切られ。手元にはライブ映像が流れる。
テロリストの要求を聞いたモーリスは秘書を呼び、指令を出す。
「緊急で国防長官と海上安全整備局アメリカ支部局長を呼んでくれ。至急、対策本部を開く」
一〇分後……
ホワイトハウスの一室でプロジェクターに先程のライブ映像が流れており、職員がバタバタと走っていた。
中には軍服に身を包んだ者もおり、騒然としていた。
「テロリストの要求は改正麻薬取締法の即時撤回と身代金三億ドルだ」
すると、国防長官が集めた情報を報告していた。
「現在、戦艦モンタナはセドロス島沖五〇マイルを漂流しています。
偵察からの情報では周りに四隻のボートを確認。重火器も確認しました」
「……数は?」
「詳しくは不明です」
すると、また別の報告が上がってきた。
「関係各所に連絡を行いました。サンディエゴ海洋学校の校長がテレビ会議での参加を要望しています」
「そうか……」
モーリスはいつまで情報統制が続くのか分からないと考える。
現在、サクラの周りにテロリストは映っていない。おそらく交代の時間を悟られないようにする為だ。まだ、事件が発生したばかりで詳しい状況が分からない今。現場海域に到着するブルーマーメイド艦からの報告を待っていた。
「現場海域に到着したブルーマーメイド艦より映像が来ました」
そう言うと、映像が映し出され、洋上に浮かぶ一隻の戦艦を確認した。
「砲は動いていないか……」
「武装管制は動いていないと言うことか……」
「いや、突入を開始すれば動かす可能性がある。油断するな」
人質事件と言うにはあまりにも危険すぎる状況にモールス含め、緊迫した空気が広がっていた。大統領の娘が人質に取られて居る現状、下手の手出しはできない状況にあった。
現在の状況を整理したい。
モンタナに乗り込んで来た海賊の目的は身代金と改正麻薬取締法の撤回。
この改正麻薬取締法とは、父が議会を説得して推し進めた法律である。議会からの反発もあったが今の所受け入れられており、法案は可決されようとしていた。
狙いは未成年者による薬物中毒死を阻止するため。医療用大麻の使用を徹底的に禁止し。麻薬販売者、使用者共に厳罰化する事で国内での薬物中毒による死者を減らそうという狙いだった。
しかし、この法案は州法にも強要する事も決められており、違憲では無いかと言う意見もあったが、薬物中毒で亡くなった人達に対する積極的な報道のおかげで違憲という者も次第に減り、医療機関からも麻薬患者が減るならと好印象を持たれていた。
そしておそらくこいつらは改正麻薬取締法に反対する製薬会社や、麻薬で富を得ていた麻薬カルテルの援助を受けた者達だろう。
でなければ、彼らの持つ武器の中に最新型のF2000やP90、対物ライフルのバレットM82があるのが可笑しいのだ。
いつの時代も金のある犯罪組織の武器の質には目を見張るものがある。
米軍ですら採用を見送った武器を大量に抱えている事にサクラは少しだけ感心してしまった。
「(しかし、今動く訳にはいかない……)」
クラスメイトが人質に取られている以上。部屋に動く事は出来ない。後は、人質ではないケイリー達を安全な場所に移動させるかだが……
「(そろそろか……?)」
サクラは壁にある時計を見ながら少しだけ冷や汗を掻いていた。
「さぁ、行くぞ」
同時刻、艦橋に立て籠っている最後の生徒を捕える為にテロリスト達は武器を片手に取る。
「抵抗するなら最悪撃っても構わん。しかし、殺したら俺たちが死ぬと思え」
そう言うと、大勢のテロリストが武器を片手にバリケードで塞がれた通路を破壊する。
一切抵抗がない事に疑問に思いつつも、一斉にテロリスト達は艦橋に突入するが……
「っ!!おい!誰もいねぇぞ!」
「ちっ!逃げ出したか!!……探せ!まだ何処かに居るはずだ!!」
そこにはもぬけの殻となった艦橋があった。テロリスト達は急いで艦橋にいたはずの生徒を血眼で探し始めていた。
「……上を走っていますね」
「奴さん、血眼になっているわね……」
船内の一室。外に映る開閉式の小窓と内側からしか開かない隠されたハッチがある部屋で、ケイリー達艦橋要員と先程解放された機関科メンバーは疲れと絶望した様子で壁に背を預けていた。
ここは使われなくなった船内の倉庫跡である。学生艦改装時に使用しないと言うことで通常の出入り口が塞がれ、出入りは上にある内側からしか開かないハッチか、ダクトのみだった。
そしてここは艦橋からダクトで繋がっており、さらにはダクトを経由すれば船内の何処にでも繋がっていた。
モンタナの構造を把握していたケイリー達はここを伝って避難してきていたのだ。
「これから、私たち。どうなるんだろう……」
「クレア…シリカ……」
機関科メンバーが心配する声をあげる。それを聞き、ケイリーも同様に眉間に皺を寄せた。
「(まさかとは思っていかけど……
機関助手が撃たれたなんて……
これは、サクラが相当キレているわね……)」
そう思い、ケイリーは血眼でケイリー達を探すテロリスト達を横目に取り敢えず皆を励ます事を考えていた。
時は遡り、テロリストが乗り込んできた時まで遡る。
艦内に響いたアラームと、サクラのダダ漏れだった話を聞き、クレアは指示を出していた。
「機関停止!お前らは艦首に逃げろ!!」
「急いで!すぐそこに海賊が来ているわ!!」
クレアとシリカがそう叫び、機関員は機関室を放棄する事を決定。艦首側に逃げようとした時、機関室に覆面を被った男達が入って来た。
『動くな!』
自動小銃の銃口を向けながら機関室に入ってきたテロリスト達を見て、クレアは目線を機関員に合わせる。
「(下手に動くな)」
幼馴染であるクレア達モンタナ機関科メンバーはクレアの言う意味を理解し、素直に両手を上げる。
すると一人の男が機関科の一人を見て色目で見初めて気持ち悪い声で言った。
「へへっ、こりゃ思っていたよりも上物だな……」
すると、テロリストの一人がそのキモ男の肩を掴んで忠告をした。
「おい、なぜ貴様がここに居る!お前は船で待機のはずだろう……!!」
「へっ、そんなの知らねえな。俺には関係ねえよ」
どうやら、口調的にテロリストの中でも特に注意されて居る人物のようだ。すると、キモ男は覆面を取るとニタニタと気持ち悪い表情を浮かべながら一人の顎を触る。
「コイツぁ、俺好みだ。ちょっと来い」
「っ!!」
「動くなっ!」
咄嗟に腕が出そうになったが、一人に銃を向けられる。しかし、それはキモ男にも同じであった。
「リーダーの命令だ。手出しをすれば殺して良いと言われて居る。……死にたくなければとっとと船に戻れ!」
「チッ、つまらねぇな。えぇ?コイツらは俺たちのモノなんだぞ?自由に使っても良いだろうが……」
「戻れ、二度目は無い」
「へいへい」
そう言い、キモ男が銃口を複数向けられ、大人しく機関室を出て行こうとした時。キモ男は信じられない行動を起こした。
「じゃあ……ほかの奴らに取られねぇようにしねえとなぁ!!」
「「「「!!」」」」
するとキモ男は銃口を生徒に向けた。
驚きの行動に一瞬全員が唖然としてしまう。引き金が引かれ、弾丸が発射される。
「っ!ルリィ!」
咄嗟にクレアが銃を発射された幼馴染の名前を叫ぶ。
弾丸が発射され、このままでは幼馴染の体に当たってしまう。
ルリィが死を覚悟した時だった。
突如体が揺れ、姿勢が崩れる。ルリィの体を倒したのはシリカだった。
体がそれ、姿勢が崩れた二人はそのまま倒れていくが、弾丸はシリカの肩にあたり、機関室の床に鮮血を撒き散らした。
「っ!グゥッ!!」
「シリカ!」
弾丸が当たり、シリカの肩に血が滲み、クレアが駆け寄る。その瞬間、キモ男は機関室から逃げ出した。
「あの野郎!!撃ちやがった!!」
「追え!逃すな!!」
「おい!リーダーに連絡だ!」
「不味い……不味いぞ!!」
テロリストが慌てて走り出す中。クレア達はシリカに呼びかける。
「おい!シリカ!シリカ!」
クレアが呼びかけると、シリカはクレアを見ながら答える。
「ル、ルリィは?」
「ああ、お前のお陰で無事だ」
「シリカ、止血するから……!!」
そう言い、助けられたルリィがシリカの撃たれた肩を縛って止血を始める。
銃で撃たれて最も警戒するのは失血死。止血して血が出ないように抑え込んでいると別のテロリストが船医のシアを連れて来ていた。
「退け!傷口を見せろ!」
そう叫んで、シアは持ってきた鞄から薬剤やら縫合糸などを取り出してシリカの傷の具合を確認する。
「幸いにも弾は動脈を貫通してないし、弾丸も残っていない……これなら医務室で治す。おい!担架だ!」
シアは相手がテロリストだと言うのにも関わらず、怒鳴り散らし。向こうもそんなシアに文句を言う事もなく担架を持って来てシリカを医務室に急いで運ばせた。
「出血は……それほどでも無いな…運が良かった……」
そう言い、シアはベットの上で治療を始める。現在医務室にはシリカを追いかけて来たクレアがおり、シアの治療を見ていた。
他の残りは別所に連れて行かれ、医務室の扉の前には明らかに動揺した様子のテロリストが立っていた。