「和食が食いてぇ」
ぼんやりと窓の外の景色を見ながらサクラは呟いた。
「どしたのいきなり?」
そしてその隣で唐突に呟いたサクラにケイリーが聞く。
「いやぁね。日本に来て長いっちゅうのに、何も日本食らしい胃袋に優しい飯を食ったことがないなぁって、思ってね…」
そこで最近の食生活を思い出しながら自分の腹を摩るサクラ。
「なるほど…」
そんな彼女の仕草にケイリーは納得する。彼女は大統領の一人娘とはいえ、育ちは日本人。
日本で暮らした期間もまだ記憶にあるような頃合いでアメリカのカロリーの高く、脂っこいものが多いアメリカ料理に囲まれていては、第二の故郷とも言える日本の料理に哀愁をおぼえるのも仕方のない話だと思った。実際、彼女はアメリカでも大統領やケイリー達に日本料理を振る舞うこともあった。
「じゃあ近くで何か食べに行く?」
ケイリーはそこで近くの日本食を提供する店の検索をしようとするが、サクラは言う。
「地元民のローカル飯が食いたい」
「…」
ケイリーはそこでサクラの面倒な性格が出てきたかと呆れる。彼女の凝り性というのはこういう時に面倒になるのだ。
もうこうなってしまっては、彼女は満足するまで止まる事を知らなくなる。
「じゃあ地元民に聞いてよ。ちょうど良くここには
半ば投げやりにケイリーは言うと、サクラはそれに頷いてから携帯で親しい友人に連絡を取った。
「お待たせ〜!」
そして放課後、学生寮の前でサクラは明乃・もえかの二人と合流する。
「ごめん、待った?」
「いや全然」
もえかと軽く言いながらサクラと合流した二人はそのまま学内を歩く。
横女のある猿島フロートは学生寮や学園の諸々を一括に収めた学園であり、学園以外の施設は存在していない。
「一応、外出申請もしておいたから夜遅くなっても大丈夫」
「オッケ〜」
「楽しみだなぁ」
すでにウキウキしてそのまま宙に浮いてしまいそうな様子の明乃にもえかとサクラは微笑みながら見てしまう。これから三人は外に出て日本食を食べようと近くの日本食を探す。サクラの誘いに二人は乗ってきたので、久しぶりに三人だけで外出をすることとなった。
「近くに日本食のお店って結構あるんだよね」
「どこに行く?
明乃はサクラに聞くと、そこで彼女は少し吹き出してしまった。
「ブフッ、姐貴って…」
「どうしたのいきなり?」
サクラともえかは姐貴といった事に少し笑って聞いた。
「ん〜、何となくサクちゃんって『お姐ちゃん』よりは『姐貴』って言った方が似合う気がしてね〜」
「それ、君の書記の影響じゃないの?」
サクラはそこで脳裏に常に興奮をすれば周りが見えなくなる典型的なオタク気質のあの記録員を思い出す。
任侠映画が好きとかを聞き、イメージに似合わないなあと内心で思っていた。
「うーん、どうなんだろうなぁ…」
明乃はそこで納沙の趣味で行われた任侠映画の上映会を思い出す。映画自体はそれなりに面白いのかもしれないが、幾分映画の内容自体が血生臭いので好き嫌いの差が出やすそうなどと思っていた。
「まあ好きな呼び方でいいんだけどさ〜」
「じゃあこれからは姐貴って私も言おうかな?」
もえかも新しい明乃の呼び方に少し笑って言うと、サクラも笑ってそれに頷いた。
「しかし姐貴か、何だか鋭いこと言いそう」
「それはどうなんだろう?それにみけちゃんはちゃん付けの方が似合うような気もする…」
「じゃあ姐貴ちゃんとかは?」
「いいかも」
もえか達とそんな事を話していると、そこで猿島フロートを離れる桟橋に到着する。
「水上バス?」
「いや、ここはスキッパーを借りて行こうよ」
水上バスは時間が限られており、代わりにスキッパーを用いた移動を明乃が提案してきた。今の時期、先の競闘遊戯会を終えたことで猿島フロートは横須賀を離れており、フロートから出るためには水上バスかスキッパーを借りる以外の方法はなかった。しかもこの水上バス、学校と横須賀を結ぶ路線であると言う理由で最終便が午後六時とバカ早い。
三人はスキッパーの免許を持ち合わせており、それぞれが乗り込んで移動することができる。
「ここ三人乗りってある?」
「中型スキッパー?多分あるはずだよ」
そこで三人は桟橋のそばの受付でレンタルスキッパーを借りてそこに乗り込む。レンタルなので民間用スキッパーであり、艦載艇である
「誰が運転する?」
そこで明乃が借りた大型スキッパーを前に聞くと、その様子を見たサクラともえかは優しい眼差しで言った。
「「ミケちゃんが運転すればいいと思うよ?」」
大型スキッパーを前に運転したくてウズウズしていたのをしっかりと見ていた二人はそう言うと、明乃は嬉しそうに答えてから操縦席に跨るとエンジンをかけてハンドルを握る。
「間違っても暴走とかしないでよ?」
「大丈夫!流石にブルマーのお世話になるわけにもいかないし〜」
「スキッパーでムーンサルトとかやめてよ?」
「このスキッパーじゃ無理だよ〜」
明乃も流石に学生でスピード違反の赤切符を切られる事を恐れており、学業にも影響をしてくるそれをするつもりは毛頭なかった。
「じゃあ出すよ?シートベルトOK?」
「「OK〜」」
そこで後部座席でシートベルトを閉めた二人はそのまま明乃のアクセルを回して街に繰り出す。
洋上を走り、少し遠出をして横浜市につながる桟橋を降りてフロートに降り立つ。
「おぉ〜、これが有名な赤レンガ倉庫ですか」
サクラは横浜港大さん橋国際客船ターミナルにて到着をした旅客船を見ながら地面に立つ。
「ねえねえ、どこのお店に行く?」
そして明乃が聞いてきたので、もえかが携帯を持って調べる。
「姐貴ちゃんのご要望は日本食。近くには色々とお店があるみたいだけど…」
横浜は神戸と並ぶ世界有数の国際都市、そんな場所には当然多くの『OMOTENASI』をするための施設が整っている。なので三人はここで日本食を食べようと考えていた。
「蕎麦か饂飩が食いたい」
「OK、じゃあうどんで」
もえかはそう言うと、サクラはそこで即刻蕎麦を否定したもえかに彼女は言う。
「蕎麦くらい、私が打ってあげられるし」
「おぉ、そっか。そういえば長野育ちでしたなもかちゃん」
もえかは横女に来る前、長野にいる親戚に引き取られたことで長い間、長野で暮らしていた。長野には信州そばがあり、学校の家庭科の授業で蕎麦打ちがあると言うことを明乃は思い出した。
「え?じゃあもかちゃんの手打ち蕎麦が食べられる!?」
この時、もえかは墓穴を掘ったと後悔した。明乃の純粋な言葉が余計にその傷口に塩を塗っていた。
「どうする?帰りに材料でも買う?」
「うーん…それで良いかも」
もえかはそこで自分が掘った穴は自分で埋めるべきだと考え、サクラの提案に乗ってしまった。
「ふと思ったが…日本食って種類が多すぎやしません?」
「んん〜、言われてみれば」
そんな時、サクラの呟きに明乃は思いつく限りの日本食を思い浮かばせる。
「饂飩・蕎麦・おにぎり・ラーメン…」
「天ぷら・筑前煮・お汁粉・ぜんざい・雑炊…」
「フランス人より舌が肥えてそうなラインナップね」
パッと出てくるだけでもこれだけある日本食にサクラは思わず言ってしまう。
「そもそもフランス人って舌肥えてるの?」
「「さぁ?」」
そして明乃の疑問に二人は答えられずに首を傾げるだけで終わってしまった。
そして翌日、蕎麦粉や小麦粉と言った必要なものを購入した明乃達三人は放課後に料理室に集まって蕎麦打ちをすることとなった。
前日に食べた天ぷらうどんも良かったが、もえかの作る蕎麦もサクラは楽しみにしていた。あとから他の乗組員達から文句が出るかもしれないが、今は知らないことにしていた。
「「ゴチになります」」
「うむ、良きに計らえ」
材料費は全てサクラの自前なので実質的な奢りである。
「蕎麦打ちで重要なのは時間。時間が経つと水分が抜けて生地がボロボロになっちゃうから、手早く打つことが重要なの」
「「ほぅほぅ」」
もえかの解説を受けながら蕎麦粉に小麦粉、冷水を準備してボウルも準備する。
「要は蕎麦粉を手早くチネって伸ばして固めると?」
「そうだね」
ざっくりとした要約をしたサクラに頷くと、そこでまず最初に小麦粉と蕎麦粉を一:四の割合でふるいにかけて混合する。
「手早く…」
「まだ水入れていないから大丈夫よ」
そこで明乃にサクラが言うと、氷でキンキンに冷やした冷水の準備を終える。
「水は一割くらい多い方が水が抜けても大丈夫だから」
「オッケ」
もえかの指導を受けながら準備を進めると、明乃は粉をふるいにかけるとその後に粉を囲うように冷水を注ぎ入れる。
「んっ、んしょ…」
そして三回に分けて水を入れながら粉を混ぜ始め、纏めていく。
「最初から固めようとしないで、全体的に水と粉を混ぜ合わせるように」
「んん〜、冷たい…」
まだ暖かい時期とはいえ、氷でよく冷やした冷水は手先によく染みた。
「どう?」
「だいぶ固まってきたよ」
そして大粒状になった後、一塊に練り上げていく。横女のブルーマーメイドなどの船乗りを育成する機関の生徒であるので、力には自信があり、明乃は生地に力を加えて固めていく。
「ふんっ!!」
明乃はそして力を加えて固めていき、蕎麦の塊を完成させる。
「よし、じゃあ伸ばしていこうか」
「「はーい」」
そして出来上がった生地に打ち粉を塗し、徐々に生地を伸ばしていく。
「よっと」
麺棒を使い、生地を広げ、巻いてから再度伸ばしていく。
そして十分に生地を広げると、そこでもえかが折りたたんで生地を重ねると小間板と蕎麦包丁を取り出してもえかが蕎麦生地を切っていく。
「どのくらいがいい?」
「「細麺」」
もえかが注文を聞き、生地に垂直に包丁を立ててトントンと手早く切っていく。
「上手っ」
「うわぁ!すごい、上手だよ!」
もえかの蕎麦切りの腕前に、純粋に明乃が言うともえかは頷く。
「うん…昔に散々やったからね…」
その時、もえかの目に光は無かった。
『蕎麦打ち三年、こね八年』、『木鉢三年、延し三か月、包丁三日』と言う言葉が日本には存在し、蕎麦切りには三年間の修行が必要であると言われている。長野で孤児院から引き取られた期間を暮した彼女は、信州そばが名物であると言う理由で幼い頃から何かとやらされたのだろう。
「なんか…大変だったのね」
「いえいえ、そんなことはありませんとも」
サクラが言うと、そんな慰めすらスルーしてしまう悲しいもえかの過去を見た気がした。
そしてその後、出来上がったそばを食べる三人。
「「「いただきま〜す」」」
そして冷水でキツく締めた蕎麦を箸でとって麺つゆに漬ける。
「「「ズズズ」」」
そしてネギと共に啜る。何度か噛んで飲み込む。
「「「美味ぁ…」」」
直後に自家製打ちたて蕎麦に満足な顔を浮かべる三人。苦労して作ったので満足しながらサクラ達は日本食を堪能した。