始まりはとあるブルーマーメイド上層部の汚職からだった。
汚職を摘発するという事例は今までも多く行われて来たが、今回はまた違った内容だった。
その汚職を行った海上安全整備局のとある上層部の監督官は、未成年に対する売春行為を行っており、またその監督官はその情報をもみ消しに走ったとされていた。
元々世界的な公的機関であるブルーマーメイド・ホワイトドルフィン。その両組織を統括する海上安全整備局、その上層部が隠蔽を行なったという事実は連日ニュースを騒ぎ立てるのには良い材料となった。
またその監督官が憲兵に値する組織の長だったこともその問題に油を注いでいた。
『『っーー!!』』
横須賀市内を歩くのはブルーマーメイドの体制を変えることを訴えるデモ集団。彼等はしきりにブルーマーメイドの組織の抜根的見直しを求めていた。
「…」
そのデモ隊を囲んで警護を担当する警官も少し眉を顰めてそのデモを見ていた。
「全く…呆れたものだ」
その様子を冷ややかな目で見ていたのは宗谷真白。
知名もえかと同期の海洋大学出身生であり、現在は安全監督室所属のブルーマーメイドであった。
「まあ、これだけニュースなどで叩いていればそうなりますよね〜」
その隣では旧知の仲である納沙幸子がデモ隊の様子を映像に収めながら答える。
二人はブルーマーメイドの抜根的改革を叫ぶデモ隊の様子を撮影する命令を受けて歩道橋の上から私服姿で彼等を見下ろしていた。
「売春を隠蔽するのは確かにアレだが…」
「安全監査室の室長が派手にやらかしやがりましたからね。まあお陰で私はシロちゃんとお仕事できるのですが♪」
「シロちゃんと呼ぶな。宗谷二等保安監督正と呼べ、仕事だぞ?」
私服姿とは言え、学生時代のあだ名で呼んできた彼女にため息を吐きながら真白は納沙を見る。
「大体、撮ってる最中にそんなことを言うな。声が乗ったらどうするんだ?」
「大丈夫ですよ〜、ウチの室長はそこらへん分かっているでしょう?」
「全く…」
真白はそこで思わずため息を吐く。彼女が現在配属されている安全監督室の室長は宗谷真霜で、偶然とは言え身内贔屓ではないかと配属された時は言われたものだった。
「やだなぁ、これ終わったら久しぶりにみんな揃ろうんですよ?こんな面倒な仕事ちゃっちゃと終わらせましょうよ〜」
「それはそうだが…」
そこで真白は腕時計の時間を確認すると、納沙に言う。
「そろそろ時間だな…切り上げるぞ」
「はーい」
納沙は真白に少し抜けた声色で返すと、撮影を行っていたタブレットを片付けると、さっさと撤収して行った。
その後、撮影したデータを転送し、納沙が仕事用から私用のタブレットに持ち替えてから二人は東京に向かう水上バスに乗り込んでいた。
「しかし、全員が集まれるとは珍しいな」
「本当ですね〜」
水上バスの上で真白と納沙は今日行われる飲み会の会場に向かう。
卒後、すぐにブルーマーメイドとして船に乗り込んだ我らが艦長は、さすがと言うべきか現場主義の強い人であり、自分が海洋学校を卒業する頃には『鉄血の女』や『横女の突撃艦長』と言った二つ名が付けられるほど実績を上げていた。
なおこの二つ名、彼女の乗る船は海賊に対応するたびに良くて小破、酷いと大破になって帰ってくる事から付けられたそうで、整備班からは毎回船をボロボロにしてくるので嫌われていると言う。ソースは横須賀工廠に配属された黒木からだ。
「あれ、副長?」
すると二人に声を掛けて来た人物がおり、真白達はその方を見ると、
「あっ!副長だ!」
「あぁ、駿河か」
「お久しぶりです〜」
「久しぶり〜」
二人に話しかけて来たのは、晴風では機関科所属だった駿河瑠奈と広田空だ。
「まさかここで会えるとはな」
「ね、まあ近い時間帯だし、無くはないだろうけど」
広田も真白とばったり会ったことに少し驚いていた。
「良かったですね。誰にも会わずに会場に着くとかしてたかもしれませんから」
「…それは思っていたが言うな…」
真白の場合、会場に行く為の水上バスが乗る直線に故障するとか言う割と洒落にならない不幸を招き入れる可能性があり、実際似たような事故で海洋大学時代の実地訓練で彼女の乗るスキッパーが訓練中にエンジンブローしてお釈迦になったことがあった。
「副長ならありそうなのがね…」
広田も真白の不幸体質はわかっており、真白に憐れんだ目線を向けてしまう。
「でも、ここまで来たんですから。今日はきっといい日ですよ」
「まぁ、そうだと思っておこう」
駿河の慰めに真白は好意的に受け止めると、水上バスは無事にフロートに接岸した。
そして他の人と同様、真白達もフロートの通路を歩きながら話す。
「しっかし、私たちも変わったわよね〜」
「ええ、全く」
広田の言葉に真白は様々と頷く。
海洋学校を卒業した後、私たち晴風クラスも多くの道を歩いたものだ。
自分や艦長のように、ブルーマーメイドになった者たちでさえ海洋大学に進学の有無もあったりする。
そんな状況でブルーマーメイド以外の道に歩んだ者は無数の道があるに違いなかった。
「ここか?」
「そうですね〜」
そしてフロートに並ぶ店の一つ、『料亭伊良湖』の暖簾を見る。
「料亭で飲み会なのか…」
「今日は無礼講で良いんですよね?」
「君はいつも無礼講じゃないか…」
真白は納沙に呆れた目線を向ける。
海洋大学の同期で、偶然にも同じ場所に配属となった事で、納沙は真白の事をあだ名で呼ぶことが多かった。と言うより、余人の目が無かったらすぐなあだ名呼びであった。
「まあまあ、中でみんな待っているでしょ?」
「いきましょうよ」
そこで駿河達が急かすので、真白は暖簾を潜って店の扉を開けた。
「いらっしゃーい」
そこでまず出迎えたのは伊良子美柑、かつて晴風で給糧員を務めたクラスメイトだ。彼女は蜜柑色の着物を羽織って真白達を出迎えた。
「わぁ〜、美柑ちゃん久しぶり〜」
「久しぶり〜」
駿河は美柑に近づいて久しぶりの再会に花を咲かせていると、
「おっ、先に副長が来たんだ」
「えっ、まじか〜」
店の奥から武田美千瑠がビール瓶片手に顔を覗かせ、小笠原光が反応する。
「賭けは私の勝ちだな」
「ぐぬぬ…仕方ないか」
小笠原はそこでビール代一本分の小銭を武田に渡した。
「何を賭けていたんだ…」
「副長か艦長、どっちが先に来るか」
ビール代を賭けていたと言う事実に真白は呆れながら掘り炬燵形式の席に座る。
伊良子の店はフロートの外にも出られるバルコニー席があり、そこの席で真白は既に並んでいる料理の山を見ていた。
「悪いな、先に始めさせてもらったで」
そこで豪快に一升瓶を片手にTボーンステーキを食べる柳原麻侖。
「いや、別に構わない」
真白は気にしない様子で料理の刺身の船造りを箸で摘む。
「どうしても食べたいってマロンが駄々を捏ねた者だから…」
そう言い柳原の横で黒木が事情を言うが、彼女の江戸っ子的性格は学生時代から分かっていた。変わらないんだな、と真白は懐かしさを覚えながら黒木に言う。
「いや、宴会料理がまだ残っているなら気にしないさ」
そう言ってまだまだ始まったばかりで大量に残っている料理の山を見る。
既に集まっている面々で先に始めてしまっており、何本もビール瓶が開けられていた。
「あまり飲みすぎるなよ。明日仕事の奴もいるんだろ?」
「バッキャロー、こう言う時に派手にやらにゃ宴会の意味ないんでぃ!」
既に柳原は芋焼酎を瓶で煽っており、顔は真っ赤っかである。
「マロン、少し飲み過ぎよ」
「んな事ねぇやい!」
黒木が軽く注意をするも、彼女は知ったことかと言わんばかりに瓶ごと行ってしまう。
「しかし、まさか全員休暇が取れるなんて思わなかったよ〜」
「ね、奇跡だよね」
元晴風砲術科は先の二人以外にも日置や松永の姿もあり、だんだんと人が集まって来ていた。
「あっ、副長。万理小路さんと艦長、ちょっと遅れるって」
「分かった」
そこで携帯を片手に八木鶫が真白に伝えると、彼女は小さく頷く。
「艦長も忙しいですね〜」
「私たちと違って現場に出ているんだ。いつ呼び出されるかも分からんしな」
酷いと休暇返上で呼び出しを受けることもあり、前々回の飲み会では来る途中で呼び出されると言う涙目案件な話もあった。
「全く、海賊対処をするたびに船壊すのはやめてほしいわ」
すると黒木が心底恨めしそうな顔で大きくため息をつく。
横須賀でも指折りの実力を持つ明乃だったが、擲弾が飛び交う中を躊躇なく突っ込んで体当たりなんかもやる影響で全体が毎回ボロボロになると言う。
お陰で明乃が出航すると聞くと、工廠の整備員達は備品の確認を必ず行うと言う。
「苦労しているな…」
「い、いえ…そんな事は…」
真白に慰められ、黒木は少し嬉しげにしながら返した。
流石に海賊の有していた潜水艦を、船体をぶつけてバルバスバウを衝角代わりにして沈めたと聞いた時は真白も絶句してしまったものだ。
「お待たせ〜」
すると次に入って来たのは和住と青山だった。
「あっ、副長。お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな」
二人は前回の飲み会には来れなかったので、かなり久しぶりの再会だった。
三年間で穴が開くほど親睦を深めすぎた晴風のクラスメイト。クラスには現在も第一線で活躍している研究員やブルーマーメイドもおり、集まる事はなかなか出来なかった。
そしてだんだんと人も増えていき、宴会場は賑やかになっていく。
取り敢えず全員に酒が入り始め、黒木が下戸な柳原の介抱を始めた頃。
「お待たせ〜」
宴会場を貫く陽気な声、ここにいる全員が知っており、かつて慕った人の声だ。
「おぉー、艦長〜」
「真打登場〜」
「もうみんな始めちゃってますよ〜」
そこで最後に店に到着した明乃は、そこで靴を脱いで真白の隣に座る。
「久しぶり。シロちゃん」
「お久しぶりです。艦長」
真白は明乃に少し挨拶を済ませると、そこで持って来たビール瓶の蓋を取る。
「どうぞ」
「ありがと〜」
そこで並々とグラスに注がれるビール。最初に開けた瓶ビールで派手に吹き出した事で少し警戒していたが、真白は安堵しながら注ぎ終えた。
「わあ、ビールなんて。もうみんな大人だね〜」
「昔とさほど変わりませんよ」
そこでやいのやいのと盛り上がる宴会場を、明乃は懐かしく思いながらグラスを傾ける。