ホドモエシティに着くと、街の奥で爆炎が上がるのが見えた。どうやら、"祭り"は既に始まっているらしい。
「あやつら、儂の到着も待たずに始めよって!」
そう言うアデクさんの顔はしかし、イキイキと輝いている。早く参加したくて堪らないのが丸わかりだ。
高速艇を港に停めるや、脇目も振らず駆けだした。五十半ばとは思えぬ健脚である。
「あ、アデクさん速いっ、速いって!」
必死に追いすがるがなかなか距離が縮まらない。
ウソだろ、俺100m走13秒だぞ!
「ぬはははは、遅いぞアシタバ!
この程度着いてこれんで四天王になれるか!」
「なるつもりねーっての!」
あのひとまだ諦めてなかったんかい!
街のそこここで立ち止まり、音のする方を不安げに見やっていた人々が、爆走するアデクさんに気づき慌てて道を譲っていく。チャンプは走りながらも一人一人に目礼を返し、さらに速度を上げた。
ホドモエの土地勘なぞないが、倉庫街へは難なく辿り着けた。なにしろひっきりなしに爆音が轟いてくるのだ。
これで迷うのはダンデくらいのものである。
コンテナとプレハブ小屋、それからコンクリ製の頑丈な倉庫が立ち並ぶ一画は、イッシュの流通を担う重要な場所であり、普段なら作業員でごった返している時間だ。
しかし今は、混沌の坩堝と化していた。
「シャンデラ! シャドーボールっ!」
シキミの声にシャンデラが漆黒の弾を飛ばせば。
「切り裂け、レパルダス」
ギーマさんの冷徹な指示にレパルダスが応え。
「ぬぅおおおおお! ローブシン!」
レンブさんの掛け声でローブシンがぶっとい柱をぶん回し。
「ドリュウズ、ドリルライナーだ」
カウボーイっぽい格好のおっさんがドリュウズを戦わせていた。
そのたびに、ロケット団の下っ端どもが情けない悲鳴をあげながらバタバタ倒れていく。
いや最後の人だれ?
「む? おお、ヤーコンではないか!
言われて俺は得心した。
たぶんギーマさんあたりが話をつけておいたのだろう。イッシュを脅かす犯罪者どもをしばくと言えば、協力しないジムリーダーは居ない。
「さあ儂らも行くぞアシタバ!」
「うす!」
気合い充分、俺達もボール片手に飛びこんだ!
「なんなんだ、なんなんだよクソっ!」
楽な仕事の筈だった。イッシュといえば娯楽好きな地方で知られている。ちょっと過激な催しを見せてやれば、誰も彼も飛びついた。
地下格闘技やレートの上限を取り払ったカジノ、希少ポケモンのオークションに人身売買、企画はどれも面白いほど当たり、毎日毎晩札束が積み上がっていった。
もう少し、あと少しで、オレも幹部になれるはずだった。それだけの貢献はしてきたんだ!
それがどうだ。
どこから嗅ぎつけたものか、チャンピオンが精鋭を引き連れてアジトを襲撃してきやがった!
クソックソックソッ!
手下どもはなんの役にも立ちゃしねえ!
まるで大人と子供の喧嘩だ、いいようにやられていきやがる!
「ちっとは踏ん張れよ役立たずどもが……っ!」
毒づきながら金や宝石を掻き集めていると、不意に視線を感じた。
周囲に目を走らせる。倉庫の隅に構えた事務所はたかだか六畳程度の広さしかなく、手下はみな出払っている。
誰かが居るはずもないし、居ればすぐにわかる。隠れる場所などどこにもないのだから。
だのに、視線が纏わりついて離れない。
不気味な感覚に、背筋が総毛立った。
「な、なんだ、誰だっ!」
ひっくり返った声で叫ぶと、どこからともなく返事があった。
『沢山お金あるネ。金銀財宝ザックザク。
フーゴ、金目の物大好キ♡』
言いつつ、棚の後ろからぬるりと這い出る手があった。電気を消した薄闇の中でも、やけにキラキラ輝いている。まるで、手そのものが黄金で出来ているかのように。
「……は?」
乾いた声が漏れた。
白昼夢でも見ているのだろうか。
手が伸び、腕が出て、頭が見えて、顔が覗いた。
明らかに人間ではない造形のそれが全身を現したとき、オレは棒を飲んだように立ち尽くした。
たぶんポケモンなんだろうが、こんな奴は見たことも聞いたことも無い。
眼と思しき部分がぱちりと開閉する。
ヒトのように瞬きしたのだと分かるのと、そいつが二の句を次ぐのはほとんど同時だった。
『ネ。そのお宝、チョーダイ?』
金ピカの化け物が両掌をお椀のように差し出す。
鞄に詰め込んだありったけの金を寄越せと言っているのだ。瞬間的に怒りが沸いた。
「……っざけんな! なんでテメェにくれてやらなきゃならねえんだよ! 死ね!」
ラッタを繰り出す。岩をも砕く突進はしかし、化け物の体に掠りもしなかった。
まるでホログラフにでも突っ込んだように手応えがない。勢い余って後ろの壁に激突し目を回すラッタに、化け物が大袈裟に驚いた。
『ワォびっくり! フーゴを突き飛ばすつもりだったノ? でも残念! フーゴのボディは黄金製!
かすり傷1つつかないヨ!』
ぴょんとその場で逆立ちする化け物に歯噛みする。
ああちくしょう、どいつもこいつも!
するとだしぬけに事務所のドアが蹴破られ、男が顔をのぞかせた。
「あっフーゴ! お前こんな所にいたのか!
勝手に出歩くなよ、心配するだろ?」
『オゥソーリー、ごめんねマスター、お外が楽しすぎて色々見てまわりたかったノ』
「こんな灰色ばっかのとこよりもっとおもろいところ連れてってやるよ。……えーと、あんたがアイツらのリーダーだよな? 大人しく投降すりゃ痛い目見ずにすむけど、どうする?」
『どーすルどーすル?』
「…………!」
じりじりと後ずさる。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!
おれはこんな所で終わるタマじゃねえ!
おれは唇を笑みの形に歪め、男に語りかけた。
「な、なあ。アンタ、金が欲しくはねえか?」
「──あ?」
男が片眉を上げる。
おれは懸命に言い募った。
「金ならある、いくらでもある! な、この鞄の半分くれてやるからよ、見逃してくれよ。いいだろ? お前にとっても悪い話じゃねえよな? な?」
「…………幾ら入ってんの、それ」
男がにやりと笑う。俺も笑った。
いいぞ、食いついてきた!
金は惜しいが、命の方がもっと惜しい!
「ざ、ざっと1億は入ってる!
その半分やろうってんだ、悪かねぇだ」
「フーゴ」
『アイ・アイ・サー!』
化け物が指を向ける。刹那、全身を激痛が貫いた。
「ぎゃっ!?」
身体中の神経がびりびりと痺れているような不快感に堪らず膝をつく。
「チャージビームだ。シビれるだろ?」
かつ、と男が近づいてくる。
「これがお前らとの初対面だったら、億が一取引に応じたかもしれねえけどよ。生憎こちとら、ロケット団には散々やられてるんだわ。
幾ら積まれようと見逃すなんてごめんだね」
2発目の電撃が飛んでくる。
おれは這い蹲るようにして許しを乞うた。
「わ、わがっだっ、ごうざんずるっ!
ごうざんずるがらやめでぐれっ」
縺れる舌で必死に頼みこむと、いつの間にか目の前に来ていた男が膝を折り、にっこり笑った。
「おっけ。じゃ、あとは気絶しとけや」
3発目のチャージビームを浴びせられ、おれはあっさり意識を失った。
黄昏時の倉庫街に、パトランプが明滅する。
数え切れないぐらいのパトカーが集合し、ロケット団員たちを次々に乗せていった。
「ここが1番でけぇアジトだったらしい。あちこちに散らばる残党どもも間もなく逮捕されるだろう」
ホドモエジムリーダーのヤーコンさんが葉巻を吹かす。渋い声といいその仕草といい、めちゃくちゃカッコイイ。
「よりによってオレの縄張りで勝手を許しちまった。
償いはさせてもらうぜ、チャンプ」
「なんの」
アデクさんは首を振った。大立ち回りを演じていたはずなのに、息ひとつ切れていない。
呆れたタフネスぶりである。
「気にするでないヤーコンよ。
悪党はいつの時代も法の網を掻い潜ることに長けている奴らだ。おぬしのせいではない」
そう言って、四天王候補の3人とヤーコンさん、それから俺をひとわたり見つめて、大きく頷いた。
「怪我をしてる者はおらんな。それは重畳!
皆の者、素晴らしき働きぶりであったぞ!
今宵は宴といこうじゃないか!」
「そう言うと思って、もうお店を押さえてますよ〜!」
シキミが元気いっぱいに手を上げる。
昨日の不機嫌はどこへやらだ。
「日付が変わるまでには帰りたいんだが」
「無理だろうな、今日の師匠はテンションが高い。
下手すると朝までコースだぞ」
「…………」
ギーマさんが目頭を抑え、レンブさんが豪快に笑う。
アデクさんが俺の肩に腕を回した。
「さあアシタバよ! 長き旅の前にぱあっと飲むぞ!」
あ、やっぱ俺も参加ですか。
宴会はそりゃもう盛り上がった。渋っていたギーマさんすら楽しそうに笑っていた。
シキミからはかなりしつこくアデクさんとどこで何してたか聞かれたが、のらくら躱しつつ度数の高い酒を飲ませて潰した。
レンブさんとヤーコンさんは「ポケモントレーナーはどうあるべきか」という議論からなぜか腕相撲大会に発展し、アデクさんが圧勝した。俺は最下位だった。
半神半人になっても筋力まで変わるわけじゃないらしい。新たな学びだ。嬉しくないけどな。
ひとり、またひとりと潰れていき、最後には俺とアデクさんだけが残った。
(ヤーコンさんは明日も仕事があるからと帰っていった)
「アシタバよ」
アデクさんが尋ねた。
「この後はどうするのだ」
無論、神退治の件だろう。
俺はかねてから考えていた予定を伝えた。
「実は俺が在籍するゼミの教授が、古代神話の専門家なんです。
だからひとまずジョウトに戻ろうかと」
「そうか」
グラスを傾ける。アルコール度数90パーセントのそれを水のように飲み干して、アデクさんが振り向いた。
「あやつの場所が分かったら、ぜひ儂にも報せてくれ。
一緒に殴りに行こう」
「殴るて」
話し合おうとか言ってたじゃないすか。
思いっきり噴き出すと、アデクさんも笑った。
「分かりました。約束します」
「うむ」
ちん、とグラスをぶつけ合う。
この上なく美味い酒だった。
イッシュのとある場所。
《ポケモン解放戦線》の事務所に2人の男が座っていた。1人は若く、1人は中年で、どちらも憔忰しきっていた。
シキミのデスカーンに"お仕置き"されて以来、彼らは一睡も出来ていない。眠るたびに狭くて暗いところに閉じこめられる悪夢を見るからだ。
若い男がとぼんと言った。
「疲れましたね、リーダー」
「……そうだな、我が同志」
中年の声にも覇気がない。
どこで間違ったのだろう。
ポケモンを愚かな人類から解放する。
これは間違いなく崇高な使命のはずだ。
なのに蒙昧な市民は我々を嘲り、愚鈍な警察は仲間を捕らえ続けている。仲間達の中にも逃げるものが出始めた。
なにが間違っているというのだろう。
何が…………。
答えのでない煩悶に悩まされていると、備え付けの電話が鳴り出した。
のろのろと受話器をとる。
「……こちらポケモン解放戦線第5支部」
『こんばんは、突然ですがあなたがたのリーダーに繋いでいただいても?』
丁寧だが、どこか冷たい雰囲気の漂う声だった。聞き覚えはない。
中年が居住まいを正した。
「私がリーダーだが」
『おお、そうでしたか。それは有り難い。実は最近あなたがたの活動を知りましてね。非常に感銘を受けまして、是非とも末席に加わらせていただければと』
中年の瞳に光が宿った。
「なるほど、あなたは他とは違う賢い人のようですね。
お住まいはどちらです? お近くの支部を紹介しますよ」
『ああいえ、できれば貴方にお会いしたいのです、リーダー。このような素晴らしい活動を起こし、広めるには言語を絶する苦労があったでしょう。貴方は偉人だ、間違いなく。ぜひとも直接お逢いして感謝の念を捧げたいのです』
「…………」
中年は目をつむり、相手の言葉を噛み締めた。
己の努力や苦労を理解し、慰めてくれる。
こんなに嬉しいことはない。
涙ぐみそうになるのを堪えながら言った。
「その言葉だけで今までの苦労が報われるようです。ではぜひともお会いしましょう。どこで待ち合わせますか」
『人目につかないところがいいですね。
カラクサタウンなどはいかがかな?』
「わかりました」
その後しばらく詳しい日時などをやり取りし、満足のうちに通話を切ろうとして、まだ相手の名前を聞いていないことに気づき慌てて問いかけた。
「すみません、あなたの名は?」
相手はほんの一瞬間を置いてから告げた。
『ゲーチスです。では、よろしく』
それきり通話が切れた。
というわけで100話。
これにて第1部終了。
イッシュのロケット団をぶちのめしてもなにやら怪しい影が蠢いてますね〜。
ほかにも色々解決してない問題があります。
解決できるのかアシタバは。というか作者は。
冗談はさておき、7/12から今日まで毎日更新を続けてこれたのは、ひとえにみなさんが読んでくださり、感想や評価をくださったおかげです。
本当に、ありがとうございました。
第2部は11/1開始予定です。
それまでしばらくお待ちください。
良ければ感想高評価おなしゃす!
追記
第2部開始しました!
こちらのリンクからどうぞ!
https://syosetu.org/novel/328648/