読者諸君は、石山を歩いた経験があるだろうか。
ない人のために説明すると、石山とは右を向いても左を向いても石か岩しかない不毛な山地のことである。当然登山道も砂利道ばかりで、滑落防止のためにロープを二本伸ばしただけのド・シンプルな仕様だ。
いま俺が登っている摺鉢山は標高が低く、なだらかな上り坂がダラダラ続いている。一見歩きやすそうだが、足元に散らばる大小の石が曲者だった。
まず、踏んづけるとクソ痛い。登山用のブーツを履いていても尖った小石が食いこんでくる。自然、すり足になるのだが、そうなると今度は大ぶりの石に爪先をぶつけて不快な思いをするわけだ。
それと、これは俺も今知ったんだが、平たい石は滑る。そりゃもうめちゃくちゃ滑る。大勢の人が踏みしだいて均した石は、ちょっとしたバナナ並にツルッツルになるのだ。1歩進んだ拍子に体勢を崩し、慌ててロープに掴まるくだりをもう10回はやっている。そのたびに背中を嫌な汗が流れ落ちた。
登山開始から1時間。現在地点、五合目あたり。頂上まで目測およそ20キロ。
代わり映えのない景色と、行く手を阻む石群に、
「も…………もう無理ぽ…………」
俺の心はバキバキに折れていた。
「ぎしゅぅ」
先を行く相棒・
「ぎ、ぎしゅぎしゅ」
カブルーがしゃがみこむ。おんぶしようと言ってくれているのだ。あまりの優しさに俺は涙腺が決壊しかけたが、丁重に断った。
ありがとうカブルー。お前の想いはしっかり受けとったぞ。両手が鎌じゃなかったら是非ともお願いしてたけども。
「舐めてたなあ……登山」
標高の高さと登頂の難易度って必ずしも釣り合わねえんだぁ。学んだよ、俺。
自嘲しながら片足を踏み出したその時。
ベルトから吊り下げたフレンドボールが、とんでもない強さで振動を始めた。
「あー……また…………」
うんざりしながらボールを取り上げる。
「もうちょい我慢してくれよちびすけぇ。頂上まであとちょっとだからよ〜…………」
情けない声で頼みこむが、ボールの中の雛鳥様は怒り心頭だ。
『げるるるるるるるっ!』
それはさっきも聞いた! と眦を吊り上げている。
そうだな。実際さっきも言ったしな。
俺は深いため息をついて、ボールをベルトに戻した。
────登山を開始していくらもしないうちにルギアが騒ぎだした。いつもより近い空にいたく感激したんだろう、外に出たい、はやく飛びたいと我儘を垂れ始めたのだ。それは無理だ、もう暫く待ってくれとこんこんと言い聞かせ、ボール越しに景色を見せて一旦は落ち着いたものの、すぐにそれじゃ抑えきれなくなった。要求はどんどんエスカレートしていき、いまや一分一秒でも早く自由にさせろと喚いてくる。赤ん坊の癇癪大爆発だ。
いまやもう何を言っても通じない。可及的速やかに頂上まで行ってクタクタになるまで遊ばせるしかないんだが、疲労が限界に達している。500メートルも進まないうちに、俺はとうとう道端に座りこんでしまった。
ルギアの抗議の激しさたるや。もはや振動なんて生易しいものじゃなくて、ばいんばいん飛び跳ねる新種の
俺は両膝を抱えて丸くなった。
「…………育児ノイローゼになりそ」
「ぎしゅ……」
カブルーがおろおろと両手を上げ下げする。そこへ、ガラの悪い声が降ってきた。
「なんだなんだぁ、疲れたのかぁ?」
「若いくせにだらしねぇなあ!」
「そのあんよは飾りでちゅかあ?」
なんとも乏しい罵倒語である。
若い山男の群れだった。全員イシツブテを連れ歩いており、おやそっくりの下衆な目つきをしている。
「…………ンぁ?」
「ぎしゅっ」
覇気のない俺に代わって、カブルーが鋭く睨みつけた。ギラつく刃に一瞬怯んだ男たちだったが、数の有利を頼みに圧をかけてきた。
「そ、そんなもん怖くねえぞ!」
「お前トレーナーだろ! 目と目があったら勝負しろやァ!」
「オレらが勝ったら有り金寄越しな!」
こんな登山道の真ん中でバトルとかアホか。
俺は微苦笑を浮かべ、やんわりと断った。
「
…………いかん。つい本音が出てしまった。
愛想笑いで誤魔化しながら先を行こうとする俺を、山男Aが嘲弄した。
「ガハハハハ! そんなにオレたちが怖いか!
なら、こっちが負けたらお前を頂上まで運んでやるよ!
おまけつきでな!」
と言って、中身の詰まった皮袋を掌の上で跳ねさせた。
俺の耳が、素早く中身を精査する。
────あれは500円玉ばかり入った財布だ。
かなりの重量を感じさせる音だった。換金すれば軽く数万は下るまいっ。
「…………それ、ガチで言ってんすよねぇ?」
ゆらりと振り向いた。俄然ヤル気に溢れた俺に、男たちはニヤニヤ笑って「おおよ!」「やれるもんならやってみなあ!」「降参するなら今のうちだぞ!」と囃し立てた。
俺はリュックからネックレスを取り出し、ズボンに突っこんだ。ウキウキにこにこ腕を回す。
「じゃ、やりましょか!」
イシツブテ3体vsカブトプス。
全員まとめて水の波動でワンパンでした。
「お待たせしました、頂上でぇす」
「足元お気をつけてくださぁい」
「あっ、この石よけときますねぇ」
少しばかり礼儀正しくなった山男ABCに代わる代わる背負わせ辿り着いた頂上は、清々しい風が吹き渡っていた。
北北西に小さく見える紺碧が怒りの湖だろう。カントーとジョウト両地方に跨る
エンジュシティの鈴の塔が、風景にえも言われぬ美を添えていた。
こんなに素晴らしいロケーションにも関わらず、他の登山客は居なかった。やはりみんな地下の攻略に行くんだろう。こちらとしては好都合である。
「ん」
掌を差し出す。男たちが慌てて賞金を支払った。
「じゃ、じゃああっしらはこれで…………へへ」
そそくさと帰ろうとする背中に、俺は無論、待ったをかけた。
「足りねえ」
「「「えっ」」」
「足りねえなぁ? たりねぇよぉ。
なんせ俺には
ポケットから引っ張り出したネックレスを突きつけると、男たちが涙目で後ずさった。
「そ、それは…………っ!?」
「まさか…………っ!?」
「かの悪名高き
うーんいいリアクションだ。
笑顔のまま無言で手招きすると、男たちは泣きながら残る所持金を支払い、よろよろと帰って行った。
ありがとうお守り小判。ビバお守り小判。なんと素晴らしいアイテムか。これなら唐揚げを山ほど買ってもまだまだ余裕がある。俺はホクホクしながら腰のボールを持ち上げた。
「待たせたな。よーやっと飛べるぜ」
開閉スイッチを押すやいなやルギアが飛び出してきた。あれほどの怒りもどこへやら、すぐに翼を羽ばたかせ、大空に身を躍らせる。
「げうるー……ぅ」
心地よさそうな鳴き声が遥か彼方まで響いていく。
ハンディカメラで撮影しながら、俺は未知の光景に興奮しっぱなしだった。
実際、ルギアの飛翔は「飛ぶ」というより「泳ぐ」に近い。気流に乗ると翼を停め、全身をまっすぐ揃えて風に身を委ねている。その姿勢のままくねる様子は、鳥類よりもむしろ海洋生物に近い動き方だった。
明らかに重力を無視した動作だが、ルギアの毛並みや羽根には浮きやすくなるための機能があるのかもしれない。
それとももしや、超能力で身体を浮かせているのだろうか。だとすればルギアはエスパータイプなのではないか。
思考がとめどなく溢れてくる。
────それにしても。
「あんなにチビっちゃくても、優雅なもんだなあ……」
「ぎしゅ」
頑張ってくれたカブルーと甘酸っぱいソクノの実を齧りながら、いつまでもルギアを眺めていた。
というわけで第12話。
絡まれても物怖じしない主人公君。この程度の圧なら屁でもないくらいには鍛えてます。
金策の強い味方・お守り小判。どんな幼児からも賞金2倍巻き上げる悪魔みてぇな道具ですがみなさん誰に持たせてましたか。作者は勿論ハイパーボイスのあの子です。
よければ感想評価おなしゃす。