束の間の浮遊。そして落下。
胃のあたりがぐわっと浮き上がる不快感と、まわりの風がびゅうびゅう流れていく恐ろしさに、頭がどうにかなりそうだった。
「くそっ」
ベルトからボールを毟り取り、先に落ちていく
ルギアもしまおうと振り向いたが、要らん心配だった。雛鳥様は呑気なもので、スカイダイビングさながら鼻歌まじりに飛んでいる。この様子なら落ちて死ぬことはあるまい。腐っても鳥だし。問題はあの子だ。
「おい! 大丈夫か!」
すぐ隣で落ちる少女に呼びかける。
彼女は頭を下にして垂直落下していた。ぐったりして反応がない。血の気も失せている。
────気絶しているのだ。
俺はぞっとした。文字通りのお先真っ暗、どこが地面かも、いつ着くかも分からない黒影の世界。この勢いを殺せなかったら確実に死が待っている。
「ちくしょう……っ!」
細い躰を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。せめて少しでも衝撃が軽くなるように、己の身で覆い隠した。
頭の中に色んな映像が飛びこんでくる。子供の頃の俺、若い両親、まだカブトだったカブルー。
遅れて気づく。
これは────走馬灯だ。
歯の根が震え、目の奥が熱くなる。
ああ、怖いな。
こんなとこで死ぬのか。おれは。
悲しいより、辛いより、ただ虚しい。
もっと知りたいことがあった。
行きたい場所も。
食べたいものだって、たくさん。
ああ、くそくそくそっ!
もっとカブルーを大事にしてやるんだった。こんな俺に10年も付き合ってくれたのに、なにも恩を返せてねえ。
ルギアにもだ。もっと腹いっぱい喰わせてやりたかった。ほんの1日だったが、一緒に過ごしてくれた日はかけがえのない宝だった。
少女を抱く手に力がこもる。
こんな風にしたって、2人とも即死だろう。
わかってる。
わかってるんだそれぐらい。
「うぅうううう……っ!」
だけど─────だけど─────。
何かせずには、いられないじゃないか!
俺は凄まじい速さで行き過ぎる闇を見ているのが怖くて、力の限り目を閉じた。
…………。
……………………。
…………………………。
「………………?」
ふと風切り音が止んでいるのに気づき、そろそろと両目を開けた俺は絶句した。どういうカラクリか、俺たちは地底湖の水面数センチ上に静止していたのだ。
タロットの
混乱醒めやらぬうちにルギアが現れた。こいつはもっと凄かった。波紋ひとつ起こすことなく、静謐な水面に立っていたのだから。
「げる」
雛鳥が俺の頬をつついてきた。飯の催促だ。さっさと食わせないと頬肉を啄まれる。あっ、顔の皮膚を摘むな捻じるな引っ張るな。痛い痛い痛いから!
…………じゃなくて。
俺は、おそるおそる訊ねてみた。
「おまえ、逆さまじゃないな」
「げ?」
そうなのだ。ルギアだけは、正位置で立っている。
ということは、すなわち…………
「……
「げーるっ」
そうだよ、と事も無げにルギアが肯定し。
頭が理解するより早く。
俺と少女は、いきなり骨まで凍る清水の中に落とされた。
ひいひい言いながらなんとか陸地に泳ぎ着いた俺は、震える指をルギアに突きつけた。
「あっ、あっ、あのなっ。たす、助けてくれたのは嬉し、しい、よっ。ありがとさんっ。だ、だがよぉっ。み、湖に落とすこたぁねーだろうがっ」
「げる?」
「なんでじゃねえよ! 人間はな、びっくりしすぎると上手く泳げねえの! 子供ひとり抱えて泳ぐの大変だったんだぞコノヤロウ!」
「げっげ」
でも泳げたじゃないか、何が不満だ? 的な眼差しを向けられては、もう何も言葉が出てこない。俺は深い溜息をついて、リュックからオボンの実をくれてやった。ルギアが夢中で食べている間に少女の容態を確認する。
呼吸も脈拍も安定している。目立った外傷もなし。ただ気を失っているだけだから、そのうち目を覚ますだろう。
濡れそぼった服をある程度脱がせてから、周囲をぐるっと見渡した。
「洞窟……だな」
至る所に鍾乳石がびっしり生えた、小さな鍾乳洞だった。発光バクテリアを含んでいる苔がそこかしこにあるおかげで、観察に支障はない。向こう側に太いトンネルが延びているのが見通せる。ほかに出入口はなかった。たぶんここは、擂鉢山の地下に広がる巨大迷宮のどんづまりなんだろう。地面が湿っぽいのは地下水脈が湧きでているからだ。
すぐ近くの黒っぽい地面が盛り上がり、ノコッチがひょいと顔を覗かせた。俺たちに向かって鼻をひくひくさせている。
好奇心旺盛なルギアが早速匂いを嗅ぎに行くだろうと思ったが、意外にも興味を示さなかった。とろんとした目つきでオボンを咀嚼している。顎の動きものろい。
────ははあん。これはもしや。
「……なあ」
「…………げる?」
反応が鈍い。
やっぱりそうだ。
「おまえさん、眠いんだろ」
「……………………げ」
そんなことない、と首を振っているようだが、舟を漕いでるのと見分けがつかなかった。いくらもしないうちに俺の膝に頭を乗せ、くうくう寝息を立て始める。
「やっぱ眠かったんじゃねえか」俺は苦笑した。
あの摩訶不思議な浮遊術。どんな技か見当もつかないが、いまのルギアには負荷が強すぎるに違いない。あれですっかり力を使い果たしたのだ。
とぼけた顔で、頑張ってくれてたんだな。
「ありがとさん。ゆっくり休んでくれよ」
ボールに収めるのと同時に、酷く咳きこむ声がした。少女が目覚めたらしい。
すぐに抱き起こし、背中を撫でてやる。
「げほ……っ。あ、ありがとうございます……」
「無理すんな。骨が折れたりしてないか? どっか痛むとこあったら言ってくれ」
「い、いえ……だいじょうぶです……。
────あっ!」
少女が絶望的な声を上げた。ぺたぺたと顔を触っている。一瞬の間を置いて俺も気づいた。
「サングラスなくしちゃった……!」
「大事なものなのか? あれ」
「はい! あ、あれがないと、ぼく……!」
顔色がさーっと青ざめていく。
「ちかくにいるひとのこころのこえが、かってにきこえちゃうんです……! ぼ、ぼく、テレパスだから!」
テレパス。たしか超能力の一種だ。
声に出さずとも相手の考えが読める力──だったか。
「どうしようどうしようどうしよう。いやだ、こわい、たすけておにいちゃん……っ」
少女は嘆きながら地面に這いつくばった。山の上で俺を説教した、あの威勢の良さはどこにもない。
俺は湖面に向かってボールを放り、カブルーに頼んだ。
「この子が着けてたサングラスを覚えてるな! 湖に落ちてるかもしれない! 探してきてくれ!」
「ぎしゅっ」
自慢の相棒は頼もしい返事をして、すぐに潜っていった。少女が涙で潤む目で見上げてくる。
「ど、どうしてたすけてくれるの…………?」
「どーしてって…………」
俺はなんだか気恥ずかしくなって目線を逸らした。
困っている人をほっとけない…………なんて聖人ぶるつもりはないが、さすがにこの状況で何もしないのは夢見が悪すぎる。第一、もしそんなことをして正義感の強い爺ちゃんにバレたら、拳骨100発じゃ足りないレベルで
「────まあ、乗りかかった船ってやつだよ。ここにあるなら、あいつがきっと見つけてきてくれる。だから待とうや。な?」
「…………うん」
少女はこっくりして、行儀よく座りなおした。
「妙な成り行きになっちまったが、これも何かの縁だ。
仲良くしようぜ。俺はキキョウアカデミーのアシタバ」
手を差し出せば、おずおずながらも握ってくれた。
「ぼくのなまえはイツキです。
ヤマブキがくいんのいちねんせいです」
少女──もとい、少年のイツキの手は、切なくなるほど小さかった。
というわけで第14話。
少女の正体判明です。
感想でたくさんの人が予想を書いてくれてほんとに嬉しかったです。
四天王の彼がマスクをしてる理由をあれこれ考えているうちにこの設定が浮かびました。エスパータイプの使い手は本人も超能力を宿していることが多いですし、イツキくんもきっとそうかなと。
筆者は先天性の能力持ちが子供の頃力を扱いきれずに苦労するシチュ大好き侍です。
対戦よろしくお願い致す。
よければ感想評価おなしゃす。