ルギア、拾っちゃいました。   作:じゅに

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第18話 肉を斬らせて…………

 

 

 

 

 あれからニューラは何度も奇襲を仕掛けてきた。腕、腹、腿、すね、背中。目にも止まらぬ速さで飛び跳ね、すれ違いざまに躰のあちこちを切り刻んでいく。

 何とか致命傷は避けているが、別に俺の回避能力が優れている訳じゃない。相手がわざと外しているのだ。

 

「嬲りやがって…………俺は猫派なんだぞ、クソったれ…………」

 

 余裕ぶって笑おうとしても、息があがりっぱなしだった。じくじくした痛みが思考と体力を奪っていく。

 ひとつひとつの傷はけして浅くない。このまま血を流し続ければ命に関わるだろう。ともかくあいつを止めねば。そのために先ず────

 

「カブルー、砂嵐!」

 

 ざあ…………と音を立てて舞い上がった大量の砂が、俺たちを中心に渦を巻き始めた。視界が一気に暗くなる。

 イツキが巻き込まれるのを防ぐためごく小規模な嵐にしたが、そのぶん砂塵の密度は高い。渦の外側ほど回転が上がるから、奴らにはこちらの状況が全く見えなくなっているはずだ。

 

「続けてステルスロック」

 

 カブトプス(カブルー)が地面に鎌を突き立てる。複数の岩が浮かび上がり、透明な膜を纏って嵐に同化した。

 これで二段構えの罠ができた。たとえニューラが玉砕覚悟で砂嵐の中を突っ込んできても、無数の見えない岩が行く手を阻む。

ダメージを負うのは相手だけ──という寸法だ。

 

 だが、男の方はともかくあの猫は賢い。近づいてこない恐れがある。

 だから誘き寄せるための()も用意することにした。

 

「最後の仕上げだ。頼むぜ」

 

 カブルーにあるものを差し出す。10年来の親友は少しだけ躊躇う素振りを見せたあと、両手の刃を高々と掲げた。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

(面倒な)

 

 ロケット団員の男は苛立ちも露わに盤面を睨んだ。

 

 向こうが展開した砂塵のカーテンは普通の砂嵐に比べ、小さいぶん回転が速い。無理に突破しようとしても、すぐに右も左も分からなくなって、飛び交う石礫にその身を削られてしまうだろう。

 といって遠距離から攻撃しても、砂に阻まれて届かない上にむざむざこちらの位置を教えるだけで旨みがない。

 

 誤算はまだある。ギャラドスの使い勝手の悪さだ。デカさとパワーで圧倒できると思いきや、大した技を覚えていないせいで尻尾を振り回すくらいしか出来なかった。あまりやりすぎると自分にまで累が及ぶので、結局怖い顔をさせておくのが関の山だった。

 

 傍らに目線を落とす。ニューラが爪についた血を舐めながらクスクス嗤っていた。悪あがきする獲物を斬るのが愉しくて仕方ないらしい。

 

 この種族は体も小さく爪も短い。群れで狩りをする習性を持つのは、単独で戦っても勝てないからだ。

 ゆえにまともなバトルはさせず、人間(トレーナー)を狙った戦法に特化してきたのだが、こうも守りに入られては…………。

 

 畜生っ。

 もっと強いポケモンが支給されれば、俺だって──! 

 

「ムカつくなぁどいつもこいつもよぉっ!」

 

 手近な石を蹴飛ばすと、ニューラがびくりとした。

 

(死ね、死ね! さっさと死ねよ……!)

 

 男は怒りに顔を歪めた。

 ふと、ポケットの膨らみに手をやった。確か()()()がまだ1本あったことに気づく。

 研究チームの連中からはむやみに使うなと釘を刺されたが、所詮机仕事しかできない奴らの言うことなど守る必要もあるまい。

 

「────ニューラぁ。おめぇももっと強くしてやるよ」

 

 男は、注射器を取り出した。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 敵の攻めが止まった。

 

『イツキ。大丈夫か?』

『だいじょうぶです。ギャラドスがなんかいかあばれましたけど、ユンゲラーのリフレクターでふせいでいます! いまはなにもうごきがありません。そちらは?』

『こっちもだ。砂嵐以降攻撃が止んでる』

『…………ひょっとして、にげたとか』

『それはないな』

 

 俺は即座に否定した。

 

 悪名高きマフィアの一味が、一般人の、しかも子供相手に退くわけがない。あの手の直情径行型はなにより面子を重んじる。必ず目的を達しようとするだろう。

 おそらく、敵は機を窺っているのだ。より少ないリスクで、より大きいリターンが得られる瞬間を。

 

 そしてそれは、もう間もなくやってくる。

 

 俺はちらりと左後方に目をやった。先ほど撒いたステルスロックはあえて偏った配置にしてある。八時の方角にだけ僅かな空隙を作ったのだ。

 岩にぶつからずに攻めるにはここを突破するしかない。

 来る方向さえ分かっていれば、どんなに迅くても関係ない。限界まで引きつけてから素早い一撃で叩きのめす。単純だが有効な策だ。

 カブルーも準備万端で待ち構えていた。

 

「……っと。そろそろかな?」

 

 少しずつ砂の幕が薄れはじめた。砂嵐の効果が切れたのだ。

 敵が攻撃を仕掛けるなら、今を置いて他にない。

 俺は急いでイツキに声をかけた。

 

『もうすぐ来る! 抜かるなよ!』

『はい!』

 

 果たして、俺の読みは正しかった。

 左斜め後ろから凄まじいプレッシャーが駆けてくる。

 殺気立ったニューラの走る音が、実際よりも大きく聞こえた。

 

 カウンターをくれてやろうと振り向いたまさにその時。

 

「シャァアアァッ」

「〜〜〜〜っ!?」

 

 甲高い威嚇音が()()()聞こえた。

 慌てて頭上を見た俺は、自分の目が信じられなかった。

 ステルスロックにぶつかるどころか、それを足場にして軽々と空中に身を躍らせた()()()()()が、凶悪な鉤爪を光らせて襲いかかってきた! 

 

 ニューラの頃とは段違いのパワーで、長くて鋭い爪が肩に突き刺さる! 俺は堪らず絶叫した! 

 

『アシタバさんっ!』

 

 イツキの悲痛な叫びが脳内にこだまする。

 マニューラの顔が愉悦に歪み────ついで、驚愕に変わった。

 爪が動かない。人体とは思えないほど硬い部分にがっちり食いこんで、前後左右どちらにも動かすことが出来なくなっていた。必死に足を踏ん張ってもびくともしない。獲物の身体に縋りつくようにしてがむしゃらに暴れたが、無駄だった。

 

「おーおー。おっかねえな」

 

 ステルスロックの陰から現れた俺を見て、マニューラは呆然と目を瞠った。

 

「何が起きたか分かんねえって顔してるな。お前が斬ってるソレ、よおく見てみろよ」

 

 言われて、マニューラもやっと気づいた。今の今まで人間だと思っていたものは、俺のシャツを着たカブルーだったのだ(両手が鎌なので、着るというより巻きつけたと言った方が正しいが)。

 血をたっぷり含ませたおかげで鼻が麻痺し、さしもの凶猫も爪を立てるまで気づかなかったのである。

 

 トレーナーが一緒に戦っていれば、この程度の企みなどすぐに看破できただろうに。俺は指を2本こめかみに当て、薄く笑った。

 

「上から攻撃してきたのは流石だったよ。それは読み切れなかった。じゃあな」

 

 散々引っ掻かれた相棒がマニューラを蹴りあげる。

 ぶん、と空気を唸らせて横薙ぎに振られたギャラドスの尾が、マニューラを派手に吹き飛ばし、ロケット団の男もろとも岩壁に叩きつけた。

 

 そして、

 

「かなしばり!」

 

 イツキのユンゲラーがギャラドスを縛りあげ。

 

「岩雪崩!」

 

 カブルーが降らせた天井の鍾乳石群(極太)がギャラドスの脳天を連打し、青龍は地響きを立ててくずおれた。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 ロケット団の男とポケモンたちが完全に気絶していることを確認していた俺は、イツキに力いっぱい抱きつかれて危うく(みず)ポチャしかけた。

 

「あぶあぶあっぶ! また濡れるだろーがっ!」

「すごいすごい! アシタバさんのさくせん、ぜんぶうまくいきましたよ! まさか、みらいよちののうりょくがあるんですか?」

「……ンなもんねーよ」

 

 斬られてないほうの手でイツキの髪を掻きまわした。

 

「ただ、このいけすかねえ野郎に一泡吹かせてやりたかっただけさ。お前のテレパスのおかげで全部上手くいった。大したやつだよお前はよ!」

「そ、そうですか? えへへ……」

 

 イツキは頬を赤く染めて含羞んだ。

すると、俺から血の匂いがすることに気づいたらしい。心配そうな目で見上げてきた。

 

「アシタバさん、ふくボロボロです……! けがは? だいじょうぶですか!?」

心配(しーんぱーい)ねーよ。こんなもんかすり傷だ」

 

 俺は余裕たっぷりに微笑んだ。

 

 イツキに話した作戦というのはこうだ。

 

『砂嵐を使ってニューラを足止めする。頃合いを見て、ギャラドスにロケット団のフリをしてテレパスで命令してくれ。尻尾を振れとか、薙ぎ払えとかそんなんでいい』

 

 結果はご覧の通り。進化したてのギャラドスならば疑いもせずに従うだろうと思ったが、ビンゴだったわけだ。

 

 ────ただ、かなりギリギリの勝利だったことは否めない。無茶な進化で貧弱な技しか持たないギャラドスと、ヒトを嬲り殺すことしか頭にないマニューラだからこんな策戦がハマったのだ。

 あんな胡乱な薬なぞ使わず、真面目に鍛錬した末に進化したコンビだったなら、俺たちはもっと追い詰められていただろう。

 

「…………ポケモンを道具扱いしやがって」

 

 俺はイツキに聞こえないぐらい低く吐き捨てた。

 今日のことはレポートに纏めてしかるべき機関に報告する必要がある。こんな薬剤が世に出回れば、一体どんな恐ろしいことになるか。

 

 男の服をまさぐり、注射器と使用済みのシリンジを入手した。残念ながら未使用の薬液はなさそうだが、シリンジに残った残滓からでも得られる情報は多いはずだ。

 

「…………うし。帰るか」

「はい! かえりましょう。いっきにふもとまでとびますから、ぼくのてをにぎってください」

 

 イツキの手を握る。イツキはユンゲラーの手を握った。ユンゲラーがスプーンをじいっと見つめると、景色がぐんにゃり捻くれて、気がつけば擂鉢山のふもとに立っていた。

 

 

 




というわけで第18話。
辛くも勝利出来ました。
タイプ相性的には圧倒的有利な相手にどうピンチを描くか迷いながら書いたので、すこしでもおもしろさが伝わってたら幸いです。

やっと擂鉢山脱出です。
次、あの人気キャラが出てきます。

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