麓には驚くほど多くの人がいて、俺────の横にいるイツキを見た途端、まわりのホーホーが一斉に羽搏くほどの大歓声をあげた。
「よかった! 見つかった!」
「おーい、イツキくんは無事だぞー!」
「大丈夫!? 怪我は無い!?」
口々にそんなことを言いながら、沢山の大人たちがイツキを取り囲んだ。どの大人の胸にも、ヤマブキ学院の校章が光っている。
呆気に取られていた俺は、数秒置いて気づいた。
もしかしなくとも、この状況って…………
『────おい、坊ちゃん』
テレパスで呼びかけると、イツキの肩がびくっと跳ねた。
『お前──さては
『ち、違いますっ』
イツキがぶんぶん頭を振った。
『そ、ソーナンなんてしてませんっ。ただ、えっと、みんなとすこしはなれてただけですっ』
『そりゃはぐれたって言うんじゃい! とどのつまり迷子じゃねえかっ!』
『ちちちちがうもん!』
『何がモンだこのバカタレっ』
「あーっバカっていった! バカっていうほうがバカなんです!」
「うぅわその返し久々に聞いたわ懐かしっ。知ってっかあ? バカって言われる方がバカなんですぅうう!」
「な……っ! だ、だいたいアシタバさんひとのこといえないでしょっ。あんなじかんにさんちょうにいておりられるわけないじゃないですかっ」
「ばばばバカ言えフツーに降りられたっつーの!」
「あっドーヨーした! やっぱりアシタバさんのほうがばかです! ばかばかばか!」
「ンだこらテメェおまけもつけてもっと言ってやらぁ! ちび! ぷくぷくほっぺ! サラサラヘアー!」
「────2人とも途中から声に出てるし、君のは悪口になってないよ、アシタバ」
「いいや俺はまだ本気出してないだけだ悪ぃけどこいつ泣かすまですっこんでてく、れ…………」
冷静なツッコミに振り向いた俺は、そのままフリーズしてしまった。
そこに居たのは、忘れようったって忘れられない、因縁深き男だった。
細身の体、優しげに垂れた目元。囁くような喋り方なのに、その場の人間全てを惹きつけるような声色。過去最年少でエンジュシティのジムリーダーに就任した俊才。
カラカラに乾いた唇が、昔何度も呼んだ名を紡いだ。
「マツ、バ…………?」
「よう。こんなとこで逢うなんて奇遇だな」
マツバは、右肩を落とし、小首を傾げ、涼しげに微笑んだ。
昔とちっとも変わらない、笑うときの癖。
泣きたくなるほどの懐かしさと、心底で蠢く小さな恐怖を覚えながら、俺は引きつった顔で頷いた。
マツバが教えてくれたところによると、今日はヤマブキ学院の修学旅行の日で、イツキのクラスは
(ちなみにその高台はイシツブテを連れたイキリ山男軍団をぶちのめした場所でもある)
ところがいつの間にやらイツキが居なくなっていたせいで、この時間まで近隣住民総出で捜索していたらしい。担任教師と思しき若い女性が泣きながらイツキを抱きしめていた。
感動の雰囲気に紛れてとっとと帰ろうとしたのだが、キズだらけの俺を見て、命懸けでイツキを送り届けてくれたと勘違いした教師がぜひともお礼をさせて欲しいと再三頭を下げるもんだから、俺までホテルに向かうマイクロバスに乗る羽目になった。
それはいい。
問題は、だ。
「……なぁんでアンタも乗ってんだよ」
不貞腐れた顔を横に向ける。
マツバはニコニコ顔で「ん?」と言った。
この男、なぜか同じバスに乗ってきて、さも当然のように隣の席に腰を落ち着けてやがるのだ。もちろん俺は座っていいなんて言ってない。
「そりゃ、オレも捜索に付き合ったからな。ぜひお礼させてほしいんだとさ」
「いやそうじゃなくてなんで横に…………ああ、まあいいや。たかが子供探しにジムリーダーのアンタまで参加する必要なかったろ」
「何言ってんだ」
マツバは心外だな、と目を丸くさせた。
「擂鉢山はエンジュのお膝元だぞ。それにヤマブキ学院の生徒っていえばオレ達の後輩じゃないか。協力しないわけにいかないだろう?」
「アシタバさんもヤマブキがくいんにいたんですか!?」
前に座っていたイツキがぴょこんと頭をのぞかせた。走行中に座席の上に立ちあがるのは御遠慮ください。
俺は投げやりな調子で肯定した。
「まあな」
マツバが感慨深げに遠くを見やった。
「7歳で入学してから10年もいたのに、振り返ってみればあっという間だった。素敵な思い出ばかりだよ。
────卒業してもう3年も経つのが信じられないね。月並みな台詞だが、時が経つのは早いもんだな?」
「…………ああ」
「あの! おふたりはどんなせいとだったんですか?」
目をキラキラさせて訊ねるイツキにマツバが答えるより早く、俺はこの上なく端的で正確な回答を叩きつけた。
「────優秀な模範生と赤点スレスレの問題児だった。
以上! 俺は寝る!」
それきり応酬を打ち切って、濡らしたハンカチを目元にあてた。
目を閉じるだけで、血まみれ砂まみれの身体が幾分かほぐれていく。
とんでもない1日だった。
石山を登り、幼女と見紛う少年に怒られ落下して。地底湖を泳いで語り合い、ロケット団とバトルした。
少なく見積っても3回は死にかけている。双方生きて帰れたのは僥倖だった。
あちこち痛いが、もう血は止まってるし、病院は明日行くことにしよう。
(ひと眠りしたら、カブルーとルギアをたっぷり労ってやらんとな…………)
出発して間もなく降り出した雨が白く
突然顔に冷水をかけられて、男は飛び起きた。
「ぶわっ、な、なんだぁ!?」
「お目覚めですか」
背後から聞こえた部下の声に慌てて振り向くと、探索に行かせたはずの3人が勢揃いして男を見下ろしていた。
そのうちの1人──浅葱色の髪の青年が歩み寄る。この中で最も冷静で、最も思慮深く、最も男を苛つかせるタイプの部下だった。
「吉報です、リーダー。エンテイの足跡を発見しました」
「────! そうか! 案内しろ!」
「こちらへ」
濡れた頭を打ちふるい、なんとか立ちあがる。したたかに叩きつけられたせいで、足元がふわふわと覚束なかった。
青年に案内された先は、己の手も見えないような真の闇が集う暗い洞穴だった。
「ここか」
「はい。どうぞご覧下さい。ここからでもエンテイの炎が見えるはずです」
言われて目を凝らしてみれば確かに、奥の方でぼうっと揺らめくものがある。
エンテイの火だ。間違いない。
男はいの一番に飛びこんだ。
ようやく、ようやくだ。
準伝説と謳われるポケモンを捕獲できれば、今までのつまらない失敗なぞ全てチャラだ! 炎を目印にとにかく駆けた。
ずいぶん歩きづらい洞窟だった。地面がどろどろに泥濘み、1歩踏み出すごとに足を取られる。中央付近まで進んだ時、突然膝まで埋まってしまい、男はひどく慌てた。
なんとか抜け出そうともがいても、沈むばかりで全く効果がない。そうこうするうちに、あっという間に腰まで浸かってしまった。
まとわりつく泥が鉛のように重い。絶対に1人では脱けだせないと悟り、男は声を張り上げた。
「お、おいっ! 引っ張りあげてくれっ!」
ダミ声がわんわんと反響する。
ところが、部下たちは誰も動こうとしなかった。
「おい! 聞いてんのか! おい!」
「聞こえていますよ、勿論」
青年がパチンと指を鳴らす。奥で揺らめいていた炎が大きくなり、洞窟全体を照らした。
炎の主が立ちあがる。それはエンテイなどではなく、ありふれた四足獣のヘルガーだった。
「…………は?」
男が乾いた声を漏らす。
エンテイは、エンテイは、どこに?
「すみませんね、リーダー。エンテイの件は嘘なんです。足跡なんて見つけていませんし、そもそもここを根城にしているという話自体、私の創ったデマなんですよ」
「……デ、マ……?」
胸まで埋まった男は呆然と呟いた。
青年は「申し訳ありません」と、全く悪いと思っていない口調で謝ってから淡々と語りはじめた。
「────冥土の土産に教えて差し上げましょう。今日の任務はね、貴方の処分と私の昇格試験を兼ねていたんです。金ばかり使って一向に成果をあげない無能さに、あの方は大層お怒りでした。そこで私が直々にご指示を賜ったのです。ああ、あの方からお褒めの言葉を頂戴できるのが今から待ち遠しい…………」
青年はうっとりと両手を合わせた。
男の体はとうとう首元まで沈んでしまった。気道が締まり、吐き気がこみ上げる。全身が金縛りにあったように動かない。絶望が、男から暴れる気力をも奪っていた。
「今回の任務で晴れて私も幹部となります。ロケット団は益々栄えるでしょう。おめでとうございますリーダー。お荷物でしかなかった貴方がようやく、死んであの方のお役に立てるのですよ。どうぞ光栄に思いなさい」
「き、さ……ま……」
男はそれ以上何も言わなかった。言いたくても言えなかったのである。底なし沼は既に、男の鼻まで呑みこんでいたのだから。
ヘルガーをボールに戻す。
哀れな男がすっかり消えるのを見届けてから、青年は踵を返した。
「さ、早く帰りますよ。仕事は山積みです」
「「はい、アポロ様」」
部下たちが付き従う。後には、闇だけが残された。
というわけで第19話。
ネームド一気に2人出しちゃいました。
どっちも早く出したくて堪らなかったんですけど作者の力量がアレでこんな話数に……
アポロ様の忠誠心がカンストしてるように見えますが、仕様です。
たぶんロケット団イチのサカキ狂信者なはず。
よければ感想評価おなしゃす。