何をどうすればいいのか分からず、困惑も露わに見守っていると、ルギア(と思しき雛)はあくまで俺を睨んだまま、ずるずる這いずりはじめた。逃げる気らしい。
願ってもない事だ。
伝説のポケモンを持ってるなんてバレたら俺の安息の日々が終わる。
ちゃっちゃと親元に帰ってくれ。
ところが、左の翼は元気にバタついているものの、右の翼は妙な形に折れ曲がったまま動いていなかった。
────折れとるがな。
俺は小さく溜め息をついてしゃがみこんだ。
両手をそっと差し出す。
小鳥は目を怒らせて「ぎゃるる!」と唸った。
「怒んなって。おまえ、片翼折れてるだろ? わかるぞ」
「…………」
「そんなんじゃ飛べねーだろーが。
ポケセンに連れてってやるからこっち来い、おら」
「…………」
ルギアはじっと俺の手と顔を見比べた。
二度三度視線が行き来する。
焦れったい気持ちをぐっと堪え、静かに待った。
────やがて、ルギアが少しずつにじり寄って来、俺の掌に顎をのせた。
こっちが妙なマネをしたらすぐに後ろに跳べるぐらいの微妙な力加減だったが、ひとまず信用してくれるらしい。
ゆっくりゆっくり、珍客を抱え上げた。
ルギアの体表は驚くほど滑らかだった。
元々海の底を泳ぐポケモンだからか、鳥毛と魚鱗のあいだぐらいの手触りである。
いままで感じたことのない感触に、俺は心が浮き立つのを覚えた。
雛とはいえ、伝説のポケモンを捕獲する訳にもいかず、手持ちの中でいちばんデカいリュックに入れることにした。なるべくそーっと動かしたつもりだが、ルギアは痛そうに顔を顰めた。
「げるるる……」
「我慢しろ。なるべく早く連れてくから」
施錠もそこそこに家を飛び出した。
待つこと2時間。
リュックに入れっぱなしにしていた文庫本を読み終わるのと時を同じくしてルギアが運ばれてきた。
「お待たせしました!
ポケモンちゃん、とっても元気になりましたよ!」
完璧なスマイルを浮かべながらジョーイさんが言う。
なるほど確かに、ストレッチャーに乗ったルギアは折れていた右翼が完治していたし、毛艶もよくなっていた。
科学の力ってすげー。
「お手数おかけしました」
「いえいえ。とっても賢くて我慢強い子ね。
治療中じっとしててくれて助かったわ。
痛みと恐怖で興奮状態になっちゃう子も多いから」
「へぇ……」
感心しながら見下ろすと、ルギアは「げるっ」と胸を逸らした。ドヤ顔のつもりかこんにゃろ。
「帰るぞ」
リュックの口を広げて目の前に突きつけると、ルギアがぴょんと飛びこんだ。
ジョーイさんが「まあ」と頬を綻ばせる。
「鳥ポケモンは狭いところを嫌がるものだけど、この子は特別なのねえ」
「……そ、すか」
俺は慌てて愛想笑いを浮かべた。
あんまり
呼吸ができる程度に口を閉めてから、気になってたことを尋ねてみた。
「あの……」
「はい?」
「お姉さん、こいつが何ポケモンか分かったりします?」
問いながら、口の中がカラカラに乾上がるのを感じた。
一か八かの賭けだった。
お姉さんが知らなければ良し。
もし知っていたら────俺は今日中にでも、引越しを検討しなくちゃならないだろう。
理由がある。
近ごろジョウトの治安は悪くなる一方なのだ。
どうも、カントーのマフィア・ロケット団がこちらにまで触手を伸ばしはじめたらしい。
あちこちでポケモンの乱獲、強奪事件が多発している。
愛するパートナーを奪われたトレーナーの話は枚挙に暇がない。
アカデミーでも夜道には気をつけるよう通達があった。
そんな物騒なご時世に
ポケモンセンターのスタッフたるもの、患者の情報を他の誰かに漏らすようなコンプラ違反はしないだろうが、果たして。
祈りながらジョーイを見やると、彼女は「そうねえ……」と小首を傾げ、笑って首を振った。
「ごめんなさい、分からないわ。
外国のポケモンかしら?」
「────ええまあ、そうっす」
安堵に全身が緩みながら、俺はぺこりと頭を下げた。
────まずは、一安心だ。
「それじゃ、あざした」
「ええ。なにかあったらまた来てくださいね。
お大事に!」
朗らかな声を背中に浴びながら、俺と一羽は帰路に着いた。
というわけで第2話。
実際雛鳥の声ってわりと汚いですよね。
可愛く鳴くのって結構大きくなってからだったり。
次回、主人公の名前が分かります(おっそ)
よければ感想評価おなしゃす。