夢を見ていた。
幸せな夢だった。
父さんと母さんと、3人でピクニックをしていた。
父さんがこしらえたサンドイッチと、母さんが持ってきてくれたスープを腹いっぱい詰めこんで、シロツメクサが咲き乱れる草原に寝転んだ。甘い香りが漂っている。
柔らかい陽の光に包まれて、俺は力いっぱい伸びをした。散歩をしていたカブトがちょこちょこと俺の腹に乗っかってきた。
短い脚がくすぐったくて、俺はけらけら笑った。
「やめろよカブルー」
「あなたたちは本当に仲良しね」
母さんが微笑む。
当たり前だ。俺の最初のポケモンで、初めての友達なんだから。
「ずっとずーっとなかよしだよ!」
俺が叫ぶと、父さんも朗らかに笑った。
「そいつは素敵だな」
そして言った。
笑顔のまま、なんてことない口振りで。
「なのになんで、ジムリーダーになれなかったんだ?」
俺は笑顔のまま固まった。
まわりの花が一斉に枯れていく。
両親の形が溶け崩れ、ヒトでなくなった。
腹の上のカブルーが酷く重い。どいてくれと叫ぶ声は、声にならなかった。
全身が沈んでいく。草原だったはずなのに、いつのまにか無間の流砂に変わっていた。
たすけて。
だれか。
伸ばす腕は届かない。
────そうして、
目を覚ますと、知らない天井が広がっていた。
脳が数秒間フリーズする。しばらくして、エンジュシティのホテルに泊まったことを思い出した。
「…………久々に見たな、これ」
小さく独りごつ。
昔は幾度となく見た夢だ。そのたんび、パジャマを嫌な汗でぐっしょり濡らしながら飛び起きたものだった。
相変わらず寝起きの気分は最悪だが、叫びながら目覚めなくなっただけマシだろう。
「成長したってことかねえ」
自嘲し、寝返りを打つと、真横に寝そべりながら俺を見つめるマツバがいた。
「おぁあああ!!」
俺はガムシャラに後退した。下がりすぎてベッドから落ちたが、壁にぶつかるまで下がり続けた。
「朝から元気だなあ」
マツバが笑いながら身を起こす。俺はわななく指を突きつけた。
「なな、な、なんっ」
「なんでここに居るかって? そりゃ昨日同じ部屋で寝たからじゃないか」
「どっ、どうしっ」
「どうして寝顔を見てたかって?
君が起きないからだよ。昔もよくこうして眺めてたっけ。いくらつついても起きないから面白いんだ」
「理由になってねえ!」
腹の底から絶叫した。
ホテルに泊まる←分かる。
部屋が空いてなくて相部屋になる←まあわかる。
ひとの寝顔をゼロ距離で見る←は????
一体その奇行になんのメリットがあるってんだバカが!!
「いやあ、3年ぶりの再会って思ったら嬉しくてつい、な」
「つい、で超えていいライン考えろよ…………」
顔の良さを利用した爽やかスマイルが炸裂する。しかし当然俺に効果があるわけもない。
俺はドン引きしながら壁伝いに移動した。
「前々から思ってたけど距離感おかしいぞ、アンタ」
言い捨て、シャワールームに飛びこむ。熱々の湯を浴びてこの悪夢を流したかった。
「…………ん?」
全裸になった俺は、全身をまじまじと見下ろした。
鏡で背中をチェックする。
…………うん。やっぱりない。
昨日あれだけ刻まれた傷が、綺麗さっぱりなくなっていたのだ。二の腕の傷を間近で観察してみても、うっすらピンクの筋になっているだけで、言われなければ気づかないレベルである。
朝イチで病院に行こうと思っていたのだが、このぶんだと要らなそうだ。
「剣豪に斬られた傷は治りが早いっていうけど、ソレか?」
多分違う。そもそもニューラの爪は鈎状になっているから、縫合もなしにこんな綺麗に閉じないはずだ。
「…………不思議なこともあるもんだ」
悪いことならまだしも、良いことならそんな考える必要も無いか。病院代もかからないし、痛くもないなら結果オーライだろ。
たっぷり時間をかけて全身を洗い流した。
「君は昔からトラブルを呼ぶ人間だったもんなあ…………まったく目が離せないよ、アシタバ」
風呂から上がると、新品の服がひと揃い用意してあった。昨夜のうちにマツバが調えてくれたらしい。
「さすがにあんなズタズタな服を着てモーニングに行けないだろ?」と言われ、渋々袖を通した。普段のサイズよりやや大きいものの、ゆったりして着心地がいい。肌触りの良すぎるシャツに、品のいい無地のパンツ。値段は怖くて聞けなかったが、一学生が買える代物でないのは確かだ。
ホテルのレストランでは、ヤマブキ学院の教師と生徒たちが既に食事を始めていた。俺を見つけたイツキが大きく手を振っている。昨日と違ってお仕着せのジャケットに身を包んでいると、七五三のようだった。
「ここ! このせきあいてますよ!」
とイツキがはしゃぐものだから、同席させてもらうことになった。ありがたい。マツバと2人席は死んでもゴメンだったので渡りに船である。
テーブルには学年主任と子供がもう1人座っていた。ツインテールを結わえた女児が、ぺこりとお辞儀をする。
「おはようございます。そしてはじめまして。わたくし、ホウエンからまいりましたツツジともうしますの。よろしくおねがいいたしますわ」
「マツバだ。よろしく」
「アシタバでぇす」
間延びした返事をかえす。ツツジは俺らの両方と握手したが、明らかにマツバの手を握る時間のほうが長かった。
イツキも充分大人びたところのある子供だったが、ツツジはそれ以上にこまっしゃくれたところのある子で、大人顔負けの話術で場を回していた。
例えば。
「マツバさんのおうわさはかねがねききおよんでおりますわ。エンジュのれきしじょうもっともはやくジムリーダーにおなりになったんですってね。おなじまなびやでまなぶものとして、よりいっそうべんがくにみがはいりますわ」
────とか、
「イツキさん、すききらいなさってはいけませんよ。ヤマブキがくいんのせいとたるものなんでもおいしくたべられなくては」
────だの、
「ねえせんせい。こんどせんじゅつがくのじゅぎょうをふやしてくださいな。にゅうがくしてひとつきもたつのに、まだタイプあいしょうをおぼえていないひとがいるんですのよ?」
────といったぐあいに。
どうも彼女は愛くるしい見た目に似合わずガリ勉家らしい。イツキが耳打ちしてくれたところによると、全てのテストで満点を叩き出しているそうだ。
俺は感心した。実はヤマブキ学院は世界中から入学志望者が殺到するエリート中のエリート校なのである。特にバトル学の分野に強く、カントーはじめ、各地方のジムリーダーや四天王の大半がここの卒業生なのだ。
そんな学校だから当然、頻繁に行われる
…………ん? そんな学校になんで俺みたいなのが入学できたかって? まあいいじゃねえかそんなこたぁ。
「ツツジ嬢は将来なんのエキスパートになりたいんだ?」
焼きたてのパンをちぎりながら訊ねてみた。近年の教育方針では、様々なタイプを育てる
「もちろんドラゴンタイプですわ! エリートにふさわしいタイプですもの」
「なるほどね」
ツツジほど勉強ができる子供なら、まあそう思うわな。
ドラゴンは絶対数が少ないせいで捕獲も育成も困難だが、育てられれば実に頼もしいパートナーになってくれる。
「さすが、慧眼だな」
俺の褒め言葉に気を良くしたツツジは調子に乗って喋りまくり、こんなことを口走った。
「やはりポケモンはじゃくてんがすくないこをそだてるのがベストですわ! いわタイプのようににがてなものがおおいこはエリートにふさわしくありませんから!」
─────カチャン。
マツバがカトラリーを静かに置いた。
唇は薄く微笑んでいるが、目が笑っていない。
おい。
おいおいおい、アンタまさか。
「ツツジくん」
「なんですの?」
「ポケモンバトルしようか」
「いいんですの!?」
急な話にも関わらず、ツツジの顔がぱっと華やいだ。現ジムリーダーに手ほどきをしてもらえると思ったらしい。
だがこの色男は容赦なく少女の期待を握り潰した。
「彼と、ね♡」
マツバの視線が俺を捉える。
ツツジがぱちぱちと瞬きした。
というわけで第20話。
ルギアと出逢って3日目の朝でございます。
マツバの距離感バグり散らかしてますがいちおうちゃんと理由はあります。
そこまで作者が書ききれたらいいんですが。
書けなかったらただの不審者になっちゃう……
まあいいか。
よければ感想高評価おなしゃす!