ジュンサーを呼び、眠りこける盗人を突き出したあと。
俺たちは自然公園に戻ることにした。時刻は12時。そろそろ教師たちが昼ごはんの点呼をとる頃合だろう。ツツジを背負って35番道路を北に歩く。
マツバがそわそわしながら言った。
「さっそくルギアとの話を聞かせてくれよ」
「
おもわずデカい声が出てしまった。流石にムリだろ。
道行く人の誰に聞かれるか分かったもんじゃない。あんだけ大暴れさせた後じゃ説得力ないだろうが、こっちはあくまでルギアを内緒にしておきたいんだ。せめて個室のあるところに行かせてくれ。
そう断ると、ムウマージがすうっと近寄ってきた。
「なら、彼女に安全な部屋を
マツバが指を振ると、ムウマージは人間には聞き取ることも発音することも出来ない言語でごにょごにょ唱えだした。すぐに俺たちの周りに不思議な幕が広がりはじめる。…………いや、幕というほど分厚くないな。例えるなら羽衣だろうか。極北に流れるオーロラをうんと小さく薄くしたような色合いで、手を伸ばしても確かな感触が掴めない。まるで、幻想的なホログラフが俺たちを取り巻いているようだった。
「すげー、なにこれ」
「
「まじか! 便利な技もあるもんだな。…………ん?」
ふと、強い既視感を覚えた。
おなじやつ、どっかで見たぞ、つい最近(字余り)。
えーとどこだったっけ…………
「っあー!」
見事思い出した時、俺はぽんと手を打った。
最近も何も昨日の話だった。
「だーから見えなかったのか。いやースッキリした」
1人頷く俺にマツバが訝しむ。適当に返事をして、ルギアとの出会いを詳らかに語った。
寮の窓にぶつかってきたこと。
どこから、そしてなぜ来たのかは今もって分からないこと。
アカデミーの先輩と生態調査をしたが、宿しているパワーがとんでもないのが分かったくらいで、大して収穫は得られなかったことなどを話すと、マツバは真剣な面持ちで考えこんでしまった。
「ルギアが来た謎────か」
「アンタはどう見る?」
「確たることは言えないが……」と前置きしてマツバが話した内容は、俺の予想とそう変わらなかった。
「なにかの前触れかもしれない。吉凶どちらにせよ、近いうちに人類にとって大きな出来事が起こりそうだ」
「…………っぱそう考えるよな」
俺は苦々しく目を伏せた。
ホウオウは吉兆のポケモンとして名高い。豊穣、誕生、幸運の報せ。おおよそそんな文言と共に現代まで語られている。
人類に恵みをもたらす存在であると崇められ、感謝を捧げる鈴の塔まで建てられた。
対してルギアはどうか。
現れるだけで海はうねり、嵐が吹き、人里に甚大な被害をもたらしてきた。ゆえにルギアの為の塔などないし、「善きもの」として語られたことも一度もない。
混沌、災害、不吉。それがルギアの象徴である。
人前に出ること、それ自体がすでに災禍の表れなのだ。
つくづく対照的なポケモンである。
「────とはいえ、良いも悪いも人間の一面的な見方にすぎないし、言い伝えはねじ曲がって伝わるものだから、あまり悲観的になる必要はないよ」
「ならいいけどよ…………」
俺は重い溜息を吐いた。
もしもルギアが伝承通りの存在ならば。
こいつはやがて、どデカい不幸を撒き散らすだろう。
その時、俺はなにができる?
そばにいてやれるだろうか。
最後まで
俺みたいなやつでも。
後ろ向きな思考が滲みだす。慌てて首を振った。
「なあ、聞きたいことがあるんだけど」
「うん?」
「神通力も神秘の布陣も、エスパー技だよな」
「そうだね」
「こいつ、どうもそっち系の技を多く覚えてるっぽいんだ。あと多分、念力だかサイキネも使える」
擂鉢山で深い縦穴から落ちた時のことを話す。ルギアは俺とイツキを、空中で完全に停止させてみせたのだ。
痛いくらいドキドキする胸をおさえながら、思い切って言ってみた。
「…………そ、それでさ。
全部ひっくるめて考えたら、もしかしてだけど、こいつ、エスパータイプなんじゃねえかなって思うんだよね」
言い終えてすぐに、俺は掌をぎゅっと握った。
界隈では飛行タイプか水タイプのどちらかだと長く論じられてきた、ルギアのタイプ問題。ここにきてまさかのエスパータイプという一石が投じられれば、ルギアの、ひいては伝説ポケモンの研究が大きく進む一歩になるだろう。
でもそれは当たっていればの話だ。
俺の仮説は、あまりにも常識から外れすぎている。
馬鹿げた推量だ、その程度ならほかのタイプでも覚えられると呆れられるのが怖かった。
だがマツバは、否定も笑いもせず、穏やかに頷いた。
「成程。アシタバの推理は的を射ていると思うね」
「ほ、ほんとか。マツバもそう思うか?」
「ああ。逆の立場でも、君と同じように考えるだろう」
マツバはきっぱり言いきった。
俺は視界がぱあっと明るくなったような心地になった。
昔から、賢くて頭のキレるマツバが苦手だった。俺の馬鹿さが浮き彫りになるからだ。距離を置きたくても、部屋も学年も同じせいで全然離れられないし、マツバはマツバで俺の何が気に入ったのかしょっちゅうひっついてくるもんだから、卒業するまでの10年間、対抗心と劣等感を刺激されっぱなしだった。
…………だけど、やっぱりこいつは凄い奴なんだ。そんな男に認めて貰えるなんて、こんなに嬉しいことは無い。
「あ、あとさ、他にもこんなことがあって────」
テンションが上がりまくった俺は、思いつくままベラベラ喋り続けた。
公園に着くと同時にツツジが目を覚ました。眠たげに目元をこすっている。
「ここは…………?」
声は少し掠れているものの、舌が縺れたりはしていない。毒の後遺症はなさそうだ。
ゆっくり下ろしてから訊いてみた。
「自然公園だよ。
お嬢、自分がどこで何してたか覚えてるか?」
「アシタバさん? どこって…………」
途端、ツツジの目がぱっちり開かれた。
「ドロボウ! そうですわ、ひれつなぬすっとがみなさんのもちものを……!」
「おいおいおいちょい待ち!」
勇む少女を急いで掴んだ。
「だいじょぶだいじょぶ! もう大丈夫だって! 俺とマツバで〆といたから! ジュンサーにも引き渡したから!」
「えっ」
「彼の言うとおりだよ、ツツジくん。もう心配いらない」
マツバがしゃがみこみ、目線を合わせた。
「毎晩とっても惨い死に様が夢にでる呪いをかけておいたから、たとえ釈放されてもまともな生活は送れないだろうね」
「そ、そうでしたの。なら、あんしんですわね」
ツツジがやや引き気味に頷く。
サラッとエグい報復してんねマツバさん。ありがとう。惚れるわ。惚れねえけど。
「にしても、なんであんなトコにいたんだ? 公園からは随分離れてるだろ」
ツツジは「おこらないでくださいましね」と前置きしてから話しはじめた。
「わたくし、おまつりをたのしむきぶんになれなくて、ベンチにすわってたんですの。そしたらあのおじさんがたくさんのひとからぬすみをはたらいているのがめにはいって、すぐにおいかけたんです。とめなきゃとおもって。
やっとおいついたのでおせっきょうしてたら、とちゅうですごくきもちわるくなって…………」
その時に、ベトベトンの毒ガスを吸わされたわけか。
俺は嘆息した。
「無茶すんなあ。たまたま俺たちが追いついたからよかったものの、そうでなきゃ拐われてたか、最悪殺されてたかもしれないんだぞ。お前はポケモントレーナーの前に子供なんだ。まず大人を頼ってくれよ」
「はい…………」
ツツジがしゅんと項垂れた。
厳しいようだけど、ここはガツンと言っとかなきゃな。あんまり向こう見ずな振る舞いは人生の先輩として見過ごせない。
「────だけどね」
マツバが優しく笑った。
人を蕩かすような笑みだった。
「君の勇気と、悪を許さない姿勢は、とても愛おしく尊いものだ。オレは心から賞賛するぜ」
「…………!」
ツツジの頬が林檎みたいに赤くなった。
「でも、アシタバの言うとおり無茶や無謀はいただけないな。二度と同じことはしないように。いいね?」
「はい、マツバさま!」
ツツジはきらきらした瞳でこくこくした。
完っ全に恋する乙女の貌である。俺は天を仰いだ。
「でぇたよ、
このスマイルと優しい口調で、一体何人の男女を堕としてきたことか。
特にツツジは俺から説教されたばかりだから、こうやって褒められると尚更ギャップにやられるだろう。
どーすんだ将来DV系ホストとかに入れあげたら。
余計な心配をする俺をよそに、キラー氏はニコニコしたままとんでもない
「頑張った君に、オレとアシタバからプレゼントがある。受け取ってくれるかい?」
「えっ?」
「えっ?」
ツツジと驚きの声がハモる。なあにそれ初耳♡
「おいちょっとなにすんの? 俺万年金欠なんだけど」
「はは、金なんかいらないよ」
マツバがダークボールをぽんと放る。
切れ長の瞳が妖しく煌めいた。
「君とオレとで、3年ぶりの
心臓が、ドクンと跳ねた。
というわけで25話。
火事場ドロボウさんはゴールドエクスペリエンスレクイエム状態にあることが分かりました。エグいけど残当かな。
ちなみにマツバさんが本気で微笑んだらほぼ大体のお店はタダになるかめちゃくちゃ割引してくれます。
歩くクーポン券。おとく。
よければ感想高評価おなしゃす。