マツバの突拍子もない提案を、断ることは容易かった。
アカデミーの課題が溜まってるとか、拐われた
だけど、勝負をもちかけるマツバの目はあまりに真剣で、強い意志を宿していた。その熱に釣られたんだろう。気がついたら承諾していた。
自然公園の屋外バトルコートで対峙する。
「ルールは
「エクで」
マツバは即断した。
意外な答えに俺は片眉を上げた。
てっきりスタンダードを選ぶと思っていたのだが。
「スタンはいつでもやれるからね。それに…………」
「それに?」
「君とは、なんの枷もなしにおもいっきりぶつかりたい」
全く同感だった。応諾をサムズアップで示し、ルーティンに入る。
腕をのばし、首を回して深呼吸。学院時代に必ずやっていた試合前のストレッチは、心を落ち着かせるための儀式も兼ねている。これを繰り返すだけで、浮わついた精神がすうっと鎮まっていくのだ。
マツバとの戦績は150戦150敗。
ただの一度も勝利することなく負け続けている。
今日も負けるか、今日こそ勝つか。
どちらにせよ、いい加減ガキの時分のコンプレックスとおさらばする時が来た。
憧れんのも、勝てなくて腐るのももう辞めだ。
全身全霊で、勝ちに行く。
「勝とうぜ、カブルー」
ボールの中の相棒が、頼もしく頷いた。
「ツツジ。君には審判をお願いしたい。頼めるかな?」
「もちろんですわ!」
わたくしは飛び上がらんばかりに喜びました。ジムリーダーのフリーバトルを間近で見れるのみならず審判まで任せてもらえるなんて、なんて幸せなんでしょう! もちろん二つ返事でお受けしました。
「ありがとう。だけど無理はしないでくれよ。君はいちおう病み上がりなんだからね」
「しんぱいごむようですわ」
わたくしはえへんと胸を張りました。自分でもベトベトンの毒に蝕まれていたとは思えないほど身体がスッキリしています。毒ガスを吸う前より元気なくらいです。
「いまのわたくしなら、なんせんでもジャッジできましてよ!」と意気込んだら、マツバ様は静かに首をお振りになりました。
「アシタバとのバトルは一発勝負だ。連戦は有り得ない」
「どうしてですの?」
マツバ様が薄く微笑えまれます。穏やかな彼に似つかわしくない獰猛な笑みに、わたくしはすこし背筋が寒くなりました。
「彼とすると興奮しすぎちゃって、何度もできるような余力はこれっぽっちも残らないからだよ」
「愉しみだなぁ」そう言いながら、マツバ様はこのうえなく上機嫌な足取りで、
バトルコートはいまや大勢の見物客に囲まれています。ジムリーダーの野良試合を見れることなど滅多にないので、それは熱狂的な盛り上がりでした。前列に詰めかけた女性ファンの方々がマツバ様からお返事を貰おうと黄色い声援を上げていらっしゃいますが、肝心のマツバ様は熱っぽい眼差しでアシタバさんをじいっと凝視するばかりで、欠片もお耳に入ってらっしゃらないご様子でした。
ただの同級生に過ぎないあの方の何がそうさせるのか、わたくしにはまるで理解できません。今朝のバトルでたしかに負けましたけれども、さほど特別なトレーナーには思えなかったのです。
ともあれ、与えられた役目を果たさなければ。わたくしは急いで審判席につきました。
両手を高々と掲げると、皆さまぴたりと口を噤みました。
「バトルをはじめるまえに、ルールのかくにんをいたしますわ! しようポケモンはいったいのみ、どうぐ、もちもののしようはきんし! どちらかがたおれるかこうさんするまでしょうぶはつづきますの!
わざのかずはむせいげん。いじょう、いろんはございまして?」
「ない」
「ないよ」
「────それでは、マツバvsアシタバ、バトルスタートですの!」
宣言と同時にフレンドボールとダークボールがコートに投げ入れられ、双方の切り札が対面します。
「穿て、カブルー!」
「幻惑しろ、ムウマージ!」
カブトプスが刃を構え、ムウマージが妖しく揺らめきました。
緊迫する睨み合いは、マツバ様の声によって破られました。
「マジカルリーフ!」
ムウマージのまわりに大小様々な草葉が浮き上がり、それ自体ひとつの生き物のように蠢きながらカブトプスへ殺到します。
4倍弱点の草技、しかも必中効果つき。もしや初撃で勝負が決したかと観客がどよめくなか、アシタバさんだけは冷静でした。
「砂嵐!」
塵旋風が全ての葉を巻き取り、砂と葉が踊り狂う球体を形成します。アシタバさんが手を閉じた途端、球は一瞬のうちに爆縮し、音を立てて弾け飛びました。
砂粒がすべて地に落ちた時、驚くことにカブトプスはもうそこに居ませんでした。虚ろな穴だけが残っています。
穴を掘って地中に潜ったのだとすぐに勘づきました。
当然マツバ様も気づいたのでしょう、すぐにお命じになりました。
「
「辻斬り!」
間一髪、ムウマージの後方からコートを割って迫り来る凶刃を、漆黒のエネルギー弾が受け止めました。
2体が大きく飛び退ります。ムウマージの後ろにアシタバさん、カブトプスの後ろにマツバ様が仁王立ち、ちょうどお互いのポケモンを入れ替えたような格好になりました。
アシタバさんがニヤリとしました。
「覚えてたか。俺の十八番」
「砂嵐で撹乱して背面取り、だろ? 忘れるものか」
マツバ様も笑って片手を差し出しました。
「さあ、今度はこっちの番だ。ちゃんと反応してくれよ?」
ムウマージが低声で呪文を唱えると、無数の人魂が出現しました。昼日中から現れた超常現象に観客の皆さまが悲鳴をあげます。
アシタバさんが指を打ち鳴らしました。
「鬼火だ! 当たるなよ! アクアジェットで動き回れ!」
カブトプスは背中の排出口から大量の水を噴射し、推進力に変えて回避に入りました。けれど、前後左右どちらに逃げても鬼火が執念深く追ってきます。
弾の多さと追尾性能の高さにわたくしは舌を巻きました。
(さすがですわ、マツバさま…………!)
審判として公平に監督しようと思いつつも、マツバ様に対する驚嘆と称賛が止められません。
アシタバさんが二の手を叫びました。
「剣の舞!」
なんということでしょう。カブトプスは人魂地獄のなかで足を停め、両腕を左右に開き、片脚を伸ばしたまま深く腰を落とすや、優雅に踊りはじめたではありませんか。
腕を右から左へ。かと思えば上から下へ。8の字に廻し、首を捻り、背を折り曲げ、 地に這いつくばり、天に向かって伸び上がります。
淀みなく紡がれる動きは、前衛舞踊にも、悠々と流れる大河にも見えました。舞は少しずつ速くなっていきます。
唐突に始まったダンスに呆気に取られておりましたが、しばらくしてある事実に気づき、総毛立ちました。
一見雅な振る舞いでありながら、カブトプスは幾十も飛び交う火の玉を完璧に捌いていたのです。ただの1発もその身に掠らせることなく、鬼火と鬼火の間をすり抜けていたのです!
鬼火の軌道と速度、彼我の距離、己の体格。その全てをミリ単位で把握して初めて成り立つ、針の穴を通すような超精密な動作に、わたくしの興奮は最高潮に達しました。
なんという発想、なんという練度!
ただの
あのレベルに至るまで、一体どれほどの修練を詰んだのでしょう!
(アシタバさんも、とてつもないトレーナーですわ…………!)
わたくしはようやく、あの方の実力を思い知ったのです。
あと少し、あと少しで包囲網を抜ける…………!
手に汗握った次の瞬間、マツバ様の無慈悲な号令が飛びました。
「マジカルフレイム!」
火の玉が一斉に牙を剥き、大炎上を巻き起こしたのです。
白煙がもうもうと立ちこめました。顔に当たる風が熱くて目を開けていられません。岩水タイプにおいて如何に炎の効果はいま一つと言えど、この熱量では無事に済まないでしょう。
今度こそ終わりかと全員が息を飲む音がしました。
────ところが。
「…………!」
晴れた煙の中から現れたものを見て、わたくし、うち震えました。
一体いつ作ったのか、コートの中央に岩のドームが建てられていたのです。黒く煤けてはいるものの、穴ひとつございません。
すぐに天井が斬り破られ、カブトプスが飛び出てきました。無傷、全くの無傷です。おもわずわたくしが拍手すると、皆さまも拍手なさいました。
マツバ様が言います。まるでこの方だけはこうなることが前々から分かっていたかのような、揺るぎない声色でありました。
「岩石封じ。発動速度が上がってるな。まさか防がれるとは思わなかった」
「そっちもな」
答えるアシタバさん────いえ、アシタバ様も、堂々としてらっしゃいます。
「マジフレの威力と範囲上がりすぎだろ。こっちが火傷するかと思ったわ」
「…………ふふ」
「…………はっ」
かつて同窓に学んだおふたりは、ほとんど同時に笑みを浮かべました。
わたくしは戦慄しました。
いままでのはお遊び、ただの小手調べに過ぎないことが、彼らの笑顔から読み取れたからです。
ここからが本気の戦いになります。
見ているだけのわたくしが生唾を飲むほど、空気が鋭く張り詰めていきました。
というわけで第26話。
ツツジちゃんの考えとかリアクション書きつつバトルを進めたかったのでツツジ視点で書いてみました。地の文丁寧語で書くのムズすぎワロタ。
技4つに絞ったら全然捗らなくて草超えて森だったので本試合は「覚えてる技全ぶっぱOKのなんでもあり」です。スタンとかエクって言い方はポケカから転用しました。多分今後もちょいちょい出る言い回しかな。
よければ感想高評価おなしゃす。