ヤマブキ学院は由緒正しき学校である。世界中から入学志望者が殺到し、受験倍率は時に数百倍にもなる難関校だ。5歳から7歳までの子供が入学でき、10年間のカリキュラムを終えれば晴れてエリートトレーナーの称号を名乗ることが許される。
卒業生にジムリーダーや四天王が大勢名を連ねるのは先述した通りである。
さてここに若い女教師がいる。今年から1年生の担任を任されたが、まだまだ目端が行き届かず生徒とはぐれてしまうことがしばしばあった。昨日も
なのにまた生徒を見失ってしまった。しかも今度は学年主任が手塩にかけている最も優秀な女生徒である。事がバレたら主任の怒りは昨日の比ではないだろう。足が棒になるほど公園中を捜したが、一向に見当たらない。汗で髪の毛がへばりつき、目の下にはクマが浮いて、実に哀れな姿で泣きべそをかいていた。
「どこ……? どこに行ったののツツジさん……」
女教師が涙声で呟いたその時。
どごぉおおおおおおん!!
腹に響く重低音とともに大地が震え、彼女はたたらを踏んだ。音のした方────真後ろを慌てて振り返ると、彼女の口があんぐりした。
自然公園の中央に、鋭角に尖った巨大岩柱がモニュメントよろしく屹立していた。
完璧なタイミングで放たれた
「カブルー戻れ。すこし距離を取ろう」
「ぎゅしっ」
大地から刃を抜いた
コートの真ん中にでかでかと佇立する岩を見上げながら、俺は素早く勘案した。
ムウマージはどこから来る? 上か、横か、それとも下か。相手は特性と
だったら、相手が攻める道を限定すればいい。
エッジはヒット面積を増やすために、直立ではなくわざと斜めに立つよう発動させた。ちょうど傾斜のきつい崖のような塩梅である。ここを高速で動き回れば、マツバの取れる選択はかなり絞られてくるだろう。
記憶の引き出しをひっかき回し、ムウマージが覚える技とマツバの好む戦術をピックアップした。
ゴーストタイプの強みは「削り」にある。こちらの体力を、
だが、盤面は最終局面に差し掛かっている。今更削りを入れたところで、試合をいたずらに長引かせるだけだ。
マツバはそういう悪あがきを好まない。きっと一気呵成に攻めてくる。
────ならば。
「カブルー」
ふたりで決めたハンドサインを送ると、カブルーは全てを承知した顔で片手を上げた。
マツバ様は、滴る汗を乱暴に拭うと、鋭い眼差しでコートを睨みました。
アシタバ様のカブトプスが放った凄まじいストーンエッジによって、随分見通しが悪くなっています。どこからあの凶悪な鎌が飛んでくるか、あるいは、どこからあの強烈な岩が飛んでくるか、気が気でない様子です。
一方のアシタバ様もまた、攻めあぐねているようでした。マツバ様のムウマージは神出鬼没です。影に潜み、陰から現れ、あらゆる方向から襲ってきます。迂闊に攻めれば命取りになることを熟知してらっしゃるのです。
わたくしは胸の前で手を合わせ、うるさくはしゃぐ心臓を必死に押さえておりました。そうでもしないと、口から飛び出てしまいそうなくらいドキドキしていたのです。
ああ、今朝までのわたくしはなんて愚かだったのでしょう。
岩タイプがこんなにも逞しく、雄々しく、力強いものだったなんて!
アシタバ様とカブトプスが織り成す技の数々が、わたくしを魅了してやみません。
いつの間にか、わたくしはマツバ様を応援するのと同じくらいアシタバ様を応援しておりました。
バトルは刻一刻と終わりに近づいています。
あと一撃で決着がつくでしょう。わたくしにはそれが酷く寂しく感じられました。
いつまででもこの戦いを観ていたいと願わずにはおれないのです。
お二方が、すっと片手を伸ばしました。
攻撃の合図です。
緊張が怖いくらい高まっていきます。
わたくしは、手と手をぎゅうっと握り合わせました。
オレが手を挙げてすぐに、岩陰からカブトプスが走ってきた。結局アシタバはなんの奇策も用いない、正面突破を選んだらしい。
「先手を取られたか! ムウマー……っ!?」
迎え撃とうとしたオレ達は、反対方向からやってくる
────2体どころではない。
3、4、5…………数え切れないほどの群れが、地響きを立てて押し寄せてきた! 狼狽するムウマージを叱咤する。
「慌てるな! 影分身だ、こっちには触れもしない! 落ち着いて本体を捜すぞ! 神通力だ!」
ムウマージは瞳を閉じて集中した。彼女ならばすぐに見失った本体を見つけることが出来る!
偽物の数は夥しく、バトルコートを覆い尽くさんばかりに膨れ上がっていた。通常、1回の使用で作れる影分身は5、6体程度だから、アシタバは狂ったように影分身を命じていることになる。
分身たちは気ままに動き、こちらを威嚇したり斬りかかってこようとする。ムウマージは鋼の精神力で耐えているが、まさしく多勢に無勢、実体がないのは分かっていても本能的な恐怖が足元から這い上がってきた。
どこだ、本物はどこから…………!
もどかしさが身を焦がすほどに渦を巻く。
瞬間。
オレとムウマージは、ほとんど一緒に同じほうを見た。
アシタバが建てた岩柱、その頂点。
こちらを睥睨する、一体のカブトプス。
理屈も何もなく、心が理解した。
カブトプスが丸くなった。小さく小さく、己が一塊の岩であるが如く丸くなり、そうしてぽんと地を蹴った。
空中でくるくる廻りだす。それはみるみる速くなって、恐ろしい風切り音を立てながら接近してきた!
玉砕覚悟の特攻か。君がそのつもりなら応じよう!
ムウマージに指示を飛ばす。
「ムウマージ! シャドー……」
だが、オレが言い切るよりもアシタバの方が早かった。
「メテオビーム!」
岩タイプ最高威力の特殊技。
それはカブトプスの背面で発せられ、文字通り爆発的な力でカブトプスを突き飛ばした。生きた弾丸がムウマージに肉薄する。
目にも止まらぬ速度に、回避も迎撃も────間に合わなかった。
激しい炸裂音とともに大量の土煙が舞い上がる。ツツジが咳きこむのが目の端に映った。
やがて、土煙が晴れた時。
果たして我々のポケモンは互いに睨み合っていた。それはまるで、このバトルが始まる前と同じ光景を再現しているかのようだった。
全員の呼吸が止まる。
どっちだ。
カブトプスは両手の刃を構えたまま微動だにしない。
ムウマージはそれを見届けると、ぐうらりと後ろに傾いた。
まるで脱ぎたてのドレスを放ったような軽い音を立てて地に落ちる。
一拍置いてツツジが震える手を上げた。
「む、ムウマージ、せんとうふのう! よってしょうしゃ、アシ────」
「いや」
アシタバが、静かな声で遮った。変わり果てたバトルコートに足を踏み入れ、相棒へと近づいていく。
ぽん、と肩に手を置いても、カブトプスは振り返りもしなかった。
「気絶してる。相討ちだ」
オレを見るアシタバの顔は、やってくれたなという苦々しさと、その手があったかという驚き、そしてやりきった者だけが得られる爽やかな雰囲気が複雑に混ぜ合わさった色に満ちていた。きっとオレも、似たような貌をしていただろう。
「道連れ、か」
「ご名答。間に合ってよかった」
「あークソっ。今回こそイケると思ったんだけどなあ」
アシタバはくしゃくしゃと髪を掻き回したあと、ツツジに向かって微笑んだ。
「審判。
ツツジははっと背筋を伸ばし、宣言をやり直した。
「そうほう、せんとうふのう! よってこのしょうぶ、ひきわけでございます!」
観客は束の間息を飲み。
割れんばかりの拍手でオレ達を称えてくれた。
というわけで27話。決着です。
どういうエンドにしようかギリギリまで悩みましたが、マツバさんのジムリとしての手腕も描きたかったのでこういう展開になりました。
よければ感想高評価おなしゃす!