自然公園は興奮の坩堝にあった。
早口で試合の展開と見所をまくし立てるツツジ、口々に褒めてくる観客。みんながみんな思ったことを言いあうものだからわぁわぁわぁわぁ反響して、隣の人間の言葉すらはっきり聞き取れなかった。
そんななかでも、マツバはさすがジムリーダーなだけあってそつなく対応しながら少しずつ人の輪を抜け出していく。俺はよろよろついて行くので精一杯だった。
「みなさんどうもありがとう。ボク達はポケモンたちを回復させなきゃいけませんから、これにて失礼します。…………さ、アシタバ」
マツバから差し出された手を握り、最後の人混みから脱出すると俺たちは一目散にエンジュのポケセンに走った。
ジョーイさんはいつもと変わらない微笑みでボールを受け取り、回復マシンにセットした。15分ほどでお呼びします、おかけになってお待ちください。聞きなれたアナウンスに機械的に頷く。
無料のシャワールームへ足を向けた。
「オレはカフェスペースにいるよ」
そういうマツバに、背中越しに片手を上げた。
熱いシャワーを頭から浴びる。全身にこびりついた砂が流れ落ちていった。排水口に続く茶色い筋を見るともなしに見ながら、脳みそが勝手に今の試合を反芻しだす。
マジカルリーフを砂嵐で相殺し、
─────のに。
これで、151戦150敗1引き分け。
引き分けだ。
負けじゃない。
だが。
勝ちでもない。
勝てなかったのだ。また。
「────っ!」
濡れた壁に拳をうちつける。
「………………畜生……っ」
歯の間からこぼれた声は、ひどくザラザラしていて自分のものじゃないみたいだった。
どれだけシャワーを強くしても、胸の裡を荒れ狂うものは流れてくれなかった。
わたくしがポケモンセンターに駆け込んだとき、マツバ様はとてもくつろいだご様子で熱いコーヒーを召し上がってらっしゃいました。
「マツバさま!」
お声をかけると、マツバ様は目を丸くされました。
「先生たちと離れて大丈夫かい?」
「ほんのすこしごあいさつをさせてくださいといってぬけてきたのです。すぐにもどらなければいけません。…………あ、あの、アシタバさまは?」
「君の後ろにいるよ」
わたくしは振り返った途端、短い悲鳴をあげて飛び跳ねてしまいました。マツバ様の言う通り、いつの間にかアシタバ様が濡れた髪を拭いもせず後ろに立っていたからです。
「どした?」
訊かれて、わたくしは口ごもってしまいました。
言いたいことは沢山ありました。
最初から最後まで、見事な采配を振るわれていたこと。あんな技の使い方は見たこともなかったこと。あのひと勝負で、学校の授業数十時間に値する学びが得られたことなどを、わたくしが持てる最大の賛辞を使ってお伝えしようと意気込んでいました。
けれども、言おうとしていた言葉たちが胃よりも下の方にひゅっと引っこんで、なかなか出てこようとしません。
それというのも、アシタバ様がとっても哀しそうなお顔をされていたからです。まるで、道に迷った子が帰り道を探して散々歩き回ったのに、結局分からなかった時の顔に似ていました。口元は無理やり笑っているのが、余計に物悲しさを誘いました。
時間は刻一刻と迫ります。意を決して、わたくしはアシタバ様のお手を握り、いちばん伝えたかったことだけを言葉にすることにしました。
「わたくし、いわタイプのエキスパートになりますわ!」
アシタバ様は心底驚いた顔でわたくしを見返しました。
「な、なんで? ドラゴンは?」
「ドラゴンもすてきなこたちですけれど、もっとすてきなこをみつけてしまったからですわ!
あなたたちはほんとうにすばらしいコンビでした! わたくしもアシタバさまのように、つよくてたくましくてかっこいいこをそだてられるようがんばります!
だから、ぜひおうえんしてくださいまし!」
わたくしは予め用意しておいたメモをアシタバ様に握らせると、急いで出口に向かいました。もう出発の時間です。これ以上クラスメートの皆さんや先生方をお待たせするわけにいきません。
「おでんわくださいましね! きっと、きっとでしてよ!」
何度も手を振って、バスターミナルに向かいました。
アシタバ様は、ただただポカンとされていました。
マツバ様は、そんなアシタバ様を優しいお顔で見つめていました。
────わたくし、今日のバトルで分かったことがあります。
これまでは、なんの疑問も持たずドラゴンを育ててきました。ドラゴンは
でもそれは間違っていました。
わたくしが信じるべきは本ではなく、パートナーでした。
トレーナーとポケモンが心を通わせ、なりたい自分に向かって一緒に鍛えていくことこそが、強いトレーナーであり、強いポケモンであり、辿るべき道なのです。
わたくしは、アシタバ様とカブトプスに岩タイプの真髄を見ました。頑丈で、逞しく、揺るがない。あの境地にわたくしも立ちたくなったのです。
「ビブ、きょうからとっくんのしなおしです。いわタイプのエキスパートになれるよう、いちからべんきょうしますわよ!」
わたくしは、
呆然としたまま手許のメモを開くと、ポケギアの電話番号が書いてあった。
なんと1年生のくせにもう自分のポケギアを持っているらしい。
「番号貰っちゃったよ」
俺のポケギア、女の子の連絡先なんてレホール先輩のしか登録してないんだぜ。
笑う俺に構わず、マツバがコーヒーカップを傾けた。嫌になるくらいサマになっている。
「2人目登録おめでとう。よかったじゃないか。今夜にでも早速電話してあげるといい。きっと喜ぶぞ」
「はは。…………あいつ、岩のエキスパートになるってさ」
「言ってたな」
「ジムリーダーとかなっちゃうぜ、きっと」
「なるかもな」
「…………俺のことめっちゃ褒めてたな。
引き分けだったのに、よ……」
相棒を勝たせてやれなかった俺を。
それでもあの子は、かっこよかったと、素晴らしかったと言ってくれた。
胸がきゅうっとキツくなる。
鼻の奥がツンとして、メモに熱い雫が落ちた。
慌てて拭ってみても、後から後から流れてきて中々止まらない。
マツバは穏やかに目を閉じて、コーヒーの香りを楽しむふりをしてくれた。
というわけで28話。
ツツジ嬢、岩のエキスパートを目指すの回。
この流れを書きたくてマツバ戦書いてみたとこあるんですが、いかがだったでしょうか。すこしでも楽しんでいただけてたら幸いです。
作中にでてくるポケギアは金銀よりも旧型のものです。電話とショートメッセージしか送れません。アシタバくんは貧乏学生なのでアカデミーが貸与してくれてるものを使ってます。電波が入りにくいことで有名。
よければ感想高評価おなしゃす!