キキョウアカデミーは築300年の歴史を随所に感じさせるジョウト一の名学府である。
伽藍を改造した校舎はゆとりある構内と荘厳な佇まいを有し、門扉を潜った者すべての背筋を正さずにはおかない。
────まあ、つまるところ。
古くて広くて死ぬほど使い勝手が悪い学園ということだ。
そして、最低でもあと2年通うことが確定している地獄でもある。
「人多いな……」
独りごちながら、人波を掻き分けた。
午前中にガッコーに来るのは何時ぶりだろうか。
新入生らしい集団が、何が面白いのかバカみたいに笑いながら通り過ぎていく。
おもわずリュックを背負い直した。
まかり間違ってもコイツを──ひいては中身を──落っことすわけにはいかない。
といって、いかにも大事そうなものを運んでいるように見られるのもマズい。
平常心だ、平常心。
焦るな、慌てるな。慎重に歩を進めよ。
「あの人なんであんなへっぴり腰なんだろ」
「さあ?」
そんな会話が真横でされていることにも気づかないまま、俺は
幸い、研究堂(元伽藍なので棟ではなく堂という)までは誰にも会わずに辿り着けた。くたびれたシャツの袖で額を拭う。入口横には堂々たる筆蹟で、
と書かれている。俺はここの室長補佐として、毎日毎日かび臭い古書を翻訳する日々を送っているのだ。
俺が背中のちびをすぐにルギアと見抜けたのも、そうした苦行のおかげである。
ノックをしようと掲げた右手は用をなさなかった。
扉の方から勝手に開いたからだ。
「おや、これは珍しいこともある。
よもやアシタバの顔が昼日中から拝めるとは」
「っ先輩」
扉を開けたのは4年のレホール先輩だった。
褐色の肌、知性豊かな瞳、大雑把に括った青髪。
そしてメリハリの効いた
研究に疲れた俺を癒してくれる美の女神である。
「貴様はてっきり、吸血鬼の類かと思っていたぞ。
日が沈んでからでないと動けない生き物だとな」
「ンなわけないでしょ」
「ふん?」
先輩は片眉を上げ、くすりと笑った。
皮肉げな笑い方が彼女には良く似合う。
「それで? 何用だ。教授は1日不在だぞ」
「あー……むしろそれはチャンスかも。
先輩、この後時間あります?」
「時間というのは作るものだ。悪巧みか?」
「……ですか、ね」
「ならば付き合おう」
学園きっての才女は身を引き、中に入れてくれた。
研究室はパズルのピースのごとき複雑な形をしている。
部屋の造りは至極単純な矩形なのだが、うずたかく積まれた本の塔が人の通行を遮っているのだ。
ここはいつ来てもこんな調子である。
片付けても片付けても、次の日には元に戻っている。
責任者の教授からして、次々に書物を引っ張り出しては放置するタイプの人間だからだ。
ちなみに先輩も教授寄りなので、2人の議論が盛り上がった時はもう悲惨だ。
泣きながら雪崩れた大量の本と格闘する羽目になる。
俺たちの他に誰もいないのを隅々まで確認してから、研究室の角──俺の机に先輩を手招きした。
出入口からは最も遠く、最も見えにくい位置である。
リュックを置き、先輩を見つめた。
「この中に、ヤベェもんが入ってます。
ガチでヤベェのでかなり驚くかと思いますが、お願いですから騒がないでくださいね」
「いいのか? そんなにハードルを上げて」
先輩は愉快そうに目を細めた。
「それで出てくるものがありふれた稀覯本だったりした日には、ただの吸血鬼からダダ滑り吸血鬼に格下げだぞ」
「…………んじゃ、見せますよ」
俺は意を決してリュックを開き、雛を見せた。
ちびルギアは知らない人間を見上げて「げる」と鳴き。
先輩は息を飲んでから、やおら振り返り、
とガッツポーズした。
ばかやろう。
というわけで第3話。
どーしても出したくて出しちゃいましたレホールさん。
SV本編からおよそ10年くらい前だと思ってください。
主人公の名前はアシタバです。覚えなくていいです。
他にもネームドキャラが出てくる予定。
よければ感想評価おなしゃす。