ルギア、拾っちゃいました。   作:じゅに

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第31話 在りし日の記憶(後編)。

 

 

 

 

 ミナキは化石ポケモンを育てた経験はあるかい?

 

 聞くところによると、化石ポケモンは長いあいだ眠っていた影響で、復元直後は極度の飢餓状態にあり、動くのもままならないんだそうだ。

 だからトレーナーが四六時中つきっきりで食事や排泄の世話をしてやらなきゃいけないらしい。

 数時間おきに柔らかく煮た野菜や小さく刻んだ魚肉なんかを手ずから食べさせたりするんだとさ。

 

 後から知ったんだが、あのころのカブトは復元させてからひと月程しか経ってなかった。まだまだ手のかかる頃合なんだ。それでアシタバは毎日、授業が1コマ終わるごとに、すぐにカブトを出して入念にケアしてた。他の生徒がみんな遊びに行ってるあいだも、ずっとね。

 

 だけど、それほど大事に育ててもカブトは弱かった。体長わずか50センチの貧弱な体に、覚えてる技といえば水鉄砲と爪で引っ掻くことくらいで、野生のコラッタにも勝てない有様だったんだ。

 

 ほとんどの生徒がアシタバとカブトのコンビを馬鹿にしてたよ。担任すら笑ってた。笑わなかったのはオレと、アシタバと戦った女の子ぐらいだった。

 

 ある日の放課後。

 オレは教室に忘れ物を取りに入ろうとして、慌てて足を止めた。西日射す教卓の前に担任とアシタバが立っていたからだ。

 担任は努めて明るい声色を出しながらアシタバを説得していた。

 

「アシタバ。君の手持ちじゃここのトレーニングを受けるのは厳しいだろう。先生が一体プレゼントしてあげよう。こいつは御三家といわれる初心者向けのポケモンで……」

 

 言われて差し出されたモンスターボールを見つめるアシタバがどんな顔をしていたか、影になっていてよく分からなかった。でも、握りしめた拳が震えているのははっきり見えたよ。

 

 アシタバはぶんぶん首を振った。

 

「いやです」

「我を張るなって。ポケモンを複数育てるのはトレーナーなら当たり前のことだぞ?」

「いやです!」

「アシタバ…………」

 

 担任がうんざりしたように息を吐いた。

 

「どうして嫌なんだ。カブトはいいポケモンだが、まだ戦えるレベルにないだろう?」

「っ、す、すこしずつだけど、つよくなってます!」

「これから授業はどんどん難しくなっていく。そんなペースじゃ間に合わないぞ」

「…………」

 

 黙ってしまったアシタバに、担任はあまりにも残酷な言葉を投げつけた。

 

「情を優先して弱いポケモンにかかずらうのはやめなさい。時間のムダだ」

「…………!」

 

 ────険しい顔をしてるぞミナキ。教師の言い分に腹が立つんだろ? 分かるよ。

 ただまあ、ぶっちゃけた話、当時のオレは先生のほうが正しいと思ってた。実際カブトは弱かったし、授業についていけないならここにいる意味もないからね。

 

 それでも、彼はへこたれなかった。

 

「カブルーはよわくない!

 ぼくがしょうめいしてみせる!」

 

 と叫んで出ていった。

 証明って何をする気なんだろう。

 気になったオレは教室に来た理由も忘れて後を追いかけた。何度呼びかけても振り返りもせずアシタバが飛びこんだ先はどこだと思う?

 

 訓練室さ。顔中を悔し涙で濡らしながら、カブトと特訓を始めたんだ。

 

 見惚れたよ。その背中に。

 ノーゲームではなくわざわざ降参を宣言させろと怒った時と同じで、ただ意固地になっているわけじゃない。アシタバには誰にも譲れない強い信念があって、それを踏みにじられた時に怒るんだ。

 

 気がつけば。

 

「ねえ、ぼくもいっしょにくんれんさせて」

 

 シャツの裾を引っ張って声をかけてた。

 

 生まれて初めて、ポケモンではなくヒトと友達になりたいと願ったんだ。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 マツバは、豊かな香りを存分に味わいながら、グラスの酒を飲み干した。

 さすがの酒豪殿も少々酔いが回ったらしい。仄かに頬が赤かった。

 

「それからどうしたんだい?」

 

 私が続きを促すと、マツバはくすくす笑った。

 

「特訓また特訓さ。放課後だけじゃ足りないってんで朝練もしたよ。朝4時起きだぜ? アレはこたえたなあ」

「でも楽しかったんだろ?」

「もちろん」

「成果はあった?」

「あったなんてもんじゃない」

 

 マツバの声に張りが出た。

 

「その朝練で、革命を起こす技を覚えたんだ」

「革命────? なんだろう」

 

 首を傾げる私に、マツバは不敵な笑みを浮かべた。

 

「アクアジェットさ」

 

 それは本来、水を勢いよく噴き出して相手に体当たりする技である。凄まじいスピードで動いて先手を取れる分、威力はさほど高くない。だがアシタバは、それを攻撃ではなく加速装置(ジェットパック)として使う戦法を思いついたのだ。

 

 最大の弱点である「足の遅さ」さえカバーできれば、カブトの硬い殻を貫けるポケモンはそう多くない。

 これが図に当たった。のろのろとしか動けないはずのカブトに急に距離を詰められて、ろくに反撃もできず負ける生徒が続出したという。

 

「2年に上がる頃には、もう誰もカブトを弱いなんて言わなくなった。担任もだ。オレたちはクラスのツートップに輝き、無二の友人として長い時間を過ごした。

 …………9年生の、あの事件が起きるまではね」

 

 急にマツバの顔が沈んだ。

 空になったグラスを、暗い瞳でじっと見つめている。私は薄ら寒くなって、何も言わずに次の言葉を待った。

 

 やっと発せられたマツバの声は、恐ろしく低く、小さかった。

 

 

「アシタバが14歳の冬にご両親が亡くなったんだ。居眠り運転をしていた車にはねられて…………」

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 世間は冬休みに入っていた。生徒たちがみな実家に帰った後も、アシタバだけはぐずぐず居残っていたらしい。というのは、両親と進路についてかなり揉めていたからだ。

 親は卒業後すぐにジムリーダーになることを望み、アシタバは世界中を旅したいと突っぱねていた。

 

 最後に電話をしたときもその件で口論になり、ほとんど喧嘩別れのように切ったという。

 ────それが、最後の会話になるとも知らずに。

 

 事故の連絡が入ってすぐにアシタバは実家に戻ったが、喪が明けてからもなかなか帰ってこなかった。

 

 オレは不安でたまらなかった。何通もメールを送り、手紙も出した。電話もしたよ。

 

 だが、返事は1つも返ってこなかった。

 

 3ヶ月経ってようやくアシタバが姿を現した時、もうそこに、オレの知っている彼は居なかった。

 

「明るくて負けず嫌いだった彼は、何に対しても悲観的で卑屈な人間になっていた」

 

 俺なんか、という口癖を頻繁に使うようになり、あらゆる事柄を面倒くさがって遠ざけた。

 いちばん変わったのがバトルへの姿勢だ。かつての彼は挑まれれば誰とでも応じたのに、ぱたりと戦わなくなってしまった。オレがどんなに手を替え品を替えて誘っても、見向きもしなかった。

 

 無理もない。14歳の子どもにとってふた親をいっぺんに喪う苦しみは、どんなに辛く、耐えがたいものだろう。アシタバは日増しに表情が乏しくなり、授業が終わると自室に引こもるようになった。

 

「その頃、オレはジムリーダー試験の勉強に追われていてね。忙しさにかまけて、アシタバに寄り添うことを怠った。親友として支えるべきだったのに、やれることは沢山あった筈なのに、なにもしてやらなかったんだ。

 …………本当に、卑怯な振る舞いだったと思う」

 

 その頃のことで、ひとつ、どうしても忘れられない記憶がある。

 夜遅くまで机に向かっていると、よく苦しそうな声が聞こえてきた。アシタバが悪夢にうなされる声だった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいってひっきりなしに謝るんだ。ご両親が死んだのは彼のせいじゃないのに、ずっと自分を責めていた。そのたびにムウマやゴーストたちに悪夢を吸い取ってもらってたんだが、彼らが腹一杯になってもアシタバの苦悩は消えなかった」

 

 オレは酷く打ちのめされた。

 ああ本当に、オレにできることはなにもないんだって思い知った。

 

 しばらくして彼も同じ勉強を始めたのがことさら痛ましかった。親の願いだったジムリーダーになることで、少しでも心の傷を癒そうとしたんだろう。

 だけど、失意と悲しみの底にあるうちは、どんなに努力しても身につくものじゃない。

 

 

 1年後。

 卒業式の当日。彼は失踪した。

 ベッドの上に、くしゃくしゃになった不合格通知だけを残して。

 

 

 外では、桜の花が狂ったように咲いていた。

 

 

 

 

 




というわけで31話。
マツバ視点の過去編でした。
オリキャラの過去編に果たして需要はあるのか。
いやない(反語)
でも書きたかったので書いちゃう。

マツバは主人公が1番苦しい時にそばにいなかったことをずっと悔いていました。その後悔が3年ぶりの再会にて執着という形で爆発したようです。

よければ感想高評価おなしゃす。
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