ルギア、拾っちゃいました。   作:じゅに

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第32話 帰れる──とでも思ったか?

 

 

 

 

「…………とまあ、そういう話をしてたかな」

 

 明くる日。

 途中で寝落ちした非礼を詫び、ミナキとどんな話をしていたのか聞いた俺は、恥ずかしさと怒りで顔から火が出そうだった。

 

「な…………っんでそんなっ! ヒトの黒歴史ベラベラ喋り倒してんだお前っ!」

「黒歴史ってことはないだろう。オレのなかでは今でも燦然と輝く青春の思い出だぜ?」

「お前はな!? お前はそうだろうよ! ところがどっこい俺は一刻も早く忘れたい記憶なんだわ!」

 

 俺の激しい剣幕に、しかしマツバはふにゃりと笑った。

 

「そうやって怒ってるとほんとに茹でエビみたいだなあ」

「話聞けやぁアアア!」

 

 暴れる俺をボールから出てきたカブトプス(カブルー)が必死に押し留める。

 懐かしいあだ名引っ張り出しやがってっ! ていうか悪口だろうがそれっ!

 火に油注ぎやがってコンニャロウ! 

 

「お、お客様、他の方のご迷惑になりますので…………」

 

 カフェのウェイトレスがめちゃくちゃ困り顔で制止に来た。カブルーがぺこぺこ頭を下げている。渋々怒りをおさめ、俺も謝ってから腰を落ち着けた。

 

「────んで? 俺の恥ずか史を全部知ったミナキ殿はどこ行ったんだよ」

「二日酔いでまだ寝てるな」

「…………起きてくる前に出発()るか」

 

 流石に面と向かって話すのは屈辱が過ぎる。ミナキが酔うと記憶を失うタイプであることを願いつつ、リュックを引き寄せた。

 

「これ、ミナキに渡しといてくれよ」

「うん? これは…………新作か」

 

 渡されたボールをマツバがしげしげと眺めやる。黒と白を基調とし、いくつか飾り石を付けた意匠は俺が考案した。

 

「名付けてヘビーボール。じいさんと共同で開発したんだ。重量級のポケモンを捕まえやすい。スイクンが何キロあるか知らねえけど、あの見た目で軽いってこたないだろ。いつか逢えることを祈ってるって伝えてくれや」

「承知した」

「んで、これはアンタに」

「えっ?」

 

 ミナキにやるのとは別のボールを渡すと、マツバは心から驚いたように口をぽかんとさせた。

 

「オレ、に?」

「んー、まあほら。久しぶりの再会だし? 記念的な? あんま言わすな恥ずいから」

 

 マツバに渡したのは、アカデミーで勉強中に思いついた試作品だ。

 青と黒の色味に、三日月模様をあしらってある。

 

「ムーンボールだ。アンタのポケモンに似合うだろ」

 

 マツバは矯めつ眇めつしてから、ほうっと吐息した。

 

「ありがとう、本当にありがとう…………。素晴らしい出来栄えだ。君は最高のボール職人にもなれるね」

()?」

 

 マツバの台詞にふと引っかかりを覚えた。

 まるで、俺には他にも選べる道があるみたいな言い方じゃないか。

 

 するとマツバは、まっすぐ俺の目を見てこう言った。

 

「昨日のバトルで改めて思ったが、やはり君はとてつもない才能を秘めたトレーナーだ。もしもその気があるのなら、もう一度ジムリーダー試験を受けてみるべきだと思う。今度はきっと受かるよ。オレが保証する」

 

 嘘もお世辞もないまじりっけなしの褒め言葉に、頬が弛むのを慌てて堪えた。

 

「…………。ま、考えとくよ。ありがとな」

「ああ。道中気をつけて」

「おう」

 

 親友に手を振り、俺はのんびりとカフェを後にした。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 キキョウシティへのバスを待っていると、ポケギアがけたたましい音を鳴らした。

 発信者はゼミ唯一の女性にして先輩である。2コール目が鳴るより早く通話ボタンを押した。

 

「アシタバでっす」

『レホールだ』

 

 レホール先輩の低く豊かな響きに胸が熱くなる。たった2日間聞いてないだけで随分久しぶりに思えるのは、それだけ濃厚な日々を過ごしたからだろう。

 あー、やっぱ先輩いい声だわ。癒される。

 

『時間は有限だ。簡潔に言う。ホウエン地方で新たな化石が発掘された。貴様、今すぐホウエンに飛べ』

 

 マジかぃ。

 急すぎるぜレホールさん。

 とはいえうちのゼミは人手が少ないこともあってこういう急な派遣は珍しくない。

 リュックからホウエンのマップを取りだし、地べたに広げた。

 

了解(らじゃっす)。場所は?」

『ムロタウンは石の洞窟、通称《煌めきの石洞》だ。詳しくは現地の協力者から聞くように』

「うっす。()()()()()ですよね?」

『ああ。息災を祈る』

「あざす」

 

 通話を切り、荷物を纏める。

 ひとまずコガネ空港に急ごう。当日券が残ってりゃいいんだが。

 

「まったく人遣い荒ぇよなあ」

 

 独りごちながら、コガネ行きのバス停に走った。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 目が覚めた途端、頭に鉛でもぶち込まれたような重さを自覚して、私は地を這うような呻き声を漏らした。

 

「うぶ…………呑みすぎた…………っ」

 

 視界がぐわんぐわん揺れて気持ち悪い。足元もゼリーで覆われているかのような、はなはだ心もとない感覚である。なんとか壁伝いに洗面所に辿り着き、頭から冷水を被った。火照った体に染み渡る。

 

 10分ほどそうしてから、服を着替えてマツバの待つカフェに赴いた。

 

 彼は昨夜いちばん飲んだくせに、実に爽やかにコーヒーを賞味し、店中の女性の視線をかっさらっていた。我が友ながら非常に羨ましい。せめてアルコール耐性だけでも分けてくれないものだろうか。

 

「待たせたな。アシタバくんは?」

「先に行ったよ。あだ名(茹でエビ)の由来を教えたと話したら怒って帰ってしまった」

「いやそれは怒るだろう」

 

 私は呆れた。

 この男は時々、他人の忌まわしき記憶を笑顔でほじくる悪癖がある。「ほんとに言っちゃダメなことは言わなかったけどなあ?」とニコニコしているあたり、アシタバ君の苦労が忍ばれた。

 

「そうそう、アシタバから君へのプレゼントを持たされたんだった」

 

 差し出されたのは見慣れないモノクロのボールだった。マツバによれば、彼は高名なボール職人・ガンテツ氏の実の孫だという。手ずから作ったボールは既製品にはない重量感があって、私を驚かせた。

 

「ヘビーボールというそうだ。

 スイクン捕獲に役立ててくれ、と」

「────! ありがたい。是非使わせていただこう!」

 

 二日酔いの気だるさが一息に吹き飛ぶような感動が我が身を駆け抜けた。ありがたく頂戴し、ポケットに仕舞う。

 

 マツバの対面に座り、コーヒーを頼もうとした私は、近づいてくる人影に気づいて顔を上げた。

 

 上品な光沢のあるスーツを完璧に着こなし、白いもののない黒髪を丁寧に撫でつけている。肩幅は広く、胸板も厚い。そのくせ歩く音はごく静かだ。絵に描いたような偉丈夫である。そんな彼が我々のそばに立ち止まると、店中の視線がこの一画に集まった。

 

 賑やかなカフェに自然と静寂が広がっていく。

 

 男には、その場の全員を指1本使わず掌握せしめるような圧倒的王者の風格があった。彼がなにか言うよりも前に彼の望みを知り、先んじて叶えたいと思わずにはいられないような、そういう類の雰囲気に満ちている。かくいう私も、彼をさしおいて椅子に座っているのがあまりに無礼だと感じ、といってどうすればいいかも分からず、実に中途半端な姿勢で固まっていたのだった。

 

「────お話中だったかな?」

 

 惚れ惚れするような渋い声だ。

 マツバが立ち上がり、会釈した。

 

「いえ、問題ありません。お久しぶりです、先生」

「君も息災なようでなによりだ」

 

 男は小さく笑い、私に分厚い掌を差し出した。

 

「初めまして、だね? わたしはヤマブキ学院で教鞭を執っている者だ」

「は、あの、初めまして。ミナキと申します。

 マツバ君の友人です」

 

 ぐっと手を握られた瞬間、私は生娘のように心臓が高鳴った。なんとカリスマ性に溢れた教師が居たものだろう。彼はマツバを見、誇らしげに目を細めた。

 

「ジムリーダーになって目覚ましい活躍ぶりだそうじゃないか。昨日もコソ泥を捕まえたんだって? かつて君を教えた人間として鼻が高いよ」

「ありがとうございます。でもあれは、僕ひとりの力ではないんです」

「ほう?」

 

 男が片眉を上げた。

 

「もうひとり、共に戦ってくれた友人がいるんです。先生はアシタバという生徒を覚えておいでですか」

「アシタバ、アシタバ…………」

 

 男は逡巡し、すぐに指を鳴らした。

 

「ああ思い出した! カブトプスの」

「そうです」

 

 マツバが頷く。私は内心感嘆した。

 生徒の数は卒業生まで含めれば数百数千にも及ぶだろうに、よくぞこの短時間で思い出せるものだ。

 よほど記憶力がいい御仁なのか、それともよほど忘れがたい生徒だったのか。

 

 …………なんとなく後者な気がする。

 

「そうか。ご両親の件があって随分心配したんだが、元気なんだな?」

「はい、それはもう。いまはキキョウアカデミーで考古学を学んでいるそうです。先生はどうしてこちらに?」

「うん? いやあ、大したことじゃないんだが」

 

 教師はおどけたように肩を竦め、短く笑った。

 そういう仕草をするとぐっと親近感が湧いて、私はなぜだか嬉しくなった。

 

(ああ、もっとこの方を楽しませたい。この方に悦んでほしい)

 

 そんな欲求がいつの間にか芽生えていることに気づき、驚いた。まだ名も知らぬ人間に対して、どうしてこんな衝動を抱くのだろう? 

 

「実は今度、学長に就任することになってね。挨拶回りというやつさ。いやまったくお偉方に会うと肩が凝って仕方がない」

「ああ、そうでしたか。おめでとうございます」

「お、おめでとうございます」

 

 私も急いで祝いの言葉を述べた。

 彼は学長の座に就くにしてはかなり若く見えた。30後半か、いってても40前半だろう。

 そんな大抜擢を受けるということは相当優秀な人物に違いない。

 

「ありがとう。今度の懇親会にぜひ来てくれたまえ。なに、じいさん達が好き勝手に酒を飲むだけの集まりだ。ジムリーダーとその友人ならば笑顔で入れてくれる」

 

 マツバはそつなく応え、するりと席を立った。

 

「名残惜しいですが、ジム業がありますのでこれで。

 先生もどうぞお気をつけください。

()()()()()()()()()()()()

「君たちもな。助言感謝する」

 

 マツバはもう一度頭を下げて店を出た。急いで後を追いかける。私は興奮冷めやらぬまま捲し立てた。

 

「いやあ、なんというか凄い人だったな! 自然と背筋が伸びてしまうというか。威風堂々とは彼のためにあるような言葉だ」

「そうだろ? どんな悪ガキもあの人の前ではしおらしくしたものさ」

 

 そういうマツバの顔は、なぜだか少し険しかった。

 懐かしき恩師に逢って喜んでいるようにはちっとも見えない。どちらかといえば、油断ならない敵と遭遇してしまったような、ある種の緊張感に満ちていた。

 

「なんだか怖い顔してるぜ、マツバ」

 

 我が友は苦笑した。

 

「鋭いな。…………オレは昔からあの人が苦手でね」

 

 後ろ目に店を流し見て、マツバは短く息を吐いた。

 

「できればあまり関わりたくないものだよ。

 サカキ先生とは、ね────」

 

 

 

 

 




というわけで32話。
4日目突入でございます。
とーとつにホウエン地方書きたくなって行かせることにしました。
この作品まじで見切り発車で書いてます。
オチも現時点では決まってません。頑張って着いてきてくれよな!

そしてネームド……何人目だコレ?
サカキ様の年齢わりと高めに設定してますが、マフィアのボスならこんくらいあってもええやろの精神。
最推しヴィランなので描写がねちっこくなります。楽しい。

よければ感想高評価おなしゃす!
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