隧道を出口に向かって歩きながら、俺はうっとりとヒレの化石を抱きしめた。
「いやーホント来てよかったわ」
「そんなに喜んで貰えて、僕も嬉しいです」
ダイゴも笑みがこぼれている。
2個も化石が入手出来たこともさることながら、よもやアマルスが見つかるとは。全く予想だにしない幸運に、俺たちは興奮しっぱなしだった。
「まっさかこいつを掘り当てるなんてなあ」
「僕も未だに信じられませんよ。これは学界に激震が走るのでは?」
ダイゴの言葉はけして大袈裟なものではない。
温暖湿潤気候のホウエンで、氷山または氷雪地帯にのみ棲息すると考えられていたツンドラポケモンが発見されたということは、ここがかつては極寒地帯だったか、両地方が地続きだった時代があり、種族の移動が起こった可能性をも示唆しているからだ。
化石研究は無論のこと、ポケモン生態学や地質学にも大きな波紋を呼ぶだろう。ひょっとしたら、いままでの常識が一気にひっくり返るかもしれない。
いずれにせよ、はやくアカデミーにレポートを提出しなければ。
「共著で書こうぜ。何回かここに潜るだろうし」
「願ってもない話です。
ぜひ協力させてくださ…………ん?」
会話の途中でダイゴが眉をひそめ、片手を耳に当てた。
「────何か聞こえませんか?」
遅れて俺も気づいた。遠く、恐らくは地下の方から、ドコドコドコドコといった鈍い音が聞こえてくる。
「野生が暴れてんのか?」
「いえ、戦闘というよりは移動音に思えます。それも大群の。…………こっちに向かってますね」
嫌な予感がする。出口まで走ろうと言うより早く、それは曲がり角から現れた。
まず見えたのは、掌に乗りそうなほどちっちゃなメレシーだった。
「可愛いっ」
ダイゴが胸を押さえて叫ぶ。うん、確かにあれは可愛い。でも落ち着け。
その次に一回り大きなメレシーが顔を覗かせる。ダイゴが「はうっ」と身悶えた。落ち着けってば。
ぴょこ、ぴょこ、ぴょこぴょこ。
ちまっこいベビィメレシーたちが次から次へと現れて、俺たちをじいっと見つめてくる。
可愛さの嵐にダイゴは気絶寸前だ。
「ああっ、可憐ないのちの熱烈な視線……っ!
今日が僕の命日なのか!?」
「それでいいのかお前の人生」
「いい!」
断言されちゃったよ。
「てかどーすんだよ。道塞がれたぞ」
ちびっこたちはトンネルの幅いっぱいに整列し、数の力で通せんぼしている。とても飛び越えられそうにない。無理に押し通ろうとして踏んづけたりしようものなら横の変態石マニアに何をされるかわかったものじゃなかった。
ダイゴが曇りなき眼で言った。
「死ぬまでここで暮らしましょう」
「嫌だわ!」
ツッコミがわぁあんと反響する。それが致命的なロスに繋がった。
背後から迫っていた移動音が轟音に変わり、無数の大人メレシーの群れとなって具現化した。メレシーたちは怒りの雄叫びをあげながら腰を抜かした俺を掬いあげると、くるりと方向転換し元来た道を戻っていく。
胴上げの姿勢で運ばれながら助けを求めた。
「だっダイゴっ! ヘルプっ! ヘルプミー!」
しかしダイゴは助けるどころか高そうなハンカチを噛み締め、慟哭した。
「メレシーたちに攫ってもらえるなんて…………茹でエビのくせに前世でどれだけ徳を積んだんですかっ」
「言ってる場合かボケエエエエェエェェェ…………!」
魂の叫びは虚しく洞窟に消えていった。
石の洞窟は階層を下がるごとに光明が乏しくなり、地下2階まで行くと己の指も判別できないほどの真の闇に包まれる。寝転がった状態では確かなことは言えないが、どうもメレシー軍団は俺を下へ下へと引きずりこんでいるようだ。
いったいどこまで行くんだろう。いまからでもヒレの化石を返したら許してもらえないかしら。
ゴツゴツ揺れるゆりかごのなかで益体もないことを考えていると、進撃がいきなり止まり、真っ黒い地面にぺいっと放り出された。
脳内に知らない声が響き渡る。
『頭ガ高イ! 女王陛下ノ御前デアルゾ!』
「じょおうへいか…………?」
言葉の意味を理解するより先に。
突如、闇の中に光が生まれた。それは目が焼けるかと思うほど眩くて、俺は咄嗟に額を地面に擦りつけた。
『ソレデ良イ。
女王陛下ノ、オ成──リ──!』
ガチャガチャガチャ! と固いもの同士擦れる音が鼓膜を叩く。メレシーたちが一斉に傅いたらしい。光は一層強まり、俺は額づいて居てなお目を瞑らねばならなかった。
『皆、よく連れてきてくれましたね』
先程とは別の声が頭の中に木霊した。柔らかく、優しい口調だが、何者も恐れない風情が声色に現れている。まさに女王に相応しい声だった。
『面を上げなさいヒトの子よ。
わらわとの謁見を許しましょう』
光が弱まっていく。そろそろと顔を上げた俺は、目に飛び込んできたものが信じられず、絶句した。
最初は、下向きに伸びる桃水晶が見えた。
水晶の間から2本のリボンが流れ、ドレープたっぷりのドレスに変わり、美しく威厳溢れる面立ちを引き立てている。
俺は馬鹿みたいに唇を震わせた。
お伽噺の存在かと思っていた。宝石を見た昔の人間が、寝物語に紡いだ
それは間違っていた。
確かにこの世に実在するポケモンだったのだ。
彼女は────いや、女王は己の胸に手を置き、厳かに告げた。
『まずは招いた者の礼儀として、此方から名乗らねばね。
わらわは宝玉の女王。
そなたたちがディアンシーと呼ぶものです』
凍りつく俺の腰で、海神の化身が入ったボールがかたりと揺れた。
というわけで36話。
作者が幻ポケモンで2番目に好きなポケモンの登場です。
お前アマプラで破壊の繭観ただろというツッコミはなしでお願いします。図星なので。
XYほんま好こ。
拙作の独自設定ですが、優れた力を持つポケモンやずば抜けて知能が高いポケモンのなかには人語を操る個体もいるようです(滅多に居ませんが)。
伝説、準伝、幻あたりは一部例外を除いてみな喋れます。
ルギアだけは幼すぎて喋れません。
いずれ喋れるようになるかも?
よければ感想高評価おなしゃす!