俺はずっと疑問だった。
自分の足も見えなくなるような暗い洞窟を、なぜ《煌めきの石洞》なんて呼んだ人間がいるのか。またどうして、その名が脈々と受け継がれているのか。
その答えが目の前に君臨した時、俺は心から己の不明を恥じた。
宝玉の女王と名乗ったディアンシーは、まさに純然たる光の結晶だった。彼女はそこにいるだけでこの世のあらゆる穢れを祓うような清廉な輝きを発し、場の全てを圧倒していた。
『ヒトの子よ』
「は、はいっ」
『名乗ることを許します。そなたの名はなんと?』
「あ、アシタバ、です」
『良い名だこと。春に咲く生命力の強い葉ね。凍えるような寒い冬でも瑞々しい緑で在り続ける…………』
つと、女王は遠い目であらぬ方を見やった。
誰かを懐かしむような、逢いたくてたまらないと憂えているような、名状しがたい表情だった。
『────いけないわね。歳をとるとどうも想い出に浸ってしまう。アシタバや』
「はいっ」
『そなたの臣下にも謁見を許しましょう。ここにお呼びなさいな』
「ありがとうございます。
…………ですが1つ、訂正したい点が」
俺の発言に背後のメレシーが飛び跳ねた。
この個体は格段大きく、顔の近くに生えた白い髭もデカい。たぶん近衛隊長だろう。
『貴様ッ! 女王陛下ニ訂正ダトッ!? ナンタル不遜、ナンタル不敬ッ! 死刑ダッ! 死刑ニスルッ!』
いきりたつ臣下を女王が制した。
『よい。下がれ。
────訂正したいこととはなんです?』
「俺のポケモンたちは、相棒であり、友人であり、家族です。臣下ではありません」
洞窟の主はゆっくり瞬いてから、『覚えておきましょう』と微笑んだ。
「ご高配に感謝します。
それでは…………
フレンドボールから俺の家族を繰り出す。カブルーは状況を察してすぐに膝を折ったが、ルギアはげるげる鳴いて飯の催促に余念がない。待ちなさいって。今きのみとかあげらんないから。噛むな。噛むなって!
仕方がないので膝の上に抱っこして固定する。不満げな顔をしてるが無視だ無視。ほら女王様のほう見ろって。
しかし当の女王は目を皿のように丸くしてルギアを凝視していた。
『あ、アシタバや? わらわには、そなたの抱えているポケモンが
「あ、そうです。ルギアです」
「んげるう」
んぱっ! と翼を広げるルギアと平然としている俺を、ディアンシーは交互に見やり。
「…………ほ」
『ほーほっほっほっほっ!』
身をよじって大爆笑されました。
『生命の本流、全の根源たる海の神がよもやお雛となってヒトと交わっておられるとは! まこと神々のお戯れは我ら下々の予想を超えますこと。おほほほほほ!』
女王の笑いは止むことがない。ビカビカ点滅しながら笑うもんだから激アツ確変を引いた気分だ。
俺と近衛隊長は困ったように顔を見合せた。
『ジョオウサマモ笑ウンダネー』
『初メテ見ター』
『実ハ笑イ上戸ダッタノカー』
後ろのメレシーたちがさわさわさわさわ囁きあっている。
たっぷり5分笑い続けてから、ようやく陛下の笑いはおさまった。
『ほほ…………。見苦しいところを見せましたね。こんなに笑ったのはいつぶりかしら』
「ああいや、楽しんでもらえたみたいで良かったです」
『ふふ。今のわらわは気分がいい。帰る時は我が王国に眠る宝をひとつふたつ、土産に持たせましょう』
「あ、ありがとうございます」
カブルーと一緒に頭を下げた。ルギアの方は話に飽きてきたようで、足をパタパタさせている。もーちょっとだからね。いい子でいなさいよ。
しかしメレシー王国の宝ってなんだろう。でっかい金の玉とかかなあ。換金できる代物なら嬉しいんだが。
『ただしその前に』
こん、と女王が手を合わせ、じっと俺を────正確には俺の手にあるヒレの化石を見下ろした。
「
その言葉を皮切りに、メレシー軍団がざあっと俺たちを包囲した。唐突な敵意にルギアが唸りだす。カブルーも刃を構えた。
俺は慌てて腰を浮かした。
王子? 王子って言ったよな。いま。
ならアマルス族はメレシー族から分岐する種族なのか? ミノマダムとガーメイルのように、雌雄で進化先が異なるんだろうか。
知りたい。調べたい。聞きたいことが洪水のように溢れてくる。
だが何よりも先に彼らの敵意を解かなければ、俺たちの命が散ってしまう。
俺は化石を持ったまま両手をまっすぐ上げて降参のポーズを取った。
「ま、待ってください! 王子というのがこの化石を指すのなら勿論お返しします。俺たちにあなた方と争う意思はない!」
『嘘ダッ!』
近衛隊長が吠えた。怒りに燃える眼差しで俺たちを睨め据えている。
『我ラガ護リシ秘宝ヲ卑怯卑劣ナ手デ奪ッタデハナイカ! 断固許セヌ! 死刑ダ死刑ダ!』
「そ、それは、そんな大事なモンだって知らなくてっ」
『問答無用!』
じりじりと輪を狭めるメレシー達に、カブルーがいよいよ刃を振ろうとした刹那。ディアンシー女王がさっと手を挙げた。メレシーたちが潮のように退いていく。
『アシタバや。先の言葉、偽りはありませんね?』
「ありません」
俺は力強く首肯した。
女王はじっと俺の瞳を見つめてから、小さく微笑した。
『よろしい。そなたの瞳は気持ちのいい光に満ちている。信じましょう。ヘリオドールや』
『はい』
女王の影から小柄ないきものが進み出た。
人形のようなサイズと可愛らしい見た目に、ポニーテールのような髪型。しかしその髪は岩すら喰らう凶悪な顎であることを俺は知っている。
あざむきポケモン・クチートだ。
クチートはしずしず俺の前に歩み寄るや、くるりと回って恐ろしい顎をがばあっと開けた。
ルギアがびびって抱きついてくる。わかるぞその気持ち。俺も怖い。
『その中に王子をお入れなさいな』
女王陛下の無茶ぶりに手を震わせながら従った。クチートは顎を閉じると、洞窟の奥へ消えていく。
『間もなく彼女が宝物を見繕って戻ってくるでしょう。それまで物語りましょうか。聞きたいことも話したいことも沢山ありますよ。なにしろ最後にニンゲンの客を招いたのは何百年も前のことですもの。…………あら、千年だったかしら?』
途方もないスケールで話すディアンシーに、俺はおっかなびっくり提案した。
「あ、あのぉ。それなら是非、さきほどの王子について知りたいなあって思うんですけど」
女王陛下はほんの少し躊躇う仕草を見せてから、鷹揚に頷いた。
『…………そうね。ちょうど良い機会だわ。
どこから話しましょうね? 彼とは素敵な思い出がうんとあるのよ』
女王は、滔々と語りはじめた。
宝玉の女王・ディアンシーと、氷雪の王・アマルルガの恋物語を────。
というわけで37話。
恋物語まで入れたかったー!でもめちゃくちゃ長くなりそうなんで次回に持ち越し。構成甘くてすんません。
女王っぽい喋り方楽しいけどムズい。
よければ感想高評価おなしゃす!