「────そして、何百年か前に起きた地震によってわらわたちは土の中から目覚め、再び動けるようになったのです。その時にはもう、わらわの知っている世界ではありませんでしたが」
ディアンシー女王は、壮絶な半生をそう締めくくった。
俺は言葉がでなかった。いま彼女が語ったのは、現在研究されているどの分野でも完全な解明が出来ていないホウエンの自然史である。隕石による天変地異と地殻変動がこんなにも広範囲に影響をもたらしていたなんて、常識がひっくり返るどころか世界の見え方がガラっと変わるような衝撃だった。
この話を公表すれば、いったいどれだけの書物を書き換えることになるだろう。
気にはなるが、しかし。
今の俺はそれどころじゃなかった。
『…………それにしても、そなたはよく泣きますこと』
ディアンシーが呆れるような、いたわるような口調で言った。
両眼から流れるハイドロポンプのような涙を拭いもせず、俺は必死に嗚咽を堪えていたのだ。
いや泣く。泣くよこんなん。
自分の子供を託しあって、無事を祈ったまんま何百年何千年も離れ離れになっていたなんて。
俺が親を亡くしている身だからだろうか。彼女の悲哀は察するに余りあった。
「女王様」
俺は額がめり込むぐらい深く土下座した。
「大事な王子を奪おうとして、すみませんでした」
知らなかったとはいえ、もう少しで俺とダイゴは贖いきれない大罪を犯すところだったのだ。謝って済むことでもないが、謝らずにはおれなかった。
ディアンシーはゆるゆる首を振った。
『もうよいのですよ。あなたはきちんと返してくださった。それでもうこの話はお終いです』
「────いえ。終わりではありません」
俺はきっぱりと否定した。ディアンシーが首を傾げる。
『終わりでない、とは?』
半身を起こし、正面からディアンシーの瞳を見やった。
胸の内に溜まった空気を全て吐き出す。
さあ正念場だぞアシタバ。
宝玉の女王に汚名を返上し、ニンゲンも捨てたもんじゃないってところを見せるチャンスだ。
「お言葉ですが陛下。もう一度俺に、王子のヒレを預けていただけませんか?」
ディアンシーの指がぴくりと動いた。
顔から笑みが消える。
俺の後ろに控えるメレシーたちの殺気が膨れ上がった。
『…………もちろん、相応の
「はい」
俺は確信を持って頷いた。
「我々人類は、化石になったポケモンを生前の姿で甦らせる技術を開発しました。
あなたの大事な
ディアンシーもメレシーたちも、水を打ったように静まり返った。
『そ…………それは、まことですか』
ディアンシーの声がわなわな震えている。驚きと興奮が身体中を暴れ回っているのが手に取るように分かった。
「はい」
『そなたが甦らせ、わらわのもとに連れてきてくれると?』
「はい」
女王は呆然と立ち尽くした。
いままで考えたこともなかったんだろう。冷たい石の塊になってしまった愛しき相手の孫を、再びこの手に抱けるようになるなんて。
『王子ガ……帰ッテクル?』
『白イ王子』
『懐カシイネー』
『会イタイナー』
メレシーたちがひそひそ会話している。彼らはディアンシーよりもすんなり俺の話を受け入れているようだ。
────いや、そうとも限らない者も居た。
『騙サレテハイケマセンゾッ!』
近衛隊長がボンボン跳ねながら力説した。
『陛下ッ! コノ者ガシタコトヲオ忘レナサルナッ! コヤツハ我ガ配下ヲ出シ抜キ王子ヲ誘拐シヨウトシタッ!
ソレガ失敗シタカラ甘言ヲ弄シテ盗モウトシテオルノデスッ! 聞クニ値セズ! 即刻死刑ヲッ!』
喚き散らす隊長にメレシーたちが怯えた目を向ける。どちらの言葉を信じれば良いか、純真無垢な彼らには判断がつかないのだ。
傍らの
「陛下」
静かに呼びかけると、あんなに騒いでいた隊長すら口を噤んだ。
「俺にそんなやましい心は一切ありません。しかし、隊長が信じられないと思うのもよく分かります。
…………ですから」
カブルーの肩に手を置き、宣言した。
「アマルス王子を復活させ、戻ってくるまでのあいだ。俺の相棒をここに置いていきます」
ディアンシーが僅かに目を見開いた。
『…………人質ならぬポケ質ということね?』
「はい」
『それで、そなたが約束を違えた時は…………?』
「相棒を煮るなり焼くなり好きにしてください」
女王は沈黙し、つとカブルーに顔を向けた。
『そなたも覚悟の上であろうな?』
「ぎしゅ」
カブルーが首を縦に振る。
俺が帰ってくることを微塵も疑っていない姿勢に、目頭が熱くなった。
ありがとう、カブルー。
目元を乱暴に拭い、懇願する。
「陛下! どうか俺を、俺たちを信じてください!」
女王はかなり長い時間、黙考していた。
────やがて。
『ヘリオドールや』
『はい、陛下』
先程ヒレの化石を運んだクチートを呼びつける。
『
『…………よいのですか』
クチートは猜疑心溢れる眼差しで俺を睨みつけている。近衛隊長以上に俺を信じていないようだ。
ディアンシーは微笑んだ。
『わらわの愛したあの方ならば、きっとこうするでしょうからね』
『…………かしこまりました、陛下』
クチートは奥に消え、すぐに戻ってきた。
俺に向かって顎を開き、中の化石を見せつけてくる。
そぉっと取り出すと、俺の手スレスレの位置でばぐん! っと閉じた。
こわっ! この子、怖ぁっ!
絶対に噛み千切る気マンマンだったろ!
青ざめる俺に構わず、ディアンシーが話を続ける。
『それではアシタバや。今日より3日の猶予を与えます。3日後の月が昇る前に戻っていらっしゃい。もしもそれが破られたら、家族の命はありませんよ』
「承知しました、陛下」
3日か。化石復元にはどんなに急いでも丸1日かかる。カナズミのデボンまで行って復元申請して即取り掛かって貰えればなんとかなる…………か?
かなりギリギリのスケジュールだが、やるしかない。
御前を下がろうとした俺を女王が呼び止めた。
『お待ちなさい。供が
「えっ」
侍女?
侍女って、まさか。
『ヘリオドールや。
そなたはこのニンゲンに着いておいで』
『かしこまりました、陛下』
クチートがしゃなりとお辞儀する。
やっぱりか! やっぱりな!
なんかそんな気したんだわ!
一瞬、俺を睨むクチートの目がギラッと光った。
すんげえ殺ル気みなぎってる気するけど、気のせいだよね? そうだと言って。
『彼女にはわらわが生んだ結晶を持たせてありますから、わらわと同じように会話が出来ます。道中障りはないでしょう。仲良くなさいね』
あ、言葉がわかるのってディアンシーの力によるものだったのか。
たしかに陛下の言う通り、クチートの首からピンクダイヤの塊がぶら下がっている。宝石は門外漢だが、売ればとんでもない値がつきそうだ。
『女王陛下』
クチートが俺から目を離さず、女王に訊ねた。
『もしもこの者が逃げたりゴーシェナイト様に乱暴したときは、喰い殺しても構いませんか?』
『よいでしょう』
ヨクナイデス。
あっさり許可しないでください女王様。
だらだら冷や汗をかく俺に、クチートはほくそ笑んだ。
無力な獲物をいたぶる肉食獣のような笑みだった。
『では行こう。
「…………ひゃい」
もう既に寿命が縮まった思いをしながら、俺とクチートは出口へと向かった。
というわけで39話。
最高の相棒OUT、処刑人・クチートIN。
果たしてアシタバの明日はどっちだ。
日刊5位まで上がってました。
まじでほんとめちゃくちゃ嬉しいです。
いつも感想高評価ありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いします!
〈追記〉
途中のアシタバくんの台詞修正しました。