まず動いたのはオコリザルだった。
常に激怒し殴る対象を探している暴君がジグザグに走ってくる。机を、床を、棚を縦横無尽に飛び跳ねて、俺とダイゴ、どちらを攻めるかギリギリまで悟らせないつもりのようだ。
スピードを生かした撹乱作戦というわけか。
だがそれは俺の
見破ることなど造作もない!
俺は指を突きつけ、大声で「左! 鉄壁!」と叫んだ。
クチートが大顎を盾のごとく左前に構える。
狙い違わず、オコリザルの右ストレートを防ぎきった。
部屋中に轟音が響き渡る。
「そのままぶん回せ!」
硬質化した大顎を振り回す。
オコリザルは辛くも直撃を逃れたが、受け止めるのではなく回避したあたり、クチートのほうが
続けてダイゴが命じる。
「メタング! バレットパンチ!」
凄まじい速度で繰り出された拳がシードラに迫る。
しかしシードラのトレーナーは慌てず騒がず、静かな声で返した。
「ハイドロポンプ」
水の奔流がメタングを押し戻し、彼我の距離を大きく開けた。メタングは大したダメージを負ってないようだが、あの放水を攻略しないことには近付けそうもない。
────と、視界の端に茶色いものが映り、本能的に横に飛んだ。
突風が吹き荒ぶ。巻き起こしたのはオニスズメだ。
自傷ダメージ覚悟の、捨て身の特攻で殺りに来た。
奴のニューラもまた、人間を攻撃することをなんら躊躇わない凶獣だった。
「ダイゴ、相手のオニスズメを忘れるなよ。
意識の外から俺たち目掛けて飛んでくるぞ」
「承知しました。厄介ですね」
答えるダイゴは不敵な笑みを浮かべている。
普段とはまるで勝手の違うバトルが楽しくて仕方ないらしい。
ポケットから2個目のモンスターボールを放り、ダンバルを繰り出した。
「こっちも手数を増やしていきましょうか!
アシタバさん、カブトプスを!」
「う」
ハイテンションで求められ俺は硬直した。
どーする?
どーする俺?
正直に言うか?
「ディアンシーのところに置いてきました」って?
天下の石マニアに幻の宝石ポケモンと邂逅してたことをバラすんか?
ンなことしたら4vs2が5vs1になる。却下だ!
だから────俺も笑った。
「ばぁか。こんなヤツら、2体いれば充分だろ?
ちょーどいいハンデってやつだよ」
「…………ほぉ」
低い声で呟いたのは、オコリザル使いの男だった。
目深に被った帽子の下から、滾った視線が飛んでくる。
どうやらその場しのぎの発言が聞き捨てならなかったらしい。煽り耐性低いなこのオッサン。
「大した自信だな。
子供ゆえの無謀さか、はたまた無知ゆえか」
「なにブツクサ言ってんだよ。文句あんなら勝ってみな」
重ねて煽れば男が歯を剥き出して吠えた。
「後悔するなよ小僧! オコリザル、爆裂パンチ!」
「ハイドロポンプ」
「乱れづき!」
三者三様、一斉に指示を飛ばしてくる。
技が直撃しないようステップを踏みながらクチートに指示を発した。
「
『はァ!?』
正気かコイツという顔をしながらも、クチートは言う通りにしてくれた。
大顎を極限まで開き、飛んできたハイドロポンプをキャッチする。
シードラのトレーナーが目を丸くした。
「なんだと……!?」
「そのまま吐き出せ!」
ぶくっと膨らんだ大顎から水を射出する。
擬似的なハイドロポンプはシードラ本体に跳ね返り、思いっきり壁まで叩きつけた!
哀れなシードラが水浸しの床にひっくり返る。
完璧に気絶していた。
『上手くいった…………あんなもので』
誰よりもクチート自身が目の前の光景を信じられないらしい。俺は満面の笑みで親指を上げた。
「たくわえると吐き出すの合わせ技さ。
お前さんならやれるって信じてたけど、想像以上だ!
サンキュな」
『…………ふん』
クチートがそっぽを向く。
若干頬が赤く見えるのは、俺の気のせいだろうか。
一方その頃。
「思念の頭突き!」
爆裂パンチを避けて繰り出されたメタングの技が炸裂し、オコリザルも戦闘不能に陥っていた。
オニスズメがたじたじと後ずさりする。
乱戦の隙をついてトレーナーを狙う恐ろしい鳥も、他のポケモンが気絶すればただの小鳥だ。
「勝負ありましたね。さあ皆さん、降参を」
「ぐ……っ」
ダイゴの言葉に、男たちが顔を歪めた。
その時、机の影が不自然に揺らめいているのに気づき、俺は咄嗟にクチートの小さな背を突き飛ばした。
間髪入れず、影から伸びた黒い爪がさっきまでクチートがいたところを切り裂いていく。
『なっ!?』
「ゴーストだ、噛みつけ!」
しかしクチートの攻撃はあと1歩及ばず、影に潜んで躱されてしまった。
改めて敵方に向き直ると、幹部の女が欠伸まじりに立ち上がるところだった。
「あなたたち、そこそこ
まさか今の奇襲が避けられるとは思わなかったわ」
「お褒めに預かりどーも。
今度はアンタが相手してくれんのか?」
女は蠱惑的な笑みを浮かべながら、芝居がかった仕草で首を振った。
「ううん残念。
あたくしもぜひお相手してあげたかったけれど、なんだか眠くなってきちゃったの。
もう目的は達したし、今日は帰るわね。
またどこかで会ったら、その時はたっぷり可愛がってあげるわ」
女がネイティを肩に乗せ、「じゃあね♡」とウィンクすると、次の瞬間にはもう消えていた。
「テレポート……! あ、待てっ!」
残された部下たちだけでも捕らえようとしたダイゴだったが、男どもはどぷんっと音を立てて己の影に沈んでしまった。
ゴーストタイプのポケモンは影に隠遁し、影から影へ移動することが出来る。
その技を応用したんだろう。
こんなところに居座ってどうやって逃げるつもりなのかと思っていたが、まさかこんな方法で逃げ遂せるとは。
「腐ってもマフィアだな。
たぶんこの部屋をどんだけ捜査しても指紋ひとつ残ってねえだろ。ロビーでぶちのめした連中も、今頃とっくに逃げてるだろうな」
「…………ですね」
悔しそうに唇を噛むダイゴだったが、ポケモンの鳴き声にはっと目を見開いた。
鳴き声の主はクチートだった。
部屋の奥、白いアマルスを抱きしめながらきゅうきゅう鳴いている。
「アマルス! しかもあれは、色違い!?」
「…………連れていかなかったのか」
てっきり盗んでいくと思っていた俺は肩透かしを食らった気分だった。
とすると奴らは、これ以上に珍しく価値の高い何かを手に入れたのだろうか?
それは一体なんなんだろう。
────まあいい。どちらにせよ結果オーライだ。
すぐにアマルスをポケセンに連れていこう。
復元したばかりで衰弱しているはずだから。
駆け寄ろうとした俺は盛大に転んでしまった。
ハイドロポンプで濡れたところを踏んづけたらしい。
「いてててて…………」
立ち上がろうと床についた手が、やけにブレて見えた。
「…………あ?」
ちがう。
ブレてるんじゃない。
俺が、震えてるんだ。
自覚した途端、痙攣が全身に広がった。
節々が痛いし、熱くて寒くてゾクゾクする。
まるで酷い高熱が出ているときみたいだ。
胃からせりあがるものを吐き出すと、それは意外なほど赤かった。俺の異変に気づいたダイゴが駆けつける。
「ア……タ……ん! どう…………ま……し……?!」
「ダイ…………! これ…………ど…………」
「父さ…………! 救……車…………を!」
声がぼやけて聞こえる。
言葉がすぐに理解できない。
なにか答えようとしても、舌が鉛になったみたいに重くて回らなかった。
なんだこれ。
何が起きた?
何も理解できないまま、視界がブラックアウトした。
執務室で書類を整理していたアポロは、背後から伸びる手に抱きしめられても眉ひとつ動かさなかった。
「お帰りなさい、アテネ」
「あん。少しぐらい驚いてくれてもいいじゃない」
アテネが不満そうに唇を尖らせる。
が、すぐに機嫌を治し、アポロの目の前に
「盗ってきたわよ、デボンの新技術」
細い指に挟まれたUSBメモリを、アポロは笑顔で受け取った。
「素晴らしい。
これで《第二次M計画》を実行に移すことが出来る」
鉄面皮と名高い彼が笑うことは滅多にない。
それが己の手で破られたことに、アテネはささやかな優越を覚えた。
「トラブルはありませんでしたか?」
「特にないわ。強いて言うなら社長のおぼっちゃまとそのオトモダチが乱入してきたことくらいかしら」
「……なんですって?」
アポロの形良い眉間に皺が寄る。
彼は策戦が予定通りに進まないことに人一倍敏感な性質だった。アテネが肩を竦める。
「ラムダに入口の封鎖を頼んだんだけど、上手くいかなかったみたいね」
「…………。まあ、いいでしょう。
子供2人、何ができるとも思えません。
あなたのことですから、そいつの顔はしっかり覚えたんでしょう?」
「当然よ。いまうちの部下に探らせてるわ。
ちょっと生意気だったからお仕置もしたし、ね。
ねーぇアポロ。そんなことよりご褒美は?」
アテネの瞳に炎が灯る。
アポロの目にも同じものが宿った。
「ここは会社ですよ」
「あたくしが居る時は違うの」
互いの体をなぞりながら、熱い唇を重ね合わせた。
というわけで44話。
アシタバくん昏睡するの回。
こいついっつもポケモンの技喰らってんな。
話の流れでアポロとアテネがちゅっちゅしてますが二次創作だからいいよね!
2人に恋愛感情があるかどうかはみなさんの想像におまかせします。
よければ感想高評価おなしゃす!