翌日。
朝の検診にきた看護師、検査を担当した検査技師は揃って首を傾げながら同じ見解を下した。
「毒が消えている」
不可解な現象だった。ふつうポケモンの毒に蝕まれると、完全に解毒できるまで数日はかかる。また、毒が抜けたあとも弱った内臓や神経を回復させるために1週間ほど安静にしなければならないのだ。
まして今回の元凶はゴーストである。そばに居るだけで生気を吸われ、徐々に死に至るといわれる恐ろしいポケモンだ。医師の中には、治療の甲斐なく死ぬだろうと予期していた者すらいた。
ところが昨日やってきた患者は、たった1晩でたちどころに快復してみせたのである。
驚異的なスピードに、ナースステーションでも医局でもみんなこの話で持ち切りだった。
1人だけなんら驚きを示さない人間が居た。カロス出身のゴジカ医師である。
彼女は昨日と今朝の検査記録を見比べ、ただ一言、
「それがあなたの選択なのね」
と呟いた。
朝10時。
「もう退院していいですよ」と言われるのを今か今かと待っていた俺は、扉が聞いた瞬間、期待を込めて振り向いた。
しかしそこに居たのは、すこしやつれたダイゴと白髪のおじさんだった。
「ようやく事情聴取が終わってお見舞いに来れましたよ。こちらどうぞ」
ドラマとかのお見舞いシーンでよく見る果物盛り合わせを受け取る。わあいバナナ食おう。バナナ大好き。
「それから、こちらは僕の父です。父さん、こちらが僕と一緒に戦ってくれたアシタバさんだよ」
「初めまして。ツワブキ・ムクゲです」
「んぶぇ」
バナナを頬張った瞬間に自己紹介され、俺は盛大に噎せた。
ど、どこのおじさんかと思ったら世界的大企業の社長様でしたか…………。
ムクゲ氏は俺の手を取ると、驚くほどしっかり握ってきた。万感の思いの籠った握手である。
「君のおかげで我社と息子の危機が救われた。本当にありがとう」
俺は塊のままバナナを飲みこみ、ぶんぶん首を振った。それはあまりに過大評価だ。こっちはただアマルスのために突入して、たまたま上手くいっただけなんだから。
それは一緒に悪人どもをしばき回したダイゴも分かってるだろうに、真面目くさった顔で父親を擁護した。
「父の言うとおりですよ。アシタバさんと2人だから、奴らを追い出せたんです。ありがとうございました」
親子揃って頭を下げられ、俺は口をもごもごさせることしかできなかった。
『いいにおいがする…………』
ベッドの下からクチートがもそもそ這い出してきた。洞窟育ちの彼女は狭くて暗いところのほうが落ち着くらしい。果物の匂いに鼻をひくひくさせている。ルギアもそうだがちびっこいポケモンは意外と食いしん坊なんだな。
林檎を手渡すと、両手で持ってシャリシャリ食べ始めた。食べる時は前の口なのか。当人は黙々と食べてるつもりのようだが、大顎が犬のしっぽよろしくパタパタしている。美味しいのが隠せてなくて可愛い。
「賑やかですね」
折りよくゴジカ先生もやってきた。
慣れた手つきで俺の診察を終えると、喉から手が出るほど欲していた言葉をかけてくれた。
「治ってますね。いいでしょう。退院を許可します」
「いよっし!」
そうと決まればグズグズしては居られない。ベッドから飛びおり、荷物を纏めた。
精力的に動く俺を見てダイゴが瞬きする。
「え、もう治療が終わったんですか? 昨日はゾンビみたいな顔色だったのに」
「流石はホウエン一のドクターですな。まさに奇跡だ」
ムクゲ氏の賞賛に、ゴジカ先生は小さく首を振った。
「いいえ。これは治療ではなく、奇跡でもない。
いうなれば、
「っ!!」
俺は弾かれたように彼女を見た。
彼女の口ぶりはまるで、昨日の夜にここで何があったかすべて見透しているような、確信的な響きが込められていた。
「これは試練。自由には責任が伴うように、呪いには代償が生じるもの。あなたが何を差し出すのか、私はただ見守るのみ…………」
それだけ言って、ゴジカ先生はするすると病室を出ていってしまった。
冷や汗が背中を伝う。
ツワブキ親子はぽかんとしていたが、俺だけは、彼女の言葉が何を意味しているかはっきり分かっていた。
間違いない。
どういう手段でか知らないが、あの人は俺がルギアに治して貰ったことを知っている。そして警告してきたのだ。
呪い。
代償。
ルギアが入ったフレンドボールをぎゅっと握りしめる。
────いや、彼女の考えすぎだ。だって俺は前にも、ニューラに切り刻まれた傷を治して貰ったけれど、なにも不具合なんかないじゃないか。
「父さん、ゴジカ先生の仰ってた意味がわかりますか?」
「わからん。だがあの方は医師であると同時に高名な占い師でもあると聞く。常人には掴めない情報も掴めるのやもしれんな」
「占い師…………」
リュックを背負い、俺は努めて明るい声で言った。
「と、とりあえず、出ましょっか」
ロビーで会計しようとしたら、「もうお代はいただいております」と言われ、目が点になった。
「僭越ながら払わせてもらったよ。せめてこれぐらいはさせて貰わねば私の面目が立たん。そうだ、どうかこれも受け取ってくれたまえ」
差し出されたのは無地の黒いカードだった。
おい。
もしかして、もしかしなくてもこれ。
「私名義のクレジットカードだ。いつでも好きなだけ使ってくれたまえ」
やっぱ
カードを持つ指が震える。
こんなん金塊とか札束持ってるのと同義だぞ!
貧乏学生が持っていい代物じゃねえ!!
滝汗流しながら恐縮する俺にダイゴが耳打ちする。
「父は一度出したお金は決して受け取りません。使わずに財布にしまいっぱなしでもいいわけですから、ここは貰っちゃいましょう」
「ヒェ」
金持ち……こわ……。
「アシタバ君はこの後予定が空いてるかね? もし時間があればぜひ食事でもどうかな」
「あ、っと。実は急いでムロに行かなきゃいけなくて」
「ムロ…………お前がよく行く島だな?」
ムクゲ氏が息子を見ると、ダイゴは笑顔で肯定した。
「はい、父さん。あそこにある石の洞窟は鉱石の宝庫ですよ。先日はヒレの化石を見つけたんです」
「ヒレの!」
社長は目を瞠った。どうやら彼もまた石マニアらしい。
「そうだ、アシタバさん。ポケモン科に預けてあるアマルスのお迎え、僕が行っても構いませんか?」
「え、あ、ああ。いいけど」
「入れたいボールはありますか?」
「んー…………じゃ、これで」
リュックの底から試作品を取り出す。白をベースに、青水晶の欠片を散りばめた意匠である。
「スノウボールってんだ。氷タイプ専用のボールが欲しくて開発したんだけど爺ちゃんからダメだし食らってさ。お蔵にすんのも勿体ねえし」
ダイゴは矯めつ眇めつして大きく頷いた。
「美しいですね。あの子にぴったりだ。
早速行ってきます!」
息子の姿が見えなくなってから、親父さんが興味津々に訊ねてきた。
「さきほど、ボールを開発したと言ったね? まさかあれは君の手作りか?」
「ああ、そうです。じいちゃ……祖父からボール作りを叩きこまれまして」
「失礼だが、お爺さんの名は?」
「ヒワダのガンテツです」
「なんと!」
ムクゲ氏は喜色満面に破顔した。
「若い頃に見たあの方の技術に惚れこんで、我社のボール開発部門を立ち上げたくらいなのだよ! 今でもたびたびお招きしてうちの研究員に指導いただいているんだ。先のスノウボール、あれも素晴らしいデザインだった! アシタバくん、君は天才だ! ぜひ我社に入ってくれたまえ!」
「や、そんな、俺なんてじいちゃんに比べれば全然」
熱烈なラブコールをされ、俺は顔を真っ赤にしてうつむいた。
どうもこの人は褒め言葉が大袈裟すぎる。
すると、ムクゲ氏が穏やかな口調で問いかけてきた。
「────君への言葉を大袈裟だと思うかい?」
「っ」
肩が跳ねる。咄嗟に視線を逸らしたことが、イエスであると告げたようなものだ。
ムクゲさんは優しい笑みを浮かべた。
「どうも君は己を過小評価する傾向にあるようだ。だけどねアシタバ君。私は決して世辞を言わんし、おべっかも使わん。人間、誠実であることが1番大切なことだからだ。誰にでも調子のいいことを言っていたら、真実を口にしたとき誰も信じてくれなくなるだろう?」
ムクゲ氏は、もう一度俺の手を握った。
今度は両手だった。
「もしもダイゴが単独で突入していたら、毒に倒れていたのはあの子だったろう。助けも求められず、もがきながら死んでいったかもしれない。君とダイゴ、2人いたからどちらも生きてここにいるのだ。いくら感謝を言っても言い足りないし、称賛してもしすぎるということはない」
「む、ムクゲさん…………」
「本当に、治ってよかった」
ムクゲ氏は俺の手を額に押し当てるようにして、何度も何度も礼を言った。
「戦ってくれてありがとう。
あの子と一緒に居てくれてありがとう。
毒に打ち勝ってくれて、ありがとう…………」
最後はくぐもってよく聞こえなかったが、ムクゲ氏の手が小刻みに震えているのははっきり分かった。
俺は胸がいっぱいになるのを感じながら、ダイゴが戻ってくるまでの数分間、彼と固い握手を交わし続けた。
余談だが、アマルスを目にした2人は全く同じテンションでハアハア言いながら写真を撮りまくっていた。
ちょっと怖かった。
というわけで46話。
退院だけで1話使ってしまった笑
せっかくボール自作できる主人公なのでオリジナルボール出してみました。
今後も気が向いたら出ます。
日刊6位ありがとうございます!
よければ感想高評価おなしゃす!