ツワブキ親子と別れ、カナズミ総合病院を後にした俺は、ムロタウンへの交通手段が死んでいることに気づいて愕然とした。
「ムロ行きは船も飛行機も全便欠航!? なんで!?」
トラベルカウンターの受付嬢が深々と頭を下げる。
「大型台風が近づいている影響で運航を見合わせております。お客様にはお急ぎのところ大変ご不便をおかけいたします」
「ほぁああぁあああ!?」
嵐!? このタイミングで嵐!? なんっでだよおかしいだろ!! 俺なんかしたかよ神様!
「あ、あ、あの、奇跡的に一便だけ動いたりとかは」
お姉さんは気の毒そうな顔で首を振った。
「申し訳ありませんがさきほど最終便が出てしまって……あとは終日欠航となっております…………」
「のぉおおおおおぉお!」
厄日だ。というか厄週だ。
今週の俺ずっと酷い目にあってんだけどなんなん? 来週すげー良いことないと割に合わないんだけどこれ!
現在の時刻は朝の10時半。月が昇るのは夜7時ジャスト。約束の時間まであと6時間ほどしかない。
カナズミからムロまで少なく見積っても2、3時間はかかるだろう。そこから石の洞窟に潜ってディアンシーのところまで進むからえーとえーと。
「いや時間足りねぇっ!」
床に蹲り、頭を抱えてウンウン唸る。
まわりの視線が痛いが知ったことか。
考えろ考えろ考えろ。なにか手段があるはずだ。
そのとき、俺の天才的頭脳に天啓が舞い降りた!
「はっ、ナギ!」
もう一度ナギに飛んでもらおう! そうだよあいつなら多少の台風くらいへっちゃらだろ!
ウキウキでポケギアを取り出した瞬間、はたと思い出した。そういやあいつの番号知らねえ。ていうか、ポケギア嫌いで触ったこともないとか言ってなかったっけ。
天啓、終了。
「…………しかたねえ」
フレンドボールをじっと見つめる。
そうだよ、ルギアだって鳥なんだ。たぶん。俺を持ち上げて飛ぶことだって出来るはずなんだ、きっと。
ワンチャンにかけようそうしよう。あいつ両掌からちょっとはみ出すぐらいのサイズだけどなんとかなるだろ伝説だし。ルギアがんばれ超がんばれ。よし行くぞ。
据わった目でボールを構える俺の肩を、誰かが後ろから叩いた。
「そんなに行きてえのか、ムロに」
『っ!?』
岩が擦れるような低くて威圧感のある声に、クチートがびくりと振り向いた。
筋骨隆々の大きな爺さまが、獰猛な笑みを浮かべて俺たちを見下ろしている。爺さんは俺の全身をジロジロ眺めてから、「まずまずだな」と呟いた。
「おい小僧。ムロまで乗せてやっからよ。おれっちの船で働きな」
「は、働くって?」
「決まってんだろ」
老人がニイッと笑った。
「魚釣りよ」
爺さまはハギといった。
もう50年もムロ近海で漁をしている船乗りらしい。日に焼けた肌と逞しい二の腕、鋼が入ってるのかと思うほど力強い背筋は、年齢による衰えなど全く感じさせなかった。
今日も今日とて漁に出るつもりが、天気予報に怯えた若手に逃げられたのだという。
「近頃の若ぇモンはダメだ、なあ? 嵐にビビって漁師が務まるかよ。長ぇ人生、10回20回は転覆を味わってこそ船乗りだぜ」
俺船乗りじゃないけどたぶん違うと思う。
などと言えるわけもなく。
他に行ける手段もなさそうだし、背に腹はかえられぬ。ハギ老人の船に乗せてもらうことにした。
トウカの森の先にある小さな浜辺に、明らかに素人の手作りらしい掘っ建て小屋が建っている。これがハギさんの家だった。
ちょっと強い風が吹いたら根こそぎ吹っ飛びそうなバラック造りだが、意外に頑丈なんだろうか。
「狭いながらも楽しい我が家、ってな。これは6度目に建て直した家なんだ」
普通にダメだった。めっちゃ吹き飛んでた。
てか6回も家がなくなってよく生きてましたねアナタ。
そう言うと、ハギさんはどんと己の胸板をぶっ叩き、ガハハと笑った。
「まあな! 頑丈さだけが取り柄よ! 無駄話してるヒマはねえぞ、ほれ乗った乗った!」
釣り船は家に比べれば数段丈夫な造りで安心した。手入れも行き届いていて、彼がこの船を心底大事にしているのが伝わってくる。
海を見やると、まだ空は晴れていたが風が生ぬるく、潮が高くなり始めていた。
素人でもわかるぞ。これは
「ひとつ言っとくが」
着々と出港の準備を進めながら、船長は事も無げに言った。
「今日の天気はちとやべぇぞ。死ぬなよ、小僧」
「…………あぃ」
すんません有識者の方。
今からでも入れる保険ってありますか?
沖に出るまではヒマを潰していろと言われ、俺はルギアに腹ごしらえさせることにした。
昨日の朝急いでパンを食べさせたきりロクなモノを食わせていない。さぞ腹を空かしているだろう。
爺さまが運転席に陣取り、行き先を凝視しているのを確認してから、静かに開閉スイッチを押した。ボールから出、ダイゴがくれた果物籠を見た途端、ルギアは目の色を変えて暴れだした。
「げるるるるるっ! げるっ! げるるるぁ!」
「おちおちおち落ち着け! 気持ちは分かるが落ち着け! 船から落ちるっ落ちるから!」
籠の中にある美味そうなものに片っ端から食らいついている。手や腕を幾度となく啄まれながら、喉を詰まらせないよう必死に牽制した。
調べたところによると、鳥の食道は他の生物に比べて細く出来ており、急に食べ物をがっつくと詰まりやすいらしい。まさか伝説ポケモンが窒息死はしないだろうがこいつは雛だ、自分の限界を知らなくても不思議はない。
結局、バナナを5本とリンゴ2個、メロン1玉を平らげて、ルギアはようやく落ち着いた。
「げ──っぷ」
「生意気にげっぷしやがってこんにゃろ」
「げるるぃ」
「眠くなっただァ? 寝るならボール行けオラ」
「げう」
「ヤだじゃねっつの。これから天気が荒れんだぞ。お前みたいなチビぽーんて飛ばされちまうぞ!」
「げっげっ」
「飛びたい? そンなぽんぽこりんな腹じゃ飛べねーよ。つーか嵐が来るんだってば。飛ぶのは我慢しな」
「げう〜……」
床にうつ伏せ、不満そうに翼をバタバタさせている。
次から次へと駄々を捏ねやがって。全く育児ってのはしんどいもんだ。
『…………よくまあ会話が成り立つな』
船のヘリに寄りかかり、俺たちの問答を見ていたクチートが呟いた。胸元に下げたピンク水晶がきらりと光る。
『私とお前は、陛下から賜ったこの石があって初めてやり取りが叶うというのに、なぜ
「なぜ、って…………。まあ、もう1週間ぐらい一緒にいるしなあ」
『それだけで分かるものなのか?』
「うーん」
かたわらに視線を落とすと、寝そべっているうちに眠くなったらしいちびすけがくうくう寝息を立てていた。
「こいつ、何がしたいアレが欲しいっていうのがめちゃくちゃ分かりやすいんだよな。目でも声でも仕草でも、全部を使って訴えてくるから、分かんないってことがねーんだ。悪く言えばワガママだけど、良く言えば素直なんだよ。だから通じ合えるんじゃねーかな」
『…………』
籠のなかに残っていたブドウを差し出す。
「な。これ食ったことあるか? 俺、果物のなかじゃコレが1番好きなんだ。甘くて美味いぞ」
『…………ふん』
クチートは何が気に食わなかったのか、ぷいと顔を逸らしてしまった。でもブドウは気になるみたいで、大顎の先で咥えてくれた。
こっちはこっちで、ある意味素直なんだよな。おもわず吹き出しそうになるのを堪えて海に視線を戻した俺は、息が止まるかと思った。
海は、この短い時間ですっかり形相を変えていた。
空には分厚い雷雲がかかり、世界を灰色に染めている。波は凶悪なまでに高くうねり、命知らずな船へ威嚇の牙を研いでいた。
いつのまにか嵐のすぐ側に来ていた。鼻筋に雨雫を感じて、慌ててルギアをボールに仕舞う。
おもわず歯が震えた。
縋るもののない大海原の真ん中で、これから来る嵐を待ち受けるのはこんなにも恐ろしいものなのか。
「さあ、こっからだ」
エンジンが轟く中でも、緊張と興奮に彩られた船長の声ははっきり聞き分けられた。
「ムロ北海名物・高波水道。台風の時は波が何倍にも膨れ上がる。ここを越えなきゃムロには着けねえ。気張れよ小僧!」
「─────はい!」
怖い。死ぬほど怖い。
だけどここさえ切り抜けりゃ、また
不吉に揺れる船の上で、それだけを頼りに海を見据えた。
というわけで47話。
ハギ老人とのウキウキ海上デートです。
良い子のみんなは台風の日に海を見に行かないようにね。
死ぬからねマジで。
よければ感想高評価おなしゃす!