石の洞窟、その最深部。
メレシー族と限られた者だけが入室できる石室に、ベビィメレシーたちと一体のカブトプスが座っていた。
ベビィたちは3日前にやってきた闖入者にすっかり心を開いていた。
自分たちより背が高く、恐ろしげな刃を持ってはいるけれど、優しい心根の持ち主であることがひと目で分かったからだ。
メレシーたちが見つめると、カブトプスは穏やかな瞳で見返してくれた。
メレシーたちが唄うと、カブトプスは鎌をこんこんと合わせてリズムをとってくれた。
誰かが喧嘩をすると、すぐに仲裁に入ってくれた。彼に諭されると素直に謝ることができたし、すぐに仲直り出来た。
ベビィたちはカブトプスと遊ぶのが大好きだった。
ところが今日は近衛隊長がやってきたので、皆怯えてしまった。
ベビィたちはちょっぴり近衛隊長が苦手だった。隊長は少しのことですぐ怒るからだ。
けれどこの日はごく静かに入ってきて、ごく静かにカブトプスに語りかけた。
『今日デ3日目。約束ノ刻限ガ近ヅイテイル。覚テオルナ、モシモ貴様ノ飼イ主ガ戻ラナケレバ…………』
カブトプスはこくりと頷いた。
近衛隊長は押し黙り、しばらくして面を上げた。
『────ダガ、コノ数日デ貴様ガドウイウ者カ分カッタ。モシモ貴様ガ望ムナラ、我ガ一族ニ迎エテヤッテモ良イ』
隊長らしからぬ温情に、しかしカブトプスは首を振った。
近衛隊長はしゅんと項垂れた。近年珍しく気骨のある若者に、いつのまにか惚れていた。できることなら処刑などしたくない。だが陛下の命令には従わねばならぬ。
『デハ、短イ余生ヲ過ゴセ』
カブトプスは黙って隊長の背中を見送った。
ベビィたちが口々に尋ねる。
『余生ッテナニー?』
『食ベレルー?』
『美味シイー?』
カブトプスは微笑み、鎌をこんこんと鳴らした。唄の合図だ。メレシーたちはわぁっと歓声を上げ、輪になって歌い踊った。
波と波が聞いたことない音を立てながら、うねり、ぶつかりあい、世界を揺るがしている。
水面に浮かんだ船なんか木っ端も同然で、ひっきりなしに上下に揺さぶられ、目の前に広がる黒いものが空なのか海なのかも判然としなかった。
「ぉおおおおおら!」
ハギ船長が舵を切り、岩礁から危うく舳先を逃す。横波が船体にぶつかって思いきり傾いだ。
────転覆する!
指が白くなるほど船体にしがみつきながら、ぎゅっと目をつぶった。
「これしきで沈むかよォ!」
エンジンを噴かす。三角波に乗りあげるようにして船が飛び、轟音を立てて着水した。
『あのニンゲン、イカれてるぞ!
のこのこ着いてきたお前もな!』
「いまだけボールに入るか!?」
提案を、クチートは一蹴した。
『貴様が沈んだら道連れだろうがバカが!』
確かに。こんな状況だというのに、おもわず笑いがこみ上げた。
まったくもってクチートの言うとおりだ。嵐と知りながら出航するイカレ船長に着いてきて、案の定命の危機に陥っている。逆の立場ならバカだアホだと散々に罵っているだろう。
だけどあと少しでムロに着く。そうすれば全てチャラだ。はやく
「待ってろよ、カブルー」
────瞬間。
山のような高波が俺たちを呑みこんだ。
メレシーたちは、急に立ち上がったカブトプスに驚き、わらわらと集まってきた。
『ドシタノー?』
『ドシター?』
『ダイジョブー?』
カブトプスは天井を見上げ、硬直したまま動かない。
そのとき、重低音が響いてきて、メレシーたちも天井に目を向けた。
それは断続的に聞こえてくる。どぉん、どおんと、大きなものを叩きつけるような恐ろしい音だった。
『スゴイ音ー』
『アラシダッテー』
『アラシー』
『アラシー』
メレシーたちが嵐の意味もわからずぴょんぴょん跳ねている。洞窟で生まれ、外の世界に出たことがないメレシーたちは、嵐がどんなものかまるで知らない。
カブトプスの頬を、一筋の汗が伝った。
「がぼっ!」
口の中に流れてきた塩辛いもののおかげで意識が戻った。
気絶していたのはほんの一瞬らしい。暴れ回る海流のなかで、必死にばたつくクチートが見えた。懸命に手を伸ばす。何とか抱き寄せることができたのは奇跡だった。
目をつぶり、ただ息をひそめた。クチートの小さな手が俺の背に回される。
上下左右、あらゆる方向から水が殴りつけてくる。今自分がどんな姿勢でいるのかも分からない。泳ぐなんて考えることすら出来なかった。
息が苦しい。
口の端から泡が漏れる。
だめだ、まだダメだ。耐えろ、耐えるんだ。
生きて辿り着かなきゃ。
カブルーが俺を待ってるんだ。
だけど神様は残酷だった。
海はちっとも静まらなくて、揉みくちゃにされながら底の方に引きずられていく。慌てて手足を動かしてももう遅い。胸が急に苦しくなって、沢山息を吐いてしまった。
腕の中のクチートから力が抜けていく。
全身が痺れたように動かない。
ああ、ちくしょう。
終わりか。今度こそ。
ごめん、ごめんな。
諦めかけたそのとき。
暴力的な渦潮の端に白いものが閃き、身体にかかる圧力が消えた。
轟々と流れる水も冷たさも遮断する、あたたかくて大きな泡が、俺たちを包みこんでいた。
「な、んだこれ」
おそるおそる触れてみる。
ぐにぐにして、どこまでも伸びるほど柔らかいのに破ける気配がない。
突然、泡の外で高らかに歌声が響き渡り、俺は目を丸くした。それはあまりに聞き慣れた声だった。
「げぅる────ぅ」
「…………っ!」
この、鳴き方は。
「お前なのか、ちびすけ!」
ぎゅんぎゅん泳いでいた白いものが泡の前でぴたりと止まる。やっぱりそれはボールの中に居るはずのルギアだった。荒れ狂う水流の中、ニコニコ顔で俺たちを覗きこんでいる。さながら水族館で魚を見つめる人間のように。
安堵が胸を充たす。
よかった。
まだ終わりじゃない。
こいつに助けてもらえば、間に合うはずだ。
「ちびすけ! たす……っ」
ふと、ゴジカ先生の言葉が甦る。
『これは奇跡ではなく呪い』
『いつか代償を払うことになる』
あれは、神通力に限った話なのか?
それとも、ルギアに助けてもらうことが即ち呪いなのか?
(────例え、そうだとしても!)
拳を握りしめ、叫ぶ。
考えている暇はない。
呪いたきゃいくらでも呪え。
俺は、カブルーに逢いたいんだ!
「助けてくれ、ルギア!」
ルギアは、任せろと言わんばかりに猛り鳴いた。
石の洞窟にはいくつか清水が湧いている箇所がある。洞窟に生息するポケモンたちの貴重な飲水に使われるから、どんな野生もここで暴れたりはしない。
ただ、地震などで湧き口が塞がってしまわないよう、メレシー部隊が定期的に巡回していた。
ベビィメレシーたちを集めている石室に、いちばん大きな水場がある。見回りに来たメレシーが、ある異変に気づいた。
水面に気泡が立っているのだ。
誰かがここで泳いでいるのか? 不届きな!
メレシーはぷんぷん怒りながら仲間を呼んだ。
大勢で水場を囲む。ここが神聖な場所であると分からせてやらねばなるまい。
捕虜のカブトプスも隊列に加わった。隙のない構えで刃を光らせている。
気泡が増えた。まもなく出てくる。
リーダーが殺気立った声を上げた。
『来ルゾ! 油断スルナ!』
そのセリフを待っていたかのように、気泡が瞬く間に膨れ上がり、水柱を突き上げた!
『オワーッ!』
『水ダーッ!』
『怖イヨーッ!』
メレシーたちがパニックに陥る。もとより戦闘が苦手な種族の彼らは、すこしでも不利な要素があるとすぐに混乱してしまうのだ。リーダーとて例外ではない。全員揃って逃げ出した。
カブトプスだけが、降りしきる水飛沫を浴びながらじっと睨み据えていた。
水底から1人の人間が這い上がってくる。小脇にクチートを抱え、反対側に雛のルギアを抱きながら、岸辺にべちゃりと跪いた。
頭から爪先まで濡れそぼり、ぜいぜいと喘ぐ様は、さながら幽鬼の如しである。
だがその幽鬼こそ、カブトプスが求めていた人物だった。構えを解き、崩れ落ちそうになる身体を抱きとめる。
人間が言った。か細くも、確かな声色で。
「ただいま、カブルー」
「……ぎしゅっ」
ふたりは、力いっぱい抱きしめあった。
というわけで第48話。
ようやく再会です!
いやー長かった長かった。
クチートちゃんは気絶してるだけですのでご安心ください。
ルギアちゃん今回も頑張ってくれました。
ほな唐揚げあげようね。
よければ感想高評価おなしゃす!