「……っげほ!」
クチートの小さな口から海水が吐き出され、俺は安堵の息をついた。
「よかった、気がついたか」
クチートは大儀そうに瞬いてから、ゆっくりと身を起こした。
『…………ここ、は?』
「石の洞窟だ。たぶん、玉座の間からそんなに離れてないと思うけど」
リュックのなかの比較的濡れてないタオルで雫を拭き取った。鋼タイプに潮水はご法度だ。身体中が錆びて大変なことになる。
自分でやると怒られるかとヒヤヒヤしたが、存外大人しく拭かせてくれた。
海流に呑まれ溺れている間、どんどん腕の中で重くなっていくクチートが心配で堪らなかった。最悪な想像が頭を過ぎるのを振り払い、蘇生を施した甲斐があった。
「無茶させてごめんな。辛かったろ」
クチートは気だるげに拭く手を払った。
『…………もういい。過ぎたことだ。それより早く向かうぞ。陛下は時間に厳しいお方だ』
「道はわかるか?」
『誰に言ってる?』
ぶん、と大顎を振って水気を切り、自信たっぷりに鼻を鳴らした。
『ここで生まれ育ったんだぞ。陛下のもとに行くことなど造作もない』
「そりゃ頼もしいな」
俺は笑って、
我々からゴーシェナイト様を奪おうとした憎きニンゲンが濡れそぼった姿で御前に出ると、女王陛下は酷く驚いた面持ちで奴らを見やった。
我輩は近衛隊長として、無様な姿を晒す彼奴めに死刑を言い渡したかったが、侍女頭の
ヘリオドール殿がしゃなりと頭を垂れる。
『遅くなりまして申し訳ござりません、女王陛下。
お見苦しい姿で罷り出ましたこと、どうかご容赦頂きたく存じます』
クチートに合わせ、ニンゲンとカブルー殿も深々と辞儀を送る。陛下はそっと目を伏せ、鷹揚に頷かれた。
『…………この嵐の中、よく戻りましたね。あの子は、
『は。こちらに』
ヘリオドール殿に促され、ニンゲンがリュックから得体のしれぬものを取り出した。丸くて白いキラキラするもののでっぱりを押すと、ぽん、と軽い音を立てて、かつてディアンシー女王が誰よりも愛した方のお孫様が現れた。親譲りの白い膚を艶々と光らせながら、ゴーシェナイト様がゆっくりと周囲を見回される。
大勢から見られていることに気づき、恥ずかしそうに顔を赤らめられた。
周囲に控えていた部下たちがどよめく。
『オオ…………!』
『間違イナイ! ゴーシェナイト様だ!』
『復元デキルトハ真デアッタカ』
『ナントイウコトダ…………』
驚愕、歓迎、感嘆、懐古、様々な感情を込めた囁きが交わされる。
一方、陛下はものも言わず、身動ぎもされなかった。 深い感動に包まれ、何か言いたくても言えないのだということは、誰の目にも明らかであった。
わななく両手を伸ばし、ゴーシェナイト様の細い首筋を撫でられると、
『あぁ…………ゴーシェ……!』
やっとそれだけ言って、幼子を固く抱きしめられた。
甦ったばかりの王子は、なぜ皆がこんなに注目してくるのか、なぜ陛下が泣きそうな顔で抱きしめてくるのか、なにもかも分からなくて決まり悪そうにもじもじしていた。それでも、生来優しいお方なのだろう、回された腕を振りほどこうとしたりせず黙ってされるがままになっていた。
ようやく心を落ち着けることが出来た女王様がゴーシェナイト様を離された。気恥しそうに詫びを述べられる。
『ごめんなさいね、急に抱きついたりして。
驚いたでしょう』
『ちょっとだけ、びっくりしました』
ゴーシェナイト様が含羞む。
ディアンシー様も微笑まれた。
『そなたは本当に、お父上に似ていること。雪より白いその膚も曇りなき眼も瓜二つだわ』
『おとうさんをしってるの?』
『ええ。とってもよく知っています。そなたの父母は、わらわの大切な友人ですからね』
追憶する女王様の瞳から、涙が1粒転がり落ちた。幼き王子はびっくりして、慌てて慰められた。
『どうしたの? かなしいの? ぼく、あなたにひどいことをしちゃったのかな』
『…………っ、いいえ、いいえ。悲しくはありませんよ。むしろとっても嬉しいんです』
『うれしい、の?』
『ええ』
戸惑うゴーシェナイト様に、女王陛下はにっこりされた。
『嬉しくてたまらないの。なぜなら、あなたにまた逢える日をずっとずっと待っていたのですもの』
そのお言葉に、王子はぴょこんと飛び跳ねられた。
『ぼく、そういうときにぴったりのうたをしっています!』
『まあ、そうなの?
よかったらぜひ聞かせてちょうだいな』
『はい!』
そしてゴーシェナイト様は歌われた。たどたどしいメロディではあったが、高く澄んだのびやかな歌声は、全員の胸に染み渡った。
目を閉じ、聞き惚れていた陛下は、紡がれる歌詞にはっと息を呑んだ。
──こわがらないで いとしいあなた
いつかまた あえるときまで
それまですこし ねむるだけ
だからどうぞ おやすみなさい
わたしは ここに いますから
わたしは ここに いますから……
我輩も動揺を隠せなかった。それは、2度目の隕石が降る直前、他ならぬディアンシー様が我々に贈ってくださった歌だったからだ。
『……そなた、その唄を、どこで…………?』
ゴーシェナイト様はおずおずとお答えになった。
『ぼくがねむっているあいだ、なんどもきいたうたです。すごくきれいなうただなあ、おきたらうたおうって、ゆめのなかでたくさんれんしゅうしたんですよ。──あの、ぼく、ちゃんとうたえていましたか?』
『…………!』
女王陛下は口元を押さえられた。両目にみるみる涙が溜まっていく。
なんということだろうか。
ディアンシー様はことあるごとに宝物庫に出向いては、ゴーシェナイト王子の化石に向かってこの歌をお聞かせあそばしていた。
それがちゃんと届いていたのだ。
陛下の悦びはいかばかりであろう。
我輩は涙ぐまずにおれなかった。
『ええ、ええ……!
とっても、とってもお上手でしたよ!
ね、ゴーシェ、よかったらもう一度聞かせておくれ』
『はい!』
王子が再び歌われる。
ヘリオドール殿が目顔でその場の全員を下がらせ、自らも部屋を後にした。
最後に振り返ったとき。
ディアンシー様の目からは、大粒の涙が堰を切ったように溢れ出していたが、微笑みだけは絶やされることなく王子の歌声に耳を傾けておられた。
『…………』
我輩は黙ってニンゲンに近づいた。
『ニンゲン』
「ん?」
『…………感謝する』
我輩は玉座の間の入口に戻り、王子の歌に聞き入った。
ディアンシー様は3度目をせがまれ、王子とともに歌われた。
我輩が知る中で、最も美しく、最も尊い二重奏であった。
というわけで49話。
少し短くなってしまいましたが、どうしても描きたいシーンだったのとここで切った方が美しかったのでこういう展開になりました。
実はアマルスってレベルアップで「りんしょう」覚えるんですよね。
なので歌が好きで得意な種族なんじゃないかなあと思ってます。
ヒレを揺らしながら歌うアマルスはきっと可愛い。
よければ感想高評価おなしゃす!