無事、アマルスとの再会を果たしたディアンシー女王は、約束通り
『そなたの働きに心から感謝します。
本当に、ありがとう』
俺はただ黙って頭を下げた。振り返ってみれば中々ドラマティックな3日間だった。毒に蝕まれ嵐の海に放り出され死刑宣告まで受けたけれども、まあ終わり良ければ全て良しだ。
ディアンシー女王が両手をぽんぽんと叩くと、なにやら品物を持ったクチートたちが3体、淑やかに歩いてきた。
『さあ、約束の
そなたにはこの3つを与えましょう』
最初のクチートが差し出したのは、複雑な色味に輝く薄手の布だった。
『こちらは《
「────! ありがとうございます」
素晴らしい品だった。手触りは極上の絹が如く滑らかで、霞のように軽やかだ。早速
「なんか他のポケモンになってみな」
「げる……」
ルギアはしばし考えたのち、ぱっと翼を広げた。次の瞬間、雛鳥の姿はカブルーに様変わりしていた。
その変身精度といったら完璧のさらに上を行く。俺ですら容易には判別できず、仕草や目つき顔つきをよーく観察して、やっと偽物だと分かるぐらいだった。ルギアが本気で対象の真似をしたら、見抜ける人間は居ないだろう。
これはかなりありがたい。この羽衣を着せておけば、人前でも堂々とちびすけを出すことが出来るようになる。
ルギアは変わった時と同様、唐突に本来の姿に戻った。
「んげるっ♪」
「お気に召したみたいだな。暴れ回って破くなよ」
『ほほ。安心なさい。衝撃にも火にも滅法強い品です。生半可なことではかすり傷ひとつ付きませんよ。──さ、次の品を』
2体目のクチートが前に出る。彼女は木肌の美しい瓢箪を掲げていた。
『ラムの樹を磨いて作った《
手に取ると、ずしりと重かった。仄かに果実酒のような甘い香りがする。栓は贅沢にも琥珀が使われていた。
これまた凄い逸品だ。古往今来多くの人間が欲した万能薬が、ひょんなことから手に入ってしまった。
俺はごくりと生唾を飲んだ。
ほんとうにどんな病気でも治せるなら、言い値で買う奴は世界中にいるだろう。
濡れ手に粟のボロい商売の始まりだ。もうちびすけの唐揚げ代に悩むこともない。
すると、俺の邪な考えに気づいたらしい女王が笑顔のまま釘を刺してきた。
『なんでも治せますが、飲めば飲むほど身も心も依存して廃人になってしまいますから、使い方には注意するように』
わーぉ劇薬。
まあ、そりゃそうか。
市販薬だって強いものほど副作用が強いもんな。
無闇に使わんとこう。
最後のクチートが持っていたのは、黒く尖った角だった。
『3つ目はこちらです。《黒真珠の角笛》というもので、音量によって効果が変わります』
「効果が変わる……?」
『ええ。試しにここで吹いてご覧なさい』
おそるおそる手に取ってみる。思ったより軽かった。指穴はひとつも無いので、たった1音しか出せないらしい。先端を含み、ごく微かに息を吹きこむ。
ぽあー。
気の抜けた音が鳴った。足元の土がもぞもぞ動き、ディグダが「なあに?」といった様子で顔を覗かせた。
『その程度であれば、近くにいるポケモンを呼び寄せます。音の大きさと長さによって変わりますから、そなた自身で確かめてみなさい』
「…………なるほど?」
なんかいきなり用途のわからんものが来たな。
これホントにお宝か? 使い勝手の悪い道具を体よく押しつけてきてません?
まあ、くれるんなら貰うけども。
瓢箪と角笛をリュックに仕舞い、ついでにルギアもボールに仕舞って、俺とカブルーは女王に一礼した。
「女王様、色々とありがとうございました。頂いたものは大事にします。みなさんどうか、お元気で」
『ええ。そなたたちも息災でありますように。
…………ところでそなたはこれからどうするのです?』
「ひとまずは、家に帰ろうかなと」
ホウエンに来てからこっち、めまぐるしく状況が変わりすぎてレホール先輩に全く連絡出来ていない。そろそろ痺れを切らす頃合だろうから、1日も早く帰りたかった。
『家はどちらに?』
「ジョウトのキキョウというところです」
『ここからは遠いのでしょうね?』
「そう──ですね。
海をいくつも渡らなければなりませんから」
いまひとつ質問の意図が読めないまま頷くと、ディアンシーが傍らのアマルスを振り返った。小さな手で、王子の美しいヒレを静かに撫でる。
『せっかく、歩けるようになったのですものね』
低く呟く顔がどんな表情を浮かべているのか、俺の位置からはよく見えなかった。
『ヘリオドールや』
『はい』
俺の目付け役として行動を共にしたクチートが跪いた。ほかのクチートたちと並ぶと頭1つ分小さい。同族のなかでもひときわ小柄な部類のようだ。それであの戦闘力なのだから恐れ入る。
女王が訊ねた。
『そちから見て、アシタバという人物はどう映る?』
クチートは即答した。
『軽薄浅慮な人間にございます』
容赦ない批評。効果は抜群だ。
思い当たる節しかないのでしょんぼりしながら黙っていると、クチートが横目で俺を見やった。
『────しかし、ポケモンのことを第一に考え、行動する性格です。時には己の命を危険に晒してでもポケモンを護ろうとします。そこだけは評価に値するかと』
ぐあっ。
急な
『…………そうですか。それを聞いて、わらわは安心しましたよ』
ディアンシーは満足げに頷き、俺をひたと見据えた。
『アシタバや。どうかもう1つ、頼まれて貰えないでしょうか』
「頼み?」
『ええ。わらわの最期の我儘です』
宝玉の女王は儚く微笑んだ。
『ゴーシェナイトを、そなたの家族に迎えてほしいの』
俺もクチートも、しばらく言葉が出なかった。
最初に我に返ったのは近衛隊長だった。
『ジョ、ジョ、女王陛下ッ! 何ヲ申サレルッ! ゴーシェナイト様ト漸ク再会デキタバカリデハアリマセヌカッ!』
「そ、そうですよ! 女王様は、あんなに逢いたがってたじゃないですか!」
俺も異議を唱えると、ディアンシーは落ち着きはらった面持ちで理由を告げた。
『なぜならば、わらわはもう、先が長くないからです』
『────!』
ひ、と誰かが短い悲鳴を漏らし。
俺は呆然と女王を見つめた。
岩タイプのポケモンは、他の属性に比べて圧倒的に長い寿命を誇る。
故障した部位を簡単に取り替えられる上に、大地の豊富なエネルギーを直接取りこむことができるからだ。
無論、不死というわけにはいかない。他の生物と同様に、終わりは必ず訪れる。
ところが俺の見たところ、ディアンシーは全身から神々しい光を放ち、欠けたるところなど何処にも無いように思えた。死期が近いなんて、彼女の気の所為ではないのか? 近衛隊長も同じ気持ちなのだろう、憤慨したように声を荒らげた。
『何ヲ弱気ナ! 貴女ノ輝キガ失セルコトナド未来永劫有リ得マセヌ!』
女王は口元に微笑を浮かべた。
『ありがとう。けれど、自分のことは自分がいちばんよく分かるもの。わらわの力は急速に衰えはじめています。全盛期に比べれば、いまや2割にも及びません。
────7日前に大きな地震がありましたね?』
『ハ、ハァ』
急に話の矛先が変わり、近衛隊長が困惑しながら肯定した。
『あの時、宝物庫に収めていたはずの化石が洞窟のあちこちに散らばってしまい、そちに捜索を命じましたね』
『仰ル通リデス』
『なぜ、そんなことをさせたか分かりますか』
『? ソ、ソレハ、陛下ノ大事ナ化石ダカラデハ』
『違います』
女王はゆっくりとかぶりを振った。
『ここを作ったのはわらわです。洞窟の中を移動しただけなら、わざわざ人手を割かずとも在り処ぐらいわかりそうなものではありませんか? なのに捜させたのは、あまりにも力が弱くなって、どこに何があるかすら知れなくなっていたからですよ』
『…………!』
近衛隊長は絶句した。
想像以上に女王の力が失われつつあることを、ようやく悟ったらしい。
ディアンシーは頷き、話を続けた。
『残された時間はもう幾ばくもありません。
ぐずぐずすれば、ゴーシェナイトの命まで危うくなってしまう』
『…………?』
アマルスが首を傾げた。
自分のことを話しているのは分かっても、内容までは理解できないのだろう。その仕草があまりに稚くて、俺は胸が締めつけられた。
ディアンシーはおそらく、ここに居を構えた遥か昔から、皆が安寧に過ごせるよう力を使い一族を護り続けてきたのだろう。己の手足のように洞窟を操り、温度から地形に至るまで領域を完璧に管理してきたのだ。
それが出来なくなればどうなるか。ホウエンは亜熱帯地域だ。夏ともなると気温が35℃を超える日もある。クチートやメレシーはまだしも、本来極寒地帯に生息するアマルスにとって住み良い環境とはとても言えまい。無理をすれば命を落とす危険すらある。
そうなる前に連れだしてくれ。
女王のわがままとは、つまりそういうことだった。
「…………」
我儘なものか。
数万年の時を経てやっと逢えた喜びをおしてでもアマルスの将来を案じている。なんと優しく、尊き女王だろう。
俺はアマルスの目前に膝をつき、青い輝石をあしらったスノウボールを見せた。アマルスの顔がぱっと輝く。
『あ! そのまるいの、ぼくすき!
なかにはいるとヒンヤリしててきもちいいの!』
「…………そうか」
よかった。氷タイプのために作ったボールは、期待通りの機能を発揮しているらしい。これならきっと、ジョウトに連れて行ってもアマルスが弱ることはないだろう。
俺は努めて明るく笑いかけた。
「なあゴーシェナイト。俺と一緒に来ないか? このひんやりする丸いものに入れるし、美味いご飯を食べたり、ここじゃ見れない景色とかも見れるぞ。
だから…………どうだ?」
アマルスはぱちぱち瞬きした。
『それって、じょおうさまもいっしょだよね?』
「…………」
思わず口ごもる俺に代わり、ディアンシーが答えた。
『いいえゴーシェ。わらわは行きません』
『えっ、どうして? ぼくじょおうさまといっしょがいい! じょおうさまがこないならいかない!』
嫌がる王子の頬に、女王はそっと手を添えた。
『ごめんなさいね、ゴーシェナイト。
けれどそなたは、どうしても旅立たねばならないの』
『どうして?』
『それはね』
ディアンシーが、己の額とアマルスのそれを重ね合わせ、囁いた。
『そなたのお父上やお祖父様のように、立派な王になるためですよ』
女王は想いをこめて語った。かつての王たちがどれほど勇敢で慈愛に満ちた、素晴らしきアマルルガであったかを。
『王が遺した唯一の御子がそなたなのです。ゆえに次代の王として、相応しい強さと振る舞いを身につけねばなりません。王たるもの、1度は世界をその目で見なければ。この者がきっと、あなたの良き理解者となり、導き手となってくれるでしょう』
アマルスの青い瞳がディアンシーを見、俺を見た。
『────ぼくも、おとうさまやおじいさまのような、りっぱなおうになれるかな』
『なれますとも』
女王に太鼓判をおされ、幼い顔に覚悟が宿った。
『じゃあ、ぼく、いきます。
りっぱなおうさまになるために』
『嬉しいわ。忘れないで。わらわはいつでもあなたを見守っていますからね』
ディアンシーとアマルスは、強く強く抱きあった。
頃合を見計らい、ボールを差し出す。
「────それじゃ、ゴーシェ」
『うん』
アマルスの鼻先がスイッチを押す。ころころと転がったあと、捕獲完了音が場違いに明るい音を立てた。
女王は長い息を吐き出した。
『────ああ。これで本当に、肩の荷が下りました。
アシタバや、どうぞその子をよろしくお願いしますね』
「…………わかりました。きっと強いアマルルガに育ててみせます」
女王のいちばん大事なものが入ったスノウボールを胸元に押し抱く。
近衛隊長が号令した。
『アシタバ殿に、敬礼!』
クチートとメレシーの群れが整列する。
誰からともなく、あの歌を歌い出した。
歌はみるみる声が増え、最後には大合唱となった。
──こわがらないで いとしいあなた
いつかまた あえるときまで
それまですこし ねむるだけ
だからどうぞ おやすみなさい
わたしは ここに いますから
わたしは ここに いますから……
誰も彼も泣きながら、それでも歌は止まなかった。
俺は必死に涙をこらえながら、列の中央を辿り玉座の間を後にした。
というわけで50話。
ふとした思いつきから始まった小説がこんなにも長く続いているのは、ひとえに感想評価をくださる皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。
50話目にしてめでたく主人公の手持ちが増えました。
これからも増えていく予定です。たぶん。
よければ感想高評価おなしゃす!