日の出前の砂浜に、少年があくびしながら歩いてきた。島育ちの子供らしく、全身こんがり焼けている。
相棒らしきマクノシタがシャドーボクシングをしながら追いかけてきた。
肩に担いだ大きなポータブルラジオから、軽快な音楽が流れだす。
『ホウエンのみなさん、おはようございます。アーリーモーニングのお時間です。現在の時刻は朝4時50分、本日は雲ひとつない青空が広がり、絶好のサーフィン日和となるでしょう。それでは恒例のラジオ体操から』
聞きなれたメロディに、少年とマクノシタが背伸びの姿勢をとる。ぐうんと両腕をあげたとき、ふと目の前の砂が人型に盛りあがっているのに気づいて、うええと顔を歪めた。朝っぱらから
しかし見つけたからには大人に報告せねばなるまい。溜息をつき、ホトケ様の面を拝もうと砂を払ったら、幸せそうに寝息を立てる若者が出てきた。
「アロエさんの出来たて唐揚げサイコーっす……うひひ」
「────なんだ、生きてんじゃん」
少年は呆れかえった。おそらく昨日の宴会に参加した酔っ払いの1人だろう。随分盛り上がっていたようだから。
「まーったく、酒の呑み方も知らない大人ってダセェなあ」
寝そべる体を無造作に掴み、肩の上に持ち上げた。いわゆる俵担ぎと呼ばれる方法だが、少年はびくともせず確かな足取りで島唯一の宿へ歩いていく。ラジオを抱えたマクノシタがのっしのっしと後に続いた。
みゃあ、みゃあ、みゃあ
どこからか聞こえてくる甲高い鳴き声に俺は眉をしかめた。耳を塞いでも鼓膜を突き破りてぇんかっていうほどうるさくて、二日酔いの頭には心底辛い。
「う〜…………静かにしてくれぇ」
「みゃあ!」
「みゃあじゃなくて」
「みゃあみゃあ!」
「だーっ! みゃあじゃねーっつの!」
がばっと起き上がると、耳元で鳴いていたキャモメたちがぱっと飛び立った。
「まったく海鳥め」
鳥ポケってのはどーしてああも声がでかいのかね。
鳥使いの人たちはうるさいって思わんのかな? 愛か? 愛の力か?
「そう邪険にするな。キャモメのおかげでよく釣れるポイントがわかるんだからよ」
そう言ったのは船べりに腰かけたハギ船長だった。美味そうに煙草を吸いながら彼方を透かし見ている。
…………ん?
そういやなんか磯臭いような。
周りを見回した俺は目が飛び出るほど驚いた。そこはもう船の上で、海のド真ん中だったからだ。
ムロタウンなんか影も形も見えないほど遠い沖合いを走っていた。
「い、いつの間にっ」
「お前さんが寝こけてるあいだにだよ。トウキに感謝しな。浜でぶっ倒れてたところをわざわざ宿まで連れてきてくれたんだぞ」
「まじすか。ありがてえ。でもトウキて誰」
「知らねえのか? ムロの天才サーファーさ。あいつはすげえ奴だよ。まだ13歳だってのに大人より力があるし、バトルの腕もピカイチだ。すぐにひとかどの男になるぞ」
「へえ……」
俺は思わずムロの方角に首を向けた。
トウキか。覚えておこう。
「いつかまたムロに来たら挑んでみるといい。
────そら、あそこに見えんのがシーキンセツだ」
ハギさんが顎をしゃくる。俺はまたまた驚いた。この釣り船の何百倍も大きな船舶が堂々と鎮座しているではないか。あまりにもデカすぎて、船というよりひとつの町がそこに建っているみたいだった。
「でっっっか!」
「キンセツの大会社が立ち上げた海洋資源発掘所だ。
キンセツ・カイナ・ムロの3箇所から大勢の男たちが集まって昼夜問わず働きまくってる。昨日飲んだ連中のなかにもここのスタッフが居たんだぞ」
「ほへえ」
シーキンセツは巨大さもさることながら、とにかく活気に溢れていた。機械の音と大勢の労働者の声が入り交じって、まるで祭りのような騒がしさである。
「賑やかっすねえ」
「まあな。いまや海の男たちの1番の稼ぎどころよ。
……代わりに、ここらの魚はみんな逃げちまったがな」
後半の声は恐ろしく低くて、聞き取ることが出来なかった。
途中、一本釣りを経験させてもらった。長くて太い竿を持たされ、船長が餌をまいた所に糸を垂らす。餌がいいのかポイントがいいのか、ひっきりなしにヒットするものの、どんなに頑張っても1匹も釣り上げることが出来なかった。
「駆け引きがヘタだな坊主。そんなんじゃオンナも釣れねーぞ。まさか童貞か?」
「どどど童貞ちゃうわっ!」
俺は即座に否定した。まったく老人はこれだから。人と人とのお付き合いは神聖なものなんだから早く捨てた方が偉いとか一人前とかそういうのは違うと思うよ俺は。
童貞じゃないけどね。童貞じゃないけどね!!
そんなこんながありつつも。
昼頃には無事カイナの港に着いた。船乗りたちを招くための美味そうな匂いがあちこちから漂ってくる。
ボール越しでも香るのか、
「うあー腹減った!」
「魚雷亭って店に行きな。安くて美味くて量も多い。若いモンにはピッタリだろ」
「あざす! ハギさんは行かないんですか?」
「ちっと寄るとこがあってな」
「なら、これ貰ってください」
リュックからボールを取り出し、ハギ船長のごつごつした手に握らせた。
彼が握ると、普通サイズのボールでも小さく見えた。
「なんだこりゃ」
「ウイングボールっす。船の上でヒマだったんで作ってみました。海ってキャモメがいっぱい飛んでるでしょ? これ、普通のボールと違ってまっすぐ飛ぶから捕まえやすいっすよ」
ハギさんは戸惑いがちに眉を寄せた。
「いや、折角だが要らねえよ。おれぁポケモンを育てたことがねえんだ」
「大丈夫っすよ」
ハギ老人の半生は昨日の席でムロの人達から聞いている。若い時から漁一筋に生きてきた、典型的な海の男なんだそうだ。
だけど、船によってくるキャモメを見るとき、彼はとても優しい眼差しをしていた。キャモメもまた嬉しそうにハギさんの手から魚を食べていたから、船長が善い人だってちゃんと分かっているんだ。
そんな彼ならきっと丁寧に育ててくれるだろう。
返そうとする手をするりと躱し、人混みに紛れた。
「まーまーまー。要らなかったら捨ててくれていいんで。騙されたと思って使ってみてくださいよ。それじゃ、ここまでありがとうございました!」
「お、おい! …………行っちまいやがった、強引なヤツめ」
充分離れてから振り向くと、ハギさんが大きく手を振ってくれていた。
俺もぶんぶん振り返して、海の男たちで賑わう魚雷亭に飛びこんだ。
恰幅のいい女将さんがにこにこしながらメニューを渡してくれる。
「あんたここらじゃ見ない顔だね?
うちは何もかも大盛りだけど食べ切れるかい?」
「おわ写真からでもボリューミーなのが伝わってくんな〜! ポケモンと一緒に食べるのはアリですか?」
「いいよ。ちなみにうちの人に勝てばお代はタダさね。どうする?」
鉄鍋を振るっていたご主人らしき人がにいっと笑った。勝てるモンなら勝ってみろ、とその顔は言っている。
ちょうどいい。
スノウボール片手に立ち上がった。
「他人の金で食う飯ほど美味いものはないっすよねえ。挑戦します!」
「その意気だ! よおしあんたら場所を開けな! いまからこの子とうちの人がバトルするよ!」
海の男たちが歓声をあげながら席を立ち、バトルスペースを作ってくれた。
オヤジさんが厨房から意気揚々と現れて、ザングースを繰り出してくる。
俺はアマルスを繰り出した。
「楽しもうぜ、ゴーシェナイト!」
「りうううう!」
金色のヒレを震わせて、白いアマルスが雄叫びをあげた。
というわけで52話。
次話でジョウトに戻ると言ったな? あれは嘘だ(すみません)。
7日目ということもあり、事件もイベントもなしのまったりな一日を描写しようかと思ってます。
よければ感想高評価おなしゃす!