ガラル旅行2日目の朝は、目覚ましのアラームが鳴るより早く、ボールから勝手に出てきた
「げるるるっ、げるるげるるる、げるるるるっ!」
「ん〜…………うるへえなあ」
枕を耳に押しつける。
なんだってこんな朝っぱらから喚いてんだ。薄く目を開けて時計を見れば、現在の時刻は7時ジャスト。チェックアウトの10時ギリギリまで眠る計画が台無しである。
頑張ってしばらく無視してたんだが、そのうち
降りろ、こら降りなさいってば。岩タイプが乗っても平気なベッドってそうないんだぞ。
「仕方ねーなー、も〜」
首を伸ばして俺の匂いを嗅いでくるゴーシェを床に下ろした。レヴィは足をぱたぱたさせて飯の催促をしている。朝食なしの素泊まりコースにしちまったし、手持ちの食料も尽きてるから、外に飯を食いに行こう。
「よーしボールに戻れチビたち。レヴィは……今日はココガラにでもなっとくか」
「げる」
レヴィが頷き、瞬きほどの時間でココガラに変身した。ボールには戻らず、俺の頭の上にちょこんと居座る。
女児向けアニメの相棒みたいな定位置作りよってからに。別にいいけど、そこでうんこだけはすんなよ。
フリじゃないからな。
フリじゃないからな!
荷物を手早く纏め、落し物がないか念入りにチェックしてからドアを開けた。
「なんだい、思ったより早起きじゃないか」
「うおあっ!?」
ドアの向こうには化粧ばっちりのファンキー婆さん────もといポプラさんが至近距離で立っていた。驚く俺に1枚のチケットを押し付ける。
「なんすかこれ…………ヨロイ、じま?」
それはガラルからヨロイ島とかいうエリアへの往復乗車券だった。
「知り合いが買った島さね。開拓に若いモンの手を借りたいんだとさ。あんた暇だろ? 面白いポケモンも沢山いるし行っといで」
「ほあ」
いやこっちの意見や都合は全無視かい。
とはいえ、特に行きたいところもないし、というか調べてすらいないから文句はなかった。
「それとこれは道中で食べな」
可愛くラッピングされた袋を渡される。リボンを解くと、バターの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「クッキー?」
「焼きたてだよ」
「うわめっちゃ美味そう! あざます!」
「ふふ。良い旅をね」
ポプラさんはゆるゆると去っていった。
クッキーは人生最高レベルの美味しさで、みんなで貪ったら秒で無くなりました。
年寄りの料理スキル、侮りがたし。
ヨロイ島はブラッシータウンから出ている汽車に乗り、更にアーマーガアタクシーを使うほどには遠かった。
島唯一の駅に着くと、白眉を長く伸ばした爺さんが待っていた。この人が、ヨロイ島を買ったっていうポプラさんの友人らしい。
「はじめまして。きみがアシタバちんだね? ポプラちんから話は聞いてるよん。
わしの名はマスタード。仲良くしてねん」
「はじめまして〜。
よろしくお願いします、マスタードさん」
握手を交わす。優しそうな人だと思ったのも束の間、俺は即座にその勘違いを改めた。
彼の掌はゴツゴツと分厚くて、数多の鍛錬をこなしてきたのがすぐに分かったからだ。
「お強いんですね」
爺さまはきょとんとした後、不敵な笑みを浮かべた。
「へえ? 握手だけで分かるとはやるじゃない」
「まあ、めっちゃ皮膚が厚いし、あちこちにタコが出来てますから。専門は格闘かな?」
「んふふ。その答えは後でお見せするよん。さーてさて、さっそく道場に行こうかね」
駅のすぐ外は美しい砂浜が広がっていた。南国のようにあたたかく爽やかな風が吹いている。
実際、雨や霧が多いガラルでもこの島だけは晴れていることが多いんだそうだ。
「うわ……! こりゃまるでリゾートっすね!」
「
マスタードさんは意味深に頷いた。
普通に歩いたつもりだったが、長い空の旅で平衡感覚がバグってたらしい。躓いた拍子に、おもいっきり尻もちをついてしまった。
白砂に倒れた俺を、ガラルヤドンたちがやぁんやぁんと言いながら囲んでくる。
そのうちの一体をレヴィ(ココガラの姿)がつつくと、10秒くらい経ってからころんと転がった。
いや反応おっそ!
「鈍感だな〜おまえら!
そんなんで野生でやってけんの?」
「ここらへんには怖いポケモンちゃんが居ないからねえ。天敵のいない生き物は、なべて穏やかで大人しくなっちゃうんだよ」
おまけに警戒心もないから、すぐこうやって集まってきちゃうんだよねえ。
マスタードさんはくすくすしながら、手近なヤドンの顎を撫でた。
なるほど。セイボリーが相棒に選んだのも納得だ。少なくとも、危ない目に遭わされることはなさそうだもんな。
砂浜を抜け、橋を渡ると、唐突に南国の景色は終わりを告げた。東から北にかけて鬱蒼と茂った原生林が広がり、かなり遠くまで目を凝らしても終わりが見えない。西は荒涼とした谷が続き、野生のバッフロンが地響きを立てて走り回っている。
ガラルじゃ手付かずの大自然をワイルドエリアと呼ぶそうだが、まさしくそんな感じの風景だった。
「道場ってどこです?」
「あれだよん」
マスタードさんがある一点を指さすが、昨日造りましたみたいな掘っ立て小屋以外、めぼしい建物は建っていない。ぐるりと見渡し、もう一度聞こうとして、 はたとある可能性に思い至った。
「あの、マスタードさん」
「うん?」
「まさかとは思いますが、あの小屋がそうとか言わないっすよね?」
まさかそんなね。あんな柱が歪んで屋根も傾いてる小屋がね、道場なんてね、ははは。
しかし。
マスタードさんはとびっきりの笑顔を浮かべて首肯した。
「そのとおり、あれが道場だよん♡」
「ガッデム!」
だよん♡じゃねえよバカヤロウ!
ちょっとデカめの犬小屋じゃねえか!
その犬小屋から男が顔を覗かせ、俺たちの姿を認めると小走りにやってきた。
遠目からは同い年くらいかと思ったが、間近で見るとあまり若くないのが分かった。髪には白いものが混じり始め、膚も乾いている。40手前ってところだろうか。
目つきが鋭いのは元からか、それとも俺を睨んでいるからか。
「────師匠? そちらの方は?」
訊ねる声には猜疑心というソースがたっぷりかかっている。対するマスタードさんはあっけらかんとした口調で答えた。
「今日からしばらく一緒に暮らす仲間だよん。名前はアシタバちん。アシタバちん、こちらはカブちん」
「…………ども」
「…………ああ」
全然仲良くする気のない、硬い握手が交わされる。
それがわからないはずはないだろうに、マスタードさんはとんでもない爆弾をブッこんできた。
「今日からしばらく、二人一組で生活してもらうからそのつもりでねん。異体同心、一蓮托生、お互いが無二のパートナーと思えるまで頑張って♡」
「「…………はァ!?」」
綺麗にハモった声が、ヨロイ島の
というわけで65話。
ガラル編でどうしても出したかったキャラ第1位、カブさんの登場です。
彼のリーグカードは中々に妄想を掻き立てる内容で、初見プレイは心臓鷲掴みにされました。
ポケモンでは若手を導く役柄として登場することの多い中年男性ですが、過去の葛藤がフレーバーテキストとして描かれたことに驚きと興奮を覚えたものです。
そうだよね、大人だって悩むよね。
カブさんとの掛け合いを楽しく描いていけたらと思ってます。
よければ感想高評価おなしゃす!