爺さんもといマスタードさんの話を要約すると。
「自分だけの秘密基地を作りたくなった」
「手始めに自然豊かな無人島を買った」
「だけど生きていくための
「というわけで快適な家と水道の確保よろ♡」
ということらしい。
俺とカブさんは苦虫を噛み潰したような顔でそのたわけた話を聞いていた。
百歩譲って、荷物を運んでくれとかいうんだったら分かる。引越しは人手が要るもんな。
邪魔な木を切ってくれ、とかいうのでもいい。土地を均すってのは大変な作業だからな。
でも家を建てるってのは話が違うだろう。それは金を出してプロを雇うべき案件だ!
俺も(たぶん)カブさんも専門的知識ゼロだぞ! 素人が手を出していい分野じゃねーだろ!
てかそもそも道場が出来てないのに人を招くなや!
言いたいことが無限に発生するのをなんとか飲みこみ、俺はゆっくり右手を挙げた。
「あー…………1個いいスか」
二人の視線が俺に集中した。
「なあにアシタバちん」
「ぶっちゃけ聞きますけど、俺がマスタードさんの手伝いをするメリットってあります?」
そう。
1番の疑問はここだった。
俺はあくまでガラルに観光に来てるんだ。のんびりゆったり気の向くままに旅をして、ガラル固有の化石なんかを調べたかった。たしかに時間は売るほどあるが、こんな離れ小島で汗水垂らして働くヒマはないのである。
マスタードさんが朗らかにピースサインを立てた。
「アシタバちんのメリット、勿論あるよん!」
「まじで?」
「大マジよん。まずここにいる間の滞在費はぜーんぶタダ! わしちゃんが一切合切受け持つよん。
おまけにたっぷり稽古もつけちゃう! この島を出る頃には一回りも二回りも成長していること間違いなし!
どうどう? やる気になったかなん?」
「け、稽古ッスか…………」
────正直、果てしなくビミョーだ。
この人が只者じゃないことは察しがついてるけど、どれだけ強いのかは未知数だし。かなりの高齢だから、第一線から退いて久しいだろう。
そんな人が稽古をつけてくれると言ったって、素直には喜びにくかった。
俺の心情を察したらしいマスタードさんがニンマリと笑う。
「おんやあ? どうやらその顔、わしちゃんのパワーを侮ってるねえ?」
「いやまあ、その」
俺が口をモゴモゴさせていると、隣のカブさんが気色ばんだのが分かった。
「君、さっきから聞いてれば余りにも無礼がすぎるぞ! この方はガラルの──」
「いーのいーの。アシタバちん昨日ガラルに来たばっかりだもんねえ。わしちゃんのこと知らなくて当然だよ。なあに、百聞は一見にしかず、1度バトってみようかね。
カブちん、審判をお願いするよん」
「────! かしこまりました」
びしっと敬礼し、バトルフィールドの枠線を引き始める。フリーハンドで、しかもそこらへんに落ちてた木の棒で描いてるのに、恐ろしいほど真っ直ぐの線が引かれていく。
…………薄々思ってたけど、このおっさんクソ真面目な人だな。なんでもテキトーに済ます俺とはとことん相性が悪そうだ。
あっというまにフィールドが整備され、それぞれ所定の位置に向かった。
「ルールはそっちで決めていいよん」
「────じゃ、2対2のダブル、
俺の言葉にマスタードさんの瞳がきらりと光った。
「ほほう。ダブルバトルを選ぶとは中々シブいねえ。エクストラでいいのかな?」
「はい。その方が、お互いの力量がよくわかると思うんで」
「なるほどねえ」
マスタードさんは嬉しそうに頷き、ボールを握った。
カブさんが両手を掲げる。
「双方、ポケモンをフィールドへ!」
「頼むぜ、
「楽しんでおいで、フー太にジャラ介」
マスタードさんが繰り出したのはコジョフーとジャラコだった。どちらも小柄なポケモンだが、それにしても貧弱な体格をしている。育成を始めて間もない個体なのは明らかだった。
俺にはその程度で充分ってか?
ナメられてんなあ。
その油断が命取りってことを思い知らせてやる。
「バトル、スタート!」
カブさんの合図とともに、カブルーが地を蹴った!
「速攻! アクアジェット! からの燕返し!」
カブルーが背中から水を噴き出させ、その勢いに任せてフィールドを駆け抜けていく。コジョフー目掛けて振り下ろされた刃がギラリと光った。
カブルーもゴーシェも格闘タイプは圧倒的不利対面、だがジャラコ一体だけならば氷技で詰めていける。
そう思ってコジョフーから狙ったのだが。
「そう来るよねん。でもね〜予想通りだよん♪」
コジョフーの小さな掌が、驚くほど大きな音を立てて打ち合わされた。カブルーの動きが一瞬停まる。
────猫騙し!
隙だらけの懐にジャラコが飛び込む。
「
痛烈な蹴りが右脚を直撃し、カブルーがもんどり打って倒れこんだ。慌ててゴーシェに命じる。
「追撃させるな! 凍える風!」
「りううっ!」
ゴーシェのヒレが細かく震え、凍てつく冷気がコジョフーたちに殺到する。当たれば痛いだけじゃない、全身の筋肉が強ばってまともに動けなくなるはずだ!
しかし案に反して、コジョフーもジャラコも二撃目を加えてこようとはしなかった。
慎重に距離を取り、有効範囲から逃れている。凍える風は不発に終わった。
カブルーが立ち上がる。いつもより体勢が安定しない。蹴りのダメージは決して軽くないようだ。
「いけるか、カブルー」
「ぎゅしっ」
もちろん、と言いたげに頷いているが、また不用意に突っ込ませたら今度こそ戦闘不能になるだろう。
俺は親指の腹を噛んだ。
遠くからチマチマ削るか? いや、さっきみたいに躱されるだけだ。現実的じゃない。カブルーは近接型アタッカーなんだから、強みを活かす方法を考えなきゃ。
でも、ならどうする?
思考の泥沼に陥った俺を見逃すほど、マスタードさんは甘くなかった。
「フー太!」
コジョフーがコートの半面を軽々と飛び跳ね、カブルーの背後に着地する。カブルーが振り向くより早く、がら空きの背中に発勁が決まった。
「ぎ……!」
「カブルー!」
仰け反るカブルーをジャラコの尻尾が打ち据える。それがトドメとなり、相棒は完全に気を失った。
「そんな……っ」
足元の硬い地面が急に砂になったような、甚だ心もとない感覚が俺を襲う。
心臓が痛いほど脈打ち、視界が揺れた。
1番強いカブルーがやられたら、もう。
「りうううう!」
「────っ!」
降参を言いかけた俺を、ゴーシェの凛々しい声が叱り飛ばした。勇猛な雪龍は、こんな絶体絶命のピンチでも戦意を喪っていないらしい。
呆気に取られた俺は、白い後ろ姿にこれ以上ない勇気を貰い、己の頬をパン! と叩いた。
「……悪い、ゴーシェ。まだお前が頑張ってるよな!」
「りう!」
「こっから捲るぜ! ハイパーボイス!」
気を取り直して指示を下す。
────しかし、戦い慣れた歴戦の勇士に、俺の行き当たりばったりな策戦が通るわけもなく。
結局一撃も与えられないまま、圧倒的敗北でバトルは終了した。
バトルコートに大の字になる俺を、マスタードさんが覗きこむ。
「どうだった?」
「…………完敗です、ね」
あまりに惨敗すぎて悔しさすら湧いてこない。
マスタードさんは本当に強くて、そして遠かった。
年寄りだとタカをくくっていた自分が恥ずかしい。進化前のポケモンにすら歯が立たないほどの実力差を見抜けなかったなんて。顔から特大の火が出そうだ。
マスタードさんが穏やかな口ぶりで言った。
「あんまり思い詰めることないよん。後半の動きはとても良かった。絶対に諦めないって強い意思がバッチリ伝わる、名采配だったよん」
「まじすか」
「大マジ。わしちゃんね、のんべんだらりとしてるけど嘘だけはつかないの」
「はは」
その言葉に、ほんの少し救われた。
俺はゆっくりと起き上がり、這い蹲るように頭を下げた。
「数々の非礼をお詫びします。
どうか稽古をつけてください、マスタードさん」
「────こちらこそ、よろしく頼むね、アシタバちん」
差し伸べられたマスタードさんの手は、どこまでも温かかった。
というわけで66話。
なんだかんだ勝つか引き分け続きだった主人公、ボコボコに負けるの巻。
いつか負かさなきゃな〜と考えてたので、ちょうどいい強者がいて良かったです。
みなさんお気づきの通り、このときのマスタードさんまるで本気を出していません。あの優しそ〜な顔のまま戦ってます。
果たしてアシタバくんはマスタードさんに本気を出させることができるのか。
良ければ感想高評価おなしゃす!