あたたかい紅茶を飲み、甘いビスケットを頬張るうちに、少しずつ落ち着きを取り戻したカブさんは、ぽつりぽつりと昔の話を語ってくれた。
幼い頃にテレビで見たカントーリーグ戦で、カツラというトレーナーが織り成す炎技に魅せられたこと。
家で飼っていたガーディを相棒に、炎タイプを極めると決めたこと。
ロコンとコータスを引き連れてあちこちを旅したこと。
新たな土地で新たな仲間──ヤクデやヤトウモリとともに、鍛錬に明け暮れたこと。
夢に見るほど焦がれたジムリーダーに就任し、輝かしい日々を過ごしたこと。
そこまで話すと、急にカブさんの口が重くなった。
とうとう、彼が最も言いたくない事柄にぶち当たったらしい。俺は急かさず、ただ待った。
太陽の角度がすこし傾いた頃。
カブさんが口を開いた。
「────いきなり、勝てなくなったんだ」
低く呟くその声は、いまにも消え入りそうだった。
ひとつのタイプのみを扱うジムリーダーは、えてして対策を打たれやすい。ましてカブさんの元にたどり着くトレーナーはバッジを2つゲットして、波に乗っている頃合だ。伸び代も勢いも充分にある。
昔は捌けていたはずのその波に、ある時期から飲まれることが増えたという。
「いままで使っていた作戦や戦術は軒並み役に立たなくなった。力で押そうにも更なる力を持って封じられる。鬼火や催眠術を多用すれば、卑怯者だと謗られた。
…………正直、八方塞がりだったのさ」
それでもしがみついた。自分からジムリーダーの座を手放す真似は、どうしてもできなかった。
鋼のチャンピオンを倒せば、悪い評判も不運もすべて覆せる。それだけを頼りに頑張ってきたのに、ある日チャンピオンは消えてしまった。
「消えた?」
俺は眉をひそめた。チャンピオンほどの実力を持つ人物が、そんな無責任な振る舞いをするだろうか。
カブさんはゆるゆるかぶりを振った。
「彼がなぜ、どこに行ったのかは誰にも分からない。いまとなってはどうでもいいことだ。
…………そして僕はトーナメントを敗退して、マイナーに移籍した」
ガラル特有の二軍制度は、残酷なまでの格差を孕んでいる。マイナーリーグのジムは挑戦者を募ることも許されず、運営のための補助も出ない。ただ、ジムリーダーという肩書きを与えられるだけ。再びメジャーに上がるためには、メジャーのジムリーダー6人以上から推薦を受けるか、厳しい昇格試験をパスする必要があるという。
「僕はその試験に1度落ちた。次も落ちればもう昇格は絶望的だ。だからマスタードさんに弟子入りして、根本から叩き直して貰うことにしたんだよ」
「──次の試験はいつなんすか?」
「一月後だ」
カブさんが、己の二の腕をぎゅうっと握りしめた。
「だから僕には時間が無いんだ。
さっさと捕まえて帰らなきゃ」
その目は険しく、思い詰めた光を湛えている。
「…………そっか。辛かったですね。カブさん」
俺が肯うと、カブさんの目が一瞬大きく開き、微かに潤んだ。
ビスケットの残りを咀嚼し、手早く荷物を片付ける。まだ足はダルいがだいぶ回復した。陽がある内に探索に戻るべきだろう。
彼の事情と気持ちを知ったからには、なるべく早く戻してあげたかった。
「行きましょっか。話してくれてありがとうございます、カブさん」
「…………いや。こちらこそ聞いてくれてありがとう。怒鳴って済まなかった」
カブさんは言って、残ったお茶を飲み干した。
「この森も半分くらいは探したはずだ。もう半分を探索するか、別のエリアに行くべきか…………」
「それなんすけど、俺、ちっと便利なグッズ持ってるのおもいだしまして。使ってみてもいいすか?」
「グッズ?」
「これなんすけど」
リュックから黒い角笛を取り出すと、カブさんが首を傾げた。
「これはなんだい? 角……に見えるけど」
「こいつを吹くと、まわりのポケモンたちが近寄ってくるんです。吹いてガルーラが来ればよし、来なかったら移動してまた試すって方法でどうかなって」
「ポケモンが……向こうから?
…………俄には信じがたいが、やってみよう」
「あざっす。じゃ早速」
角笛の先端を口に当て、息を吹きこんだ。
ぽへー、となんとも気の抜ける音が響き渡る。
いくらも間を置かず、そこいら中からポケモンたちが集まってきた。
「キャタピーエモンガタマゲタケモロバレルクワガノンケンホロウデンチュラ。ガルーラは……居ないっすね。
うし、もう少し進みましょう」
「あ、ああ」
カブさんは目をまん丸くして辺りを見渡した。
「すごいな、本当にやってきたぞ。一体その笛は……?」
「ちっと、知り合いに貰ったんです」
慈愛に溢れる輝く女王の姿が脳裏に閃く。彼女はまだ、元気でいるだろうか。
「北と西、どっちから攻めます?」
「──北に行こう。あちらには確か大きな洞窟があったはずだ」
「りょーかい!」
俺たちは小走りで北に向かった。
これがあるなら、きっと見つかる。
期待が背を押し、足取りはぐっと軽かった。
歩いては吹き、吹いては歩いてを繰り返すうちに、辺りはすっかり暗くなってきた。
森はすでに遥か後ろに遠ざかっている。洞窟は黒々とした口を開け、いかにも恐ろしげに佇んでいた。
「慣らしの洞穴だ。これより先は灼熱の砂漠しかない辺境だよ」
「そんなら、か弱い子供を抱えたガルーラが奥の方にいるとは考えづらいっすね。まず入口で吹いてみましょうか」
角笛を構え、息を吸いこんだその時。
洞窟中を震わせる爆音が轟き、熱風が俺たちを弾き飛ばした。
「ぐあっ」
「うぐっ」
入口前の野原に叩きつけられる。
頭の上で寝ていた
寝起きでパニくる雛を宥めすかす。
「な、んだ今の……っ」
耳の奥がわんわん揺れて気持ち悪い。
大型ポケモンの鳴き声?
いや違う。
あれは明らかに、
自爆や大爆発を覚えるポケモンはいくつかいるが、野生が放つとは考えにくい。
だとすれば、誰かが強力な技をぶっぱなしたことになる。持ち主のマスタードさんに許可も得ず立ち入り、傍若無人な振る舞いをする輩がいるならば捨ててはおけない。
「密猟者かも。行こう、カブさん!」
「ああ!」
俺たちは相棒の入ったボールを片手に、洞穴へと踏み入った。
というわけで70話。
少しずつ歩み寄っていく2人。
そろそろバトルが書きたいので次回はバトルしまくる予定。
良ければ感想高評価おなしゃす!