不吉な爆発音はその後もひっきりなしに聞こえてきた。進むにつれて、悲鳴のような声も混じり始める。
────間違いない。
誰かがポケモンたちを攻撃している!
「急ぐよ、アシタバくん!」
「うす!」
カブさんが上体をぐっと低くして地を蹴った。岩肌剥き出しの隘路を臆することなく駆け抜けていく。あっという間に置いていかれそうになって、慌ててスピードを上げた。
歳の差は少なく見積っても20以上離れているだろうに、カブさんの走る姿は衰えなど全く感じさせなかった。
「負けてらんねー、なっ」
「げぅるいっ!」
びゅうびゅう流れる風に、頭上の
トンネルを抜けると、いきなり天井が高い空間に出た。さして広くはないおかげで、こちらに背を向けるカブさんと、その奥にいる集団が一目で見渡せた。
黒い服。Rの文字。
「ロケット団!」
俺が叫ぶのと、カブさんがウインディを繰り出すのは同時だった。
「その子たちを解放しろ!」
カブさんの手がロケット団の後ろを指さす。
そこには全身に酷い裂傷を負い、息をするのも苦しそうなガルーラが何体も横たわっていた。なかにはぴくりとも動かない者もいる。遅れて血と肉の焼ける匂いに気づき、拳を強く握りしめた。
なるほど。
あの爆発は、ガルーラたちを甚振る音だったわけか。
「クソ野郎が……っ!」
こいつだけはハンチング帽を被らず、紫の髪を妙な形にセットしている。卑屈な笑みを貼り付けた、見るからに胡散臭い野郎だった。
「まーまーまー落ち着けよお二人さん。オレたちはもう仕事を終えて帰るとこなンだわ。無駄に揉める必要もねえだろ? ここは見逃してくんねえかなあ」
「それは出来ない相談だな」
カブさんが半身を開いた。
「不法侵入罪。野生ポケモンへの度が過ぎた暴力。そしてなにより君たちは世界にその名を轟かせる悪党だ。
ジムリーダーとして見過ごす訳にはいかない!」
「ジムリーダー、ねえ」
男が顎に指を置く。
その声には、嘲弄がありありと滲んでいた。
「あんたのことは知ってるぜ、エンジンシティのカブさんよぉ。次代のチャンピオンなんて持て囃されたのも遠い昔、最近は負け続けてとうとうマイナー落ちしたそうじゃねえか。果たしてそんな人間がリーダーと呼ばれるに相応しい存在なんですかねえ?」
「それは…………っ」
カブさんが俯く。それは彼の、いちばん新しく深い傷を踏み躙るに等しい暴言だった。
「なあ、そっちのあんちゃんもそう思うだろ?」
男が俺を見やる。
下衆な問いだ。
普段なら無視するところだが、今の俺はすこぶる機嫌が悪いので答えてやることにした。
「カブさんがジムリーダーに相応しいかどうか、か」
男の真似をして、一歩前に出る。
「相応しいに決まってんだろこのハゲ」
俺の返事に、男の笑みが引き攣った。
「は、ハゲぇ?」
「ジムリーダーだって人間なんだよ。負ける時もありゃ失敗することもある。カブさんの努力も知らねえくせに、テメェに都合のいいとこばっか見て
「あ、アシタバくん……」
振り向き、カブさんの目を見て親指を立てた。
「あのハゲに分からせてやりましょ、カブさん」
「──ああ、そうだな!」
カブルーとウインディが前に出る。ふたりとも戦意みなぎり、早く奴らをとっちめたくてうずうずしていた。
「は、ハゲハゲ言いやがってこの糞ガキ……っ。
お前ら! やっちまえ!」
ロケット団員たちも手持ちを繰り出してくる。サンドパンとゴルバット、ニドリーノ、ゴローンが一斉に攻撃を仕掛けてきた!
「ウインディ、火炎車っ!」
「カブルー、アクアジェット!」
燃える四足獣がニドリーノを、刃持つ古代の生物がゴローンを薙ぎ倒す。息もつかせぬ猛攻で、あっという間に2体を戦闘不能にした。
「チッ。固まるな、散開しろ!」
手持ちを倒された団員が新たにワンリキーとラッタを繰り出してくる。ならばこちらももう一体ずつ出すべきか。
カブさんに目顔で問えば、彼は短く首を振った。
「僕達はこのままでいこう。初めてタッグを組む者同士、下手に手数を増やしては互いを妨害しかねない」
「なるほど」
カブさんの判断は正しかった。向こうは数こそ多いが、全く統率が取れていない。てんでばらばらに攻めるせいで、味方の攻撃に当たったり動線を阻害したりとお手本のような混乱ぶりを呈している。
俺たちはただ、その隙をつくだけで良かった。
(にしても……なんて戦いやすいんだ)
俺は密かに感動していた。カブさんは俺が次に何をするか、どうしたいかを完璧に察して、常に援助してくれた。カブルーが攻撃する時は射程内に入らないように避けてくれるし、こちらが移動したいときは背中を守ってくれた。
カブルーもいつも以上に生き生きとして、冴えた技を連発している。
社交ダンスなんかでも、上手い踊り手に導かれると踊りやすさがまるで違うというが、カブさんのリードはまさに完璧だった。
(これが、ベテランジムリーダーの強さ……!)
こんな状況だというのに、俺は顔が綻ぶのを止められなかった。
ロケット団員たちがひとりまたひとりと倒れていく。
とうとう手持ちが生きているのは紫髪の男ひとりだけとなった。
壁際に追い詰められ、悔しそうに吐き捨てる。
「……ふ、ふん。腐ってもジムリーダーってわけかい」
「声が震えてるぞハゲ」
「だからオレはハゲじゃねえって!
……へ、へへへ。お前ら、もう勝ったつもりか?
相手を倒しもしねえうちから油断すんなよ。悪党はしつこいからこそ悪党なんだぜ?」
男がぱちりと指を鳴らすと、不意に現れたマタドガスが真っ黒いガスを噴き出しはじめた。
カブさんが口元を覆って後ずさる。
「毒ガスだ! いつの間に……!
逃げよう、アシタバくん!」
「うっす!」
幸いこの洞窟には横穴が多い。どこかのトンネルから外に出られるだろう。さっさと出ていこうとした俺の足が、ぴたりと止まった。
俺たちはいい。逃げられる。
だけど、ガルーラたちは?
「アシタバくん!」
振り向くと、1頭のガルーラと目が合った。震えながら腹を庇うように丸くなっている。彼女の袋のなかには同じように傷だらけの子供が入っているんだろう。
デボンで毒を喰らったときの苦しみが甦る。
あんなに血を流していたら、あの苦痛にはきっと耐えられまい。
「…………っくそ!」
踵を返し、ガルーラたちの方へ走った。毒ガスがどんどん迫ってくる。カブさんが何度も怒鳴っていた。そばに来たカブルーをボールに仕舞い、レヴィに命じる。
「
「げるるっ!」
レヴィが羽ばたき、虹色のヴェールが展開する。
直後、猛毒のガスが俺たちに殺到した!
というわけで71話。
戦闘描写が短くて申し訳ない。
カブさん思い詰めちゃってはいますが、きっとバトルがめちゃくちゃ上手いと思うんですよね。一緒に戦うときの安心感半端なさそう。
よければ感想高評価おなしゃす!