悪性物質を物理的に遮断しているのか。
はたまた、一時的に免疫機能や代謝機能を上げて
それすら判然としないのだ。
なにしろポケモンという生き物自体、解明できている部分が少ない存在なのである。畢竟、彼らが放つ技もまた研究が進んでいないのだ。もはや彼らの振る舞いは神の御業だと世の博士が匙を投げるのもむべなるかな。
つまり俺が読者諸君に何を言いたいかといえば。
猛毒のガスが迫り来ると分かっていて飛び込んだのは、なにも安全を確保できていたからでは無い。全くのギャンブルであったということをお伝えしたかったのである。
(その前に片づけりゃいいじゃろがい!)
リュックの中身を地面にぶちまけ、出てきた空のボールを手当り次第ガルーラの群れに投げつけた。弱りきっている彼女たちはろくに抵抗もせず吸いこまれていく。
ところが最後の1頭だけは捕獲されることを拒否した。ボールを叩き落とし、敵意溢れる眼差しで俺を睨めつけてきたのである。
俺は歯噛みした。
おそらく彼女はこの群れの長だ。誰よりも大きな体に誰よりも深く大量の傷が刻まれている。あのクソッタレどもに真っ向から立ち向かったんだろう。
足元に血の海が広がっている。この調子で暴れられては助かるものも助からない。
声を張り上げ懇願した。
「頼む! ボールに入ってくれ! 人間が憎いのは分かる! 信じられないのも当然だ! だけど俺は敵じゃない! お前を治したいだけなんだ!」
必死の説得に返ってきたのはしかし、岩の塊だった。夥しい出血をものともせず手近な岩をぶん投げたのである。ガルーラはよろよろ立ち上がると、壁伝いに歩こうとして大量に吐血した。
「────!」
時間が無い。これ以上無理をさせたら死んでしまう。俺は口元のタオルを剥ぎ取ると、上着に手をかけた。
「待ってくれガルーラ!」
振り返ったガルーラはぎょっと目を見開いた。
それもそうだろう。全裸の人間が両手を広げて立っているんだから。
「お前を傷つけるものはなにもない!
約束するよ、治ったら必ずみんなを自由にする!
だから傷が癒えるまで、お前を捕まえさせてくれ! 」
「…………」
彼女は黙って俺を見下ろした。その気になれば尻尾の一振りで殺せるようなか弱い生き物が信用に足るか、推し量っているのがわかった。
数秒後、ガルーラはゆっくりと膝を曲げ、力を抜いた。
「…………! ありがとう!」
ボールが場違いに軽い音を立て、捕獲完了を示す。全てのボールをリュックに仕舞うと、パンツだけ履いて駆け出した。
ロケット団は見当たらない。毒霧に紛れて逃げ出したらしい。来た道を辿ると、カブさんの背中が見えてきた。
「カブさん!」
俺の声にカブさんがほっとした顔で振り向き、「えええ!?」と驚いた。芸術的な二度見だった。
「アシタバくっ、えっ、ど、どうして下着姿にっ!?
服は!?」
「脱ぎました!」
「なぜ!?」
「えーと、あー、暑くて!」
「暑くて!?」
「あっ出口、出口ですよ!」
2人揃って出口から飛び出し、勢い余って野原を転がった。小石が全身に刺さって涙がでるほど痛い。
「いでででででっ」
「おや〜アシタバちん、涼しそうなカッコしてるねん」
「へ…………?」
聞こえるはずのない声に呆然と顔を上げると、マスタード師匠がつくねんと立っていた。
にこにこ顔でひょいと片手をあげている。
「やっほ。
そろそろここに来る頃かと思って待ってたよん」
「「師匠!」」
俺とカブさんの声が綺麗にハモった。
真夜中のポケモンセンターは、普段の賑わいからは想像もできないほどがらんとしていた。
時折通り過ぎるジョーイさんやラッキーたちの足音以外、聞こえるものは心拍を図る機械の音だけ。規則正しく刻まれる電子音を聞くともなしに聞いていると、頭がぼんやりしていく気がした。
「────アシタバくん」
「っ、はい」
「大丈夫かい? これ、飲みなよ」
カブさんが冷たいミックスオレを手渡してくれた。ありがたく受け取り、1口啜る。ほんの少し飲むつもりが、一気に半分以上飲み干していた。
甘くて冷たいジュースは脳が痺れるほど美味かった。
「……っぷは!」
「美味しいかい?」
「最高っす」
「よかった」
カブさんは隣に浅く腰かけた。
────マスタードさんと再会したあの後。
事情を知った師匠は目をギラリと光らせると、どこかに電話をかけはじめた。10分もしないうちにアーマーガアタクシーが来て、俺たちを最寄りのポケモンセンターまで送ってくれたのである。
『わしちゃんはちょっとやることがあるから、2人ともゆっくり休んでてねん』
師匠はそう言って、どこかに去っていった。
穏やかだが、有無を言わさぬ口調だった。
ジョーイさんはガルーラたちの症状を見るや大慌てで近隣のポケセンに協力を仰ぎ、ついでに警察も呼んだ。パンツ一丁の男が保護区のポケモンを密猟したと思ったらしい。あやうく連行されかけたが、カブさんが懇切丁寧に説明してくれたおかげで事なきを得た。
そしていま、俺たちはガルーラたちの治療が一段落するのを待っている────というわけだった。
「アシタバくん」
「はい?」
カブさんは真っ直ぐ前を向いたまま訊ねた。
「体調は変わりないかい?」
「そっすね、はい。なんともないです」
一応軽く検査してもらったが、以前ゴーストに引っ掻かれた時のような体調の変化は見られなかった。脈も血圧も正常だし、吐き気も頭痛も喀血もない。まったく健康体である。不具合と言えば、警察の人が貸してくれたシャツとズボンがブカブカなことぐらいであった。
カブさんはそうかと頷き、大きく息を吐いた。
しばらくして。
「君がしたことは尊い。掛け値なしに尊い行いだ。だがそれを踏まえて言わせてほしい」
視線を向こうの壁に据えたまま、カブさんは俺の手を握り、低い声で囁いた。
「あんなことは、もう二度としないでくれ」
「…………!」
俺は息が詰まった。カブさんの頬を、一筋の涙が流れていたからだ。
胸が締めつけられたように苦しくなって、俺は思わず心臓のあたりを抑えた。
「君が毒ガスに飛びこんだ時、僕は生きた心地がしなかった。君を置いて逃げる自分が許せなかった。思いつく限りの言葉で己を罵りながら出口に向かったよ。もしも君があそこで命を落としていたら、僕は一生自分を許すことは出来なかったろう」
流れる雫を拭いもせずカブさんが振り向いた。
「アシタバくん。きみは勇敢な青年だ。
人として、トレーナーとして、守るべきものがなにかを知っている。
だけどね、何かを成すために己の命を投げだそうとするのは止めなさい。それは君を愛し、応援するものをこの上なく侮辱する振る舞いだ。
遺された者はやるせない哀しみを未来永劫背負うことになるだろう」
俺は俯いた。
死ぬかもしれないと思わなかったわけじゃない。だが、本当に死んだときのことをちゃんと考えていたかと聞かれれば、答えはNOだった。
「…………すみません。浅はかでした」
「────うん。聞いてくれて、ありがとう」
カブさんの声は、泣きたくなるほど優しかった。
というわけで72話。
大人から若者へのお説教回です。
主人公はわりかし自分の命をテキトーに放り投げる癖があるので、これを機によくなってくれるといいですね。
でも似たようなことがあったらまた突っ走るんだろうな。
よければ感想高評価おなしゃす!