和解してからの20日間はあっという間に過ぎた。
何回かヌメラが癇癪を起こしかけたものの、そのたびに
すると、ヌメラの体液は実に用途に富んでいることがわかった。
接触型の物理攻撃は粘液で滑らせて無効化でき、フィールドにばらまけば相手の足を縺れさせて機動力を奪える。しかも多量の毒素を含んでいるらしく、触れたら触れただけ身体が痺れるのだ。
(抱きつかれるたびに皮膚がピリピリするのでおかしいなー? とジョーイさんに相談したら判明した)
粘液の量には限りがあるが、好物のマゴの実を食べさせるとめちゃくちゃ増えることも発見した。
試しにカブさんとの組み手でヌメラを出してみると、かなり優位に戦局を操ることができた。
「これは凄く嫌だね。バトル中は洗い流すこともできないし、相手取るのに苦労したよ。
初見じゃまず攻略できないんじゃないかな」
とお墨付きをいただいた。
────これなら、いける。
手も足も出なかった師匠とのバトルに、一縷の望みが生まれた。
翌日。
一服しているマスタードさんに手合わせを頼みに行くと、「みなまで言う必要は無いよん」と告げられた。
「わしちゃんと
すっかりお見通しというわけか。
俺は微笑み、一礼した。
「──はい。どうぞお願いします」
「んふふ。断るわけないじゃない。
でも、覚悟してよねん」
立ち上がった師匠は音もなく距離を詰めると、双眸をギラリと光らせた。
「今回は、手加減しないからね」
「望むところです」
一瞬、背筋がざわめいた。
生まれて初めて覚えた、武者震いだった。
バトルコートに3人の男が集う。
俺、カブさん、そして師匠だ。
カブさんが審判席に立ち、朗々と宣言した。
「ただいまより、マスタード対アシタバのバトルを行う! 使用ポケモンは4体、
「ないです」
「ないよん」
「では、最初の2体をフィールドへ!」
マスタードさんがボールを握る。どちらもハイパーボールだった。
この島に来た最初の日、彼が繰り出したのは育成を始めたばかりのコジョフーとジャラコだった。あれはモンスターボールに入っていたから、今回は本当に一軍のメンバーで来てくれるようだ。
(最高だな……!)
背中のぞくぞくが止まらない。
俺はフレンドボールと、新作のミストボールを握りしめた。
師匠が飛び上がり、前宙しながらボールを放る。
見知った好々爺顔から一転、勇猛な戦士の眼差しになっていた。
「ゆけい、コジョンド、アーマーガアよ!」
「ぶちかまそうぜ、カブルー、ヌメラ!」
艶めかしい格闘ポケモン・コジョンドが地に立ち、鋼の大鳥・アーマーガアが咆哮する。カブルーが刃を煌めかせ、ヌメラが高声で鳴いた。
「それでは──バトル・スタート!」
俺と師匠が同時に叫ぶ。
「猫騙し!」
「アクアジェット!」
コジョンドとカブルーが互いを目指してフィールドを疾走する。コジョンドが手を打ち合わせようとした瞬間、カブルーの身が
「ぬえぇ」
「!?」
背中に貼りついたヌメラを認めて、コジョンドが目を見開く。すかさず命じた。
「毒毒!」
ヌメラの大口から放たれた極彩色の分泌液がコジョンドに降り注ぐ。相手は堪らず後ろに飛び退いた。
「逃すな! 畳みかけろ!」
追い討ちをかけようとしたカブルーはしかし、アーマーガアの起こす暴風に遮られ、たたらを踏んだ。
マスタード師匠が一喝する。
「もう一体いることを忘れるな!」
鋼鳥が急降下し、鈍く光る鉤爪でヌメラを狙った。
およそ10センチにも及ぶ凶刃に、ヌメラが耐えられる筈もない!
────そう目論んだんだろう。
しかしそうは問屋が卸さないっ!
どゅるんっ。
凶悪なナイフにも似た爪は体表を覆うどろどろの粘液をこそぎ落としただけで、ヌメラの肉体にかすり傷ひとつ付けることはできなかった。おまけに爪どうしがねばねばひっついて開くこともできなくなり、とても武器としての用をなさなくなっている。
人で言うならいきなり指を接着されたようなものだ。アーマーガアはパニックになって翼をバタつかせた。
その隙は、限りなくデカかった。
「ストーンエッジ!」
鋭利な岩が隆起して、アーマーガアの片翼を貫いた! 悲痛な叫びをあげながらきりもみ落下していく。その下には、痺れる猛毒に苦しむコジョンドが居た。
けたたましい音を立ててアーマーガアが墜落した。下敷きになったコジョンドと一緒に目を回している。
一拍置いてカブさんが宣告した。
「アーマーガア、コジョンド、戦闘不能!」
「いよぉしっ! いいぞふたりとも!」
俺は拳を突き上げた。
嬉しい誤算だ、一気に2体とも持っていけるなんて!
マスタード師匠は微かに驚いたあと、慣れた仕草で2体を戻した。
「ありがとうな、ふたりとも。よう頑張ってくれた。
ゆっくり休んでてくれ」
そして新たなボールを構える。
勿論ハイパーボールだった。
「まさか無傷で突破されるとは思わなんだ。ヌメラは完全に手なずけたようだの?」
「まだワガママな時はありますけどね」
「よいよい。勢いに任せ我を通す強さもまた必要よ。
じゃがなアシタバ」
ぐ、と師匠の二の腕の筋肉が盛り上がる。
「それが若者の特権だと、思い上がるなよ?」
ボールが天高く放り投げられる。
君臨した2体が放つ重圧に、カブルーが後ずさった。
赤金の鱗震わせる拳闘龍──ジャラランガ。
そしてもう一体は、黒と白の毛並みを持つ、筋骨逞しいポケモンだった。
「…………?」
俺はまごついた。この島でひと月近くも過ごしたのに、そのポケモンだけは見たことがなかったからだ。
「お初にお目にかける。相棒のウーラオスじゃ」
師匠がニヤリと笑った。
「こやつにはわしの持てる全ての技を叩きこんである。そう易々と倒せると思うなよ?」
ウーラオスが、その通りだと言わんばかりに拳を構えた。
というわけで75話。
マスタードさんとのガチバトル回です。
1話で書き切るつもりが前後編になってしまいました。ぴえん。
いきなり数的有利を獲得した主人公ですが、無論このままストレートに勝たせてくれる相手じゃありません。
どちらが勝つか、最後に立っているのは誰か、予想してみてください。
日刊3位に入れました!本当にありがとうございます!
よければ感想高評価おなしゃす!