ウーラオスの力は未知数だ。
覚えている技も力の強さも脚の速さも、なにひとつ分からない。分からないものは考えても仕方ない。
こっちのフィールドに引きずりこむまでだ。
俺は声を張り上げた。
「ステルスロック!」
カブルーが刃を振るうと、大地から石の塊が飛び上がり、空中で停止した。
すぐに不可視の膜を纏って見えなくなる。
「からの、ぬめぬめスピン!」
背中にヌメラを貼りつけたままの
この20日間で編み出した合体技である。
地面にもステルスロックにもねばねばをくっつけることで、相手の機動力を削ぐ狙いだ。
名付けて秘技・ぬめぬめ地獄!
「なるほどのう。こちらの脚を封じる策というわけか」
マスタード師匠が言う。唇の片端を吊り上げながら。
「発想は良し。だがそれは悠長というものぞ。
ジャラランガ! いまこそ奏でよ、ソウルビート!」
拳闘龍が空に吼え、全身を躍動させながら戦いの曲を奏で始めた。声とステップ、ドラミングを駆使した複雑な音色が辺りに満ちる。
みるみるジャラランガの筋肉が増大した!
「補助技か……! 攻撃させるな、ストーンエッジ!」
「遅いわ! スケイルノイズ!」
カブルーが刃を大地に突き立てるより速く、ジャラランガの鱗が鳴動した。耳を聾する爆音がステルスロックを吹き飛ばしながら襲いかかってくる。
カブルーの甲羅が砕け、ヌメラが容易く引き剥がされた!
「ぬめぇええっ!」
「ヌメラ!」
紫色の小さなボディが大地を転がり、ぐったりと動かなくなった。
カブさんが宣言する。
「ヌメラ、戦闘不能!」
「っ。よく頑張ったな。ゆっくり休んでくれ」
ヌメラをミストボールに戻す。
あらためてバトルコートに目を向けた。
ジャラランガは油断なき瞳でカブルーを見据え、師匠の相棒・ウーラオスは気味が悪いほど沈黙していた。この機に乗じて追撃してこなかったのはこちらのカウンターを警戒してのことだろうか。
それにしてもスケイルノイズは凄まじい威力だった。ただの音技──ではあるまい。ジャラランガの能力が向上していることを差し引いても、ステルスロックを吹き散らし、カブルーの鎧を砕いたうえ、背中で護られていたヌメラを一撃で倒すとは、相当なパワーがなければ出来ない芸当だ。
これほど強力な技ならば、破壊光線よろしくなにか制限があるに違いない。例えば連発できないとか、ソウルビートを奏でなければ撃てない、といったものが。
ふとジャラランガの足元に目を向けると、きらきら光るものがいくつか落ちていた。
赤と金色の、掌サイズのあれは────
「…………なるほど」
だとすれば、そう何度も撃てる技じゃあない。腰のベルトから白いボールを掴んだ。
「いってくれ、
純白の氷石ポケモンが躍りでる。金色のヒレを震わせて、勇猛な雄叫びを上げた。
先手を打ったのはジャラランガだった。両手を帯電させながらカブルーに殺到する。弱点をつく神鳴パンチ。喰らえばカブルーも気絶は必至だ。だがねばねば
「ヌメラ。お前の頑張り、活きてるぜ」
口の中で呟き、ゴーシェに命じた。
「極寒の風を浴びせてやれ! 吹雪!」
ゴーシェの全身から特大の凍気が放たれる。修行中、ひたすら得意を磨いたおかげで、氷タイプ最強の技を会得していた。
不動のウーラオス諸共氷漬けにしてやる!
だが次の瞬間、俺は口をあんぐりさせた。
荒れ狂う吹雪をものともせずジャラランガが突っこんできたからだ。てっきり躱すか守るかすると思っていただけに、無謀な突進は俺を恐怖させた。
「ゴァアアアア!」
ジャラランガの拳がカブルーに迫る。間一髪、横に飛んで回避した。
「なっ」
「なんで平気なのか、って顔しとるのう?
特性を扱えるのは貴様ばかりではないぞ」
「特性……?」
考えろ。
目の前の龍の特性といえば何がある。
逡巡し、俺ははっと目を見開いた。
「────"防塵"か!」
「明察!」
師匠が大きく頷いた。
「我がジャラランガの鱗は並外れて堅く逞しい!
その程度の吹雪なぞ
「ぐ……っ」
本来は砂嵐や草、虫ポケモンの胞子を防ぐ程度の特性だが、まさか弱点の氷をも攻略できるとは。
つくづく凡人の予想を覆す人である。
「そして、相棒よ。そろそろ
「ヴォ」
ウーラオスが短く答え、
こちらも当たり前のように吹雪を防ぎきっている。
────いよいよ来る、か。
首筋を冷や汗が流れ落ちた。
一体でも手こずってるのにウーラオスにまで動かれたら勝機が消える。
なんとしても次の技であの龍を倒さねばならない。
俺は2本の指をジャラランガに突きつけた。
「ゴーシェ、冷凍ビーム! カブルーは燕返し!」
「そんなもの弾き返してしまえ! ドラゴンテール!」
ジャラランガの長い尾が振るわれて、斬りかかろうとしたカブルーの刃をいとも簡単に叩き落とした。酷寒のビームは割って入ったウーラオスの左手ひとつに受け止められる。拳が凍りついても師匠の相棒は眉ひとつ動かさず、炎のパンチで溶かしてきた。
くそ、練度が違いすぎる!
師匠が呵呵と笑った。
「そらそら、今度も耐えきれるかの?
ジャラランガ、準備せい!」
鱗がざわざわと波うつ。スケイルノイズの前兆だ。
いまのカブルーがあれを喰らったらひとたまりもない。
俺は声を限りに叫んだ。
「音には音だ……! ゴーシェ!」
氷技をことごとく防がれ慄いていたゴーシェが、きっと目に力をこめた。
「ハイパーボイス!」
「スケイルノイズ!」
2つの異なる轟音が激突する。大気が蠢動し、骨が揺さぶられるような衝撃に立っているだけで精一杯だ。
だがそんな音の嵐のなかを、ウーラオスが駆けてくる。カブルーが全身ひび割れながら立ち塞がった。
「穿て鉄拳! 暗黒強打!」
「近づけさせるな! 岩石封じ!」
隆起する岩の竈がウーラオスを閉じこめる!
にも関わらず、呆れるほど頑健な拳が障子を破るがごとく岩壁を粉砕し、勢いを弛めることなく前進してきた。
「くそっ! カブルー、鉄壁だ!」
破れた殻が繋ぎ合わさり、硬さを取り戻していく。
「ここにきて守りの姿勢か。ならばそれごと打ち砕いてくれようぞ! 淀みなき拳、水流連打!」
一撃、二撃、三撃の猛攻が急所を攻め抜いた! カブルーががっくりと膝を着く。
同時に音が止み、恐ろしいほどの静寂が場を支配した。
振り向くと、ゴーシェが口から赤いものを吐きながら倒れるところだった。
「ゴーシェ!」
「アシタバくん!」
駆け寄ろうとした途端、カブさんに窘められた。バトル中にコートに入ることは禁止されている。そんな初歩的なルールを忘れるくらい混乱していた自分に気づき、唇を噛んだ。カブさんがゴーシェを凝視し、片手を上げる。
「アマルス、戦闘不能!」
「…………! ありがとな……!」
喉が裂けるほど頑張ってくれたゴーシェをボールに仕舞う。カブルーを見やれば、いままで見たことがないくらい深傷を負っていた。殻はほとんど砕け散り、頼りないほど細い躰を晒している。なんとか立ち上がってはいるが、力が入らないらしく、右に左に揺れていた。
いまのカブルーを倒すのに大技は必要ない。
ホーホーにつつかれただけで気絶するだろう。
これで、数的有利はなくなった。
天を仰ぐ。腹が立つほどいい天気だった。
「────絶体絶命ってやつだな」
「げる」
頭上に陣取る鳥が鳴く。
それがどうしたという風に。
「
「げるる」
「でも、いや、だからこそ勝ちたいよな」
「げ」
「行けるか?」
最も力強い声が返ってきた。
「げうるっ!」
俺は笑い、フィールドを指さした。
「行ってこい、
「げるるるるるぁ!」
ココガラに身をやつす伝説の鳥が、戦いの地に降臨した。
(出てきたの)
ココガラを見ながら心中で呟いた。
アシタバの手持ちの中で、唯一力量を測りかねたのがあの小鳥だった。一見ガラルのどこにでもいる鳥だが、秘めたる強さは尋常ではない。
(どれほどやれるか、見せてもらおうぞ)
わしは密かにほくそ笑んだ。
俺は細く長く息を吐いた。
チーム一丸となって訓練を続けてきたが、対人戦にレヴィを出すのは今日が初めてだ。なのに相手は遥か格上、そのうえ仲間は満身創痍である。
およそ初陣に相応しくない。
だけどそのどれも、勝負を諦める理由にはならなかった。
俺は高々と指を立てた。
「ぶっ飛んでこうぜ、レヴィ!」
「げるるっ!」
「ジャラランガに向かってブレイブバードっ!」
小さな翼をはためかせ、一直線に飛翔する。
「迎え撃て! ドレインパンチ!」
ジャラランガが拳を振りかぶる。しかし振り抜く直前、拳闘龍の四肢がぎくりと硬直した。
がら空きの胴体へレヴィの嘴が突き刺さる!
ジャラランガは苦悶の声を漏らし、フィールドに突っ伏した。
「ジャラランガ、戦闘不能!」
「なんと……!」
師匠が目を丸くする。
俺は頬が紅潮するのを覚えた。
さっきの音波対決、ジャラランガだって無事だったわけじゃない。ゴーシェが声にこめた冷気にあてられて、相当なダメージが入っていたのだ。体が冷えきって、思うように動けなくなっていたんだろう。
そもそもスケイルノイズという技は、鱗を犠牲にすることで発動する技なのだ。さっき技を放った時も、鱗が数枚足元に落ちていた。ゴーシェの寒波が脆くなった皮膚を凍らしめたのである。
「フリーズスキン、か。
わしとしたことが忘れておったわい」
師匠が嘆息した。
「完璧に相殺したと思ったんじゃがの。いや天晴れじゃ。敬意を表して、奥の手をお見せしようかの」
言うや、ウーラオスをボールにしまった。
ハイパーボールが眩い輝きを放つ。俺も咄嗟にレヴィをボールに戻した。
ガラル地方にのみ伝わる特有の現象。
どんなポケモンも雲を衝くほどの巨体に変える新技術。
マスタードさんとカブさんが、手取り足取り教えてくれた。
俺たちはボールを投げ、同時に叫んだ。
ウーラオスとココガラが、空を圧して再来した。
師匠が吼える。
「ダイマックスした相棒の攻撃、防げるものなら防いでみよ! ダイナックル!」
「レヴィ、デカくなってもやることは変わらねえ!
とにかく羽ばたけ! ダイジェットだ!」
天から降り注ぐ拳と大気を掻き乱す烈風が互いのポケモンを直撃する。
飛行技は弱点のはずだが、ウーラオスにも師匠にも怯んだ様子は全くない。
それどころか、ますます攻めの手が加速した。
「どんどん行くぞ! ダイサンダー!」
「ダイウォール!」
元は神鳴パンチだろうダイサンダーを辛うじて防いだ。
あと1秒シールドが遅れていたら2体とも持っていかれただろう。
冷や汗が止まらない。
だけど死ぬほど楽しかった。
次が、ダイマックス最後の攻撃だ。
何で来る、拳か、電撃か。
師匠の策は、そのどちらでも無かった。
「岩が貴様の専売特許と思うなよ」
笑い含みの声が聞こえ。
「ダイロック!」
見上げるほど高い岩壁が屹立する。
ああ畜生。
最後は俺の得意な
「ダイジェット!」
全力の豪風はしかし、岩を押し戻すことは叶わなかった。
双方のダイマックスが解けていく。しっかり構えるウーラオスに対し、レヴィは完全にのびていた。
「よくやった。ありがとう、レヴィ」
フレンドボールに呼び戻し、額に押し当てる。
「これで…………
俺たちの勝ちだ!」
ウーラオスの背後に穴が空く。
地面から飛び出たカブルーの刃が背中を切り裂いた!
「ヴォオッ!?」
完璧な不意討ちに、ウーラオスの肉体が傾ぐ。
ガッツポーズしかけた俺に、師匠は静かに告げた。
「本当に、よくやったね、アシタバちん」
師匠が指を鳴らす。倒れかけていたウーラオスが、ぐわと振り向いた。
「あと一手で、君たちの勝利だった」
「ヴォオオオォオ!」
「ぎ……っ!」
裂帛の気合いを込めて繰り出された蹴りがカブルーを強かに吹き飛ばす!
相棒はフィールドの端まで転がっていき、仰向けに倒れたまま動かなくなった。
「────カブトプス、ココガラ、戦闘不能!
よって勝者、マスタード!」
俺はもう一度天を仰いだ。
ほんとうに、よく晴れた空だった。
というわけで76話。
ガチバトル決着です。
主人公を負かすことは最初から決めていました。
なんと言っても相手は現役のチャンピオン、それに勝つにはまだまだアシタバもチームも力量が足りていません。
だけど不甲斐ない勝負は描きたくなくて、今の自分が書ける全力で書いてみました。
感想、高評価、いつも本当にありがとうございます。
毎日更新が続けられているのは皆様のおかげです。
これからもどうぞよろしくお願いします!