「は〜〜〜〜負けた負けた」
カレー鍋をかき混ぜながら言う俺に、カブさんが微笑みながら皿を渡してくれた。
「そのわりに、あんまり悔しそうじゃないね?」
「いやー、やれることは全部やりましたからね。あれで負けるんならもうしゃーないかなって」
ひと皿ひと皿にルーをよそっていく。
これは別に負け惜しみを言ってる訳ではなく本心だった。全力を出しあった試合は勝っても負けてもこんなに爽快な気分に浸れるものなのかと自分でも驚いてるくらいである。もちろん、勝てればもっと良かったのだろうけれど、昔のようにうじうじぐじぐじした感情は1ミリも湧いてこない。
マツバと久しぶりにバトルして引き分けに終わった時はあんなに落ち込んだのに、不思議なものである。
「成長したってことなんかな……」
独りごつ俺の頭に
頭蓋骨ごしに腹の虫が騒いでるのが聞こえて思わず噴き出した。
「げるるるるっ」
「はいはい、いまお前の分やってっから席につきな」
最初に作った激マズカレーに比べればだいぶ料理の腕が上達した気がする。少なくともみんながぱくぱく頬張れるくらいには食べれるものが作れるようになった。
初日は食いしん坊なレヴィが無言で皿を見つめたまま動かなかったもんな。食いたくなさが全面に出てて、ほんとに申し訳ない気持ちになったものだ。
「うーんいい香りだね〜」
シャワーを浴びてさっぱりした師匠も合流し、めいめいが好きな場所に着席する。
最初はそれぞれの手持ちどうしで固まっていたのだが、長い時を過ごすにつれて、てんでバラバラに座るようになった。
ずっと座る場所が変わらないのはヌメラくらいのもので、こいつはいつ何時でも俺の左横をキープしていた。
「「「いただきます!」」」
3人の人間と14体のポケモンが一斉に挨拶をし、賑やかな食事が始まった。
俺の隣にはウーラオスが座り、ポケモンとは思えないほど丁寧なスプーン使いでカレーを食べていく。あんまり見事なんで食事そっちのけで見惚れていると、ウーラオスの頬がじわじわ赤くなっていった。
「その子、照れ屋なんだよねん。だからいままで顔合わせできなかったんだよ」
「へえ、可愛いとこあるじゃん」
笑いかけると、ウーラオスはますます赤面した。
「ぬめえ」
不機嫌な鳴き声が響く。ヌメラが俺を睨みつけていた。よそのポケモンが褒められるのが我慢ならないらしい。
俺は食事の手を止め、ヌメラの触角をにぎにぎした。
「今日はお疲れ様ヌメラ。大活躍だったな」
先端を親指の腹で撫で擦る。この触り方が1番心地いいようで、むくれていたヌメラがとろんと蕩けた。
「ぬええ♡」
「その子には名前をつけてあげないのかい?」
カブさんに訊かれ、俺は「まさにそれで悩んでるんすよねえ」と唸った。
訓練中、ニックネームを付けようとしたことは何度もあった。しかしどれだけ考えても候補が絞りきれなくて、結局今日までヌメラと呼び続けてきたのである。
「いまんとこチーム唯一の女の子だし、可愛い名前つけてあげたいんすけど俺センスなくて。
なんかいい案ないっすか?」
「う〜ん難しいなあ」
カブさんは難しい顔で腕組みした。
「ゆくゆくはヌメルゴンになるわけだから……メルちゃんとか? ダメだ、おじさんには荷が重いよ」
「そんなことない。いい名前ですよ」
「そうかい?」
カブさんが照れくさそうに笑う。
黙って聞いていたマスタードさんがおもむろに口を開いた。
「言わでものこととは思うけど、カブちんは今日早めに寝とくんだよん。
なんたって明日はいよいよ本番だからねん」
「────はい」
優しげな笑顔から一転、カブさんの顔がぴりっと引き締まった。
待ちに待ったメジャーリーグ昇格試験が明日に迫っていた。燃える男はぐっと拳を固くし、頼もしく頷いた。
「明日はいい報告ができるよう頑張ります」
「うんうん。いまのカブちんなら絶対受かるよ。
…………それはそうと、アシタバちんはこれからどうするんだい?」
いきなり話を振られ、俺はぱちぱちと瞬いた。
「道場完成までいてもらう予定だったのをついつい引き止めちゃったけど、ほんとうはガラル中を巡るつもりだったんでしょ?」
「あー、最初はそうでしたね。でもいまは、イッシュ地方に行きたくなってまして。なんか激アツなバトル施設が出来たらしいんですよ」
噂によると電車に乗りながらバトルできる施設がオープンしたらしい。遠く離れたガラルにも毎日のようにCMやら評判が流れてきて、聞いてるうちにどんどん行きたくなってきたのだ。
「どうも
だから明日カブさんと一緒に本土に戻って、そこから空港に行くつもりです」
「そっか……。寂しくなるねえ」
マスタード師匠が心底寂しそうにするもんだから、俺は努めて明るい声で笑った。
「なーに言ってんすか! 世界中旅してバッキバキに鍛えたら今日のリベンジするつもりなんですから、首洗って待っててくださいよ?」
「んん? そういうことならわしちゃんもうかうかしてられないねえ!」
師匠の瞳に好戦的な光が宿る。今日戦ったポケモンたちもみな、いつでも来いと言わんばかりの表情を浮かべていた。
俺はひとりひとりの顔を見渡した。
実に濃密な1ヶ月だった。この先何があっても、ヨロイ島での思い出が薄れることはないだろう。
────いかん。ほっとくと涙が出そうになる。
俺は慌ててコップを掴み、高々と掲げた。
「ほんじゃ、明日のカブさんの健闘を祈って!
かんぱーい!」
「かんぱあい!」
コップが小気味いい音を鳴らしあう。師匠手製のきのみジュースは最高に美味かった。
『…………まあ、そんなにすばらしいしあいだったんですのね』
電話の向こうでツツジが吐息する。
『ゆるされるならば、ぜひともかんせんしたかったですわ』
本気で残念がっているのが伝わり、俺はくすりとした。
ヌメラを育てると決めた時、ドラゴンの育成方法についてアドバイスを求めた相手がツツジだった。彼女は突然電話した俺を嫌がるどころか心から喜んでくれ、むしろ今まで連絡しなかったことを怒ったほどだった。
ツツジは俺の質問に関して、ヤマブキ学院で閲覧できるドラゴン関係の書物をほとんど全て引っ張り出してくれたらしく、実に細やかな話を聞かせてくれた。
彼女の献身的な協力がなければ、カブルーとのぬめぬめ合体は思いつかなかったろう。
「本当に助かったよ。さんきゅな」
『おやすいごようですわ!』
「そっちは、岩タイプの訓練は進んでるか?」
学年1の才女と謳われ、ドラゴンの専門家を目指していた彼女は、俺とマツバのバトルを切っ掛けに岩タイプに転向した。
龍と岩とじゃ何もかも勝手が違うはずだ。やっぱりドラゴンに戻すと言うかと思いきや、返ってきた答えは希望に満ちたものだった。
『とってもじゅんちょうでしてよ!
ついせんじつもノズパスをゲットして、クラスたいこうせんでゆうしょうしましたわ!』
「マジかよ。やるなあ!」
『んふふ。これでまたアシタバさまにいっぽちかづきましたわね!』
「どうかな? 俺は更に先を行くぞ」
その後も暫く会話は続き、消灯時間ギリギリまで電話を楽しんだ。
ベッドに仰向けになりながら、己の言葉を反芻する。
「先を行く、か」
────今日のバトルは、全員が限界まで踏ん張った試合だった。俺もマスタードさんも出し惜しみなんてせず、ありったけをぶつけにいった。
そして気づいた。
俺たちは、まだまだ強くなれることに。
掌をじっと見つめ、ぎゅっと握った。
「早く行ってみてぇな……バトルサブウェイ……!」
強くなりたい。
限界のその先を見てみたい。
遠足前の子供のように胸が高揚して、ちっとも眠れそうになかった。
次の日。
マスタードさんと名残を惜しみつつ別れた俺は、何度もカブさんを激励してから空港に向かった。イッシュ地方行きの飛行機に搭乗し、離陸を待つ。
幸い窓際の席だったので、腰から瑠璃紺色のボールを外し、景色を見せた。
「ほら、もうすぐ空を飛ぶんだぜ」
ボールの中のヌメラがびょんびょん跳ねる。俺は小さな声で囁いた。
「あとでまた伝えるけどさ。お前の名前、決めたんだ。
カブさんが言ってた"メル"と、泣き虫の
ヌメラ──メルティが「ぬめえ」と鳴いた気がした。
通達
報告:ガラルリーグ本部
宛先:ガラルジムリーダー各位
本日を以て次の通り人事異動を行う。
⑴エンジンシティ・ジムリーダー カブ
昇格試験に合格。よってメジャーリーグへ移籍とす。
⑵ラテラルタウン・ジムリーダー アイボリー
数多の不正行為並びに違法行為あり。
よってガラルリーグより除籍処分とす。
以上は、リーグ委員長・ローズの権限によって執行されるものである。
というわけで77話。
激闘後のまったり回&ガラル編最終話でした。
ヌメラのニックネーム確定です。
メルティちゃんです。どうぞよろしくお願いします。
今回は語感重視で選んだため由来はありません。
次回からイッシュ編が始まります。
さーて、誰を出していこうかな。
よければ感想高評価おなしゃす!