食事を終え、ダイナーの外で待っていると、会計を終えたシキミが頬を膨らませながら出てきた。
「どした?」
「結局わたしばっかり喋ってアシタバくんのこと全然聞けなかった。知れたのは名前と手持ちだけ。
あとは全部はぐらかされちゃったわ」
ジト目で睨まれ、俺はひょいと肩を竦めた。
彼女は生来お喋り好きな人間らしく、1質問すると12返ってくるようなタイプなので、はぐらかすのは赤子の手をひねるより簡単だった。
「もうちょっとぐらい話してくれたってよさそうなものじゃない?」
「そんな語るほどのネタはねえよ。
言ったろ、つまんねー奴だって」
「嘘よ! わたしの勘が外れるわけない」
「たまにはあるだろ、そんな日も。それじゃ俺ライモンに行くから。昼飯ごちそーさん」
シキミには悪いが、バトルサブウェイとやらがどんなものか早く見たくてウズウズしてるのだ。
駅に向かって踵を返した俺は、いくらも歩かないうちに人だかりにぶつかった。市営のバトルコートでなにやらトラブルが起きているらしい。
野次馬のあいだから首を伸ばすと、ガリガリに痩せ細ったおばさんが口角泡を飛ばして熱弁を振るっているところだった。
「ポケモンを解放しましょうっ!」
いきなり聞こえてきた耳慣れない台詞に眉を顰める。
ポケモンを、解放?
「なんだそりゃ」
「最近イッシュのあちこちで叫ばれるようになった思想よ。あの人の腕に赤いバンダナが巻いてあるでしょ? ポケモンを使役するのを止めて自然に帰すべきだって団体の証なの。ポケモン解放戦線って名乗ってるわ」
後ろからついてきたシキミが説明する。彼女の声色には、冷静な中にも僅かに不快の念が混じっていた。
「あの人たちにとって私たちトレーナーは、ポケモンを無理やり従わせ、倒れるまで戦わせる冷酷非道な人非人らしいわよ」
「ふうん」
そりゃまた一面的な物の見方をする集団もいたもんだ。
バトルコートの内外は大勢の人が集まっていた。今の今まで戦っていたと思しき少年たちは戸惑い顔を見合わせ、審判役の大人は不信感もあらわにおばさんを見据えている。周囲の人間の反応も様々で、冷笑たっぷりに腕組みをしている人もいれば、不安そうな目つきでおばさんの話に頷いている人もいた。
おばさんは大仰な身振り手振りで持論を述べたてる。話の内容もトんでるが、バキバキにキマった眼のせいで余計に近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
「我々はこれまで、あまりに多くのポケモンを虐げてきました! 自然の中で幸せに暮らしていた親子を引き離し、望みもしないバトルをさせ、散々に利用してきたのです! それが野蛮でなくてなんなのでしょう! いい加減、我々の代で終わらせるべきではありませんか!」
そのまま呆然と立ちすくむ少年に近づき、「あなた!」と指を突きつけた。
「さっき何をしていたの!?」
「な、なにって、バトル……」
「そう! バトルよね! 可愛いポカブとチョロネコを無理やり戦わせていたわよね!」
「え」
「あなたはとんでもないことをしたのよ!
彼らが1度でも戦いたいと言ったの?
殴られても蹴られてもいいからバトルに出してくれと願ったの?」
「そ、それは……」
「違うわよねえ!?」
反論する暇も与えず、ぐいっと顔を寄せた。
仰け反る少年をフェンス際まで追い詰める。
「あなたが! 勝手に! 彼らを捕まえて言うことを聞かせているだけよね!
そんなのが健全な関係と言えるかしら!?」
「…………」
少年は俯き、ぽろぽろ涙を流しはじめた。さすがに見てられなくなったらしい審判が非難がましい声を上げると、おばさんはヒステリックな形相で首を振った。
「私はなにも間違っていません! あなたがたが、世界がおかしいのです! 我ら"ポケモン解放戦線"は日々、よりよい世界にするための戦いを続けているのですよ!
いわば我等は正義の使徒! そんな我らに意見するのは悪魔の所業! あなたは悪魔だわ!」
おばさんの手が少年の腰にのびる。あっという間にモンスターボールを取り上げてしまった。
「この子達は私が責任をもって"解放"してあげます!」
「えっ、や、やだ、かえして!
ぼくのポカブとチョロネコなのに!」
「僕の、ではありません! そういう征服欲と支配欲が世界をダメにしたのですよ!」
泣いて縋る子供を乱暴に振りほどき、バトルコートから出ていこうとする。
誰も何も言わなかった。いや、言えなかった。
────シキミを除いて。
「ちょっとおばさん。流石に黙ってられないわ。
ポカブたちを彼に返して」
出口を塞ぐように仁王立つシキミを、おばさんは侮蔑たっぷりに見下ろした。
「若い子が無知蒙昧なのは世の倣いだけれど、生憎あなたに"教育"してあげる時間が惜しいわ。私は一刻も早くこの子達を解放してあげなきゃいけないの。そこをおどき」
「どくわけないでしょ、おバカさん」
「ば、バカっ!?」
おばさんの顔にみるみる血が昇っていく。
「最近の若者は敬意の払い方も知らないようね……!」
「そら、敬意ってのはそれ相応の人間に払うべきもんだからな」
シキミの横に並ぶ。おばさんは目を三角に尖らせ、ぎょろりと俺を睨め据えた。
「演説するだけならまあ個人の自由だけどよ。ちびっ子からポケモン取り上げんのは違うだろ」
「だから! これは"解放"なのよ!」
「あー、まあその辺は警察に説明してくれ」
折りよくサイレンが鳴り響く。さっき呼んだジュンサーが到着したらしい。
おばさんが怯んだ隙にボールで寝こけていた
「げるるっ」
「よーし、よくやった。ご苦労さん」
おばさんは怒り狂ったが、ジュンサー4人に囲まれて身動きがとれなかった。
少年のもとに駆け寄り、膝をつく。
「ほい、お前さんのだろ?」
少年は真っ赤な眼でボールを抱きしめた。
「ポカブ……! チョロネコ……! よかった!
おにいさん、ありがとう!」
「どーいたしまして。災難だったな」
少年がちらりと視線を走らせる。おばさんがパトカーに乗せられていくところだった。
「…………あのひと、ぼくたちがまちがってるっていってたよね。かってにつかまえて、かってにたたかわせてるだけだって。そんなのはあくまのすることだって。
ぼく、まちがってるのかな……?」
俺は黙って少年が握るボールを見つめた。
ボールの中のポカブとチョロネコが、心配そうに見上げている。
俺はふっと笑い、少年の頭を撫でた。
「心配すんな。ポケモンってのは強い生き物だ。ほんとにやりたくねえことはやらねえし、無理やり従わせようとしたって聞かねえよ。お前さんのポケモンがバトル嫌いなら、そもそもここに立ててない。
お前さんは悪魔なんかじゃねえよ」
「──! うん! ありがとう!」
少年の顔に笑みが戻った。
野次馬たちがばらけていく。あの演説はそれなりに波紋を広げていて、誰もがポケモンの解放について語っていた。
シキミがぽんと肩を叩いてくる。
「美味しいとこ持ってかれちゃったわ」
「すまん。でもシキミのおかげで動けたよ。さんきゅな」
実際、最初の方は呆気にとられていて頭が動かなかった。シキミがおばさんを止めてくれていなければ、ジュンサーたちは間に合わなかったかもしれない。
「んふふ。どーいたしまして。
お礼は密着取材でいいわよ」
「……え、ついてくんの?」
「なによその迷惑そうな顔! ついてくんなって言ってもついていくからね! さあ行くわよライモンシティ!」
「えぇ」
────まあ、いいか。
旅は道連れ世は情けっていうもんな。
俺はシキミと一緒に駅へと足を向けた。
というわけで80話。
まだこの時はプラズマ団という名前ではないようです。
シキミちゃんが仲間になりました。
ライモンでも一悶着ありそうですねえ。
よければ感想高評価おなしゃす!