イッシュ鐵道。
それは、イッシュ地方が世界に誇るハイパーインフラである。
ふつう、よその街に行こうと思ったら、車か徒歩、もしくは空から移動することになる。街同士が近いか街道が整備されていればまだしも、そうでなければ険しい山や深い谷を渡ったり、野生のポケモンがわんさか出る箇所を何日も歩かなければならないこともあるため、並の人間はなかなか動きづらい。
辺鄙なところに住んでいる人は、一生自分の生まれ育った街から出ないことも珍しくないのだ。
ところがイッシュという土地は鉄道網が発達しているため、電車に揺られているだけで目当ての街に辿り着くことが出来るのである。
これがどれほど画期的で素晴らしいことか。
老若を問わず、ポケモンの有無を問わず、誰でも好きなときに好きな所へ行ける。ガラルのアーマーガアタクシーは空からの眺めに感動したが、この利便性と手軽さはまた別の感動があった。
「すんげえな……1時間もしないで着いちまった」
ライモン駅のホームを眺め回すと、シキミがふふんと眼鏡を押し上げた。
「凄いでしょ〜。イッシュ鐵道は全ての都市を繋げてるから、どこへでも簡単に行けちゃうの。特急車輛ならもーっと速いわよ。カントーとジョウトにこの鉄道技術を伝える話も持ち上がってるから、いずれは全ての地方で普遍の移動方法になるかもしれないわね」
「は〜……」
もう言葉も出ない。歩かずとも飛ばずともいいなんて、夢のような話だ。
「あなたが行きたがってるバトルサブウェイは環状線をぐるぐる巡る地下鉄なの。新し物好きのイッシュ人がこぞって乗りに行ってるけど、まだコースを制覇した人の話は聞かないわね」
「コース?」
「バトルスタイルによっていくつかのコースがあるの。
3対3のシングルバトルが出来るシングルトレイン、4対4のダブルトレインって感じにね」
「まじか!」
俺は歓喜した。
ヨロイ島でしこたまマスタード師匠に鍛えてもらったおかげで、ダブルバトルの楽しさに目覚めつつあるのだ。
叶うなら是非ともダブルトレインに乗ってみたい。
「早く行こう、いま行こう、すぐ行こう」
「慌てない慌てない。バトルサブウェイは逃げないわよ。全く、好きな物の話をしてる時は子どもみたいね」
シキミが笑う。
ライモン駅を出ると、ヒウンとは全く違う賑わいに圧倒された。
どこを見ても人・人・人。笑いさざめく人の群れで溢れかえっている。
チラーミィの耳つきカチューシャをつけた家族とすれ違い、おもわず振り向いた。
「なんだあれ! 可愛い!」
「遊園地帰りじゃない?」
「遊園地!? 街中に?!
郊外とかにあるもんじゃねえの?」
「ここはなんでも街中に作っちゃうのよ。そのほうが遊びやすいし帰りやすくて合理的でしょ?
イッシュ人はめんどくさいの嫌うからね〜。
と・い・う・わ・け・で。
娯楽の街・ライモンシティにようこそ!」
「娯楽の街……!」
シキミいわく、ここには遊び場が数え切れないくらい揃っているらしい。
ゲームセンターにカジノ、スポーツ用のドームなどが林立し、プールは屋外屋内合わせて十数箇所も設置されている。あらゆる衣装をレンタルして撮影できるコスプレハウスなんてのもあるそうな。
「けどなんといっても目玉スポットはミュージカルよね。鍛え抜かれたポケモンたちが歌って踊る様は必見よ!」
「ミュージカル!?」
ポケモンが歌って踊る? 想像もつかない!
歌と聞いてスノウボールがかたりと揺れた。
シキミが古風な懐中時計を取りだし、時間を確認した。
「いまは昼の3時か……。サブウェイに乗っても夜の公演には間に合うわね。よし、ギアステに行きましょ!」
「ぎあすて?」
「ギア・ステーション。バトルサブウェイの発着所よ。さ、地下に降りるわよ!」
意気揚々と歩いていく。俺は期待に胸を膨らませながら後について行った。
ライモンは地上だけじゃなく、地下にも様々な店が並んでいた。
土産物屋、アクセサリー屋、服屋に売店飲食店、ここで揃わないものはおよそないだろうと思われるぐらい豊富な品揃えである。
拡張と増設を繰り返したと思しき複雑な道を、シキミは我が庭のようにスルスルと進んでいった。
「凄いな、こんなに入り組んでるのに迷わないのか」
「まあね〜」
そうして歩くことしばし。
シキミの足がぴたりと止まった。
周囲にはいつのまにか店がなくなり、薄暗い区画になっている。ギア・ステーションのギの字もない。
……おい。まさか。
「なあ」
シキミの肩がびくっと跳ねた。
「お前まさか、
「あ、あはははは、そ、そんなわけ……ないよぉ」
「声ちっさ! いやまじか!?
あんな自信満々に歩いてて?!」
「だ、だってすぐ辿り着くと思ったんだもぉおん!」
「もんじゃねえよ知らねえならなんで先導すンだよ道知ってると思うだろうが!」
「み、道は知ってるよ? 最初の
「それは知ってるって言わねぇぇぇえんだよ!」
俺のシャウトがわんわん反響していく。
あああもう最悪だ。ギアステどころか帰りの道も分からなくなっちまったっ!
「……と、とりあえず戻るぞ。
どっかからは出られるだろ」
「うっうっ。ごべんねえ」
「泣くなっ。泣きてえのはこっちじゃっ」
すんすん泣くシキミの手を引っ張り、元来た道を戻り始める。
ところが土地勘のない場所ゆえ、戻っているつもりが更に奥まで入り込んでしまったらしい。
気がつくと、そこは完全な袋小路だった。
「……あれ」
「行き止まりだね」
「っかしーな、あそこを右だったか?」
「……! ね、アシタバくん、あそこに誰かいる!」
シキミが明るい声を出す。彼女が指さす方を見ると、たしかに男がひとり、暗がりに立っていた。
しめた。駅員か、スタッフか。どちらにせよ道ぐらいは教えて貰えるだろう。
「すいません!」
話しかけると、男はじっとりした目で俺たちを見下ろした。黒いスーツを着ちゃいるが、腕も肩もぱつぱつで体格がいいのが服の上からでもわかる。眉毛がないのと、顎ががっしりしてるせいで中々の強面だった。
「──何の用だ」
ざらざらした声で問いかけてくる。地下に居続けると喉がやられるんだろうか。俺は努めて丁寧に答えた。
「え、ええと。俺たちバトルサブウェイに乗りたいんですけど」
男の瞼がぴくりと震えた。
「──挑戦者か」
「あ、はい。そうっす」
「──入りな。もうすぐ始まる」
男が1歩右にずれる。漆黒の鉄扉が現れた。錆びついた音を立てながら開いていき、俺とシキミが入った瞬間、重苦しい響きをもって閉じられた。
埃臭い空気が漂っている。中は恐ろしいほど真っ暗だ。
「……なあ、バトルサブウェイってこんなアングラな雰囲気なん?」
「そ、そんな話は聞いたことないけど……」
ひそひそ話を交わし、おそるおそる辺りを見回した瞬間。スポットライトが中央のリングを照らした。
同時に、凄まじい歓声があがる。
「やっとかー!」
「待ちくたびれたぞー!」
「血ぃ見せろ血ぃー!」
怒号にも似た大声に、俺は呆然と目を見開いた。
目が慣れてくると、地下とは思えないくらい広い部屋の中央にリングが設けられ、人々が詰めかけているのが分かった。
奇抜なメイクを施した司会者がライトの中央に歩みでる。
『みなさま〜! 本日は地下闘技場にようこそお越しくださいました〜!
ここは世界でも珍しい、
観客のみなさまはお好きな戦士を見つけてどしどし賭けちゃってくださ〜い!
戦士のみなさんは死なない程度に頑張ってくださいね〜! 死んじゃったらせっかくのファイトマネーが無駄になりますよ〜?』
観客たちがどっと笑う。
シキミが俺の腕を掴んだ。
「あ、アシタバくん。か、かえろっ。ここ、ほんとにやばいとこだから絶対に来ちゃダメだってギーマくんが言ってたとこだ……!」
「あ、ああ」
相変わらずギーマくんが誰だか知らないが、帰ろうという提案には同感だ。なんの異論もない。
しかし踵を返した俺たちを、ドアの前にいた男よりガタイのいい黒服たちが取り囲んだ。
「どこに行く気だチャレンジャー」
「もうすぐ催しが始まるぜ」
「敵前逃亡は頂けねえなあ」
「い、いやあ、俺たちチャレンジャーじゃないんすよ。
ただの迷子でして」
「とぼけんなよ」
黒服の1人が薄笑いを浮かべる。
「入る前にきっちり
『
「…………へ?」
頭が真っ白に染まる。
合言葉?
あれが?
「本物の迷子なら……まあそんな奴いねえだろうが、合言葉を言うわけねえだろ?」
「い、いやいやいや! そんなこと知らなかったんだって! まじで! ほんとまじで!」
「あー、もういいもういい。どちらにせよもう出口は締め切ってる。生きて出たけりゃ勝つんだな、小僧」
むんずと首根っこを掴まれて、リングに放り投げられる。向かいのコーナーには既に対戦者が待っていた。
「なんだ、まだガキじゃねえか」
顔中切り傷だらけのどう見ても堅気ではない男が、ニヤニヤしながらボールを弄んだ。
司会者が片手を挙げる。
『さあ、戦士が揃いました!
1回戦目は"新人潰し"のジャックナイフvs無名のチャレンジャーです! いつも通りジャックが哀れな贄を斬り刻むのか! それとも新人が抗うか!』
小太りのジャッジが目配せしてくる。
「双方、準備はいいな?」
良くない、なんにもよくない。
だけど狼狽える俺を嘲笑うように。
「レディ────ファイッ!」
無慈悲なゴングが鳴り響いた。
というわけで81話。
大人しくサブウェイに乗れるわけもなく。
シキミちゃん、実は方向音痴だったらいいな〜という願望を描いてみました。作者もそうですけど方向音痴な人ほど自信満々に歩きますよね。
あれはなんなのか。
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