地上に出ると、日はとっぷりと暮れていた。
肌寒い風が吹いてくる。
見上げれば、空はすでに秋の夜を描いていた。
「わー、空気が美味しい!」
シキミが気持ちよさそうに伸びをする。まったく同感だった。呼吸すればするだけ身体中の細胞が生き返るような気がする。地下闘技場に居たのはたった2、3時間のことなのに、全身が重だるかった。
昔、身内に不幸があったとき、窓もカーテンも開けない部屋に数ヶ月引き篭った経験があるが、この疲労感はその時の体調にそっくりだ。
人間は空気が淀んだところに長時間居るとそれだけでダメージを受ける生き物なのだと、改めて認識した。
駅周辺には何台ものパトカーが集まっていて、物々しい雰囲気を醸し出していた。
ギーマかレンブのどちらかが呼んだものらしく、地下闘技場の関係者が続々と引渡されていった。
最後の1人がパトカーの後部座席に押し込まれたのを確認してからギーマが振り向いた。
「そこのカフェに行こうか」
イッシュならどこの街にもあるカフェチェーンを指さす。誰も異論はなかった。
片隅にある丸テーブルの席に腰を落ち着ける。
注文を取りに来たウェイトレスに、レンブが人数分のコーヒーを頼んでくれた。
「ここは奢りだ。好きなだけ飲み食いしてくれ」
ずいとメニューを差し出される。
シキミが身を乗り出した。
「ありがとうレンブさん! えーっと私はねー、ジャンボチョコバナナパフェとフランボワーズのタルト! あと3段重ねのパンケーキ! アシタバくんは?」
「よく食うなお前。
……えと、フルーツタルトひとつ下さい」
「はぁい」
ウェイトレスが眠そうな足取りで引っこんでいく。
他の2人は何も注文しなかった。コーヒーだけで済ますつもりらしい。
カップを半分ほど開けてから、レンブが俺の方を向いた。
「アシタバ、というのだな」
「あ、はい」
「失礼だが、出身は?」
「……生まれはジョウトで、ガキの頃はカントーに」
「カントー……」
レンブとギーマの視線が交錯する。
聞き捨てならない事柄を聞いた者の眼差しだ。
今度はギーマが訊ねてきた。
「──シキミ嬢とはどこで知り合いに?」
俺は目的の見えない質問に不安を覚えつつ、ありのままを語った。
「ヒウン空港で捕まったんです。
密着取材させろってうるさくて」
「……本当かい?」
「ほんとよ」
シキミがあっさり頷く。ギーマが小さく「誰彼構わず纏わりつくのをやめさせなきゃな」と呟くのが聞こえた。
「──なるほど。君たちが知り合った経緯はわかった。
不可解なのは、なぜあそこに居たかだ」
レンブが後を継ぐ。
「あの闘技場は裏社会の人間でも限られた者しか入れてもらえない秘密の場所だ。適当に歩いて見つけられるトコロじゃないし、よしんば辿り着けたとしても合言葉を知らなければ入れない。
オレたちですら潜入するのに苦労したのに、一体どうやってあのセキュリティを掻い潜ったんだ?」
「あー……」
なるほど。
なんか会話の端々に俺に対する警戒心が見えたのはそういうことか。
俺もあの集団の一員なんじゃないかと疑ってるわけね。
濡れ衣だが、それを証明するのがほとほと難しい。
ひとまず正直に話してみたが、案の定2人ともすぐには信じてくれなかった。
「ギア・ステーションに行こうとして迷った……?」
「地下に降りてすぐバカでかい
「えっ」
パンケーキをぱくついていたシキミが顔を上げる。
「ガイド、あったの?」
「何言ってるんだ。最初の
「あれを見落とすのはコイキングの群れで色違いの個体を見逃すくらいのうっかりだよ」
「端的に言うならマヌケだな」
「…………」
シキミの頬を大量の汗が流れ落ちていく。
両目がザバンザバン泳いで忙しない。
俺は思わず半目になった。
こいつ、そんな環境であそこまで迷ったんかい。
いや盲目的に着いて行った俺にも非はあるけどね?
あるけどね!?
俺たちの様子で粗方察したらしいギーマが深い溜息をついた。
「…………いや、もういい。なんとなく分かったから。あの日の合言葉も、サブウェイに行きたがってた君が口にしそうなキーワードだったしね。不幸な偶然が重なることはままあることだ」
「そっ、そうよねっ。そういうこともあるわよねっ」
勢いこむシキミに、ギーマは薄く微笑んだ。
「君にはあとで話があるからね」
「……ひゃい」
シキミは流々と涙しながらジャンボパフェの生クリームを頬張った。反省してないだろお前。
「──話を変えよう」
ぱちり、とテーブルに置かれたのは1枚のコインだった。笑うピカチュウが刻印されている。
「これはとある地方のとある場所でのみ使用されているコインなんだが、知ってるかな?」
俺はきょとんと瞬いた。
「へ? これ、タマムシのゲームメダルでしょ?」
ヤマブキ学院時代、悪い先輩たちが土日のたびに遊びに行ってはポケットにこのコインを忍ばせて帰ってきたものだ。今日は何円勝っただの負けただの、夜遅くまで武勇伝を聞かされた。
俺も2、3回連れてってもらったことがある。マツバや
このメダルを9999枚集めると超レアなポケモンと引き換えてもらえるなんて噂もあったっけ。誰もそこまで貯められなかったから真偽のほどは定かじゃないが。
「確かかい?」
「確かだよ。それ、デザインが変わってなけりゃ裏面がドガースだろ?」
ギーマが無言でひっくり返す。記憶通り、ニヤつくドガースの顔が彫られていた。
「で、それがどーしたんだ?」
答えたのはレンブの方だった。
「あの闘技場では現金は全てこのメダルに変換される。そして地上のある店に行ってまた現金に戻してもらう、いわゆる三店方式というやり口だが、それはタマムシでも一緒だったか?」
「ええと、確かそうです」
「やはりか」
レンブは腕を組み、険しい顔で押し黙ってしまった。
焦れったくなったシキミが先を促す。
「で? で? それがなんなの?」
「結論から言えば、カントーもイッシュも同じ組織が絡んでいる可能性が高くなったということだね。ポケモンを攫ったり盗んだりする一方、人々の射幸心を煽り大金を巻き上げる"ゲーム"を次々に広めていく…………。
アシタバくん、そういう悪党に覚えはないかな?」
「────まさか」
脳裏をとあるシンボルが過ぎる。
黒地にRを輝かせ、ポケモンを道具のように扱う連中と俺は2度戦い、そのたびに死にそうな目に遭ってきた。
知らず、拳を握りしめる。
「奴らが……ロケット団が、
ギーマとレンブは同時に首肯した。
アシタバたちが店に入ってから1分ほどして、2人の男が店内に入ってきた。ウェイトレスが席に案内しようとするのを遮り、勝手に席に腰かける。
ウェイトレスはやや鼻白んだが、とくに混み合う時間でもなし、面倒な客にわざわざ話しかける必要もあるまいと、メニューだけ置いて立ち去った。
男たちはチラチラとアシタバに視線を走らせ、ごく抑えた声で囁きあった。
「見つけましたね、リーダー」
「そのとおりだな我が同志よ。地下に降りて見失った時は冷や汗をかいたが、駅で張ってた甲斐があった」
「連れが増えていますが、襲撃しますか?」
「……いや、今は辞めておこう。私の記憶が正しければ、あの金髪の男はアデクの弟子だ」
「──! チャンピオンなどと嘯く大罪人の!?」
「しっ。声が高いぞ我が同志」
若い方の男が慌てて口を押えた。
リーダーと呼ばれる男が鋭い瞳で辺りを見回す。幸い、聞かれてはなさそうだ。
「せめてあの男がいなくなるまでは監視を続けた方がいいな」
「承知しました、リーダー」
男たちはそれきり口を噤み、チビチビと水を啜った。
店長の文句ありげな視線には、努めて気づかないふりをしつつ。
というわけで85話。
またもやあの組織が絡んできそうな気配。
出したいポケモンとキャラが多すぎて脳内渋滞を起こしてます。
よければ感想高評価おなしゃす!