電車に乗るとすぐに天井灯が点灯した。向こう端に立っていた2人の乗務員が一糸乱れぬ姿勢でお辞儀する。
いずれも年若の男で、かっちりした制服に身を包み、髪と髭を短く切り揃えていた。
向かって左の方が背が高く、右の男は肩幅が広い。
背の高い方が口火を切る。
「ようこそ!
あなた方がマルチトレイン本日最初のお客様です!
わたくしヒロカズ、全力でお相手いたします!」
「自分はトトメスです。よろしく!」
言ってモグリューとワルビルを繰り出してきた。
地面統一ね、なるほど。
ほんじゃ、練習台になってもらおうかな。
俺とシキミもポケモンを繰り出す。
頼んだぜ、トップバッター!
「煌めけ
「驚かしちゃえ、フワライド!」
ゴーシェが凛々しい雄叫びを上げ、フワライドが豊満なボディを誇らしげに膨らませた。
トトメスが豊かな声で号令を発する。
「しゅっぱーつ、しんこーう!」
「えっ」
ガトン、と車両が揺れる。
徐々に速度が上がっていき、遂には吊り革に掴まってないと立てないレベルにまで揺れ始めた。
「ちょちょちょっ、マジか!?」
前後左右、体がフラついて仕方ない。生まれて初めて電車に乗ったゴーシェはもっと困惑していて、不安そうな眼差しで俺を見上げてきた。
いや、車両内で戦うのは知ってたけど走りながらなの!? てっきり停車中にやるもんかと思ってたぞ!?
体躯の小さいゴーシェに止まない振動は影響がデカすぎるって!
慌てふためく俺を意に介さずヒロカズが言う。
「バトルサブウェイは停止することなき電車に乗って戦う
勝てば勝つほど速度が上がり、7人目にお会いする頃には最高速度の時速180キロに達していることでしょう!
負ければ最寄りのホームに降ろして差し上げますが、勝っている間は途中下車は出来ません!
各々、お覚悟はよろしいですね?」
「望むところよ!」
シキミが自信満々に応じる。
いやまてまてい! どんどん速くなるってことは、いまが最低速度かよ!?
「それではマルチトレイン、1戦目!」
「バトルスタートにございます!」
理解するより早く、トンデモバトルが始まった!
「…………」
1時間後。
俺はしなしなの干物みたいにホームのベンチに突っ伏していた。
勝てなかった。
そりゃもう笑えるぐらい勝てなかった。
まず初戦。
ヒロカズ・トトメスの鉄道員ペアは全てのカーブポイントや大きく揺れる箇所を熟知していて、それすら攻防の糧としてきた。
バトルサブウェイは楕円の軌道をぐるぐる巡り続ける環状線である。ということは当然、定期的に曲がる瞬間があるわけで。
完璧なタイミングで放ったはずの技は、そのカーブのせいで明後日の方向に飛んでいってしまうのである。反対に、モグリューは壁を蹴って一気に距離を詰め、体勢を崩したゴーシェを一撃の元に叩きのめした。
次に出した
「だいじょぶだいじょぶ! 次はいけるって!」
「そ、そうだな! そうだよな!」
シキミの励ましに勇気を貰ってもう一度乗ったが、今度は幼稚園児のコンビにボコられた。
「暇があったら乗ってるんですー」
「お兄さんよわよわですー」
悪意がない、それだけに破壊力の強い台詞を投げられ、完全に心が折れた。
そしてベンチにうつ伏せている。
もうね、不貞寝ですよ不貞寝。
なんだよ走る電車のなかでバトルって。
イッシュ人頭おかしいんじゃねえのか。
「もー俺乗らない。おうち帰る」
「あー拗ねちゃった」
徹夜のシキミはけらけら笑った。
寝てないせいで笑いのツボがぶっ壊れている。
「ほらほらもう1回行くよー!
寝てても強くならないでしょ〜」
「いやだよまた初戦敗退だよ3周どころか1勝すらできねえよごめんなゴーシェにメルティ〜」
「謝るくらいなら努力する!」
シキミに文字通りケツをぶっ叩かれて、俺は渋々立ち上がった。
「うー……」
「しょーがないなアシタバくんは。このシキミちゃんがアドバイスしてしんぜよう」
ずびしっ、と指を突きつけながらシキミが笑う。
「揺れを障害物じゃなくて、友達と思いなさい」
「友達……?」
「そっ。どうしたって揺れるところなら、いっそ利用しちゃうのさ。揺れには必ずリズムがある。君も電車で座ってたら眠っちゃったことがあるでしょ? それは振動に一定のリズムがあるからなのさ!
あなたのアマルスちゃんは歌が好きなようだから、リズムを掴むのは得意なはずだよ!」
────そういえば今朝、1度聴いただけのメロディを完璧に歌い上げてたっけ。
「……もっかいやってみっか」
ボール越しに語りかけると、ゴーシェがこくりと頷いた。
「…………お、この人また挑戦するん? 根性あるなあ」
モニター室で全ての車両の状況をチェックしていた鉄道員・クラウドが感心半分呆れ半分に呟いた。
「誰のこと?」
改札から戻ってきたクダリが尋ねると、クラウドは顎をしゃくってマルチトレインの監視カメラを指した。
「ほら、あそこのカップルですわ。男の方が2戦続けてフルボッコにされて今の今までベンチで寝てましたけど、もうちっと粘るつもりみたいですわ」
「…………ふふ」
「? どうしました、クダリさん」
「んーん。彼、思った通り面白そうな人だなって」
帽子を目深に被り直し、クダリは笑みを深くした。
「早く勝ち上がってきてね、チャレンジャーくん」
というわけで88話。
バトルサブウェイに大苦戦中の主人公です。
実際ふつーのバトルコートと違って揺れまくる電車内では満足に戦えないんじゃないでしょーか。
次の話でもう少しその辺詳しく書きたいと思います。
今日の更新遅くなって申し訳ない。
明日も遅くなる見込みです。
よければ感想高評価おなしゃす!