1度コツを掴んだ
マルチトレインの速度は時速180キロに達し、さしものシキミも吊り革を強く握りしめている。
さて1周目最後の相手は誰かと構えていると、車輛の奥で2つの人影がお辞儀した。
「ようこそお越しくださいました!
鉄道員のノボリとクダリと申します!」
馬鹿でかい声を響かせながらノボリが自己紹介する。俺はあっと目を丸くした。
彼らは改札口でチャレンジャーたちを案内していたスタッフだった。隣のそっくりな青年──おそらく彼の言うクダリだろう──が小さく微笑んだ。
「あのね、僕たちホントはもっと後の出番なの。
「そうなんです。すぐにでも戦いたくなりまして、順番を変えていただきました」
言いつつボールを握っている。さすが双子、全く同時に同じフォームで投擲した。
「お願いします、ギギギアル!」
「楽しもうね、デンチュラ!」
「「目指すは勝利! 出発進行!」」
掛け声に合わせ、それぞれのポケモンたちが勇ましい声を上げる。負けじと、俺とシキミも手持ちを繰り出した。
「デンチュラが厄介だな」
「そうだね。先に潰していこう」
唇を動かさず、ごく小声でやり取りする。バトルサブウェイで勝ったり負けたりするうちに、自然と身についた技術だった。
「ゴーシェ、冷凍ビーム!」
「フワライド、鬼火!」
極寒の光線と身を蝕む炎がデンチュラに迫る。帯電する蜘蛛はギリギリまで引きつけてから、突如天井に飛び上がり、俺たちの攻撃をやり過ごした。
どういう原理か、天井にぴたりと張りついて離れない。
「やるわね……!
ならこれはどう? シャドーボールっ!」
漆黒の球がデンチュラとギギギアル両方を襲う。
ノボリが朗々と命じた。
「ギアソーサーを放ちなさい!」
ギギギアルの躰が高速回転し、2つの歯車を解き放った。複雑な軌道を描きながら、見事シャドーボールを叩き落としていく。
俺は感嘆した。四天王の候補に選ばれるシキミの実力は本物だ。例えば俺と彼女が戦ったとして、勝ち目はかなり薄いだろう。それだけの差が俺達にはある。
なのにノボリたちは、なんなく躱し、あるいは迎撃してみせた。彼らもまた尋常なトレーナーではない証である。
脳みそが目まぐるしく動く。
考えろ考えろ考えろ。
どうすれば攻撃を当てられる?
「────よし」
あまり褒められた手じゃないが、これしかない。
「シキミ」
手短に俺の考えを伝えると、シキミはぽかんとしてから噴き出した。
「んはっ! やっぱりアシタバくんて他とは違うわね!」
「やれそうか?」
「あったりまえでしょダーリン♡」
「ダーリンはやめろ」
腰に着けたミストボールがガタガタするんじゃ。
相手に向き直る。ちょうどデンチュラがエレキボールを撃つ寸前だった。声を張り上げ、ゴーシェに命じる。
「ハイパーボイス!」
ゴーシェが腹の底から大音声を発した。あまりの大声に全ての窓ガラスが震動し、デンチュラの技が中断される。
特性フリーズスキンが発動し、車輛全体に氷の膜が形成された。
車内の温度が一気に下がる。
寒さに弱い虫ポケモンのデンチュラは特にダメージを受けたようで、天井から落ちてきた。
(ビンゴだ!)
俺はほくそ笑んだ。
形ある攻撃は全ていなされてしまうなら、形のない攻撃を出せばいい!
それはゴーシェの最も得意とするところ、さしものノボリたちもこれを消すことは出来ないだろう。
「わあ、凄い声。たしかにそれを防ぐのは難しい。
でも、僕たちも同じことができるんだよね」
デンチュラの双眸がゴーシェを睨む。
全身の毛がぶわりと逆立った。
「蟲のさざめき!」
「うぎっ!?」
何万匹もの蟲が大合唱しているような不快な音色に、背筋がぞくぞく粟立った。
ゴーシェも長い首を竦めている。
「ぐ……っ、掻き消せ、ハイパーボイス!」
「させませんよ! 嫌な音!」
今度はノボリのギギギアルが、黒板を爪で引っ掻くような音を撒き散らす。
異なる2つの音攻撃に、ゴーシェが苦悶の声を上げた。
音楽が大好きな彼にとって、この音波攻撃は気持ち悪いだけでなく心身に相当なダメージを負っているだろう。両耳をがっちり塞ぎながら、俺は心の中で何度も詫びた。
(ごめん、ごめんなゴーシェ。
だけどこれで……シキミが活きる!)
2体ともゴーシェを狙う機会を待っていた!
刹那。
人知れず隠遁し続けていたフワライドがノボリの影から這い出て、ギギギアルの歯車をがっきと掴み、影の世界に引きずり込んだ!
「なっ!?」
ノボリが瞠目する。嫌な音が減り、彼らのコンビネーションに隙が生まれた! 酷い音色を聞かされ怒りに燃えるゴーシェが大きく息を吸う。
「お返しにキッツイの浴びせてやれ」
金色のヒレを震わせて、特大のハイパーボイスがデンチュラをぶちのめした。
「本当に、お強うございました」
気絶したギギギアルをボールにしまいながらノボリが言う。哀れな歯車ポケモンは影の中でさんざんタコ殴りにされたらしく、酷く怯えた顔つきをしていた。
「うん。順番を変えてもらった甲斐があったね」
デンチュラを戻したクダリが嬉しそうに相槌を打った。
「まさか、アマルスを囮にして不意打ちを仕掛けてくるとは思わなかった! とってもいい策戦!
どっちが思いついたの?」
「はーい、彼でーす」
シキミが俺を指さすと、ノボリとクダリがずいっと迫ってきた。背丈がデカすぎてちょっと怖い。
「失礼ですが、お名前は?」
「あ、アシタバ」
「アシタバさんですか」
「アシタバくんだね」
2対の瞳が俺を見据える。
その眼差しには、もう一度戦いたいという強い意志が明々と燃えていた。
トレインは徐々に速度を緩め、最初に乗ったホームで停車した。ノボリいわく、チャレンジャーには一時休憩が認められているとのことなので、俺達も降りることにする。
「ではお二方、またのご乗車をお待ちしております」
直角に腰を曲げる2人に見送られ、ギアステーションを後にした。
地上に出た途端、昼の太陽の眩しさに目を覆った。
「まっぶっ!?」
「ずーっと地下に潜ってたもんねえ」
笑うシキミも目をしょぼしょぼさせている。完徹の彼女には尚更キツかろう。
「いったんホテル帰って休もうぜ……」
「さんせーい」
俺たちはフラフラしながらも、確かな満足感を胸にホテルに戻り、泥のように眠った。
というわけで90話。
説明し忘れていましたが、拙作のバトルサブウェイではノーマルランクのマルチトレインのスタッフはポケモンを1体のみ繰り出して戦います。
スーパーランクに上がって初めてポケモンを2体持つことを許されます。
チャレンジャーに対する救済措置ですね。
これにてバトルサブウェイは終わりです。
よければ感想高評価おなしゃす!