ルギア、拾っちゃいました。   作:じゅに

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第91話 再びのミュージックホール。

 

 

 

 

「んがっ」

 

 鼻ちょうちんの弾ける音で目を覚ました俺は、重だるい体を引きずるようにしてベッドから這いおりた。

 ホテルの窓から見える空は既に暗い。星の輝き方で、いまが夜の8時頃と知れた。

 

「めちゃくちゃ寝たな」

 

 部屋に戻ったのが昼を少し回ったあたりだったから、およそ7時間寝ていたことになる。夢も見ない熟睡ぶりに我ながら苦笑した。

 バトル続きで肉体こそ疲れているものの、頭はすっきり冴えている。さてシキミはどうしているかとポケギアを見たら、58件メールが来ていた。

 

 だから怖いってんだよまじで。

 

 どうせほとんどのメールは無意味な短文だろうから最後の一通だけ目を通す。

 

『レストラン予約してくる! 20時半にロビー集合ね!』

 

 と書いてあった。時計を見れば集合時間までもういくらもない。せめてシャワーを浴びておきたいところだったが、彼女を待たせたらどんな報復があるか分からないので慌ててシャツに腕を通した。

 

 ロビーに降りると、既にシキミが待っていた。

 

「お、その顔はよく寝た顔だな〜?」

 

 そういう彼女も艶々した肌をしている。マルチトレインで共に戦ってくれたフワライドがボールから出ていて、くるりくるりと回転していた。

 おやの癖が移ったのか、それともポケモンの癖をおやが学んだのか、難しい問題である。

 

 それはともかく。

 

「レストランってどこにあるんだ?」

「んふふ。それは着いてのお楽しみ〜。

 さっ、行きましょ!」

 

 シキミは俺の右腕に絡むように抱きつくと、ぐいぐいずんずん進んで行った。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 連れていかれたのは昨日も来たミュージックホールだった。シキミいわく、1箇所だけ鑑賞しながら食事もできる部屋があるらしい。

 劇場の支配人がわざわざ案内してくれた。

 

 廊下を歩きながら尋ねてみる。

 

「今日の演目もシキミが書いたのか?」

「んーん。今日のはねー、ライモン歌劇団が結成当初から上演してるお芝居なの。真実と理想どちらを追い求めるか苦悩する王様たちのお話でね? 子供の頃に見てすっごく感激してさー、こんな物語が書ける作家になろうって決めたんだ」

「役者になろうとは思わなかったのか?」

「鋭い質問だね! なろうとしたんだけどさー。わたし、舞台に出るとあがっちゃうんだよね」

「そっか」

 

 残念だ。シキミなら素晴らしい女優になれたろうに。

 

 支配人が重厚な扉を開くと、中には豪勢な食事が並んだテーブルと先客が居た。

 

「おお、シキミ! 久しいな!」

 

 逞しい体つきの男が朗らかな笑みを浮かべる。

 シキミがぱっと駆けだし、相手の胸に飛びこんだ。

 

「お久しぶりです、アデクさん!」

「いやあ暫く見ぬ間に大きくなったな!

 フワライドも元気そうでなにより!」

 

 フワライドがにこにこしながら手足を振った。

 アデクと呼ばれた男が俺に目を止める。

 

「──彼がそうか?」

「そうよ。アシタバくん」

「アシタバか、良い名だ! さあ席に着いてくれ! 

 ここの飯はどれも素晴らしいぞ!」

「う、うす」

 

 勢いに気圧されながら部屋に入る。

 支配人が音も立てずに扉を閉めた。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 アデク。

 イッシュでその名を知らぬ者は居ない。

 15年以上もの間、イッシュリーグの頂点に君臨し続けているチャンピオンだからだ。これは各地方の歴代チャンピオンの中でも群を抜いて長い在任期間であり、これを超えるのはガラルのマスタード氏だけだという。

 

 燃え立つような赤髪に壮健な体、慈愛のこもった眼差しは、なるほど常人とはひと味もふた味も違う。豪快な声に似合わず動作が洗練されていて、ナイフ捌きは優雅だった。この点、マスタードさんとよく似ている。

 

「昨日からシキミのメールがひっきりなしでね。君のことで持ち切りなんだ。凄腕のトレーナーなんだって?」

 

 ワイングラスを傾けながらアデクさんが笑うと、俺は慌てて首を振った。

 

「す、凄腕だなんてそんな。

 シキミが話を盛ってんですよ」

「そんなことないわよ!」

 

 シキミがグラスをたんっ! とテーブルに叩きつけた。

 心做しか頬が赤い。あれ、もしかして酔ってる? 

 

「アシタバくんはねえ、自分を過小評価しすぎなのよ! ふつうバトルサブウェイで2回負けただけであの環境に慣れることなんか出来ないんだからね?」

「───ほう?」

 

 アデクさんが片眉を上げる。

 

「バトルサブウェイといえば走行中の電車の中で戦う施設だったか。儂もまだ体験しとらんが、噂を聞くに中々手強いところらしいの?」

「そーなのよ! で、アシタバくんも最初はポコポコにやられてんたんだけどね? あたしがちょちょっとアドバイスしただけですぐに戦えるようになったの!

 これは才能よ! 間違いなく!」

「ふむふむ」

 

 面白いものを見る目で見つめられ、俺は咄嗟に視線を逸らした。

 おいシキミ、あんまり評価をあげてくれるなよ。実力を知られたらガッカリされちゃうだろうが。

 

「やー、はは」

 

 ごまかし笑いを浮かべながらメインディッシュのステーキにナイフを通す。切るまでもなくホロホロと崩れて、舌にのせた瞬間旨みの塊と化した。

 

「う…………っま」

 

 なにこれ。旨すぎる。

 いままで食べてたステーキが肉の雑巾に思えるレベルだ。最高級の肉ってすごい。こんなスピードで溶けてくんだな……。

 ポケモン用のフードも絶品らしく、カブトプス(カブルー)たちは1口食うごとにうっとりと天を仰いでいた。

 長い付き合いだけどそんな表情初めて見たよ俺。

 

 ところが1匹、ぶすくれた顔で俺を睨む輩が居た。

 ヌメラ(メルティ)である。

 

「どした、メルティ」

「ぬめぇ」

 

 じとーっと、視線にまでぬめぬめがこびりついた様な粘度の高い睨みを効かせてくる。()()なる心当たりがありすぎて、俺は食事を中断し姫のそばに跪いた。

 

「怒ってるなあ、姫様」

「ぬ」

「なんで怒ってるか当てようか。サブウェイで全然戦わせてやらなかったから。だろ?」

「ぬぇい」

 

 違う、とそっぽを向かれた。

 バトルサブウェイではアマルス(ゴーシェナイト)とメルティを選出したが、メルティがボールから出たのは最初の2戦だけ、しかもどちらも負けている。ゴーシェがリズムを掴んでからはずっとゴーシェの独壇場で、メルティを出す暇がなかったのだ。しかし、それが理由ではないという。

 

 俺は首を捻った。

 

「うーん。じゃああれか、最近構ってやってないからか」

「ぬ……えぇ」

 

 それもそうだけどちょっと違う、と首を振られた。

 あー、ならやっぱアレかあ。

 

「シキミがダーリンって呼んでくるから?」

「ぬえ!!」

「えぇ!?」

 

 メルティがそれ! と憤慨し、シキミが椅子を蹴立てて驚いた。

 

「ちょっ、なにそれ?

 わたしダーリンなんて呼ばないよ!?」

「いや呼んでたぞ、めっちゃ呼んでた」

「ぬえぬえぬえ!」

 

 メルティがそうだそうだと鳴き喚く。びょんびょん飛び跳ねるせいで床がどんどんべちゃべちゃになっていった。

 清掃係の人、ほんとすみません。

 

「ほお、ダーリンか。熱烈な文句だの。

 シキミ嬢にも春が来たな!」

「い、言ってない! 言ってないからねアデクさん!」

 

 照れ隠しかほんとに覚えていないのか、シキミが真っ赤な顔で否定しまくっているのをよそに、メルティの触覚を優しく握った。

 

「言ってたよなー、メルティ。

 それが許せなかったんだろ?」

「ぬめ!」

「でもさ、俺の愛しいひと(ダーリン)はお前たちだけだよ。人間には言わないし言わせない。約束する。……言ってくれる人も居ねーだろうしな

「……ぬぅ」

 

 ならばまあ、今回は許そうと言わんばかりの渋い顔でメルティが頷く。俺は笑って、ヌメラの頬をくすぐった。

 

「さ、ご飯食べろよ。めっちゃ美味いからさ」

「めう」

 

 ぬっちゃぬっちゃと皿の前に行き、大口開けて食べ始めた。美味い飯のおかげですぐにご機嫌になる。

 ふう。なんとか拗れずに済んだ。

 

 席に戻ると、デザートの皿が並べられていた。シャーベットにとりどりのケーキ、フルーツ、チーズなんかが勢揃いし、なんでも好きなだけ食べていいという。

 俺はメロンのシャーベットとエクレアを選んだ。

 

 アデクさんも案外甘いもの好きらしく、シュークリームを4個も皿に乗せている。

 その1つをつまみながら、彼はこともなげに言った。

 

「アシタバよ」

「? はい」

「お前さん、四天王になってみる気はないか?」

 

 

「…………はぇ?」

 

 

 薄緑のシャーベットが、スプーンから零れ落ちた。

 

 

 

 




というわけで91話。
最近更新が夜になってて申し訳ない。まだしばらくはこういうタイミングになりそうです。

アデク氏に勧誘されたアシタバ。
果たしてどう答えるでしょうか。

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