アデクさんが呼び寄せたアバゴーラは、海底洞窟の守り手でもあり、運び手でもあるらしい。
素潜りじゃなくてよかったと心から安堵しつつ、俺は首を傾げた。
「ええと、運んでもらってる間の水圧とか酸素とかは大丈夫なんでしょうか」
「心配いらん。百聞は一見にしかずだ、ひとまず試してみい。頼むぞ、アバゴーラよ」
老亀はごうと鳴いて、口から泡玉を吐き出した。
泡はみるみる膨らんで、俺とアデクさんが入ってもまだ余裕があるほど大きな玉になった。
「この泡に入る。ほれ」
「お、おわ」
背を押され、つんのめるようにして泡に顔を押し付けた。ぐにいいいい、と強い反発の後、急に負荷が軽くなる。気がつけば、俺は泡の内側に立っていた。
すぐ下は海水で、絶えず波が動いているのに泡の中はゆったりと落ち着いている。
遅れて入ってきたアデクさんが説明してくれた。
「ダイビングという技だ。このアバゴーラ一族に代々伝わる秘術だそうでな、使えるポケモンは滅多におらん。昨今は技マシンの開発も目覚ましいから、いずれは誰でも扱えるようになるだろうがの。────よし、潜ってくれ」
アバゴーラがざぶりと潜ると、つられて泡も潜航を始めた。見えない糸で繋がっているように、アバゴーラのすぐ後ろを泡がついて行く。
幻想的な旅だった。暑くもなく寒くもない泡のなかから見る海は、陽光を透かしながら煌めいて、この世のものとも思えぬ美しさを湛えている。
数え切れないくらい沢山のポケモンとすれ違った。ドククラゲ、ネオラント、バスラオにサニーゴ、ジュゴン。下を見ればブルンゲルとプルリルの親子もいる。
口を開けて見惚れていると、腰のボールたちが震えた。見せろと騒いでいる。
好奇心旺盛な
ワシボンに変身しているレヴィを頭にのせると、アデクさんが目を丸くした。
「その鳥は気性が荒くて有名だぞ。そこまで手懐けるとはやるじゃないか」
「はは、あざっす」
ほんとはもっとヤベェ鳥だとはもちろん言わないでおこう。
アバゴーラの泳ぎは悠然として急ぐ素振りもない。おかげで、明るい海が少しずつ暗くなり、棲んでいるポケモンもどんどん様変わりしていく過程をじっくり眺めることができた。
「いつかお前もこの技が使えるようになるってよ」
カブルーに囁きかけると、相棒はにこっとして、額を俺の頭に擦りつけてきた。ごくたまに見せる甘える仕草だ。メンバーが増えてからはめっきりやらなくなってしまったから、俺は嬉しくなってカブルーの腰を抱きながら景色を眺めやった。
しかし、そんな感動的な海中散歩は数分ほどで終わり、すぐに己の指も見えない暗黒に満たされた。
「なんも見えん」
「自然光が届かないからの。アバゴーラが洞窟の中まで連れて行ってくれるからそれまでは待っておれ」
「うす」
と言っても、めちゃくちゃ暇なんだよな、ここ。
もともと泡の中は外界の影響を受けにくいらしく、今が沈んでいるのか上がっているのかも定かでない。海底洞窟というぐらいだから下がってはいるんだろうが…………
「────?」
そのとき、ふとなにか聞こえた気がして周囲を見回した。
俺たち以外の人間がいるのか?
こんなところに?
「アデクさん、今なんか言いました?」
「うん? 何も言わんぞ」
「ですよね……」
もう一度耳を澄ましてみる。
しかし、ウンでもスンでもない。
「……気のせいか……?」
さっきの声は、内容こそ聞こえなかったがヒトの言葉を喋っていたように思う。
しかも、鼓膜を震わせるのじゃなくて、頭の中に直接語りかけるような喋り方だった。
真っ暗闇に幻惑されたんだろうか。
「…………ま、いっか」
カブルーもレヴィも警戒する素振りはないし、やっぱり俺の勘違いだったんだろう。
不意に泡が揺れ、アデクさんが「着いたぞ」と告げた。
次の瞬間、泡がぱちんと弾ける。てっきり海水に塗れるかと思ったが、俺たちは既に洞窟の中に立っていた。
足の裏に石の硬い感触があるのがなによりも嬉しい。
潮の香りの強い空気を胸いっぱいに吸いこむ。
「ウルガモス!」
アデクさんがボールからウルガモスを呼び出すと、仄かな明かりが洞窟を照らした。
「────!」
俺は一瞬にして目を奪われた。
洞窟には、壁という壁に古代語が刻まれていたからだ。
「海底洞窟、もとい海底神殿にようこそ、アシタバ」
「しん、でん……」
頭上のレヴィが、小さく喉を鳴らした。
というわけで95話。
神殿到着。
途中のモザイクが読めたあなたはすごい!
よければ感想高評価おなしゃす!