アデクさんのおかげで心を落ち着かせることができたが、出発までには時間を要した。
というのも、ポケモンたちが中々落ち着かなかったからだ。特に不安げな顔をしていたのが
「だぁいじょぶだってカブルー!
もう終わったことだし、ほら、ピンピンしてるだろ?
なあんも怖いことなんかねえよ」
けれど、何を言ってもカブルーの表情は晴れなかった。
(さすがに誤魔化されちゃくれねーか……。
いちばん付き合い長いしなあ)
俺がいままで内緒にしてたのも、カブルーにとってはショックだったんだろう。
もっと詳しく教えるべきか?
逡巡し────結局、あくまでしらを切ることにした。
責任感の強いこいつのことだ、ディアンシーとの約束(3日以内に戻らねばカブルーを処刑するというアレ)に間に合わせるために無茶をしたと聞けば、いたずらに自分を責める恐れがある。それは俺の本意じゃない。
「ホントになんもねーよ、な?」
ぽんぽん、と背を叩くと、俺が頑として話さないことを察したのだろう、カブルーは物言いたげな顔をしながらもこくりと頷いた。
もう一度みんなの頭を撫でてから立ち上がる。
目の前にそびえる壁画をじっくりと眺め回した。
高さはおよそ3メートルほど、天井から床まで誰も解読できたことのない古代文字が彫られている。
意を決し、再び触れてみた。
ぎくりとするアデクさんに微笑みを送る。また気絶するのじゃないかと危ぶんだのだろう。
ありがたいことに、俺の意識は完璧に正常だった。
触れてるあいだ、朧げなイメージが頭に流れこんでくる。瞼を閉じ、身を委ねていると、いつの間にか文字が意味するところを口ずさんでいた。
「────王の言葉を聴け」
アデクさんがはっと息を飲むのが聞こえた。
俺は淡々と言葉を紡いだ。
素数は真実へと繋がる。
王は勇敢である。
王は決して希望を失わない。
王は愛情に満ちている…………
その後も十数行の詩が続く。俺は全て読み上げた。
不思議な感覚だった。口が勝手に動いていく裏で、曖昧だったイメージがどんどん練りあげられていく。
霧が晴れていくように想像が鮮明になって、いまや俺の脳内には、聡明な王の姿がまざまざと浮かんでいた。
読み終えてから振り向くと、アデクさんは目も口も真ん丸に見開き、俺を凝視していた。
「本当に、読めるのだな……」
「はい。……俺の解読が正しければ、同じような壁画がもう何枚かあるはずです」
文章の中には、この遺跡の進み方を示している箇所があった。詩の内容も半端なところで終わっている。
明らかに続きがあるのだ。
アデクさんが首肯した。
「うむ。実はこの遺跡は4つの階層から成り立っておる。全てのフロアに同じような壁画があるはずだ。
しかし道が複雑でな、踏破するには時間がかかるぞ」
「大丈夫──だと思います」
頭の芯が冴えている。
今の俺なら、どんな難問も敵じゃない。
そんな万能感が全身を満たしていた。
「行きましょ、アデクさん」
「う、うむ」
「いくぞ、みんな」
カブルーは上目遣いで俺を見てから、最後尾を歩いた。
地下2階の壁画は1階のそれよりも小さく、文章も短かった。読み上げた俺が首を傾げるのを見て、アデクさんが問うた。
「どうした?」
「うーん……なんか要求されてるっぽいんですが、意味がわからんくて」
最後の一文を指し示す。
現代語に訳すと、そこには《輝け》という指示語が刻まれていたのだ。
「輝け、か。炎でも噴き上げてみるかの」
アデクさんのウルガモスが炎を放つ。
しかしなにも起こらない。
2人でウンウン唸っていると、すぐそばでチャリンと音がした。
硬貨を落としたような音色におもわず振り返ると、石床の上で1枚の金貨が輝いているのを見つけた。
「…………?」
はて、こんなとこにこんなものあったっけな。こんな綺麗な金貨を見逃すはずはないんだが。戸惑いながら拾おうとすると、コインがひとりでにパタンとひっくり返った。
「ん!?」
コインはそれ自体が生き物であるかのごとく、ぱたぱたぱた、と連続して返りながら壁画の上を移動し、
ぴか! と光を放った。
「ぐわ!」
「むう!」
俺とアデクさんが咄嗟に顔を覆う。
どこかで重い岩を引きずるような音が聞こえてきた。
もう一度目を開けたとき、謎のコインはどこにも見当たらなかった。
「なんだったんすかね、アレ……」
「さてのお。ここに来るのは4度目だが、あんな金貨は見たこともないわ」
「ポケモン、ですよね?」
「恐らくな。もしかするとこの神殿の守護者かもしらん。とすれば数千年は生きとることになる」
「数千年……」
途方もない長さだ。だがポケモンのなかには、千年を生きるとされるキュウコンを始め、長寿のものが多い。守護者というのも、あながち外れた推理ではないだろう。
ぐねぐねと曲る道を進んでいくと、ぽっかりと穴の空いた壁を見つけた。下へと伸びる階段が続いている。
ウルガモスの燐光すら届かないため、まるで奈落に続いているような錯覚を覚えた。
さっき巡ってみた時にはなかった穴だ。
「──そうか。輝けってのは、フラッシュを使えってことだったんだ」
だからコインは光った。
ならば、守護者は俺たちを歓迎し、道案内をしてくれたのだろうか。
俺たちはゆっくり階段を下った。
3階の詩はさらに短く、わずか5行しかなかった。
王は全ての存在と話す。
全ては波から救われた。
王は全ての者の希望である。
愛をもって行動するよう考えろ。
同意するなら力強く振舞え。
「……この"存在"ってのは、ポケモンのことですかね?」
「だの。昔は彼らを呼びならわす名称がなかったと聞く。波から救われたというのは津波のことかのう」
「津波からポケモン救うってやべーですね。
とんでもない王様だな」
「うむ」
アデクさんはなにか言おうとして、しかし口を閉じた。真剣な眼差しがじっと部屋の隅に注がれている。
地下3階ともなるといよいよ暗く、光が行き届かない部分の方が遥かに多い。
アデクさんがいきなり誰何した。
「そこに隠れているもの! 出てくるがいい!」
力強い声がわんわんと反響する。
ややあって、チャリンと音がした。
2階で聞いた、あの金貨の音だ。
チャリ、チャリン、チャリチャリチャリン。
音がいくつも重なっていく。
カブルーが刃を構え、ウルガモスが羽を震わせた。
────チャリン。
最後にひとつ、澄んだ音を響かせて、金貨の音色は唐突に終わった。
そして。
『いつぶりかナ、ここまできた客人ハ』
影から人型の何かが歩みでる。
ウルガモスの炎に照らされたそれを見て、俺たちは言葉を失った。
その肉体は頭の先から爪先まで黄金色に輝いていた。目も口も、あらゆるものが金貨で構成されているのだ。
頭から生える4つの房が、歩くのに合わせてぴょこんぴょこんと揺れている。
人では、ない。有り得ない。
だが確かに、ヒトの言葉を発していた。
『ドーモドーモ! 初めましテ!
我輩はフーゴ! 道化のフーゴ!
昔のニンゲンは我輩のことサーフゴーって呼んでたヨ! でもフーゴって呼んでくれたら嬉しいナ!』
そう言って、サーフゴーのフーゴはその場で逆立ちし、片腕1本で飛び跳ねた。
というわけで98話。
作者がパルデアで最も愛するポケモンを登場させてみました。
海底遺跡に書いてある文字は有志によって解読されているらしく、アットウィキにまとめが載ってたのでまるっと拝借しました。
アシタバくんが「何か」に覚醒し始めているところがお伝えできていればいいのですが。
よければ感想高評価おなしゃす!