サーフゴーは落ち着きのない性格で、逆立ちしたりバク転したりと忙しない。
与えられた肩書きを忠実にこなすタイプのようだ。
隣のアデクさんに目を走らせると、驚愕と好奇心の入り交じった眼差しで奇妙な道化を観察していた。
小声で尋ねてみる。
「バトル……します?」
一応、野生のポケモンとして対処するべきなんだろうか。ちょっと、いやかなりレアなケースだけれど。
アデクさんは首を振った。
「せっかく人語を解するポケモンなんだ、戦う前に話してみようじゃないか。
アルセウスと話す時のいい練習にもなる」
言うやその場にどっかり腰を下ろして、サーフゴーを呼び寄せた。
「おおい道化の! よかったら話を聞かせてくれんか」
サーフゴーは顔中を輝かせて(すでにキンキラに輝いているけども)いそいそと俺たちの前に座った。
短い足を立てた体育座りである。可愛い。
『お呼び下さり感謝感謝! なにから話しまショ!
フーゴ、お話のタネいっぱいあるヨ!』
「なら、まずお前さんについて知りたいのう。
いつから居るんだ?」
するとサーフゴーは指折り数える仕草をした。
動作がいちいち人間くさい。
『ンーとね、エーとね、……わっかんないナー、ずっとここにいるから時間の感覚狂うんだよネー。
フーゴ、最初は別のとこに居たんだヨ。隠れんぼして遊んでたラ、いつの間にかここに居たノ。
フーゴが隠れてた箱、ここの王様に贈る宝箱だったみたイ。王様が見つけてくれて、可愛がってくれたんダー』
「以来、1歩もここから出なんだか」
『出ないヨー。出ちゃいけないノ。フーゴ、ここのパトロールしなきゃだかラ』
「道化のお前が? 他におらんのか」
『居なイ。みんなサヨナラバイバイしちゃっタ。知ってル? ここでサヨナラするとネ、コインになるのヨ。フーゴ、誰かがバイバイするたび、1枚1枚拾って集めたヨ! 誰だって仲間はずれはヤだもんネ!』
サーフゴーがえへんと胸を張る。
俺は肝が冷えるのを感じた。
『サヨナラする』というのは、おそらく寿命を迎えたという意味だろう。この神殿にもかつては大勢の人やポケモンが居たが、流れゆく時の中で全員亡くなった────ということか。
するとサーフゴーはゴーストタイプである可能性が高い。霊の属性を持つものは己の意思で成仏しない限り、いつまでもこの世に留まることができるからだ。
「誰もいない遺跡に独りでおったのか……。
しかしお主、儂が前に来た時は姿を見せなんだの?」
『大抵のヒト、1階で帰っちゃうからネー。フーゴは大体4階に居るから、お客に気づいた時にはもう居ないノ。
おもてなししたいのに残念!』
「それはすまなんだ」
アデクさんは朗らかに笑った。
「いままで壁の文字を解読できる者がおらんでな、進もうにも進めんかったのよ」
────確かに、この神殿は進むのが容易ではない。
1階は似たり寄ったりの道をぐるぐる歩かされる上に、間違ったルートを通るといつの間にか入口に戻されてしまうのだ。
アデクさん他遺跡の研究者は根気強く調査を重ね、どうやら地下4階まであることは分かったものの、そこから先は調べられなかったらしい。
道中何度も、「お主のおかげでざっと20年分の研究成果が得られたぞ!」とアデクさんに褒められた。
今度は俺が質問する。
「お前は道化といったよな? 道化は仕える者を楽しませるのが仕事だ。お前は誰に仕えてたんだ?」
『そりゃもちろん王様に決まってるデショ!
王様大好き! 優しくてかっこよくて強かっタ!
また逢いたいナー』
「王様……」
壁画を一瞥する。
刻まれた詩のなかで、王は王としか記されず、名前も外見の特徴も、どこにも書かれていなかった。
イッシュ建国神話では兄弟王が出てくるが、そのいずれかに仕えていたのだろうか。
「王様の名前は分かるか?」
『分かるヨ。でもネ』
サーフゴーが両手で己の口を塞ぐ。
その姿勢には、何があっても言わないという強い意志が現れていた。
『教えないヨ。フーゴのトップシークレットだもんネ。
ご主人様の名前、みだりに呼んじゃダメじゃなイ?』
「……そっか。そうだな。じゃ、質問を変えよう。俺たちこの先に進みたいんだけど、案内してくれるか?」
『イーヨー! 案内大好キ! いつぶりかなーフーゴのガイドツアー! 胸が躍るネ!』
万歳しながら飛び跳ねる。体が金貨でできているからだろうか、チャリンチャリンと小気味いい音がした。
海底神殿の最深部は、とても寂しいところだった。
1階のような迷路もなく、2階3階のようなギミックもない。恐ろしいほど広い部屋の真ん中に、ぽつんと小さな石碑があるだけだった。
手をかざし、詩を読み上げる。
ところが、俺はここにきて初めて、読めない文字にぶち当たった。
王はたった一人で■■■■を倒した。
■■■■はすぐに王の仲間になった。
王は■■■■を■■■■と呼んだ。
王は希望であり未来そのものだ。
偉大なる王「■■■■■」。
何度見つめても名前にあたる箇所が判読できない。
頭に流れるイメージも曖昧だ。
思わず舌打ちする。
「……くそっ。肝心なところがなにも分からねえ」
「ふむ」
アデクさんは顎を撫でたあと、サーフゴーに声をかけた。
「のう道化の。これはお前さんが仕えた王の話か?」
『Yes! ばっちりそのとーリ!』
サーフゴーがぴょいんとジャンプする。
「王は何を倒し、仲間にしたのかの?」
『龍だヨ! とっても大きくて強くて力持チ!』
「ドラゴン……」
俺とアデクさんは目を見交わした。
建国神話にも龍が登場する。兄弟王が仲を違え戦争になりかけたとき、悲哀に溺れて死んでしまったが、兄弟が仲直りすると復活し、二龍に別れてイッシュを見守ったと記されている。
だが、どうにも解せない。
1階から4階まで読み上げてきた王は、どうも1人の人物を指しているように見える。兄弟王のことを著しているようには思えないのだ。
「ひょっとして……イッシュ建国より前の話なのか……?」
だとすれば、なにも解明されていない建国以前の歴史、その一端に触れていることになる。
ちっぽけな石碑が急に巨大なものに感じられて、無意識のうちに後ずさった。
「なんと……! てっきり建国神話時代に建てられたものと思うとったが、それよりも過去の遺跡とは!
その王はよほど慕われ、敬われておったのだのう」
サーフゴーが嬉しそうに頷く。
『ダヨダヨ! 王様、みーんなと話してくれタ! フーゴともいっぱいお喋りしてくれタ! だから沢山ベンキョーしテ、ヒトの言葉覚えたヨ!』
しかし、いきなりしゅんと俯いてしまう。
『でも王様もう居なイ……。みんないなくなっちゃっタ。
フーゴ、寂しイ。フーゴ、悲しイ』
しくしくと金貨が零れ落ちる。
涙まで金貨で出来ているのか。
俺はそれらを拾いながら、咄嗟にこう言った。
「なら、俺たちと来るか?」
『エ……』
サーフゴーが見上げてくる。
金貨を手渡してやりながら微笑んだ。
「もう誰も居ないなら、パトロールの必要も無いだろ? ここは海の底だし、アバゴーラが認めた人でなければ辿り着けない。もう、自由に生きていいんじゃないか」
『自由……』
サーフゴーが喜色を浮かべる。
『いーのかナ、お外に出てモ!』
「儂もいいと思うぞ。お前さんは充分働いた。天国で暮らす王様もきっと許してくださるだろう」
『わあいわあい! 連れてっテ!
フーゴをお外に連れてっテ!』
「よっし!」
リュックの中を掻き回し、ボールを探す。
まさかこんな面白ポケモンがいるとは思わなかったから、似合うデザインがあるかどうか…………
「──コレかな」
眠れない夜に半ばヤケクソでデコレーションしまくったボールを取り出す。
黒地に金銀その他さまざまなカラースプレーを吹きかけ、ついでにシールも貼りまくったド派手なそれを、サーフゴーはひと目で気に入った。
『それがイイそれがイイ! フーゴ派手なの大好キ!』
「おっけ。入れてやるから動くなよ」
コツン、と額に当てると、サーフゴーがしゅるんと仕舞われ、揺れることなく捕獲完了音が鳴った。
「見たこともないボールだの」
「へへ、いちおう手作りなんすよ」
「なんと!」
「これはなんて名前にしようかな……派手で豪華……シャイニーボール、かな?」
シャイニーボールに囁きかける。
「よろしくな、フーゴ」
掌の上で、ボールがぴょいんと跳ねた。
神殿の入口で待っていてくれたアバゴーラに再びダイビングしてもらい、海上の船に着いた途端、備え付けの電話がけたたましいベルを鳴らした。
「ほいほい、誰じゃ?」
『あーっやーっと繋がった! もうアデクさん! あたし100回は掛けたんだからね!?』
大音量の高声が隣に立っている俺にも聞こえてくる。
電話をかけてきたのはシキミだった。
「すまんすまん。ちとアシタバと海に潜っておっての。
どうした?」
『どうしたじゃないですよー! ギーマさんたちがロケット団のアジト見つけたの! これから殴り込みに行くって! アデクさんも来るでしょ?』
「なんと! とうとう見つけたか! 無論行くとも!
して場所は?」
『ホドモエシティの倉庫街! レンブさんが待ちきれないみたいだから早くね!』
「わかった!」
嵐のような通話を終え、受話器を置く。
アデクさんの双眸がギラっと光った。
「とうとう奴らの尻尾を掴んだぞアシタバ! すまんが神退治は後だ、ちっとこっちに付き合ってくれい!」
「望むところっすよ!」
俺にとっても、ロケット団は因縁浅からぬ敵だ。
潰しておけるならそれに越したことはない。
アデクさんはエンジンを吹かし、高波蹴立ててサザナミ湾を駆け抜けた。
というわけで99話。
よく喋るサーフゴーが仲間になりました。
ところどころカタカナなのは人間の言葉がポケモンにとって発音しにくいからですね。
第一部終了まで残り1話、どうぞお付き合いください。
よければ感想高評価おなしゃす!