結衣と先生と三人で話し合ってからしばらく時間が経った。
就寝時間が近づいてきて、男子の大部屋には殆どの人が戻ってきた。
石川に話をつけたいところだが、その前に話さなきゃいけない男が一人いる。
仙台だ。
あいつが余計なことを結衣に言った。
世の中には知らない方がいいことが沢山ある。
特に結衣の場合は。
クラスの隅っこで猥談している男子どものネタになってることとか、AIの画像生成でR18の画像がネットにはびこっていることとか。
問題とか悩みっていうのは気づかなかったら、それらにならない。気づかないことは時として大事なんだ。
仙台は親切心で教えたんだと思うけど、それはいらない気遣いだ。
「仙台いる?」
声をあげると視線が一斉にこっちに向く。
「仙台?」
「誰それ?」
「そんなやつうちのクラスにいたっけ?」
まさかの他クラス?
いや、バスで起きた話だ他クラスの男が知ってるはずがない。
なら、女子か?
いや、結衣はくんをつけてた。男で間違いない。
「ぼ、ぼぼ、僕だけど……」
数秒してから手を上げながら立ち上がったのは、オカッパヘアで丸メガネが特徴的な男子だった。
身長は俺より低い。
百六十弱くらいか。
猫背で弱々しく、世にいわれるチー牛をモデルにしたような容姿。
肌も全体的に汚い。
清潔感のなさまで瓜二つだ。
唯一違うのは顔が少し横に広いことくらいか?
「少し話があるんだけど、イイ?」
「べ、べべ別に構わないけど」
落ち着け。
別に取って食ったりしないから。
「部屋の外がいいんだけど、いいか?」
無言で頷く。
仙台を連れて部屋の外に出る。
扉をしっかり閉じたのを確認してから、俺は声を抑えて話し始める。
「お前、船戸にバスのこと話した?」
「な、な、なんのこと?」
嘘つくの下手くそか。
目が泳ぎ、ズボンを握り締めているう。
「船戸がお前から聞いたって言ったんだけど? 知らない?」
もう一度チャンスを与える。
こいつが教えたのは間違いない。別に怒るつもりはない。
軽く注意するだけだ。
「ぼ、僕は、し、知らない!」
「そう。じゃあ、多分人違いだ」
言い切る仙台。
これ以上は水掛け論になるから無意味だ。
「じゃあ、もしこれから似たようなことがあっても言わないでくれよ。今回は誰かが親切心で教えたらしいけど、知らない方が幸せなことだってある。変に悩みのタネを増やす必要はないからな」
「ぼ、僕じゃないから!」
謎に必死に否定する仙台。
意味のわからない行動が気味悪く、俺は話を無理やりきる。
「ああ、わかってるって。だからお前は同じことやるなって言ってるんだよ」
「そ、そもそも、君はなんの権利でそんなことを言ってるんだ。船戸さんに聞いてみないと、そんなのわかんないだろ!」
部屋に戻ろうと戸に手をかけたら、語気を強くして言われた。
「はいはい、そうだな」
「おい、に、にに逃げんのか」
意味のわからない挑発。
相手するのも面倒なので俺は部屋に戻った。
なんだ、あいつ。
気持ち悪いな。
気持ちを切り替える。
あんなやつを気にしている暇はない。
部屋の中では石川が一人でスマホをいじっている。
男子もおそらく全員戻ってきているだろう。
「なんかあったのか?」
ひいた布団に寝転がっている幸太郎が見上げてくる。
「ああ、ちょっと」
俺は石川の方へ視線を向ける。
穏便に行くか、実力行使をするか……。
データをネットにアップされて内部のデータを消されたらどうしようもない。
そのすきを与えるのは愚策だ。
俺は幸太郎と一部の体育会系男子を呼び、事情を話す。
石川が結衣の写真を隠し撮りしたこと。
先生がスマホをチェックしたが、見つからなかったこと。
先生のチェックを写真を削除して逃れたこと。
削除フォルダから写真が再入手できること。
「……なるほど。まかせろ」
思ったよりもあっさりと承諾したことに驚きつつも、俺たちはすぐに行動に移した。
就寝時間が迫ってきていて、残り時間は少ない。
石川は俺たちの話し合いに気づくことなく、スマホを見ている。
視線は動かにままだ。
よし、いけるっ!
前触れもなく俺は石川の携帯を手で弾き飛ばす。
「なッ!! おまーーグェ!! おもっ!!」
直後に男子数人が石川の上に乗りかかる。
「船戸さんの写真俺らにも見せろよ!!」
と、笑いながらじゃれ合いというていで石川の上に乗って、時間を稼いでいる間に俺は石川のスマホを取り、写真フォルダを見る。
「ーーっ! ないっ!?」
しかしフォルダは空だった。
写真が一枚もない。
削除フォルダを調べてみても真白だ。
結衣の写真が見つからないパータンは予想していたが、写真が一枚もないのは完全に予想していなかった。
俺はアプリを閉じては開いて何度も行うが写真が現れることはない。
他の写真保存アプリの存在を危惧して、探してみるがデフォルトのアプリしかなかった。
石川の方へ視線を向けると、そろそろノリで上に乗っているが難しくなってきている。
じゃれ合いの空気が途切れそうだ。
クソッ! どういうことだ!?
わかんねぇ!
結衣がこの場にいたら、別の可能性を見出していたのかもしれない。
あいつは天才だから。
俺は凡人だ。
凡人の俺には現状が全く理解できなかった。
石川のスマホ。
空の写真フォルダ。
真白な削除フォルダ。
「いい加減どけって!」
くそ、もう無理だ。
俺は石川のスマホを手放す。
それを見て、石川の上に乗っていた男子たちも離れる。
「たく! 結衣の写真なんか撮ってねぇから! ほら、はやくスマホ返せよ」
その言葉に幸太郎が石川のスマホを手に取り、投げる。
ストレートに聞くべきか?
いや、たった今石川は隠し撮りを否定した。
ここで聞いても答えは変わらない。
ダメだ、打つ手がない。
どうやって写真を隠したんだ?
いや、既にクラウドに保存してあるのか?
なんで写真フォルダには何もなかったんだ。
考えても埒があかない。
クソ。
結衣になんて言うべきだ?
削除したって嘘をつくか? 実際に画像はなかった。削除したと言えば一安心だ。
だけどあとで偶然写真が見つかった時はーー。
結衣に失望される。
写真を消せなかったことについてじゃない。
嘘を言ったことについてだ。
それイヤだ。
ここは素直に謝ろう。
「クソが」
「写真、なんでなかったんだろうな」
「わからない」
幸太郎の問に諦めの声が出る。
「船戸さんにはなんて言うんだ?」
「事実を伝えて素直に謝るよ」
俺はポケットから携帯を取り出し、メッセージ画面を開いた。
これはメッセージで済ませていいものか……。
業務連絡はメッセージを好む結衣だが、大事な話は通話を好む。
特に謝罪など。
メッセージ上で結衣がキレイな言葉で謝ったログはない。謝るときはいつも対面か通話だからだ。
なら、俺もそうすべきだろう。
俺は結衣に電話をかけた。
「どうしたの?」
突然の電話に驚いたのか、電話越しの声は少し上ずっている。
「ごめん、写真見つけられなかった」
「…………」
少しの間、無言だった。
結衣は今、どんな表情をしているだろうか。
失望か、落胆か、諦めか。はたまた怒りか。
わからない。
俺は結衣に沢山のものを貰った。
だけど、俺はーー彼女に全然返せてない。
貰ってばっかだ。
今回のことで少しは恩返しできると思ったのに。
俺は……ダメなやつだ。
「石川くんのスマホは確認したの?」
優しい声色だった。
それが返って辛い。
涙が溢れそうになるのを必死に堪える。
「確認した。だけど、なんもなかった。結衣の写真だけじゃなくて他の写真も。削除フォルダも調べたけど空だった」
「そっか……。それじゃあ、しょうがないね」
「ごめん」
「いいよ。ないものを見つけることも削除するこもできないからね。ありがと。もう就寝時間だから切るね」
「ああ」
「おやすみ」
「おやすみ」
最初から最後まで優しい声色だった。
その優しさが嬉しくもあり、悲しくもあった。
結衣は最初から、俺に期待していなかったのではないか。
そんな疑問が頭をグルグル回り、眠りにつくまで時間がかかった。
===
ヒロくんの話を聞く限り、石川くんのスマホには写真が一枚もなかったと言う。
削除フォルダにも何もなかったと。
私の写真だけ見つからないならまだしも、なんで他の写真までなかったんだろう。
わざわざ全て消したの?
なんで?
いや、確か泉先生は聞いた時、写真は見つからなかったって言った。
普通、写真が一枚もなかったらなかったと言わない?
それにそんな異常な写真フォルダだったらあの時に言わないのがおかしい。
あっ………
「他人のスマホを持ってたか、同じスマホを荷台持ってたか」
私は布団のなかで仮説をたてる。
ゴミだな、石川。
そんなに私の寝顔写真を死守したいのか。
まあ、ヒロくんのホロ泣きボイスも来てたことだし、もういいや。
帰ったあとに甘やかそう。
===
翌日、朝ごはんを食べ私達は爬虫類博物館により、帰路についた。
爬虫類博物館は普通だった。
色々な生き物がいて、温度や環境管理が大変そうだな〜としか思わなかった。
そのあと私は帰りのバス再び酔い、仙台くんに酔い止めを貰った。
十分ほどして副作用の眠気に襲われ、瞼を閉じた。
再び目を覚ました時、バスはまだ揺れていた。
バス内は非常に静かで、誰かの寝息が聞こえていた。
後ろを確認するとヒロくんもマッシーも仲良く頭を預けて寝ている。
起こすのも忍びないので私は、前の席へ移動し、先生の隣に座る。
「船戸さん、起きたのね。運転中は危ないから動いちゃダメよ」
「二度寝できそうになかったので、エヘヘ。すみません」
笑って誤魔化し、私は深く座る。
「あとどのくらいですか?」
「二十分くらいかしら」
そうか、まだそんな掛かるのか。
暇だな。
「船戸さんは来週からまたお仕事でしょ?」
「はい。撮影とかレッスンとか、色々詰まってます」
また唐突な質問だな。
ただ、まあ、有名人なってから唐突な質問には慣れてる。
「仕事は楽しい?」
「楽しいですよ。いろんな人と知り合いえて、いろんな話ができるので。先生はどうです? 教師は楽しいですか?」
「楽しいわ」
迷うことなく言い切ったことに私は少し驚く。
「へぇ〜。世間ではブラックとか言われてますけど、その変については?」
「うちは私立だから、そのへんは個人の技量とか授業の工夫でどうにかるから、そこまでね。あ〜ただ部活とテストの丸付けはとても面倒くさいわ。模試みたいにマーク式にして、機械に丸付けしてほしい」
「それはまた、切実な願いですね」
確かに生徒は数百人。学年をまたいで教えている人もいる。とんでもない数だ。
それを一枚一枚、丸付けするなんて苦痛でしかない。
「そうだ、船戸さん」
「なんですか?」
何かを思い出したらしく、泉先生は両手を合わせる。
「サイン貰えない?」
耳元で囁かれた。
なので私も囁き返す。
「いいですよ」
泉先生は満面の笑みを見せる。
そんなに嬉しいものかね?
あっ、転売したら月に変わってお仕置きよ!
===
side 仙台
地獄のような二日間が終わってようやく僕は家に帰って羽を休めることができる。
石川も島田、斎藤もクラスの連中はたかが林間学校ではしゃいでバカばっかだ。
だけど、船戸さんは違う。
彼女は凄くカワイイ。
バカなみんなと違って僕をバカにしない。
僕は本当は凄いんだ。だけどたかが高校生活で本気になる理由なんてない。
船戸さんだけが僕の凄さを理解している。
当たり前だ。船戸さんは僕の彼女なんだから。
夜、告白したら受け入れてくれた。
僕の凄さを理解しているから船戸さんは僕を受け入れてくれたんだ。
むしろ、あれは船戸さんから告白してきたのと変わらない。
僕は船戸結衣に告白されたんだ。
あの船戸結衣に。
僕は凄い男なんだ。
それに船戸さんが笑顔を向けるの僕だけ。
僕だけを見ている。
石川が船戸さんの寝顔を隠し撮りした時は殴ろうかと思ったけど、そのおかげで僕も彼女の寝顔写真を手に入れることができた。
彼氏が彼女写真を持つの普通だ。
スマホのホーム画を船戸さんの写真に変える。
石川くんが急にスマホ交換しようぜとか言うから何をするのかと思って、眺めてたら急にみんなで石川をイジメ始めた。
僕はそれを静観していた。イジメなんて幼稚なことはしないし、だからって石川を助ける義理もない。
石川のスマホを使っている間に僕は自分のアカウントでツイッターにログインし、船戸さんの寝顔写真を投稿した。そのあとすぐログアウトして、戻ってきた自分の携帯でツイッターを開き画像をスクショした。
自分の頭の良さが恐ろしい。
「これでいつも僕をバカにしている奴にギャフンと言わせてやる!」
僕はニコニコ生放送で顔出し配信をしている。
そこでいつもバカにされている。
どれだけ僕が凄いか説明してもあいつらはバカだから理解できない。
だけどどんなバカでも船戸さんみたいなカワイイ子が彼女だって言えば僕の凄さが理解できるだろう。
僕はPC に電源を入れ、今日も生放送を開始する。
そうだな、タイトルは『僕の彼女は最高にカワイイ』だ。