恋するギフテッド   作:萌花千

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一話

 中学二年生の秋。

 チャンネル登録者数が六十万人を突破した。

 親の名義を使っているためお金もとんでもなく入ってきている。

 そのうえ殆ど使わないから湯水のようだ。

 最近は通帳を見てはニヤケている。 

 

 

 にしても一年でとんでもなくチャンネルが伸びた。

 理由は明白。

 

 「コンビニ払いで五十万払う女子中学生」という動画が伸びに伸びたからだ。

 私の動画の中でも一番再生されている。

 

 身バレを防ぐため店員の声も背景もモザイクを入れているが、店員の驚きのあまり固まっている画はしっかり取れている。

 店員には申し訳ないことをしたと思う。

 反省してます。はい。

 

 因みにクレカはあのあとしっかり作った。

 チャージ式の簡易電子版クレカがあるのをリスナーに教えてもらった。

 ありがたや。

 

 直近に出したカバー曲の動画も二百万再生された私のyoutubeライフは順調だ。

 

 

 しかし。

 

 

「好きです! 付き合ってください!」

 

 誰やねんお前。

 

「ごめんなさい!」

 

 スクールライフは微妙だ。

 最近やたらと男子に告白される。

 しかも初対面の。

 わけがわからない。

 

 私は過去数年を全てyoutubeに費やしてきたせいで、彼氏どころか友達すらまともにいない。

 あ、なんか言ってて悲しくなってきた。

 

 まぁ、そんなことよりとにかく告白が面倒なのだ。

 する方もする方で大変なのだろうけど、された方もそれはそれで精神的に疲れるのだ。

 わかってほしいノダ!

 

 

 その日の夜、ラインの通知音がなった。

 独特な通知音はそれがヒロくんだということを教えてくれた。

 

 私がすぐさま携帯を手に取る。

 

 何年ぶりのメッセージだろうか。

 中学一年の時に業務的に交換していらい一度も話していない。

 ベットにダイブし、ワクワクしながらトーク画面を開く。

 

 

『好きです! 付き合ってください!』

 

 すぐさま画面を消し、私はパソコンの前に戻った。

 

 

 ふざけんな、ボケ!

 

 

 

 その後、数日たっても私は返信する気になれなかった。

 むしろヒロくんから謝罪が届くのを待っていた。しかし謝罪文が送られてくる気配は一向にない。

 自分から私を遠ざけといて、久しぶりにメッセージ送ってきたと思ってきたら、まさかの告白。頭のネジ足りてないだろ。

 

 しかしなんでヒロくんは告白なんてしてきたんだ。

 本当に私のことが好きなのか?

 わからん。

 

 もし罰ゲームとかではなく本当にヒロくんが私を好いていても、私は応えられない。

 なぜって?

 ラインで告白してくる男子は論外だから!!

 

 小学校高学年から今まで計二桁以上の人から告白された私からすると、対面告白は「頑張ったんだね。でもごめんね」って思えるけどオンライン告白は「チキンやろうが!」だ。

 翌日に何事もなかったように話しかけられてた時には殺意すら湧いたね。

 

 

 そんな時、ふとクラスで噂話を聞いた。

 

 曰く、男子の一部が博打のように女子に告白しまくっている。

 

 

「まさか……」

 

 ヒロくんがそんなモテない男子のローラー作戦をしているわけがない。

 

 気になったので情報収集をすることにした。

 ヒロくんに直接聞くのは、なんか許した感じになりそうで嫌だった。

 

 

 クラスの口が緩い子に聞いたらペラペラ喋ってくれた。

 なんとその子はモテないboys全員に告白されていたらしく、メンバーも全員把握していた。

 そして残念なことにヒロくんも在籍していた。

 

 ヒロくん、どうしてだ……。

 

 

「彼女ほしい〜!」

 

 気付けば私の足は三組の扉の前に進んでいた。

 ヒロくんがいるクラスだ。

 

 ヒロくんはすぐに見つかった。

 男三人で机を囲み、残念な発言をしていた。

 

 しかし知ら間に身長が高くなっただろうか。

 小学校の時は私より低かったのに。

 

 ふと、ヒロくんと目があった。

 どうしようかと少し悩んで、私は手招きした。

 ヒロくんが自分を指差し「俺?」と聞いているのでコクコクとうなずく。

 

 「ヒュー、ヒュー」と取り巻きの二人が冷やかし、ヒロくんは照れながらこちらに来た。

 しかし見ていたのは取り巻きの二人だけじゃない。そんなに他のクラスの人が呼びに来るのが珍しいのか、殆どの人が私を見ていた。

 

「な、なに?」

 

 教室の扉に手をつき、冷静を装いながら出す上ずった声。そして何よりそのニヤけた面にムカついた私は彼の首根っこを掴み昔のように廊下に引き釣りだした。

 

「イタ! ちょ! 首締まる! てか、力強よ!」

 

 乙女になんて発言を!

 

 視線が集まるが知ったことか。

 私はそのまま空き教室の扉を雑に開けた。

 一組のカップルがイチャコラしていたが、問答無用で追い出す。

 イチャイチャを邪魔されたことがよっぽど癪に障ったのか、男の方が私を睨んでいた。

 

「ねぇ、こないだのあのラインなに?」

 

 教室に誰もいなくなったのを確認し、扉を丁寧に閉じてからヒロくんを睨む。

 

「えっ?」

 

 一瞬、抜けた声を出したあと、ヒロくんは私がいったことを理解し、気まずそうに目をそらした。

 そして口も閉ざした。

 男は都合悪くなるとすぐ黙るよな。

 

「なんで告白してきたの? ん?」

「…………す、好きだから」

 

 ネクタイをグイッと掴み無駄に高い所にある顔を引っ張り寄せると目をそらされた。

 一発殴った。

 

「イタッ!」

「じゃあなんで私を避けたの?」

「避けた?」

「小学生の頃。私のこと避けたじゃん」

 

 今も根に持っているぞ。

 急に「話しかけてくんな」「お前とはもう遊ばない」とか言いやがって。

 

 

「そ、それは周りひ冷やかされて。恥ずかしくて」

「じゃあ、また冷やかされたら避けるの?」

「いや、でもしょうがないじゃん」

 

 は??

 

 私は殴った。

 

 ここに来て言い訳ですか?

 はー。

 そうですか。

 サイテー。

 

「冷やかされて、恥ずかしいのはわかるけどさ。それはないよ」 

「いや、でも! だってそん時は小学生でなんか、女子と遊んでるのダサいっていうのがあったし。それは今は、女子と一緒にいるのは格好いいみたいな? そういうのがあるし」

 

 ヒロくんは早口で話す。

 きっと私を説得するため、自分を正当化するために言葉を沢山並べるんだろう。

 

「うん、それで?」

「それにそろそろクリスマスじゃん。それに俺ももう中二じゃん。そろそろ彼女ほしいな〜って、思うじゃん」

 

 そうか。思うのか。

 知らんがな。

 

「で、俺あんま仲いい子しないしさ、お前ならって」

「…………私、小学校の頃ヒロくんのこと好きだったよ。私が何かすると凄い驚いて、褒めてくれて。友達と約束してても私を優先してくれたし。なのになんでこんなゴミになちゃったの? なんでそんな非モテ陰キャみたいなこと言ってるの??」

「え?」

 

 自分勝手の論理と行動に腹を立てるが、ヒロくんはまるで理解しない。

 

 その間抜け面をはたきたくなったが、私は自分を落ち着かせなんとか耐える。

 そしてなるべくゆっくりヒロくんにわかりやすように伝える。

 

「え? じゃないよ。え、じゃ。だって今の話だと顔見知りの女の子が私しかいないから、私に告白したってことじゃん。しかもそれも嘘だよね。しってるよ。教室にいたあの二人と色々な女の子に告白してるんでしょ」

「そ、そんなことは……」

 

 ヒロくんの顔がみるみるうちに引きつる。

 反省してない顔だ。

 どうせ、私に悪事がバレてまずいと思ってるんだろう。

 

 

「じゃあ、ラインのスクショ見せようか? 今からヒロくんが告白した女の子の名前あげようか?」

「……」

 

 わざとらしく携帯を手に取るとヒロくんの視線がついてくる。そして次にはバツが悪そうに下を向く。

 

「なんですぐ黙るの? ねぇ? そんなつまらない嘘ついて、つまらないプライド守ろうとしなくていいからさ」

「ーー」

「えっ!? なに!?」

「うっせって言ってるんだよ!!」

 

 煽るように聞き返すと怒号が帰ってきた。

 

 予想をしていない返しに思考が停止する。

 

「え……」

 

 手に持っていた携帯がパァァンとはたき落とされ、床を滑る。

 

「お前になにがわかるんだよ!! なんでもかんでもできるお前が横にいたせいで俺が親とか友達とかになんて言われてたか知ってるか!?」

 

 胸ぐらを捕まれそのまま廊下側の壁に叩きつけられた。

 窓が振動し、音をたて耳元で破壊音のように響く。

 

 私は自分の体がいとも簡単に後ろに動かされたこと事実に足の力が入らなくなった。

 しかし膝はつかない。ヒロくんが物凄い力で引っ張っているからだ。

 

 私が知る限り、ヒロくんは怒ったことがない。幼稚園の時に喧嘩したという記憶はあるが、その時はお互いの力は拮抗していて、こんな圧倒的な差はなかった。

 

「金魚の糞だよ! 自分ひとりじゃ何もできない、ビビリ野郎だよ! 親は口を開けば、結衣ちゃんはできるのに。そればっか! 俺は結衣じゃねぇし、結衣みたいな天才じゃないんだよ!!」

 

 あの優しかったヒロくんが、いつも味方をしていたヒロくんが私を睨んでいる。

 その目は怒り、恥辱、悲惨様々な感情がこもっていた。

 その感情は間違いなく私に向けられているもので、決して友達や親に向けられているものじゃない。

 

 

 私は、ヒロくんが私のもとから離れた時、その原因は私ではなく周囲にあるのだと思っていた。

 周囲にからかわれることは実際にあったし、それで男女間の距離が離れることは私とヒロくんだけの現象ではなく色々なところで起きていたからだ。

 しかし。

 この瞬間、私は悟った。

 ヒロくんが私のもとからいなくなった理由は私なんだと。

 

 昔、友達に言われたことがある。

 「結衣にとっては普通なことでも、私にとっては難しいの。だからね、全部自慢に聞こえて自分がとても惨めに思えるんだ。ごめんね」

 その子はとても気が合う子だった。

 周囲からは私と同類に扱われ、頭がいいと称されている子だった。

 みんな理解できないことでも理解できる私の数少ない本当の友達だった。

 

 ヒロくんは彼女と同じ思いをずっと抱いていたんだ。

 

 

 私はどうして気づいてあげられなかったんだろうか。

 私はなんて馬鹿なんだろう。

 

 ヒロくんは私と一緒にいて不幸だったんだ。

 

 

「ごめん」

 

 視界が涙で歪むが、そんなの関係なしに私は教室から飛び出した。

 廊下には沢山の人がいて、そいつらをみんな押しのけて私は教室に戻りバッグを取り、そのまま学校から出た。

 

 

 

 気づけば私は制服のまま自室のベットで寝転がっていた。

 涙で前が殆どみえないのにどうやって帰ったのか。

 記憶がない。

 

 帰り道を走っていた断片的なものは残っているがどれもおぼろげで現実味がない。夢でもみていたかのようだ。

 

 

 この涙はきっと自己嫌悪の涙だ。

 ヒロくんに嫌われた悲しみより、ヒロくんに嫌われることをしていたのにそれに気づかなかった自分への嫌悪。

 

 なにが天才だ。

 なにがギフテッドだ。

 

 そんなものより私は空気が読める力がほしかった。

 みんな持っている当たり前の力が。

 そしたらきっとヒロくんを苦しめることはなかった。

 ヒロくんに嫌われることもなかった。

 

 もうイヤだ。

 どこかへ消えてしまいたい。

 

 

 枕はグシャグシャだ。

 

 

 

 翌日になっても私は学校に行く気にはなれなかった。

 仮病を使い学校を休み、一日中布団の中で過ごした。

 気晴らしに生放送でもしいようかと思ったが、PCの電源ボタンに手が届くことはなかった。 

 

 そんな意識がはっきりしない時を過ごしていたら、日が過ぎていた。

 私は再度学校に連絡を入れた。

 電話を受けた先生は同じ人だったけどその声色に変化はなかった。

 優等生だからか、それとも私の声が辛そうなのか、そもそも生徒に興味がないのか。わからない。

 けど好都合だ。

 

「……」

 

 久しぶりにしっかり寝たせいか、今日は全然眠気がこない。

 一日寝てメンタルも少し回復したのもある。なによりお腹がすいたからだろう。

 空腹には人は逆らえないのだ。

 

 冷蔵庫を開け締めして中に何があるか確かめるがレンチンして食べれそうなものはない。

 

「コンビニでもいこうかな」

 

 料理を作れるほどの気力はまだ戻ってきてない。

 だからといって食べないという選択肢はない。

 

 私は制服から芋ジャージへ着替える。

 玄関にある姿見で自分を見るが、なんとも酷い姿だ。

 

 ボサボサの髪とジャージによって寝起きのOLそのものだ。

 肌も少し荒れてる。

 

「はぁ」

 

 そんな自分の醜い姿に落胆しながら私は玄関の扉を開けた。

 コンビニは運のいいことに徒歩一分圏内にある。

 平日の昼間といういつもと違う風景を遠目で見ながら店へて入る。

 そこで唐揚げ弁当とおにぎりを二つ手にし、レジを済ませ、そのまま家に帰った。

 

 弁当をレンジで温めていただく。

 とても美味しい。

 コンビニ弁当ははやりりクオリティが高い。

 そのままおにぎりも頬張る。

 

 体を絞ってる身としては高カロリーの食事は毒だが、仕方ない。

 太ったら未来の自分がなんとかしてもらう。

 今の私は無罪だ。

 

「ごちそうさま」

 

 お腹がいっぱいになったらちょっと元気が戻った。

 食事は偉大だ。

 

 私は二日ぶりPCを起動する。

 たった二日なのに長いあいだつけていなかった気分だ。

 

 私はなぜかわからないけど、そのままyoutubeを起動し生放送を開始した。

 もちろん顔は隠す。祭りで買ったひょっとこのお面で。

 

 思ったより人が来た。

 平日の昼間だからいつもよりは少ないがそれでも感覚的には多い。

 

 コメント欄が流れる。

 その大体は「学校は?」という質問だった。 

 それはそうだ。私は女子中学生を売りしているのだから。

 

「学校は今日は面倒だから休んだ」

 

 私とって学校なんて暇つぶしにしかならないところだ。

 教師の質は悪いし、授業はつまらないし、同級生は猿ばっかだし。

 そもそも中学校の勉強なんて小学校二年生の時にすでに修学し終わっている。

 私が中学校に通う理由はないのだ。

 これならまだ東大の受験勉強をした方がましだ。

 もっとも一年くらいの暇つぶしにしかならないだろうけど。

 

 そんな思考の海を漂っていたら、気づけばコメ欄が荒れていた。

 

 どうやら「面倒だから休んだ」と言ったのがよくなかったらしい。

 気づけばおっ説教コメントが滝のように流れ、そのなかにポツポツと養護コメントがある。

 

「ふ〜ん、ニートが一端に義務教育語ってやがるわ。多分、この中には普通に今日が休日の人もいるんだと思うよ。だけど、多分、こういうくだらないことを言うのは社会経験がないニートなんだよね」

 

 社会に出たら中卒や高卒なんていくらでもいる。

 学歴は社会に入るのに必要なだけで入ったあとはいらない。

 社会に入ったあとも学歴マウントを取る人間はだいたい無能だ。

 

「ちょっと、面白いから話をしようか。議題は、私に中学校生活が必要かどうか。ディスコード開くから入ってきなよ。もちろん、画面は映さない。君たちは君たちの素性を明かさず、私と会話ができる。さぁ、どうぞ」

 

 そこから数時間に渡る議論が開催された。

 といっても数千人見ていて、ディスコードに入ってきたのは十人もいなかった。そして私のリスナーもいなかった。

 

 

 

 

「で、他に反論は?」

 

 議論にすらならなかった。

 ディスコードに入ってきた人間は全員サンドバックと化し、捨て台詞すらはかずに退室していく。

 なんともつまらない。

 負け犬の遠吠えというのを聞けるチャンスだと思ったけど。

 

 

 基本的に向こうの言い分は「勉強と友達。社会生活」というもの。

 そこから私がじゃあ、どうしてそういうものが必要なのかということを説く。

 大体は金や楽しい生活を送るためだ。

 

 しかし私は既に金を稼いでいる。

 そしてこの生活は楽しいし、友達に頼らない娯楽は世界に溢れている。

 

 だいたいこれを言うと、みんな黙った。

 中には「友達と遊ぶ楽しさを知らないなんてもったいない」という人がいたが「それはアニメや漫画などを知らないなんてもったいないという論調と同じでこの場においてはなんの意味ももたない言葉ですよ」と諭してやった。

 本人は納得していない様子だったが、視聴者は納得していた。

  

「それにさっきも言ったけど、私みたいな天才は学校には逆にいずらいのよ。わかる? だって、周りがみんな馬鹿に見えるんだよ? みんなその歳で小学生と一緒に授業受けられる? 受けられたとして、小学生からみんなはどう見えるよ? 不気味、だよ。不気味。お互いにとって不幸な結果しか産まないのよ。むしろ、今まで学校に通っていた私を褒めてよ」

 

 私個人の体験を話したところで分かりづらいだろうから、分かりやすい例を出した。

 極端な例かもしれないけど、私が感じている歪さはこれで伝わっただろう。実際にコメント欄は理解を示すコメントが多く並んでる。

 

「反論はないようなので閉廷しまーす。お疲れさまんさー」

 

 私は放送画面を閉じ、スマホを手に取りベッドにダイブする。

 布団は優しい。

 いつどんな時でも私を優しく包み込んでくれる。

 布団は正義。

 

 メンタルが回復した私はラインを開いた。

 ヒロくんのことが気になった。

 あんなことを言われたあとでも、彼からの「なにか」を待っている私はきっと自己中心的な人間なんだろう。

 

「……ダル」

 

 ヒロくんからメッセージは来てなかった。

 代わりに知らない人からの心配メッセージが山程届いている。

 その殆どが名前も知らない人だ。

 

 ブロックする気も起きず、私はラインを閉じる。

 

 ふと窓の外を見るととっくに日は沈み、お腹が夕食を欲した。

 

「なに食べよう」

 

 お昼何食べたっけ?

 確かお弁当を。

 なら夜も弁当っていうのは。

 

 だからといって作る気にもなれない。

 

「外食でもしますか」

 

 私は久々に重い腰をあげた。

 外食はあまり好きじゃない。

 こう言うとみんな高カロリーと値段とか邪推するけれど、私の場合は他人に見られながら食事するというの億劫でしかない。

 なぜかわからないけど、昔からそうだ。

 不思議だ。

 自分の生態のなかで一番の不思議かもしれない。

 

 「個室があるところ行こうかな」

 

 適当にググると数件お店が表示された。しかしどれも結構遠くにあることがわかった。

 バイクとか車に乗れたら気にするほどの距離ではないが、自転車で行くような距離でもない。

 

「立地が悪い!」

 

 今更だが、我が家の立地の悪さに文句を吐く。

 本当に今更だが。

 

「もう、面倒だからマックでいいや。デブ活バンザイ!」

 

 未来の私が今日の私を恨みそうだが、知らん。

 私はマックが食べたい!!

 

 マックなら徒歩十分圏内で、自転車なら五分もかからない。

 

 私は財布と携帯を手に取り、自分の気が変わらないうちに玄関に向かう。

 

「あっ」

 

 姿見に映る自分の姿に絶句する。

 ボサボサの髪に芋ジャージ。

 この姿で外食は難易度ナイトメアだ。

 

 すぐさま髪をとかし、クローゼットから中身を見ないで服を取る。

 選ばれたのは暖色系のワンピース。上からかぶるだけの簡単なやつだ。

 しかも生地は厚すぎず、薄すぎない。チョイスとしてはこれ以上なく完璧だ。まぁ、この格好でマック行くって考えると違和感しかないが、知ったことか。

 

「ポケットがない」

 

 しかたないので、小さい斜め掛けカバンを引っ張り出す。

 

 前髪を軽くととのえ、再度鏡の前に立つ。

 

「よし!」

 

 なんかデートコーデみたいけど、いいや。

 

 私は鏡に映る自分の写真をスマホでとり、鼻歌を歌いながら家を出た。

 

 マックにつくと思いの他、人がいた。

 特に同中の学生がやたらといる。みんな制服だ。

 

 今日何かあったっけ?

 ていうか帰りたくなってきた。

 

 しかしここで帰ったら準備時間が無駄になる。それは駄目だ。個人的に許せない。

 

 私は他人のフリをして、列に並び注文した。

 番号札を手に取り、二人席に座る。向かい側にカバンを置き、イヤフォンをつけ外界から自分を隔離する。

 のばまんのサイコパス系ゲーム実況も見ること数分、ご飯が届いた。

 

 とても旨い。

 アメリカが肥満大国になるのも無理ない。

 

 イヤフォンつけながらポテトを食べていると咀嚼音が頭の中に響き渡った。

 非常に気持ち悪い。

 はやりこれは耐えられない。

 プロテクターを自ら外すのは非常に抵抗があるが、しかし内部から神経が爆発するのはもっと耐えられない。

 

 クソッ。

 はやり外食なんてするじゃなかった。

 

 やむにやまれず私は守護神を外す。

 その瞬間。

 周囲の会話音が耳から脳へ大量に送られる。

 

 その会話の一つ一つが鮮明に切り分けられ、脳へ送られ私の脳には膨大な負荷がかかる。

 前からモンスト、修学旅行、大学、友達の話。後ろからは痴話喧嘩にモウハン、ポケモンそれにテストの話。左からは私の話。

 

 あぁ、うるさい! うるさい!

 

  

 ハイエンドの脳。

 それ故に多くのことが同時処理できる。自分の意識とは無関係に。

 教室で給食を食べる時もまるでパチンコやライブ場にいるような感覚に陥る。

 

 嫌な弊害だ。

 対応策は、今の所ない。

 学校ではイヤフォンはできないし、耳栓をしたところで自分の咀嚼音に脳が破壊される。

 何か一点に集中すれば聞こえなくなるが、意識した時に限ってそれができなくなる。

 

 しかも運の悪いことに客数は増えるばかり。

 会話の数は増え続け、私の脳は自動処理する。

 

 増え続ける情報に耐えられなくなった私は頭を抱えるように自分の耳を塞ぐ。

 

 

 頭が、イタい

 

 頭に熱が籠もるのを感じる。

 

 そこに耳を塞いだことが仇となって返ってくる。

 

 耳を塞いだ結果、音は小さくなったがその小さな音から情報を拾おうと、耳が鋭敏になる。

 音は小さくなったはずなのに耳横でタンバリンでも叩いているような衝撃が脳内を毎秒木霊する。

 

「アッ、アッ……アッ……」

 

 鼓動が急速に上がり、秋だというのに首すじに、手に汗が流れる。

 鮮明だった視界はだんだんと白くなっていく。

 自分が今座っているのか、立っているのか、それすらあやふやになる。

 

 落ち着け! 落ち着け!

 

 体内に入れたものが喉を通して上がってくる。

 押さえるために口を手で押さえる。

  

 学校ではどうしてた?

 私はいつもどうやって過ごしてた?

 わからない。

 思い出せない。

 

 耳に意識を集中させまいとしようとすればするほど音は大きく沢山聞こえてくる。

 

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 頭を殴られたような衝撃が走った。

 

 男の声ということに気づくのに数秒かかった。

 

 その他にも後ろから三人ほどの声が聞こえる。

 

 耳を両手で押さえると同時に体が中に浮かんだ。

 

 なんだ?

 わからない。

 

 ガタンっ! と爆発音が脳を揺らす。

 

 

「これやばくね」

「救急車呼呼ぶか?」

 

「あの、大丈夫ですか!」

 

 別の男の子が怒鳴る。

 

 うるさい。

 黙れ。

 喋るな。

 

 そう口に出そうとしても声はでない。

 

 

「ひ、ひろどうしよう?」

「えっ? 俺に聞く??」

 

 奥の方から弱気な声が聞こえる。

 

 彼の足音であろうものが響く。

 

 

「ちょっと待ってて」

 

 羽音のような声だった。

 

 

 店員を呼びに行ったのだろうか。

 地雷のような足音が遠ざかっていく。

 

 少しして。

 突然音が消えた。

 

 最後に聞こえたのは波打つ音。

 直後、熱かった頭が冷えたのを感じ取った。

 

 

 

「…………ーーえっ! ちょ!? お前、何やってんの!?」

 

「おい、大丈夫か? 立てる?」

 

 聞き覚えのある声だ。

 

「ひ、ヒロくん……?」

「えっ!? なに!? 知り合いなの!? 誰!?」

「お前うるさい。少し黙れ」

「なっ……」

「あれだよ。天才中学生」

 

 怒りや不安や躊躇いや、複雑な感情が絡み合ったあった声に私は下を向く。

 

「悪いけど、こいつ送らなきゃいけないから、先に帰るわ。後片付けよろしく」

「一回飯おごりな」

 

 最初に私に声をかけてきた男の子が小さく呟く。

 

「わかってるよ」

 

 私はヒロくんの肩を借りながら席をたち店をあとにした。

 多くの人がこちらを見ていたが、水をかけられ一時的にショートした脳はそれらの情報を処理できず、私にはぼやけた風景画のようにしか見えなかった。  

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