「大丈夫か? まだ、再起動かからない?」
朦朧とした意識のなか、リードされるままに進むと私の家の前についていた。
「……」
頭の中が整理できず言葉がでてこない。
文章ができない。
しかしこれ以上にヒロくんに迷惑をかけるわけにはいかない。
彼は私と一緒にいると嫌な思いをするから。
「だ、大丈ーー。家にーーベッドがーーご飯はーー」
「あ〜、はいはい。無理ってことだな」
まるでわかっていたかのような反応に私は小さく袖を引っ張り反抗するが、力がうまく入らずヒロくんは気づかない。
「鍵どこにある? カバン開けるからな」
多少の躊躇をしながら私のカバンに手をかけるヒロくん。
そのせいで私を支えている力が一瞬おろそかになり、膝から崩れ落ちそうになり慌てて支え直す。
「おっとっ。あぶな」
カバンを漁るその不可思議な光景を私はただぼーっと眺めていた。
少ししてヒロくんがカバンから鍵を見つけ出し、玄関を開ける。
そしてそのまま私をリビングのソファーの寝かせる。
「……久々に来たけどかわらないな」
懐かしそうにリビングを見回したかと、思えばある一点を見るヒロくん。
見ている方向には多分冷蔵庫がある。冷蔵庫にはヒロくんと私のツーショット写真が貼ってある。
「そして久々にお前はショートしたな、結衣。最後にショートした時は小学二年か三年の時だっけ。あの時はたしか運動会の応援合戦だったな。上級生のクラス選抜リレーの応援が盛り上がり過ぎてお前、動けなくなったよな。その時はおぶって体育館まで運んだっけ。そこで水ぶっかけてしばらくしたら、再起動したよな」
ヒロくんがソファーに腰掛ける。
懐かしい。
あの時にはもうヒロくんは介護なれしてたね。
幼稚園に行く前から私が周囲の音にヒートすることは度々あったからね。
当時は医者にパニック発作って言われたっけ。ヤブ医者め。
私のこれは完全に脳の性能による弊害だ。
脳で処理しきれるものと意識として処理しきれるもののギャップでこうなる。
簡単に言えば、脳が普段無意識で処理しているものを知覚してしまい意識処理の許容限界を超えたのだ。
PCで例えるならラムが足りなくなり、処理落ちするようなもの。
なので一度再起動する必要がある。
私の場合は頭から水をかけるのが再起動にあたる。
そして再起動が完了するまでが非常に時間がかかる。
ここしばらくは起きてなかったからすっかり忘れてた。
これでまた頻繁な再発をしなければいいけど。
ごめんね。
迷惑かけけて。
「この前は悪かった」
唐突に謝られた。
なんのことだろうか。
「怒鳴ってごめん。ずっと無視して来たのに急に好きとか言われても意味わかんねぇよな。あの告白はお前の言う通り、友達と悪ノリでやったもんなんだ。それでーー。……あー言葉がでてこねぇ。とにかくごめん。俺が悪かった」
しょうがない許してやろう。
私は寛大だからね。
「でも、俺の気持ちもわかってほしいんだ。ずっと天才のお前の隣りにいて、いつも比べられてたんだ。それまで全然気になんなかったのに、急にそれが気になりはじめて、段々とお前を嫌いになって。だけど、そんなことでお前を嫌いになる自分も、すごく嫌いで……。それでなんかわけがわからなくなって。馬鹿は話だろう。自分の醜さ隠すためにお前を嫌いになって、お前から離れて。それでまた自分が嫌いになって」
本当に馬鹿な話だ。
私は心理や感情としてその原理を理解できる。
だけど共感することができない。
だから私は気付けなかったんだろう。
きっと今さらそれを聞いたところで私は共感できないからきっと同じ道をたどるんだ。
本当に…………馬鹿な話だ。
私はもっと賢くなりたかった。
共感できるほど賢く。
「ただいまー! 母上が帰還したわよー!」
玄関の開閉音は聞こえなかった。
お母さんが勢いよくリビングの扉を開けた。
「あら〜! あらあら! お邪魔だった?」
とても嬉しそうな声が聞こえる。
「い、いえ! その、娘さん、久々に落ちちゃって」
「恋に?」
「違いますよ! オーバーヒートしたんですよ!」
「ヒロくんに押し倒されて!?」
「音ですよ! 音! てか、ライン送りましたよね!」
「あら〜? そうだったかしら?? 気づかなかったわ〜」
お母さんがヒロくんで遊んでる。
可哀想に。
「娘さんなんて、そんな他人行儀な言い方しなくていいのに。昔みたいに結衣ちゃんって!」
「呼びませんよ!」
「年頃ねぇ〜」
あぁ、懐かしい。
こんなに暖かいのは何年ぶりだろうか。
そうだ。昔はこれが当たり前だったんだ。
「ヒロくんはご飯食べてく? むしろ食べていきなさい。あと、それベットにもってちゃって」
「実の娘をそれ呼ばわりって……。それに流石にそれは」
「それそれ、言わないの。それにいいわよ、気にしなくて。結衣の部屋は色っぽくないから。セクハラで訴えられたら私は弁護するから安心しなさい!」
自信満々にピースを向けられたヒロくんは深い溜め息をしたあとに私を持ち上げる。
お姫様抱っこだ。
オモッと言ったことは聞かなかったことにしといてやろう。
いつまでもおぼやけて鮮明にならない瞼を閉じたところで私の意識は途絶えた。
翌日、目が覚めると朝の八時だった。
なんてこった。
急いで支度しても間に合わない。
「別にいかなくてもいいか」
私に中学校生活がいらないという結論は昨日のうちにでている。
なら別にいくら休もうが支障はない。
「それに、昨日の今日でヒロくんにどんな顔して合えばいいのかわからない」
昨日の朧気な記憶が正確なら私とヒロくんは一応仲直りしたことになる。
まぁ、それはヒロくんにラインを飛ばせばわかることだ。
寝起きだというのにやけに鮮明に映る目を癖でこすりながらリビングに行くとテーブルの上に置き手紙があった。
「休校万歳! 裏山学生。責任取れ。……最後のどいういうこと? 責任?」
休校という事実だけ受け入れ私は何にもないしに携帯を開く。
するととんでもない量のライン通知が届いた。
通知は一気にカンストした。
そのただ事ではない事態に私は真先にヒロくんに電話した。
どういうこっちゃ。
「ヒロくーん、はろはろ〜」
「お、おお」
私の声とは対照的にヒロくんの声は覇気がなくとても重々しい。
私達はまだ仲直りできていなかったのだろうか?
「実は休校の件についてお聞きしたくて」
「なんで急に敬語」
どうやら仲直りはしているらしい。
「ていうか、メールとかニュースみてないのか?」
「ん? 今、起きたなり!」
「……」
「お〜い。ヒロく〜ん? 死んだ?」
「死んでねぇよ。幸せな脳みそしやがって」
「そんなわかりきったこを!」
私のCPUスコアは量子コンピューターなみだ! HAHA!
「で、なにがあったの?」
「お前、学校休んだ日に生放送したろ」
「うん、したね」
「あっさり認めやがった」
ヒロくんの予想では私はそれで動揺する予定だったのか? わからないな。
それにしてもなんでヒロくんが生放送のことを?
私はお面被ってたし。
お母さんが教えたのかな?
いやでもそれなら休校と生放送は関係ない。
逆に休校と生放送が関係あるってことは。
「……あっ!」
私は全てを察した。
「なるほど。そういうことね」
「なに? わかったの?」
「モチのロン!」
「じゃあ、言ってみ」
「生放送で私が面倒だから学校に行かないって言ってそれにつかかってきたニート共を論破したのがどっかで切り抜かれて拡散されて問題になったんでしょ!」
一呼吸で言ってみせると電話越しに拍手の音が聞こえた。
「おめでとう。正解者には褒美として説明責任を求めまーす。あと、学校をいい感じにディスってるのも問題になってる」
あれ? 私学校の悪口なんて言ったっけ?
覚えてないな。
「へぇ〜」
「興味なさそうだな」
「うん、だって興味ないし。ていうか、なんで特定されたの? そっちの方が気になるんだけど」
生放送する時はお面をして背景画も加工して気をつけている。服装だってそこら編にあるありきたりの服だ。
「詳しくは知らないけど、制服が映ってたらしいぞ。そっから学校が特定され、名前が特定された」
「なんと。残念。まぁ、次からは隠す必要がなくなるからいいけど」
背景画も完璧じゃない。
きっと私が動いたひょうしに制服が映りこんだんだろう。
「とりあえず学校の先生がお前を呼び出してる。急いで学校向かったほうがいい」
「え? なんで?」
「なんで?」
「別に電話で話せばよくない? 学校に行かなきゃいけない理由がわかんないや」
「たしかに……」
「とりあえず、PCに一回切り替えるね」
私はヒロくんの返事を待たず、通話切りパソコンを起動する。
そしてすぐさまラインを起動し、電話をかける。
「ただいまー!」
「おかえり」
「じゃあ、とりあえず学校に電話するね。録音するけどヒロくん証人よろしくね」
「えっ? なんの?」
「そりゃあ、学校側の私への態度だよ。変な言いがかりされて、味方がいなかったら学校潰しちゃうかもよ?」
「……」
「あの、笑うところなんだけど」
「わ、笑えねぇ」
そんないくら私が頭いいからと言って、学校潰せるわけないじゃん。
ヒロくんはアホだな〜。
せいぜい人事異動が発生するくらいだよ。
さて、電話をしようか。
………
「ほら、やっぱりね」
「まぁ、言ったとおりだったな」
「教師は基本的に馬鹿しかいなからね。自分たちが誰と話していて、どんなリスク負っているか考えないんだよ。所詮子供って侮ってる証拠だよ」
電話は概ね私の予想通りだった。
話し相手は教頭先生だったが、初っ端か「学校に来い!」と怒鳴られた。
落ち着かそうとしても猿のようにギャンギャンと怒鳴るだけ。一向に私の話を聞こうとしない。
なのでしばらく怒鳴らせといた。
ようやく静かになっと思い、私が学校に行く必要性のなさを説くと「そんなもん知らん! いいから来い!」の一点張りだ。
知能指数下がりすぎではないだろうか。
怒鳴れば自分の思い通りになると思っているなんて社会を甘く見過ぎだ。
そのあとも私が事情を説明する前に、説教と罵詈雑言の嵐だ。
事情を説明し、私に落ち度があった所は謝った。謝った瞬間に教頭先生は私が全面的な非を認めたと勘違いしたのか、脅しのオンパレードだ。学校にお前の居場所はない、成績どうなるかわかっているだろうな。はてには靴を舐めて土下座しろなどとんでもないことを口走った。
こんな人間が教師になれる日本の教員システムには問題があるな。
「いいか! わかったな! 絶対に学校来い! もしこなかったらお前を引きずり出すからな!!」
「お断りします。そしてこの会話は全て録音させていただきました。謝罪の必要があると思うのならまた後日の電話を!」
「はっ?? ーー」
私はそこで電話を切った。
「でしょ? 中学校の教師なんてろくな人間しかいないんだよ」
「俺はお前が恐ろしいよ」
「でも、自分を守るためにはこういうのが必要なんだよ。勉強になったでしょ? ヒロくん」
「俺にわかるのは電話の向こうでドヤ顔しているお前だけだ」
「あら、やだ」
そんなに声上ずってる?
恥ずかしいぃ。
「あ、そうだ。今からヒロくんの部屋いくから玄関開けといて」
「まじ?」
「よろしく〜」
私は電話を切り、シャワーを浴びる。
服を着替え、髪を整える。そして軽く香水をかける
これだけざっと一時間。
一番の問題は毛量が多すぎて乾くのに時間がかかることだね。
「遅くね?」
部屋に入るとベッドに寝転がり漫画を呼んでいるヒロくんが、時計と私を交互に見る。
「女の子の準備には時間がかかるのです」
私は服装は上は長袖の黒いTシャツと黒のカーディガン。パンツは黒のスキニー。
「そりゃぁ、大変だ」
ヒロくんは自らのベッドを私にあけわたし、自分は椅子に座る。
「ありがと!」
ベットに腰掛け、背中を壁に預ける。
一息つくと、携帯が鳴った。
学校からだ。
応答するとさっきの話の続きだった。。
結局、教頭先生は私を脅すことしかしなかった。
私はそれを全て録音した。
どうやら彼には学習能力が欠如しているらしい。
これを生放送でやらなかった私の温情に感謝してほしいね。
ツイッターをスクロールすると問題になったツイートを見つけた。
投稿者は私に害意を持っているらしく、私をうまく酷評している。これならこのツイートも見た人が勘違いしても仕方ない。
歌垢でイイねする。
ツイッターに複数のDMが届いているのに気づいた。
ニュースアカウントからだ。
abemaからも来ていた。
生放送にでないかという打診だった。面白そうなので私は二つ返事で了承した。
この生放送に教頭を招待して、録音したものを流すのも悪くない。
「そういえばさyotubeの名前シップドアって安直すぎない?」
「いいでしょ?」
「いや、いいと思うよ。なんか効率厨の結衣が好きそうな名前で」
「それ褒めてるの? 貶してるの?」
「でもなぁ〜」
なんでヒロくんが私のyoutube名にケチつけてるんだ。
贅沢なやつだな。
「じゃあヒロくんが名前考えてよ。別に名前なんてなんでもいいいし」
「じゃあ、なんでもで」
つまんな。
「ごめんって! 無言やめて!」
「あまりにも回答に面白味がないのでヒロくんの名前変更権は没収」
「残念。youtubeいつからやってるんだ? 登録者数百万人ってヤバいだろ」
お? 私が知らない間に増えたな?
これが炎上商法というやつか。
いいね、他人の無料宣伝でファンが増える。
安い商売だ。
「まぁね。可愛くて天才な私がやればそんなもんよ。ヒロくんにフラレてから少ししてから、かな」
「……」
非常にバツが悪そうな顔をするヒロくん。
いいね、その表情が見たかったんだよ。
「別に振ってないし。そもそも告白もされてないし」
「カワイイは否定しないんだね」
「うっせ」
顔を覗き込み小さく微笑むと首がそっぽ向く。
「そういえば、ヒロくんはモテたいの?」
ふと、教室で漏らしてた言葉を思い出す。
いわゆるboysトークの定番のネタなんだろうけど。
気づいたら聞いていた。
「そりゃぁな。モテたいなんて全男子の願望だかたな」
ふ〜ん。
まぁ、でもそんなこと言ってるからヒロくんはモテないんだよ。
私から見ればヒロくんは優しくて格好いいけど、きっと他の人には格好良くも優しくも見えないんだろうな。
ヒロくんを紹介してくれって言われたことないし。
関わりもない男子を紹介してくれ、とは言われたことはあるのに。
因みに、その男子は数回会話したら告白してきた。私に。
いっちょんわからん。
「じゃあ、私が手伝ってあげようか?」
「え?」
「この可愛くて完璧な私が哀れな子羊のヒロくんに手を貸してあげるよって言ってるんだよ」
「な、なんで??」
視線は漫画へ向いたままだったが動揺した声はまるで隠せていない。
カワイイ奴め。
「ただの暇つぶし」
私より魅力的な女なんて指で数える程度だ。
色々な女を知れば、質を求めるようになる。質を求めれば必然と女の子の扱いが上手くなる。
女の子の扱い方を知ったヒロくんが真に私の価値に気づけば、私もヒロくんもハッピーになれる。
「ただ、条件がある」
「条件?」
「そう。一つは私と同じ高校に進学すること」
「……む、むず」
「二つ目は中学卒業するまで私のこ……相方を務めること。時給は発生しないけど、支給品と出張費は提供するよ」
「三つ目は高校に入学したら私の相方は強制解雇」
「一以外はなんとかなりそう」
表面しか見えないからそんな言葉がでるんだよ、ヒロくん。
「で、どうする?」
「ちょっと、考える」
「うん。じゃあ来週までに覚悟を持って答えだしてね」
と、丁度夕方のチャイムが鳴った。
いい感じ話も切れたところだし帰ろうかなと思ったが、急にお腹が空いてきた。
そういえばお昼を食べていない。
それに気づいたら空腹が加速した。
「ヒロくん、お腹すいた」
「おお、そうか」
ヒロくんの視線は漫画から離れない。
そういうところだぞ。
「なんか作って。もしくは連れてって」
「昨日マック行ったからお金ない」
ほんと、ダメダメだね。ていうか。
「作るっていう選択肢は?」
「俺が料理できると思ってるの?」
「いいや」
「じゃあなんで聞いた!?」
「駄目もと」
「おい」
「しょうがないな〜。お姉さんが奢ってあげよう」
「いや、いいよ。あとが怖い」
「……」
「なに?」
「なんというか、本当に残念なヒロくんだよ」
「どういうこと!?」
不服そうな目をするヒロくんに私は不敵に笑う。
「よし行くぞ! 戦の準備をしろ!」
「えぇ〜。カップ麺あるからそれで妥協しない?」
元気よく立ち上がる私と逆にヒロくんは乗り気じゃない。
「いいから、行こ! ほら立って!」
ヒロくんの腕を引っ張るが抵抗される。
意地っ張りな!
「だから金ないって!」
「私が奢るって!」
「それは男としてちょっと!」
腕を力限り引っ張ると、少し腰があがる。
よし! このまま!!
と、思った瞬間。
私はヒロくんに押し倒された。
いや、私が引っ張ったんだけど。