恋するギフテッド   作:萌花千

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三話

 俺には幼馴染がいる。

 彼女の名前は船戸結衣。

 結衣は天才で、大人たちは彼女のことをギフテッドと呼んでいる。

 

 

 結衣とは家が隣同士で物心つく前に一緒にいた。

 俺の一番古い記憶は幼稚園で彼女と一緒に算数のドリルをしていたことだ。

 

 結衣の家は共働きで、深夜まで両親は帰ってこない。幼児を家に人にするわけにはいかないので、結衣は俺のお母さんに面倒を見られていた。

 だから小さい頃はずっと結衣と一緒だった。

 家に泊まることも日常茶飯事で、お風呂だって一緒に入っていた。それが当たり前だった。

 

 小さい頃の結衣は目を少しでも離すと姿を消し、落ち着きがまるでなかった。

 ショッピングモールに行こうものなら、迷子のアナウンスを鳴らすのは当たり前。

 母さんも最初は戸惑って顔を青くしていたが、数年したら慣れたもので迷子センターに直行し、結衣を呼び出した。迷子センターの人も俺たちの顔を覚えたらしく、慣れた口調で結衣を呼び出していた。

 結衣は呼び出されると必ず五分以内に姿を表した。

 当時の俺はなんも不思議に思わなかったが、子供が一人で、しかも短時間で戻ってくるのは非常に珍しいらしい。

 

 逆に結衣がお菓子を片手に迷子センターで待っていたこともあった。

 

 あまりにも結衣が勝手に消えるものだから出かけ先に限らず、家でも母さんが俺に「頼むから結衣ちゃんから目を離さないでね! お願いよ!」と口を酸っぱくした。

 しかし所詮は子供。

 数分は結衣の手を握っていたが、おもちゃやテレビがあると俺の頭の中はそれで一杯になり結衣のことなんて忘れた。

 

 その度に俺は怒られた。

 もちろん、結衣は俺以上に怒られた。

 

 しかし幼稚園の年長さんになった同時に結衣はピタリと家からでなくなった。

 パソコンをずっと見ていた。

 

 最初、結衣が母さんに「これつけて」と頼んだ時は断られていたが、PCを使わせると結衣が動かなくなることがわかるなり、母さんは断ることをしなくなった。むしろ、積極的に結衣にPCを使わせるようになった。

 因みにその時は俺は結衣と一緒にPCを見ていた。と言っても結衣が別ダブで用意した動画を眺めているだけで、彼女は別のサイトを見ていたが。

 幼児にとって文字だけのサイトなど白紙に等しいのだ。

 とにかくその時から誰も気づかなかったが、彼女の天才性は現れていたのだ。

 

 小学生に上がって一ヶ月経ったくらいに、結衣は表彰された。

 英語検定と数学検定一級を合格していたのだ。

 当時の俺は「なんか凄いんだろうな」程度にしか思わなかった。

 

 それは地元のニュースに取り上げられ、インタヴューの中で勉強方法を聞かれた時に結衣はPCと俺を順番に指差し「魔法のボックスで勉強した」と答えた。

 今もなんで俺のことを指さしたのかわからない。

 

 それから間もなく、結衣がギフテッドであることが判明した。

 とても喜ぶ両親たちを興味なさそうに目をそらした彼女の顔を俺は今も覚えている。

  

 

 

 小学校に上がってから結衣は合う度に新しいこと覚え、俺に見せてくれた。

 俺にとってそれは宝箱で、だから俺はいつも彼女と合うのを楽しみにしていた。今度はどんな凄いものを見せてくれるんだろうと。

 

 しかし、その感情に変化が起きた。

 小学校二年生の時に母さんに「あんたも結衣を見習いなさい」と言われたことがきっかけだ。

 ただ、これは最初で最小の要因であって、問題は別のところにあった。

 

 学校ではみんながわからない問題があると先生が必ず結衣を当てた。

 その明らかな優遇にみんなが結衣の凄さに気づき始め、気づけば結衣は沢山の人に囲まれていて、俺の居場所はなくなっていた。

 

 当時の俺は結衣の隣は自分の専有席だと思い込んでいた。

 彼女の隣は俺の縄張りだ、そんな気持ちが溢れなんとか隣を取り返そうとしたが、誰も俺に見向きもしなかった。

 

 気づけば俺は学校で一人だった。

 家に帰ればもちろん結衣がいた。結衣を独占できた。

 だけどそれだけじゃあ我慢できなかった。

 だからもう一度結衣の隣を取り返そうと奮起した。

 そんな時にクラスメイトの女の子に期待のこもった目で言われた。 

 

「あんたは何ができんの?」

 

 何も答えられなかった。

 何もできなかった。

 

 それからだ。

 猛烈な劣等感を覚えたのは。

 家で彼女がやる凄いことを真似できるように頑張ったが、俺にはその殆どが真似できなかった。

 それがさらに自尊心を傷つけ、自分が嫌いになり、結衣の隣にいることが嫌いになった。

 

 気づけば俺は結衣から逃げていた。

 

 

 

 結衣から逃げて、それが小学校卒業、中学入学まで続いて、彼女が隣にいない違和感は消え、当たり前になった。

 中学にあがってからも結衣話は友達との間で時々でていた。

 「学年一位の天才」「めっちゃカワイイ女子」「男子並みの運動能力」

 特に男子女子ともに話に上がっていたのはその容姿だった。

 カワイイの前には「まじ」「めっちゃ」は当たり前について、廊下ですれ違うと頬を緩め多くの人間が彼女を目で追っていた。

 月に一回は誰かの告白話があがった。

 

 

 そんな浮ついた話を一年も聞いていたら、俺も彼女が欲しくなった。

 そんな時、友達と面白半分で結衣に告白した。

 一年の時にクラスが一緒で業務的に交換したライン。

 既読無視か、もしくは既読すらつかないだろう。

 俺が一方的に彼女を突き放したのだから。

 

 

 しかし、違った。

 

 彼女は学校で直接話しかけてきた。

 誰もが欲する女の子に話しかけられ、心踊る。

 

 しかしその感情はすぐに消えた。

 結衣に正論で説教されたからだ。

 

 彼女の言葉は何一つ間違ってなくて、心をえぐった。

 言われれば言われるほど自分が馬鹿なやつだと自覚させられる。

 

 耐えきれなくなった俺は逆ギレして、彼女を力づく黙らせた。

 

 

 結衣に手をあげて、なにやってんだ俺は……。

 自分で突き放して、それなのに告白して、図星をつかれて逆上。

 最低じゃねぇか。

 

 

 そんなクズ野郎に。

 結衣は申し訳無さそうに涙を流した。

 

 

 教室を飛び出した結衣を俺は追いかけられなかった。

 追いかける資格なんて俺にはなかった。

 

 

 俺の怒号は廊下まで響いていたらしく、友達から何があったか聞かれた。だが答えなかった。

 俺は自分がクズ野郎だと友達に言えなかった。

 

 翌日、結衣は学校に来なかった。

 俺のせいだ。

 

 謝りたかった。

 だけど足は動かない。

 

 俺はなにか都合のいい解決策があるんじゃないかと、逃げるように一人の男子に相談した。

 そいつは彼女がいて、男子からも女子からも人気がある男子だった。

 

「いや、普通謝れば?」

「いや、でも……」

「逃げんなよ」

 

 言い訳ばかり並べていると、苛立った声で言われた。

 その重く鋭い声は俺に一つの勇気を与えてくれた。

 同時に俺がクズだということを再認識させた。

 

 その日の夕方、学校帰りにマックに行くと結衣がいた。

 しかも様子がどうにもかおかしい。

 

 俺はすぐさま理解した。

 発作だ。

 

 急いで水を貰いにいき、頭からかける。

 すると結衣は脱力する。

 このまま放っておくわけにはいかないので後片付けを友だちに頼み、俺は彼女を家に送り届けた。

 

 久々に彼女の家に入るが、殆ど変わっていなかった。

 冷蔵庫には俺と結衣のツーショット写真が飾ってある。

 

 そんな懐かしい写真を見たら自然と口から言葉がこぼれた。

 不安と焦燥と謝罪と、色々こぼれた。

 

 今言ったところで結衣は覚えてないかもしれない。

 だけど俺は口を動かし続けた。

 

 

 翌日、結衣から電話がかかってきた。

 学校の説教の続きだろうかと、出ることを少し躊躇したが、電話越しの声はとても期限が良さそうだった。

 

 それでいいのか……。

 

 モテ男に言われたことを思い出した。

 

「女の子は気分やだ。だから向こうが気にしてなさそうだったら、気にするな。それが平和のコツだ」

 

 俺は掘り返すことも気にすることもやめた。

 結衣が楽しそうなら、それでいい。

 

 

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